学位論文要旨



No 214476
著者(漢字) 阿部,裕幸
著者(英字)
著者(カナ) アベ,ヒロユキ
標題(和) 低レイノルズ数領域において翼型特性に及ぼす主流乱れの影響
標題(洋)
報告番号 214476
報告番号 乙14476
学位授与日 1999.11.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14476号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 1.研究の目的

 通商産業省工業技術院では,コージェネレーション用および可搬式発電用の300kW級セラミックガスタービンの研究開発を1988年10月より1999年3月までの11年計画で行ってきた。それらの基本設計からタービン翼に関するレイノルズ数を概算すると,特に低圧段においては104のオーダとなり,既存のガスタービンに比べて一桁低くなる。このレイノルズ数の低下は,熱効率を上げる方法としてタービン入り口温度を高温化することにより,燃焼ガスの密度の低下,粘性係数の増加,また比出力の増加に伴うタービン翼の小型化による。翼型特性は一般的にレイノルズ数,マッハ数そして主流の乱れに依存することが知られているが,臨界レイノルズ数以上ではレイノルズ数による変化は小さくなり,マッハ数が問題となる。臨界レイノルズ数付近の低レイノルズ数領域における翼型特性の研究は,小型軽量飛行機などで注目されているが,主流の乱れとの関係を明らかにした研究は見あたらない。また,増速流れであるタービン翼の場合は,剥離し難い流れ場であることもあり低レイノルズ数に関する研究は少ない。本研究の目的は,低レイノルズ数領域における単独翼とタービン翼列の空力特性と,それに及ぼす主流乱れの影響を調べることにある。

2.実験装置の考案

 風洞実験において主流に乱れを与える方法として一般に採用されているのは,測定部上流に格子を置き,格子の後流と主流との混合を利用している。しかし,この方法は次のような短所がある。

 1)乱れ度を変えるためには,格子の交換が必要であり,設置に手間がかかる。

 2)乱れ度は,格子の種類と実験条件により変わるため,あらかじめ調べておかねばならず,目標の乱れ度を得るのが難しい。

 3)格子は流れに対して抵抗となるため,風洞の送風機に相応の負荷がかかり,主流の最大速度が設計値に比べ低速側に制限される。

 以上のことから,送風機に大きな負荷をかけずに,乱れ度を任意に変えることのできる噴流格子を考案,自作した。本装置は,風洞縮流部の入口に真鍮管を20本並べ,各々の管に開けられた複数の孔から主流方向に圧縮空気を吹く。このときの圧縮空気は風洞とは別の空気源より供給される。主流と噴流は速度差により混合し,乱れを作る。従って,乱れ度の制御は,噴流の速度,つまり管に送られる圧縮空気の流量を調整することで可能になる。実験結果より,同装置の設計基準となる乱れ度と噴流格子の仕様との関係について明らかにした。

3.単独翼の翼型特性

 翼型は,機械技術研究所が風車用に開発したMEL001を用いた。この翼型は,翼弦長150mm,翼幅500mm,最大矢高位置が翼弦長に対して前縁から52%,最大厚み位置が翼弦長に対して前縁から42%,最大厚み比が15%,前縁部の半径が翼弦長に対して1.3%の2次元翼であり,迎角4゜で揚力係数が1になるように設計されている。実験条件として翼弦レイノルズ数Re(翼弦長と主流速度を代表値とする)は,0.5×105,1.0×105,2.0×105,主流の乱れ度TIは0.5〜4.0%,翼の迎角は-20゜〜+20゜の範囲で翼型特性を調べた。に対する揚力係数の変化は,-6゜<<+10゜の範囲に着目すると,ReまたはTIの減少に伴いポテンシャル流れから外れ,低い値となる。特にRe=0.5×105,1.0×105の場合,=6゜付近で揚力傾斜は急激に変化し,それらはReまたはTIが低い程顕著に現れる。揚抗比L/Dの場合も同様な変化を示す。揚力係数と揚抗比の変化から,-6゜<<+10°の範囲において翼面上の剥離の存在が圧力抗力に強く影響していると推測される。これらのことは翼面圧力分布と油膜法による翼面上の流れの可視化により明確となる。例えばレイノルズ数Re=1.0×105における迎角=8゜においては,TIに関わらず全体的にほぼ同一の圧力分布となっているが,TI=0.6%の場合のみにXC=0.6付近に圧力分布の平坦な部分が見られ,この位置に剥離泡が形成されていると考えられる。低迎角においては,剥離泡の存在と,乱れ度が強くなるにつれ剥離泡の流れ方向の長さが短くなるあるいは消滅することが確認できる。

4.タービン翼の翼列特性

 タービン翼として設計された翼型は,翼弦長152mm,翼幅500mm,反り角107゜の2次元翼で,翼列の節弦比は0.7である。翼列は7枚の翼と上下壁付近の流れを整流する2枚のダミー翼の計9枚から構成される。実験条件として翼弦レイノルズ数Reは,0.4×105〜1.6×105,上流の乱れ度TIは0.4〜4.0%,翼列の食い違い角は30゜,35゜,40゜,流れの入射角iは1゜〜26°の範囲で調べた。実験では,タービン翼列特性に及ぼすレイノルズ数と主流の乱れ度の影響を明らかにするために,翼面圧力分布を調べ,それらより翼に働く力を求めて検討した。翼に働く力は,ポテンシャル流れにおいて入口速度と出口速度のベクトル平均を取った場合のベクトル方向の力Cxとそれに垂直方向の力Cyの2成分に分ける。これらの力は,単独翼の場合の抗力と揚力に相当するものである。CxとCyのポーラ線図を描くと単独翼の場合と同じ様な図となり,が小さくなるとCxが増加し,そのような状態では圧力との比較から翼の負圧面に剥離が生じていることがわかる。

5.剥離特性

 低レイノルズ数領域における単独翼とタービン翼の層流剥離特性を調べるために,剥離点に関する排除厚さレイノルズ数(排除厚さと境界層外縁の流速を代表値とする)を計算した。データには本研究で実験した単独翼MEL001とタービン翼の他に,以前,機械技術研究所で翼型特性試験を行ったFX68W137とFX84W140の2種類を加えて検討した。その結果,翼弦レイノルズ数Reに対するの変化には上限があり,翼型と主流の乱れ度に依らない曲線関係が成り立つことがわかった。層流剥離に関するHolsteinとBohlenの形状係数を基に曲線を検討した結果,で整理され,aは約2.0となった。

6.まとめ

 低レイノルズ数領域における単独翼とタービン翼列の翼型特性と,それに及ぼす主流乱れの影響を調べることを目的に風洞実験を行った。実験を進める途中においては,装置の考案,自作,検証も行った。以下に本研究の成果についてまとめる。

 (1)噴流格子:主流の乱れ度に対するデータを得るために噴流格子を考案,自作し,風洞実験で使用した。この装置は乱流格子を設置する場合に比べ,乱れ度を任意に制御できる点が最大の長所である。噴流格子の性能実験より,同装置の設計基準となる乱れ度と噴流格子の仕様との関係について明らかにした。

 (2)単独翼の翼型特性:低レイノルズ数領域における翼型特性は,レイノルズ数と主流の乱れ度の影響を強く受け,低迎角において顕著に現れることを翼面圧力分布と流れの可視化により示した。

 (3)直線タービン翼列:一般的にタービン翼列は増速流であるため,剥離の無い比較的好ましい流れであると考えられている。しかし,低レイノルズ数領域では単独翼の場合と同じ様に特性が悪化する可能性のあることを示した。

 (4)剥離特性:単独翼と直線タービン翼列の実験結果を基に,剥離位置に関する排除厚さレイノルズ数を整理し,翼弦レイノルズ数との関係を明らかにした。

 以上の結果より,低レイノルズ数領域で作動するタービン翼列を設計する際には,層流剥離の起きる可能性について十分認識しておかなければならないことがわかった。

審査要旨

 本論文は「低レイノルズ数領域において翼型特性に及ぼす主流乱れの影響」と題し,9章より成っている.翼型特性は一般的にレイノルズ数,マッハ数そして主流の乱れに依存することが知られているが,臨界レイノルズ数付近の低レイノルズ数領域における翼型特性の研究で,乱れとの関係を明らかにした研究は少なく,またその中では,揚力係数が最大に達した後に現れる失速角に着目している場合がほとんどである.本研究は,揚力係数が最大になる前の迎え角において高迎角の失速に相当する現象が見られることを中心に,主流の乱れにより翼型特性が大きく変化することに着目し,翼面圧力分布,揚力特性,剥離特性等へ及ぼす主流乱れの影響を実験を中心に明らかにしている.

 第1章「序論」では,本研究の背景になった低レイノルズ数領域における翼型特性について従来の研究を概観し,本研究の立場及び論文構成について述べている.

 第2章「乱流格子を用いた風洞実験」では,主流乱れを従来の乱流格子により与え,単独翼周りの圧力分布の測定を行っている.この結果,翼特性に主流乱れが大きく影響を与えること,しかしこの方法では,乱れ度の制御が困難であることを示している.

 第3章「主流に乱れを与える方法」では,送風機に大きな負荷をかけずに,乱れ度を任意に変えられる噴流格子を考案,自作している.本装置は,風洞縮流部の入口に真鍮管を20本並べ,各々の管に開けた複数の孔から主流方向に圧縮空気を吹く.このときの圧縮空気は風洞とは別の空気源より供給され,主流と噴流は速度差により混合し,乱れを発生させる.従って,乱れ度の制御は,噴流の速度,つまり管に送られる圧縮空気の流量を調整することで可能になる.実験結果より,同装置の設計基準となる乱れ度と噴流格子の仕様との関係を明らかにしている.

 第4章「風洞壁の影響を取り除く方法」では,風洞壁に発達する境界層が翼型特性に及ぼす影響を簡単に取り除く境界層フェンスについて述べている.すなわち,流れの2次元性を確保するため,風洞壁から少し離れた翼端にある高さのフェンスを取り付け,フェンスの高さと厚みが翼面上の流れに及ぼす影響を,油膜法により検討している.その結果,2次元性を保った流れ場における翼特性を実験的に得るフェンス形状を確定し,以降の実験に用いている.

 第5章「単独翼の翼型特性」では,機械技術研究所が風車用に開発したMEL001翼型を用いている.翼型は,翼弦長150mm,翼幅500mm,最大矢高位置が翼弦長に対して前縁から52%,最大厚み位置が翼弦長に対して前縁から42%,最大厚み比が15%,前縁部の半径が翼弦長に対して1.3%の2次元翼である.実験条件は,翼弦レイノルズ数Re(翼弦長と主流速度を代表値とする)が0.5×105,1.0×105,2.0×105,主流の乱れ度TIが0.5〜4.0%,翼の迎角が-20°〜+20°である.翼面圧力分布の測定結果より,に対する揚力係数の変化は,-6゜<<+10°の範囲に着目すると,ReまたはTIの減少に伴いポテンシャル流れから外れ,低い値となること,特にRe=0.5×105,1.0×105の場合,=6゜付近で揚力傾斜は急激に変化し,それらはReまたはTIが低い程顕著に現れること,を明らかにしている.

 第6章「翼面上の剥離の挙動について」では,圧力分布だけでは明確でない剥離泡について,MEL001翼型を用いて油膜法による観察を行っている.実験条件は,Re=1.0×105,TI=0.6%,1.5%,3.0%,=0°〜20°である.油膜法と圧力分布の結果から総合的に判断して,=6°〜8°の低迎角において,剥離泡が存在すること,乱れ度が強くなるにつれ剥離泡の流れ方向の長さが短くなる,あるいは消滅することを確認している.

 第7章「セラミックガスタービンへの応用に対する実験と考察-直線タービン翼列特性-」では,タービン翼として設計された翼弦長152mm,翼輻500mm,反り角107゜の2次元翼を用い,翼列の節弦比を0.7とし,7枚の翼と上下壁付近の流れを整流する2枚のダミー翼の計9枚で翼列としている.実験条件は,Re=0.4×105〜1.6×105,翼列上流の乱れ度TI=0.4〜4.0%,翼列の食い違い角=30゜,35°,40°,流れの入射角i=1゜〜26゜である.測定した翼面圧力分布より,単独翼の場合の抗力と揚力に相当する翼に働く2成分の力を求めている.すなわち,ポテンシャル流れにおいて入口速度と出口速度のベクトル平均を取った場合のベクトル方向の力Cxとそれに垂直方向の力Cyである.CxとCyのポーラ線図を描くと単独翼の場合と同じ様な図となり,が小さくなるとCxが増加し,そのような状態では圧力との比較から,増速翼列であるタービン翼でも負圧面に剥離が生じていることを明らかにしている.

 第8章「剥離特性」では,剥離点に関する局所レイノルズ数(排除厚さと境界層外縁の流速を代表値とする)を計算し,単独翼MEL001とタービン翼の他に,以前に翼型特性試験を行ったFX68W137とFX84W140の2種類の翼型を加えて検討している.その結果,翼弦レイノルズ数Reに対するの変化には上限があり,翼型と主流の乱れ度に依らない曲線関係が成り立つことを見出している.この関係について,層流剥離に関するHolsteinとBohlenの形状係数を基に曲線を検討した結果,214476f02.gifで整理できることを明らかにし,aは約2.0と求めている.

 第9章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめて述べている.

 上記のように本論文は,低レイノルズ数領域における翼型特性について,主流乱れ度の影響について詳細な実験を行い,このような領域では単独翼の迎え角に対する揚力特性が乱れ度に大きく影響されること,増速翼列であるタービン翼でも条件次第では翼面剥離が生じること,剥離点に関する局所レイノルズ数の上限と翼弦レイノルズ数の間に主流乱れ度によらない関数関係が存在すること,等を明らかにしている.これらの点から,機械工学,特に流体工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク