はじめに 神経血管柄付筋移植は筋肉を移植することで、動的な再建ができる方法として、陳旧性の顔面神経麻痺の治療をはじめ様々な臨床面で応用されている。しかし筋肉は移植前と同じ性質で収縮するわけではなく、移植筋の等尺性収縮力絶対値の減少、結合組織や脂肪組織の増加、筋線維の萎縮、筋線維種類の変化などが報告されている。これら変化には、腱の切断と再縫合、脱神経-再神経支配の過程などが関与していると思われる。また運動単位の再構築が最終的な移植筋の性質を決定すると考えられる。 運動単位とは1本の脊髄 運動ニューロンとその支配下にある同一の組織化学・生化学的特徴を有する筋線維群よりなる骨格筋の生理的最小単位である。運動単位の加齢、運動負荷、ポリオや筋萎縮性側索硬化症、脊髄損傷などにおける変化の報告は散見されるものの、筋移植モデルでの実験報告はほとんどみられていない。 今回著者は、この神経血管柄付筋移植における移植筋運動単位の再構築を規定する因子として、移植床神経の状態に着目し、その条件を変えることにより移植筋の収縮特性の変化、及び筋を構成する運動単位の再構築について実験的研究を行った。 実験方法1)実験材料及び実験モデルの作成 3ヶ月齢の雄、Fischer 344系ラットの長趾伸筋を用いた。左長趾伸筋を露出し、神経血管柄のみを残し、腱も切断し、筋肉を剥離した。血管はそのままとし、神経は深腓骨神経を神経血管柄付筋移植の移植床神経とみたてて、神経をそのままとした「コントロール群」、神経を切断し10-0ナイロン糸で縫合した「同数群」、神経を切断後、神経断端近位側を可能な限り細く矢状分割し、神経線維数を減少させて縫合した「減数群」の3群を作成した。腱は6-0ナイロン糸で縫合した。術後は下肢の固定を行うこともなくケージの中で飼育した。 2)評価 術後6ヶ月目に測定・評価を行った。長趾伸筋を露出し、神経血管柄及び近位の腱を残して筋肉を剥離し、他の伸筋群は切除した。背部の皮膚切開より椎弓切除を行い脊椎管を開放した。長趾伸筋遠位の腱を張力測定用のトランスデューサーに固定装着した。坐骨神経に電極を装着し、神経刺激装置により刺激を加え、等尺性収縮力を測定した。神経刺激はすべて持続時間が0.2msの矩形波とした。 単一刺激による筋肉の最大収縮力Pt、及び筋収縮開始から収縮力の最大値に達するまでの時間TPT、最大値から半数値になるまでの時間HRT、単位時間あたりの筋収縮力の増加dP/dtを測定した。刺激電圧はそのままとし、持続0.2msの矩形波刺激を、刺激時間250msにわたり、刺激周波数を50Hz、75Hz、100Hz、125Hz、150Hz、200Hz、250Hz、300Hzと漸増させてそれぞれの刺激周波数に対する筋肉の収縮力を測定し、その最大値Poを求めた。また筋単位断面積あたりの筋収縮力Specific PoをsPo(kN/m2)=Po(mN)/PCSA(生理的筋断面積)(m m2)により求めた。 脊髄をL1のレベルで離断し、L2〜S1の神経根を顕微鏡下に剥離、細分化を行い、1本1本の神経線維束を電極で刺激することにより運動単位を測定した。電圧を閾値下刺激から閾値上刺激へと徐々にあげながら単一刺激を行い、全か無かの反応を利用して求めた単一の運動単位から、各運動単位のPt、TPT、HRT、Po(MU-Po)を求めた。 運動単位にはFF(fast contracting,fast fatigue)、FI(fast contracting,intermediate fatigue)、FR(fast contracting,fatigue resistant)、S(slowly contracting)の4種類のものがある。運動単位がいずれの種類に属するかを、sag propertyとfatigue testにより調べた。sagとは強縮に至らない頻度の刺激を受けた場合に、一度の収縮中にみられる収縮力の減衰で、sag(+)のものをfast unit、sag(-)のものをslow unitと判定した。 Fatigue testは1秒に1回ずつ、40Hz、持続時間200msの刺激を4分間与えて生じた収縮力を測定し、次式にしたがってfatigue index(F.I.)を求めた。 F.I.=4分後の張力/張力の最大値 F.I.が0.75以上のものをFR、0.25以上0.75未満のものをFI、0.25未満のものをFFと判定した。 MU-Poの平均値を求め、#MU=Po/averageMU-Poの式によりその筋体に含まれる運動単位数を算出した。 測定を行った実験動物は、コントロール群5匹、同数群7匹、減数群7匹であった。測定した運動単位はコントロール群41個、同数群57個、減数群32個の計130個であった。 実験結果 1)Pt、Poは同数群、減数群いずれもコントロール群に対し有意に小さかった。sPoはコントロール群276.5±25.1mNに対し、同数群242.5±17.8mNで有意差を認めないが、減数群では170.2±22.6mNと有意に減少していた。 HRTはコントロール群14.0±1.0msに対し、同数群20.9±1.4ms、減数群23.3±1.4msと、有意に延長していた。dP/dtはコントロール群87.1±8.1N/sに対し、同数群47.8±5.7N/s、減数群22.3±2.5N/sと低下していた。 2)MU-Poはコントロール群88.73±8.8mN、同数群132.00±13.3mN,減数群128.20±14.8mNであり、脱神経-再神経支配の過程を経て、ひとつあたりの運動単位は大きくなっていたが、同数群と減数群の間には差がなかった。それぞれの筋肉での運動単位数は42.43個、19.89個、10.37個でった。 3)運動単位の種別構成では、S unitはコントロール群4.9%、同数群12.3%、減少群21.9%であった。各種類別MU-Poは、FF、FIでは各群とも有意差はなかったが、FRでは同数群、減数群とも有意差をもって増大していた。 4)筋組織標本所見ではATPase染色で、コントロール群においてtype I fiberとtype II fiberがまばらに存在する、"checkerboard pattern"を示していたが、同数群、減数群では著明なtype groupingが認められた。 考察 本実験ではコントロール群に比べ、同数群では筋肉全体における収縮力の絶対値が減少したが、単位断面積あたりに換算すると、差はなかった。ところが減数群では筋全体の収縮力のみならず、単位断面積あたりでも収縮力が減少していた。これは筋線維以外の組織の増殖というよりは、収縮していない筋線維、すなわち再神経支配されていない筋線維の存在を示唆するものと考えられた。 加齢におけるラット運動単位の観察では、S unitは2倍以上に大きくなり、FF unitではその数が3分の2程度に減り、かつMU-Poも30-40%減少するという。加齢によりS unitを支配している運動ニューロンは、他の神経支配を失った筋線維を分枝により取り込んで再支配するという可能性が考えられているが、その前提として、S unitを支配する運動ニューロンの方が再神経支配が早いことが必要である。部分的脱神経を行った報告では、各運動単位は4〜19倍の大きさになり、平均でも2〜4倍になる。これは筋線維の肥大ではなく、神経の発芽により、神経支配比が大きくなるためと説明されている。また運動単位の種類別ではS unitの方がF unitよりも大きくなるという。S unitでは抗重力作用や姿勢保持作用のように日頃から運動ニューロンのインパルスが頻繁に発射されているがために、再生が早いことは十分予想される。本研究もS unitの構成比の増大が認められた。また減数群では更にS unitの構成比率が増大していたが、これは移植床神経の条件が悪いため、再生しやすいS unitがよりその比率を増大させたためと考えられる。 移植後、筋肉の性質は移植床神経の性質により変化するのみならず、移植床神経の神経線維数や縫合状態という条件にも左右される。そして神経の条件が不良な場合には移植された筋はよりS unitが優位となり、速い筋収縮、すなわち速筋としての機能再建は困難となる。また移植後の運動負荷についても、S unitは術後の運動によく反応して、大きくなるものの、F unitではその傾向が少ないという。以上より、筋移植による動的再建では、移植床の神経線維数を十分確保し、神経断端どうしを確実に縫合するなど、神経縫合に注意をむける必要があると考えられた。また術後の十分かつ適切なリハビリテーションが重要であると考えられた まとめ 1.Pt、Po、はコントロール群、同数群、減数群の順で小さくなっていたが、sPoでは同数群はコントロール群と同程度に回復していた。一方減数群のsPoはコントロール群に比べて有意に小さく、移植床の神経線維数が十分にないと、筋肉の収縮力は十分に回復しないことを示していた。 2.同数群、減数群ではdP/dtが小さくなるとともに、HRTは延長していた。神経の切断・再縫合という過程で、筋肉の収縮力は減少し、収縮速度は遅くなっていた。 3.この過程において、MU-Poは増大し、特にFR unitで大きくなっていた。移植床の神経線維数はこの運動単位の増大には影響してはいなかった。移植床の神経線維数が減少することで筋肉あたりの運動単位数は減少し、筋肉全体としての収縮力が減少、すなわち再神経支配されていない筋線維の存在が示唆された。 4.再構築された運動単位は、S unitの占める割合が大きくなっていた。これは神経の切断と縫合による再神経支配の際、縫合条件が悪いときは再生の早いS unitがより優位に再構築されるためであると考えられた。 5.移植筋の組織的な観察では、同数群、減数群でtype groupingがみられ、脱神経-再神経支配における所見と同様であった。 6.神経血管柄付筋移植では、再構築される運動単位は移植床神経に依存し、移植床の神経線維数や神経の縫合状態などが十分でないときは、再構築される運動単位数は少なく、運動単位の比率ではS unitがより多く、移植筋はより遅筋としての性質を表現する。従って、速筋の動的再建はより困難であることが予想された。移植筋に速筋としての収縮特性を求めるのであれば、移植床の神経線維数を十分確保し、神経断端どうしを確実に縫合するなど、神経縫合に注意をむける必要があると考えられた。また術後の十分かつ適切なリハビリテーションが重要であると考えられた。 |