学位論文要旨



No 214480
著者(漢字) 海老原,康博
著者(英字)
著者(カナ) エビハラ,ヤスヒロ
標題(和) ヒト造血細胞におけるFlk2/Flt3の発現と機能解析およびその造血前駆細胞の体外増幅への応用
標題(洋)
報告番号 214480
報告番号 乙14480
学位授与日 1999.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14480号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 吉栖,正雄
内容要旨

 造血細胞の分化・増殖は種々のサイトカインにより調節制御されており、その機能はそれぞれの受容体とそのリガンドの結合を介したシグナル伝達よってもたらされている。その中で、受容体型チロシンキナーゼファミリーに属しているc-Kit,c-Fmsとそれぞれのリガンドであるstem cell factor(SCF)、macrophage colony-stimulating factor (M-CSF)は造血系において重要な役割を果たしていることが明らかになっている。近年、血液細胞に発現している新たな受容体型チロシンキナーゼであるFlk2/Flt3がマウス、ヒトで相次いでクローニングされ、胸腺・脾臓・骨髄での発現が報告された。また、Flk2/Flt3を用いてそのリガンド(FL)がクローニングされ、その生理的作用が注目されている。FLはマウス骨髄中の未分化な造血細胞に対して、単独ではわずかな増殖作用しか認めないが、種々のサイトカインと組み合わせることで相乗的に作用し、コロニー形成を促進したと報告されている。Competitive repopulation assayを用いた検討では、マウス造血幹細胞の-部にはFlk2/Flt3が発現していることが示されている。一方、ヒトではCD34陽性細胞に対する増殖作用が示されているものの、FLのヒト造血幹/前駆細胞に対する作用についてはいまだ十分に解明されていない。本研究では、Flk2/Flt3のヒト臍帯血CD34陽性細胞における発現を解析し、Flk2/Flt3陽性,陰性細胞の造血能を比較検討した。また、FLのヒト造血細胞に対する作用をヒト臍帯血CD34陽性細胞を用いて検討した。さらに、IL-6受容体システムはリガンドと結合する鎖(IL-6R)とシグナル伝達を担う鎖(gp130)から構成されているが、IL-6Rには細胞外領域のみからなる可溶性IL-6R(sIL-6R)が存在し、このsIL-6Rも膜結合型のIL-6Rと同じようにIL-6と結合してIL-6/sIL-6R複合体を形成し、gp130シグナルを活性化できることが知られている。Suiらは、SCFによるc-Kitシグナル、およびIL-6/sIL-6R複合体によるgp130シグナルの協同作用がヒトCD34陽性細胞中の造血幹/前駆細胞の著明な増殖をもたらし、また赤血球造血に必須とされてきたerythropoietin(Epo)非依存性の赤血球造血を誘導することを明らかにした。そこで、c-Kitと同じ受容体型チロシンキナーゼファミリーに属しているFlk2/Flt3とgp130を介したシグナルとの相互作用について解析し、Flk2/Flt3リガンドを用いたヒト臍帯血中の造血幹/前駆細胞への体外増幅の応用についても検討した。

方法

 1.臍帯血単核球を用いてCD34陽性細胞におけるFlk2/Flt3、CD38の発現をフローサイトメトリーを用いて解析した。次にCD34陽性細胞上のFlk2/Flt3の発現によりCD34+Flk2/Flt3+細胞、CD34+Flk2/Flt3-細胞を蛍光活性化細胞分離装置(FACS)を用いて分離し、有血清メチルセルロースクローナル培養をSCF100ng/mL、interleukin(IL)-3200U/mL、IL-6 100ng/mL、granulocyte colony-stimulating factor(G-CSF)10ng/mL、Epo2U/mL存在下で行った。

 2.臍帯血より分離されたCD34陽性細胞の有血清、無血清メチルセルロース培養をFL、IL-6、sIL-6Rを種々に組み合わせて行い、コロニー形成を検討した。また、有血清、無血清液体培養を行い、血液細胞、造血前駆細胞の増幅の検討を行った。

結果と考察1.臍帯血CD34陽性細胞におけるFlk2/Flt3の発現とその性状

 フローサイトメトリーによる解析の結果、CD34陽性細胞の約81.3±8.0%(n=4)にFlk2/Flt3の発現を認めた。更にCD34陽性細胞をCD38の発現により、比較的分化したCD34+CD38+細胞と、未分化なCD34+CD38-細胞に亜分画し、Flk2/Flt3の発現を検討してみると、CD34+CD38+細胞の76%、CD34+CD38-細胞の79%にFlk2/Flt3の発現が認められ、未分化なヒト造血幹/前駆細胞にもFlk2/Flt3が発現していると考えられた。そこでCD34陽性細胞をFlk2/Flt3の発現強度によりCD34+Flk2/Flt3+・CD34+Flk2/Flt3-細胞分画に分け、各々の細胞分画をFACSにて分離し、メチルセルロースクローナル培養をSCF、IL-3、IL-6、G-CSF、Epo存在下で行った。その結果、大部分の顆粒球・マクロファージ(GM)コロニー形成細胞はCD34+Flk2/Flt3+細胞に存在した。一方、赤芽球バーストや混合コロニーは、CD34+Flk2/Flt3+、CD34+Flk2/Flt3-細胞分画のいずれからも形成された。以上の結果より、受容体であるFlk2/Flt3は多能性造血前駆細胞を含む多くの造血前駆細胞に発現していると考えられ、Flk2/Flt3は造血系において重要な役割を果たしていることが示唆された。

2.FLの臍帯血CD34陽性細胞に及ぼす作用についての検討

 上記の結果を踏まえ、Flk2/Flt3のリガンドであるFLの臍帯血CD34陽性細胞に及ぼす作用について検討した。有血清メチルセルロースクローナル培養では、FL単独でもGMコロニーは形成されたが、SCF,IL-3,GM-CSF,G-CSFとの相乗効果により、そのコロニー形成は促進された。また、FLはIL-6存在下でもGMコロニー形成をわずかに促進したが、これにsIL-6Rを添加すると、更にGMコロニーが増加したばかりではなく、赤芽球バーストや混合コロニーも形成された。同様の結果は無血清培養でも得られた。また、このFLとIL-6/sIL-6R複合体の協同作用は、FLの濃度依存性に認められ、抗gp130抗体添加により完全に阻害されたことにより、Flk2/Flt3シグナルはc-Kitシグナルと同様に、gp130シグナル存在下で多能性前駆細胞を含む未分化な造血細胞の増殖を促進し、Epo非依存性赤血球造血を刺激すると考えられた。

3.FL、IL-6、sIL-6Rによるヒト造血前駆細胞の体外増幅の検討

 FL、IL-6、sIL-6Rの組み合わせにより未分化な造血細胞の増殖が誘導されたことにより、ヒト造血前駆細胞の体外増幅の可能性について検討した。臍帯血CD34陽性細胞2000個を液体培養すると、有血清、無血清いずれの条件下でも培養2週目には、培養細胞数は著明に増加し、顆粒球、マクロファージ、巨核球、脱核赤血球細胞を含む赤血球が多数認められた。また、培養中に含まれる造血前駆細胞の検討では、全造血前駆細胞数は、培養1週目では0.6倍であったが、2週目には5.2倍、3週目には4.4倍となった。増幅された前駆細胞には種々の前駆細胞が含まれていたが、特に未分化な多能性造血前駆細胞は培養2週目には6.9倍に増加した。

 ヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅は造血幹細胞移植や遺伝子治療など臨床的に関心が高く、造血幹細胞移植の際の骨髄バンクドナーの負担、臍帯血移植におけるレシピエントの体重の制限などの問題においてその問題解決をもたらすものとして大いに期待されている。今回検討したFL、IL-6、sIL-6Rによる増幅はSCF、IL-6、sIL-6Rの組み合わせと比較すると、その作用はやや弱いと考えられた。しかし、SCFは肥満細胞の増殖・分化を強く誘導することより、SCFを含む培養系で誘導された細胞の移植ではレシピエントに対しアレルギー反応を引き起こす可能性も考えられ、安全性の面からもFL、IL-6、sIL-6Rの組み合わせを用いたヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法の臨床応用が期待される。

結論

 今回の検討により、以下の結果を得た。

 (1)Flk2/Flt3の発現は臍帯血CD34陽性細胞の約4/5に認められ、Flk2/Flt3の発現はCD34+CD38+細胞、CD34+CD38-細胞いずれにも認められた。また、大部分のGMコロニー形成細胞はCD34+Flk2/Flt3+細胞分画に含まれていたが、赤芽球バースト形成細胞、混合コロニー形成細胞は、CD34+Flk2/Flt3+細胞、CD34+Flk2/Flt3-細胞の両者に認められた。以上の結果より、Flk2/Flt3は多能性造血前駆細胞を含む多くの造血前駆細胞に発現されていると考えられた。

 (2)FLは単独でも臍帯血CD34陽性細胞からのGMコロニー形成を刺激したが、SCF,IL-3,GM-CSF,G-CSF存在下でその作用は促進された。また、IL-6存在下でもGMコロニー形成は促進されたが、sIL-6Rの添加によりその数は更に増加したばかりではなく、赤芽球バースト、混合コロニーの形成も誘導された。このFLとIL-6/sIL-6R複合体の協同作用は、FLの濃度依存性に認められ、抗gp130抗体添加により完全に抑制された。これら結果は、FLによるFlk2/Flt3シグナルは、IL-6/sIL-6R複合体によるgp130シグナル存在下で、骨髄球系前駆細胞ばかりでなく、赤芽球系前駆細胞、多能性前駆細胞の増殖・分化も誘導すると考えられた。

 (3)FL、IL-6、sIL-6R存在下で、臍帯血CD34陽性細胞を液体培養したところ、種々の血液細胞、および多能性造血前駆細胞を含む造血前駆細胞が著明に増幅されたことにより、FL、IL-6、sIL-6Rによる培養法はヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法として期待されると考えられた。

審査要旨

 本研究はヒト臍帯血CD34陽性細胞を用いて、近年新たにクローニングされたFlk2/Flt3のヒト造血幹/前駆細胞上の発現とその発現の差違による造血能を比較検討し、Flk2/Flt3のリガンド(FL)のヒト造血幹/前駆細胞に対する生理作用を検討している。また、FLを用いたヒト臍帯血中の造血幹/前駆細胞への体外増幅の応用についても言及しており、以下の結果を得ている。

 1.フローサイトメトリーによる解析の結果、CD34陽性細胞の81.3±8.0%にFlk2/Flt3の発現が認められた。更にCD34陽性細胞をCD38の発現により、比較的分化したCD34+CD38+細胞と、未分化なCD34+CD38-細胞に亜分画し、Flk2/Flt3の発現を検討では、CD34+CD38+細胞の76%、CD34+CD38-細胞の79%にFlk2/Flt3の発現が認められ、未分化なヒト造血幹/前駆細胞にもFlk2/Flt3が発現していることが示された。

 2.CD34陽性細胞をFlk2/Flt3の発現強度によりCD34+Flk2/Flt3+・CD34+Flk2/Flt3-細胞分画に分け、各々の細胞分画を蛍光活性化細胞分離装置(FACS)にて分離し、stem cell factor(SCF)、interleukin(IL)-3、IL-6、granulocyte colony-stimulating factor(G-CSF)、erythropoietin(Epo)存在下でメチルセルロースクローナル培養を行うと、大部分の顆粒球・マクロファージ(GM)コロニー形成細胞はCD34+Flk2/Flt3+細胞分画に含まれていたが、赤芽球バースト形成細胞、混合コロニー形成細胞は、CD34+Flk2/Flt3+細胞、CD34+Flk2/Flt3-細胞の両者に認められた。以上の結果より、Flk2/Flt3は多能性造血前駆細胞を含む多くの造血前駆細胞に発現されていることが示された。

 3.FLは単独でも100ng/mLを至適濃度として臍帯血CD34陽性細胞からのGMコロニー形成を刺激したが、SCF,IL-3,granulocyte-macrophage colony-stimulating factor(GM-CSF),G-CSF存在下でその作用は促進された。また、IL-6存在下でもGMコロニー形成は促進されたが、soluble IL-6 receptor(sIL-6R)の添加によりその数は更に増加したばかりではなく、赤芽球バースト、混合コロニーの形成も誘導された。このFLとIL-6/sIL-6R複合体の協同作用は、FLの濃度依存性に認められ、抗gp130抗体添加により完全に抑制された。これら結果は、FLによるFlk2/Flt3シグナルは、IL-6/sIL-6R複合体によるgp130シグナル存在下で、骨髄球系前駆細胞ばかりでなく、赤芽球系前駆細胞、多能性前駆細胞の増殖・分化も誘導することが示された。

 4.FL、IL-6、sIL-6R存在下で、臍帯血CD34陽性細胞を有血清液体培養したところ、細胞数は培養7日目で10倍、培養14日目で50倍、培養21日目で60倍に増加し、骨髄球系細胞、赤血球系細胞、巨核球系細胞のほか未分化な芽球細胞も多数認められた。同様の作用は無血清液体培養でも認められた。

 5.上記結果を踏まえ、FL、IL-6、sIL-6R存在下で、臍帯血CD34陽性細胞を有血清液体培養すると、総造血前駆細胞数は培養1週目では0.6倍であったが、2週目には5.2倍、3週目には4.4倍となった。増幅された前駆細胞には種々の前駆細胞が含まれていたが、特に未分化な多能性造血前駆細胞は培養2週目には6.9倍と著明に増加が認められた。この結果から、FL、IL-6、sIL-6Rによる培養法のヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法としての可能性も示唆された。

 以上、本論文はヒト造血系において、Flk2/Flt3が未分化な多能性造血前駆細胞を含む種々の造血前駆細胞に発現しており、そのシグナルはgp130シグナルとの協同作用により、これら造血前駆細胞を著明に増幅させることを明らかにした。このため、FL、IL-6、sIL-6Rによる培養法が新たなヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法として期待されると考えられた。本研究は造血幹細胞移植や遺伝子治療の際のヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法の臨床研究を考える上で重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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