学位論文要旨



No 214481
著者(漢字) 堀江,良一
著者(英字)
著者(カナ) ホリエ,リョウイチ
標題(和) Tetradecanoylphorbol acetate(TPA)により骨髄性白血病細胞株HL-60に誘導されるCD30構造異型体(CD30v)のクローニングと解析
標題(洋)
報告番号 214481
報告番号 乙14481
学位授与日 1999.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14481号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 講師 丹下,剛
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 CD30はリンパ球活性化関連抗原として知られる。CD30を介したシグナルは、リンパ系細胞に対して増殖から細胞死といった多様な生物学的効果を有する。私はヒト骨髄性白血病細胞株におけるCD30の発現をノザン法で検討する過程で、骨髄性白血病細胞株HL-60を12-O-tetradecanoylphorbol 13-acetate(TPA)で刺激した際に誘導される、二つの新規のCD30 mRNAを発見した。これらのmRNAは2.3kbのサイズを有し、CD30の細胞外領域全体および膜貫通領域に対応するcDNAの一部を欠いており、CD30v mRNAと命名した。本研究は、このCD30の細胞外領域に対応する部分を欠く転写産物、CD30v mRNAのcDNAクローニング、およびそれより翻訳される蛋白質の構造および機能解析、さらに正常組織および白血病細胞における発現を検討したものである。

 二種のCD30v cDNAがクローニングされ、長いcDNAクローンは2313bpでCD30の膜貫通部に対応する領域から下流の3’末端まで同一(CD30cDNAの1380から3630)であること、短いcDNAクローンは長いcDNAクローンから、その5’側近傍の54塩基の欠落(CD30 cDNAの1479から1532)を認めるものであった。短いcDNAクローンは54塩基の欠落によりフレームシフトは生じない為、これらの二つのcDNAのオープンリーディングフレームはCD30 mRNAと同一であった。オリゴキャップ法を用いた転写開始点の検討により、CD30v mRNAはCD30蛋白質の膜貫通部に対応するエクソンの上流に存在するイントロン領域から転写されることが示された。CD30v cDNAによりコードされる蛋白質はCD30の289番目のアミノ酸、塩基で1612番目から翻訳され、ちょうどCD30の細胞内領域C末端132アミノ酸からなっていた。したがって予想されるCD30v蛋白質は、CD30の細胞外領域および膜貫通領域を欠き、細胞質内領域C末端側の大部分からなるものである。

 CD30v mRNAのin vitroでの翻訳では25kDaの蛋白として同定された。CD30の細胞質内領域に対して作製されたウサギポリクローナル抗体HCD30C1を用いたイムノブロットによる解析により、TPA刺激HL-60および二種類のCD30v cDNAをトランスフェクションされたCOS-7細胞において、CD30vは25kDaの蛋白質として同定された。

 ノザン法によりヒト正常組織(心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、胸腺、前立腺、精巣、卵巣、小腸、大腸、末梢血単核球)におけるCD30vの発現を検討したところ、正常細胞では肺に発現を認めた。HCD30C1とCD30の細胞外領域を認識する抗体Ber-H2を用いた免疫染色による検討で、CD30vは肺胞マクロファージにおいて発現していることが示された。

 構造解析により、CD30vはCD30の機能ドメインD1,D2,D3のすべてを含んでいることが示された。フォスファターゼを用いた脱リン酸化実験および正リン酸を用いたin vivo labelingにより、CD30vが構成的にリン酸化されており、CD30vがリン酸化を介した機能制御に関与している可能性が示唆された。NF-Bサイト依存性のレポーターを用いたreporter gene assayでは、CD30vがCD30と同様にNF-Bの活性化を誘導することが示された。HL-60にCD30vを過剰発現させるとNBT還元能の上昇を誘導した。これらの結果は、CD30vが機能分子として存在する可能性を示すものである。

 以上のことからCD30には細胞質外および膜貫通部を欠き、細胞内領域C末端側132アミノ酸からなるvariant form(構造異型体)が存在し、HL-60がTPAでマクロファージに分化する際に誘導されること、また肺胞マクロファージに発現していることから、当初単球一マクロファージ系細胞において発現、機能し得る分子と考えられた。

 その後CD30vの翻訳開始点を認識する、CD30vを認識するがCD30は認識しない、ペプチドによるウサギポリクローナル抗体HCD30C2を作製した。これを用いた免疫染色で、CD30vはAMLの5例中2例(M3 0/1,M4 1/3,M5 1/1)で白血病細胞において発現していることが示された。さらにCD30v mRNAを特異的に検出するRT-PCRを用いた検討でも骨髄性白血病細胞、72例中52例で、リンパ性悪性腫瘍細胞、B細胞性90例中63例で、T細胞性の30例中7例で発現していることが示された。さらに一部の症例の白血病細胞について、ノザン法、イムノブロットを追加して検討したところ、CD30vの発現レベルはTPA刺激したHL-60と同等以上であった。これらのことはCD30vが白血病細胞に発現しうる分子であること、当初考えられたようにマクロファージ系細胞に限局した分子ではなく、広く血液系腫瘍において発現しうる分子であることを示唆している。

 TRAF蛋白質はTNFレセプターファミリーのシグナル伝達分子として知られ、CD30のC末端、50アミノ酸に結合する。in vivoの共沈実験で、CD30vとTRAF2およびTRAF5が結合することが示された。白血病細胞におけるTRAF蛋白質のmRNAの発現をRT-PCRで検討しところ、TRAF1およびTRAF2は8例中6例、それぞれ(M0 1/1,M2 0/1,M4 0/1,M5 3/3,L1 1/1,ATL 1/1)と(M0 0/1,M2 0/1,M4 1/1,M5 3/3,L1 1/1,ATL 1/1)で、TRAF3および5は8例全てで発現していた。したがってTRAF蛋白質が白血病細胞においても発現、CD30vと結合し、シグナルを伝達する状況が整っていることが示唆された。

審査要旨

 CD30はリンパ球活性化関連抗原として知られ、リンパ系細胞に対して増殖から細胞死といった多様な効果を有する。私は骨髄性白血病細胞株におけるCD30の発現をノザン法で検討する過程で、ヒト骨髄性白血病細胞株HL-60を12-O-tetradecanoylphorbol 13 acetate(TPA)で刺激した際誘導される二つの新規の2.3kbのサイズを有するCD30 mRNAを発見した。本研究は、このCD30の細胞外領域に対応する部分を欠く転写産物の遺伝子クローニングおよびそれより翻訳される蛋白質の構造および機能解析、さらに正常組織および血液系腫瘍細胞における発現を検討したものであり、以下の結果を得ている。

 1、CD30mRNAは骨髄性白血病細胞株K-562およびU-937では構成的に発現しているのに対し、CD30の細胞外領域に対応するシークエンスを欠き、約2.3kbpのサイズを有する未知のmRNAがTPA刺激したHL-60に誘導されることが示され、CD30v mRNAと命名した。CD30v mRNAはTPA刺激後12時間後という比較的遅延した発現パターンを示し、発現誘導がTPA刺激の直接作用よりはHL-60の分化に相関して発現が誘導される分子であること、サザン法によるHL-60染色体遺伝子の検討ではCD30v mRNAの発現が転座による構造的変化によるものではないと考えられた。

 2、cDNAクローニングの結果、CD30v mRNAはCD30の細胞外領域全体および膜貫通領域に対応する塩基配列の一部を欠いており、CD30蛋白質の膜貫通部に対応するエクソンの上流に存在するイントロン領域から転写されていた。短い方のCD30v cDNAはCD30の膜貫通部に対応する領域の3’側に54塩基の欠落を認め、altemative splicingによると考えられた。CD30v mRNAによりコードされる蛋白質はCD30の細胞外領域および膜貫通領域を欠き、細胞質内領域C末端132アミノ酸からなっていた。CD30vによってコードされる蛋白質の分子量は計算上14,087であった。CD30v mRNAのin vitroでの翻訳およびCD30の細胞質内領域に対して作製されたウサギポリクローナル抗体HCD30C1を用いたイムノブロットによる解析により、CD30v蛋白質は25kDaの蛋白質として同定された。

 3、ノザン法によりヒト各正常組織(心臓、脳、胎盤、肺、肝臓、骨格筋、腎臓、膵臓、脾臓、胸腺、前立腺、精巣、卵巣、小腸、大腸、末梢血単核球)におけるCD30vの発現を検討したところ、TPAで刺激したHL-60のほかに、正常細胞では肺に発現を認めた。

 HCD30C1を用いた免疫組織学的検討で、CD30vは肺では肺胞マクロファージにおいて発現していることが示された。HL-60がTPA刺激でマクロファージに分化する過程でCD30vが誘導されることとあわせ、CD30vはマクロファージ系細胞のある分化段階、活性化状態で発現が誘導される分子であることが示唆された。

 4、NF-B依存性のレポーターを用いたreporter gene assayから、CD30vがNF-Bの活性化を誘導することが示された。HL-60にCD30vを過剰発現させるとNBT還元能の上昇を誘導した。また脱リン酸化実験および正リン酸を用いたin vivo labelingにより、CD30vが構成的にリン酸化されていることが示された。これらのことからCD30vが機能分子として存在している可能性が示唆された。

 5、CD30v蛋白質のN-末端のペプチドを抗原としてCD30v特異抗体HCD30C2を作製した。この抗体を用いた間接蛍光抗体法による免疫染色で、CD30vはAMLの5例中2例で白血病細胞において発現していることが示された。

 CD30v mRNAに特異的なRT-PCR法を用いた検討の結果ではCD30vは骨髄性白血病細胞、72例中52例で、リンパ性悪性腫瘍細胞、B細胞性90例中63例で、T細胞性の30例中7例で発現していることが示された。さらに一部の症例の白血病細胞について、ノザン法、イムノブロットを追加して検討したところ、CD30vの発現レベルはTPA刺激したHL-60と同等以上であった。これらのことはCD30vが白血病細胞に発現しうる分子であること、当初考えられたようにマクロファージ系細胞に限局した分子ではなく、広く血液系腫瘍において発現しうる分子であることを示唆している。

 6、in vivoの共沈実験でCD30vとTRAF2およびTRAF5が結合することが示された。

 8例の白血病細胞におけるTRAF蛋白質のmRNAの発現をRT-PCRで検討しところTRAF1あるいはTRAF2を発現していない各2例を除き、全てがTRAF1、2、3および5を発現していた。これらのことからTRAFが白血病細胞においても発現し、CD30vと結合しシグナルを伝達する状況が整っていることが示唆された。

 このような観点から、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

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