学位論文要旨



No 214475
著者(漢字) 濱田,浩正
著者(英字)
著者(カナ) ハマダ,ヒロマサ
標題(和) ラドン濃度を指標とした地下水調査・解析法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214475
報告番号 乙14475
学位授与日 1999.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14475号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 助教授 島田,正志
 東京大学 助教授 溝口,勝
内容要旨

 水資源管理が,河道中心から水循環を考慮した流域管理に変わり,地下水流動を把握する必要性が高まっている。従来の地下水調査は,既存の地質情報やボーリングの結果から帯水層の形状を明らかにし,地下水面図を作成するだけであった。地下水資源の量だけが問題とされる場合,この調査で十分であるが,現在は地下水汚染が顕在化し,その質まで問題とされる。このため,水循環を考慮した流域管理が必要となり,地下水のかん養から流域外への流出までを把握しなければならない。そこで,地下水かん養,流速の計測,帯水層区分,地表水との相互関係などの様々な現象を解析できる指標を見いださなければならない。日本は国土が狭く降水量が多いので,地下水流速が速いのが特徴である。そこで,半減期が3.8日である天然の放射性同位元素,ラドンに着目した。

 本研究では,地下水調査・解析の指標となるラドンの特性についてまとめ,それらの特性を利用した地下水調査・解析法を提示した。その手法を現地に適用し,有効性を確認するとともに,ラドン濃度を指標とした調査・解析法を実用化・体系化した。本研究は,以下の6章で構成される。

 第1章は研究の背景と目的で,水資源管理が流域管理に変わったため,それに対応できるように新しい地下水調査の指標の必要性について述べた。

 第2章では,ラドンの物理的特性について述べ,地下水調査・解析の指標となりうる特性を整理した。次に,それぞれの特性ごとに,ラドンを水文解析の指標にした研究についてレビューし,本研究で実施する課題を設定した。また,ラドンを指標とした地下水調査における採水方法と濃度の測定法を述べた。このうち,ラドン濃度の測定方法については既存の方法を総括し,トルエン抽出法に改良を加えた簡便な測定法を開発した。第2章で提示したラドン濃度を指標とした地下水調査・解析法は,(1)ラドンの生成過程を応用した調査・解析法,(2)ラドンの崩壊過程を応用した調査・解析法,(3)地下水の平衡ラドン濃度を指標とした調査・解析法,(4)帯水層の飽和度と液相中のラドン濃度の関係を応用した調査・解析法,(5)地表水と地下水の濃度差を応用した調査・解析法,の5つである。

 第3章では,第2章で提示したラドン濃度を指標とした調査・解析法を横方向の地下水流解析に適用し,その有効性を明らかにした。まず,観測孔内でのラドンの減衰を利用した地下水流速の計測法を提示し現地に適用した結果,従来のトレーサを用いた手法では計測が困難であった10-6cm/sのオーダーの流速を計測することができた。また,地表水の地下浸透によって流速が加速されている実態も把握できた。次に,地表水のラドン濃度が低いことを利用して,地表水を地下に注入しラドン濃度の低下から,その到達を確認する地下注入試験を実施した。その結果,ラドン濃度の低下が確認され,岩盤の亀裂の連続性を明らかにできた。さらに,地下水の平衡ラドン濃度が帯水層のラジウム含有率や比表面積に支配されることを利用して,帯水層の同定と揚水による地下水集水機構の推定を行った。帯水層の同定では,ラドン濃度と地質区分がおおむね一致し,さらに地質調査では明瞭でなかった埋没古砂丘と思われる低濃度帯も検出された。揚水による地下水集水機構の推定では,停滞性地下水の流動化や他の地層からの地下水流入を反映した現象を把握できた。

 第4章では,ラドン濃度を指標とした地下水調査・解析法を飽和・不飽和浸透流解析へ適用した。地下に浸透した水のラドン濃度が放射性同位元素の生成曲線に従って上昇することから,飽和浸透流の滞留時間を算出することができる。本研究では,小流域においてかんがい水の浸透時間を算出した。また,同じ流域で地表から地下水面までの距離がほぼ等しいにもかかわらず,低地部と台地部ではラドン濃度の変動が異なっていたことから,低地部と台地部では地表水の浸透時間が異なっていることが明らかになった。ラドンの生成過程を応用した調査・解析法は貯水池における漏水調査にも適用でき,水位変化や湧水量のみを指標とする方法よりも詳細に漏水の実態が解析できることが立証された。不飽和浸透流の解析に関しては,まず,不飽和帯水層の液相中のラドン濃度は水と空気の分配によって決まることを提示し,室内実験によって検証した。次に,土壌水中のラドン濃度は飽和度の減少にともなって低下する特性を利用して,地下水かん養機構の解析を実施した。水田地帯における観測井のラドン濃度の鉛直分布は,かんがい期になると水面付近の濃度が低下していた。一方,河川近傍の観測井のラドン濃度の鉛直分布は季節による差がなく,水面付近の濃度が低下していた。従って,前者は水田かんがいによる不飽和浸透流,後者は河川による不飽和浸透流によって,かん養されていることが明らかになった。さらに,不飽和浸透流によって地下水面直下のラドン濃度が低下する特性を利用して,水田の地下水かん養現象を解析した。その結果,かんがいの開始による土壌水の押し出し,かんがい期間中の不飽和浸透,終了後の土壌水の再配分による地下水への水の補給の実態が明らかになった。また,かんがいによる地下水位の上昇が著しいことから,かんがい期のラドン濃度を不飽和帯のラドン濃度,非かんがい期のラドン濃度を飽和帯のラドン濃度とし,不飽和帯水層の平均飽和度を算出したところ,約50%となった。この値は上層と下層の透水係数から,妥当な範囲にあるものと考えられた。

 第5章では,地表水と地下水の濃度差を応用して,河川に浸入する地下水と地下に浸出する河川水の定量解析を行った。まず,地表水のラドン濃度を指標として渓流における地下水浸入区間の特定を試みた。その結果,流量観測の結果から得られるものよりも詳細に地下水の浸入区間が特定できた。さらに,河川における地下水の浸入量と河川水の浸出量の定量解析を行うため,水収支にラドン収支を加えた解析法を提案した。河川水の流下に伴うラドン濃度の低下については,水と空気の境界に停滞膜を仮定して算出した。停滞膜の厚さは,現地での調査結果と過去の研究結果から,調査区間が数kmの時には約20mとなることを証明した。この値を基にして,現地適用試験を実施した。思川流域では下流の流量が上流よりも小さく,水収支のみからでは地下水の浸入量を求めることはできない。しかし,ラドン収支を考慮することにより,地下水の浸入量を求めることができた。この結果の妥当性については,下流のラドン濃度が上流よりも高いことから地下水の浸入があることは確かである。ラドン収支と水収支から求めた結果が,水収支のみから求められる結果よりも実態を反映していた。重信川流域では,水田かんがいが河川に流入する地下水に及ぼす影響を明らかにするため,かんがい期と非かんがい期に調査を実施した。その結果,地下水の浸入量はどちらも0.6m3/sとなった。これは,かんがい期は水田の浸透水,非かんがい期は降水の影響を受けたためであると考えられた。非がんかい期の晴天続きの後に,ラドン濃度を指標とした調査を実施すれば,水田かんがいが河川への地下水浸入に及ぼす影響を定量的に解析できる。

 第6章では,本論文を総括するとともに,今後の課題についても述べた。

 以上のように,ラドン濃度を指標とした地下水調査・解析法によって,従来の方法よりも詳細に地下水流動が把握できるようになった。この手法は,水質保全,地すべり対策,農地の水かん養機能の解明などに大きく貢献するものと期待できる。また,本論文は,水質水文学の中で,ラドン水文学の確立と評価できる。

審査要旨

 限られた水資源を有効かつ持続的に利用することは、今日の重要な課題となっている。特に、河川流量が季節的に不安定な日本においては、地下水が貴重な水資源として位置づけられているが、その量や質の実態を把握し、適正に維持管理する科学技術はいまだ十分ではない。実際、従来の地下水調査は,帯水層の形状や地下水位置を確認するだけであり、その地下水がどこから流入し、どこへ流出するかといった動的な把握に至っていない。しかし、地下水汚染など環境問題とも関連する地下水の動的特性の解析は、極めて重要と考えられる。

 このような背景に基づき,本研究は、半減期が3.8日で取り扱いの安全な天然の放射性同位元素,ラドンを指標物質として初めて取り上げ、地下水中のラドンの特性を明らかにし、その特性を利用した地下水調査・解析法を開発し、さらに現地における実用性と有効性の実証を行ったものである。

 第1章では,水資源管理が地域管理から流域管理へと変化したため,それに対応できるような新しい地下水調査法が必要となったことを明らかにした。

 第2章では,ラドンを指標とした地下水調査における採水方法と濃度の測定法を述べた。特に,ラドン濃度の測定方法については既存の方法より優れた方法として,トルエン抽出法に改良を加えた簡便な測定法を開発した。その結果、(1)ラドンの生成過程を応用した調査・解析法,(2)ラドンの崩壊過程を応用した調査・解析法,(3)地下水の平衡ラドン濃度を指標とした調査・解析法,(4)帯水層の飽和度と液相中のラドン濃度の関係を応用した調査・解析法,(5)地表水と地下水の濃度差を応用した調査・解析法,の5つをそれぞれ明らかにした。

 第3章では,第2章で提示したラドン濃度を指標とした調査・解析法を適用し、従来のトレーサを用いた手法では計測が困難であった10-6cm/sのオーダーの流速を計測することができた。次に,地表水のラドン濃度が地下水のラドン濃度より低く1日以内ならその違いが解消されないことを利用し,岩盤の亀裂を通ってラドン濃度の低い地表水が地下に到達する事実を明確にできた。さらに,地下水の平衡ラドン濃度が帯水層のラジウム含有率や比表面積に支配されることを利用して,帯水層の同定を行ったところ,ラドン濃度と地質区分がおおむね一致し,さらに地質調査では明瞭でなかった埋没古砂丘と思われる低濃度帯も検出された。

 第4章では,ラドン濃度を指標とした地下水調査・解析法を飽和・不飽和浸透流解析へ適用した。不飽和浸透流の解析に関しては,まず,不飽和帯水層の液相中のラドン濃度は飽和帯水層の液層中より低いという従来の理論的な予測を実験的、定量的に証明することができた。そこで、水田地帯の心土における不飽和浸透流とその下に存在する地下水との関連を調べたところ、不飽和浸透流によって地下水面直下のラドン濃度が低下する事実を発見し,水田の地下水かん養現象を解析できた。具体的には、かんがいの開始による土壌水の地下水への押し出し,かんがい期間中の不飽和浸透の継続,かんがい終了後の土壌水の再配分による地下水への水の補給などの詳細な実態が明らかになった。本方法により水田下層土に存在する不飽和帯水層の平均飽和度を算出したところ,約50%となった。この値は上層と下層の透水係数から,妥当な範囲にあるものと考えられた。

 第5章では,ラドン濃度が低い地表水と、ラドン濃度が高い地下水の濃度差を応用して,思川流域において地下水から河川に浸入する水量と、河川から地下水に浸出する水量の定量解析を行った。その結果、河川流量が下流で増加するのは地下水の浸入が寄与し、また同時に河川水の地下水への浸出も起きているので、それら水の出入りの結果として個々の断面における河川流量が決定されていることを実証した。そして、従来の流量観測の結果から得られるものよりも詳細に地下水の浸入区間が特定できた。なお、河川水の流下に伴うラドン濃度の低下については,水と空気の境界停滞膜を約20mとして計算したが、この値は妥当であることを明らかにした。

 第6章では,本論文を総括するとともに,今後の課題についても述べた。

 以上を要するに,本研究は、ラドシ濃度を指標とした地下水調査法および得られたデータの解析法を新規に開発したもので,従来のいかなる方法よりも詳細に地下水流動を把握するための手法を確立して、水質水文学、水質保全,地すべり対策,農地の水かん養機能の解明などへの応用が可能であることを示したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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