本研究は角膜内皮細胞の障害に対する、角膜内皮細胞密度の増加を目的とした治療法の可能性を探るため、ウシ角膜内皮細胞を用い生体内の状態に近づけた培養系を作り、主にTGF- を用いて角膜内皮細胞の増殖制御について検討し、下記の結果を得ている。 1.ウシ角膜内皮細胞のTGF- 受容体の発現を確認するため、放射性ヨードでラベルしたTGF- 1を用いて、アフィニティークロスリンク法および免疫沈降法を行った結果、TGF- I型受容体、TGF- II型受容体、およびエンドグリン受容体の発現が確認された。 2.細胞周期のG0/G1期からS期への進行状態を細胞核への5-bromo2’deoxyuridine(BrdU)の取り込みで検討した結果、subconfluentの状態では影響はなかったが、confluentの状態では10%FBSの存在下でTGF- は増殖を促進した。TGF- 1が10ng/ml、30ng/mlで、TGF- 2が30ng/mlの濃度で有意に促進した。 3.TGF- の添加による経時的細胞数の変化を調べるためMTT比色定量法を行った結果、TGF- 1(1ng/ml、10ng/ml、100ng/ml)を加えても24〜48時間後の細胞数には有意の変化はなかった。 4.TGF- 1の作用時間を長くした時の細胞形態変化を観察した結果、5日目に中央の内皮細胞が密になりドーム状に隆起して増殖していた。 5.角膜内皮細胞自体がPDGFを産生しているか調べるため、培養液を用いてWestern blotting法を行った結果、10%FBSの存在下で培養角膜内皮細胞からPDGF-BBの産生が確認された。この結果にはTGF- 1の存在の有無は影響していなかった。 6.TGF- 1とPDGFの共同作用を確認するためBrdUの取り込みを検討した結果、10%FBSの存在するconfluentの状態でTGF- 1による細胞周期の進行は抗PDGF-AB抗体、抗PDGF-BB抗体により有意に抑制された。10%FBS、confluentの状態でPDGF-BB単独ではG0/G1期からS期への進行は促進されなかった。1%FBS、confluentの状態でTGF- 1とPDGF-AAあるいはPDGF-BBとの共同作用はG0/G1期からS期への進行を促進しなかった。このことより増殖促進作用には第3の因子の存在が必要であることが示された。 7.TGF- 1による細胞周期制御のシグナル伝達経路を調べるため各インヒビターを用いてBrdUの取り込みを検討した結果、10%FBS、confluentの状態でTGF- 1の作用は、PKC、PKA、PKGのインヒビターであるstaurosporineとPKAのインヒビターであるKT5720で抑制された。PKCのインヒビターであるcalphostin C、PKGのインヒビターであるKT5823の各々単独ではTGF- 1のS期への進行促進を有意に抑制することはなかった。PI3-KのインヒビターであるウオルトマンニンはTGF- 1のS期への進行促進を有意に抑制した。 8.正常者および糖尿病患者における角膜内皮細胞の変化を検討するため、スペキュラーマイクロスコープを用いて観察を行った結果、細胞密度は正常者は40代、70代、糖尿病では50代以降のすべての年代で減少していた。正常者と糖尿病者との比較では50代で糖尿病者に減少を認めた。変動係数は正常者と糖尿病者との比較では40代で糖尿病者に高値を認めた。六角形細胞出現率は正常者の60代で低下、正常者と糖尿病者との比較では70代以上の糖尿病者で低下した。このことより糖尿病は角膜内皮細胞に影響を与えていることが確認された。 9.高グルコース濃度の状態でTGF- 1が角膜内皮細胞に及ぼす影響をBrdUの取り込みで検討した結果、10%FBSの存在下ではグルコース100mg/dl、400mg/dlの両群でTGF- 1により増殖促進作用が確認された。さらに400mg/dlの群では100mg/dlの群よりも増殖作用が促進された。 以上、本論文は培養ウシ角膜内皮細胞において、TGF- 1がPDGFと第3の因子の共同作用により細胞周期の進行を促進していることが示された。本研究は角膜内皮細胞の障害による細胞密度の減少に対する治療法の開発の基礎として、今後の研究の重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |