本研究はヒト臍帯血CD34陽性細胞を用いて、近年新たにクローニングされたFlk2/Flt3のヒト造血幹/前駆細胞上の発現とその発現の差違による造血能を比較検討し、Flk2/Flt3のリガンド(FL)のヒト造血幹/前駆細胞に対する生理作用を検討している。また、FLを用いたヒト臍帯血中の造血幹/前駆細胞への体外増幅の応用についても言及しており、以下の結果を得ている。 1.フローサイトメトリーによる解析の結果、CD34陽性細胞の81.3±8.0%にFlk2/Flt3の発現が認められた。更にCD34陽性細胞をCD38の発現により、比較的分化したCD34+CD38+細胞と、未分化なCD34+CD38-細胞に亜分画し、Flk2/Flt3の発現を検討では、CD34+CD38+細胞の76%、CD34+CD38-細胞の79%にFlk2/Flt3の発現が認められ、未分化なヒト造血幹/前駆細胞にもFlk2/Flt3が発現していることが示された。 2.CD34陽性細胞をFlk2/Flt3の発現強度によりCD34+Flk2/Flt3+・CD34+Flk2/Flt3-細胞分画に分け、各々の細胞分画を蛍光活性化細胞分離装置(FACS)にて分離し、stem cell factor(SCF)、interleukin(IL)-3、IL-6、granulocyte colony-stimulating factor(G-CSF)、erythropoietin(Epo)存在下でメチルセルロースクローナル培養を行うと、大部分の顆粒球・マクロファージ(GM)コロニー形成細胞はCD34+Flk2/Flt3+細胞分画に含まれていたが、赤芽球バースト形成細胞、混合コロニー形成細胞は、CD34+Flk2/Flt3+細胞、CD34+Flk2/Flt3-細胞の両者に認められた。以上の結果より、Flk2/Flt3は多能性造血前駆細胞を含む多くの造血前駆細胞に発現されていることが示された。 3.FLは単独でも100ng/mLを至適濃度として臍帯血CD34陽性細胞からのGMコロニー形成を刺激したが、SCF,IL-3,granulocyte-macrophage colony-stimulating factor(GM-CSF),G-CSF存在下でその作用は促進された。また、IL-6存在下でもGMコロニー形成は促進されたが、soluble IL-6 receptor(sIL-6R)の添加によりその数は更に増加したばかりではなく、赤芽球バースト、混合コロニーの形成も誘導された。このFLとIL-6/sIL-6R複合体の協同作用は、FLの濃度依存性に認められ、抗gp130抗体添加により完全に抑制された。これら結果は、FLによるFlk2/Flt3シグナルは、IL-6/sIL-6R複合体によるgp130シグナル存在下で、骨髄球系前駆細胞ばかりでなく、赤芽球系前駆細胞、多能性前駆細胞の増殖・分化も誘導することが示された。 4.FL、IL-6、sIL-6R存在下で、臍帯血CD34陽性細胞を有血清液体培養したところ、細胞数は培養7日目で10倍、培養14日目で50倍、培養21日目で60倍に増加し、骨髄球系細胞、赤血球系細胞、巨核球系細胞のほか未分化な芽球細胞も多数認められた。同様の作用は無血清液体培養でも認められた。 5.上記結果を踏まえ、FL、IL-6、sIL-6R存在下で、臍帯血CD34陽性細胞を有血清液体培養すると、総造血前駆細胞数は培養1週目では0.6倍であったが、2週目には5.2倍、3週目には4.4倍となった。増幅された前駆細胞には種々の前駆細胞が含まれていたが、特に未分化な多能性造血前駆細胞は培養2週目には6.9倍と著明に増加が認められた。この結果から、FL、IL-6、sIL-6Rによる培養法のヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法としての可能性も示唆された。 以上、本論文はヒト造血系において、Flk2/Flt3が未分化な多能性造血前駆細胞を含む種々の造血前駆細胞に発現しており、そのシグナルはgp130シグナルとの協同作用により、これら造血前駆細胞を著明に増幅させることを明らかにした。このため、FL、IL-6、sIL-6Rによる培養法が新たなヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法として期待されると考えられた。本研究は造血幹細胞移植や遺伝子治療の際のヒト造血幹/前駆細胞の体外増幅法の臨床研究を考える上で重要な貢献をすると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |