学位論文要旨



No 214485
著者(漢字) 菅野,美貴子
著者(英字)
著者(カナ) カンノ,ミキコ
標題(和) ニプラジロール点眼の眼圧に及ぼす影響とその作用機序の検討
標題(洋)
報告番号 214485
報告番号 乙14485
学位授与日 1999.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14485号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊賀,立二
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 沼賀,二郎
 東京大学 講師 加藤,聡
内容要旨 1.研究目的および背景

 現在、緑内障点眼治療薬として遮断剤が既に広く臨床使用されている。ニプラジロールは、非選択制遮断作用、遮断作用、およびニトログリセリン様の血管拡張作用を併せ持っている。近年、遮断剤やニトログリセリンにも、眼圧下降作用があることが報告されているが、その眼圧下降機序、人眼に対する眼圧下降作用については未だ明らかにされていない。

 ニプラジロールは、従来の遮断剤と異なり、遮断作用やニトログリセリン様作用を併せもつことから、点眼剤への応用により遮断作用による房水産生抑制以外の眼圧下降作用や視神経乳頭部の血流増加作用などが期待される。

 今回の研究では、ニプラジロール点眼液の家兎眼での眼圧下降作用や機序、視神経乳頭血流への影響、更に、人眼での眼圧下降作用と機序について検討した。

2.方法1)白色家兎眼における眼圧下降作用および機序実験1単回点眼での眼圧下降作用

 片眼に0.06%、0.125%、0.25%、0.5%ニプラジロール点眼液、または基剤を、他眼には基剤を点眼投与し、眼圧を空気圧平眼圧計(Applanation Pneumatonograph,アルコン、米国)を用いて経時的に測定した。

実験2反復点眼での眼圧下降作用

 片眼に0.25%ニプラジロール点眼液、他眼に基剤を、1日2回14日間点眼した。眼圧測定を点眼前、5、10、14日目に行った。

実験3チモロール点眼液との眼圧下降作用の比較

 片眼に1)〜4)のいずれかを点眼し、眼圧を経時的に計測した。1)生理的食塩水、2)0.25%ニプラジロール点眼液、3)0.5%テモロール点眼液、4)0.25%ニプラジロール点眼5分後に0.5%チモロールを点眼、5)0.5%チモロール点眼5分後に0.5%チモロールを点眼

実験4血液房水柵透過性への影響

 0.25%ニプラジロール点眼後、フルオレセインを静注し、両眼の前房内フルオレセイン濃度をslit-lamp fluorometer(トプコン、東京)で測定した。

実験5房水産生量の測定

 フルオロフォトメトリーJones-Maurice II法を用いて房水産生量を計測した。測定前日、フルオレセインを両眼に点眼した。測定当日、片眼に0.25%ニプラジロール点眼液を他眼に基剤を投与し、経時的に両眼の角膜および前房のフルオレセイン濃度をslit-lamp fluorometerで測定した。次式を用い房水産生量を算出した。時刻t時における房水産生量をF(t)、角膜実質体積をVc、前房容積をVa、時刻t時における角膜のフルオレセイン濃度をCc(t)、前房内のフルオレセイン濃度をCa(t)とした。

 

実験6各種房水流出路への影響

 房水流出路には、全身血液循環に至る経路と、経ぶどう膜強膜流出路の2つの経路があるが、これらに対する影響をDiamox法とanterior perfusion methodを用いて検討した。

実験7視神経乳頭循環への影響

 片眼に0.25%ニプラジロール点眼液を1日2回14日間点眼し、点眼開始前と最終点眼後にレーザースペックル眼底末梢循環解析機にて両眼の視神経乳頭のnormalized blur(NB)値を測定した。

2)人眼おける眼圧下降作用および機序

 被験者は、20歳から49歳の計48名のボランティアの男性で、それぞれ異なった12名の被験者が各実験に参加した。

実験10.06%、0.125%、0.25%、0.5%ニプラジロール点眼液の眼圧下降作用の比較

 被検者12名を1群6名の2群に分け、第I群には基剤、0.06%、0.25%ニプラジロール点眼液を、第II群には基剤、0.125%、0.5%のニプラジロール点眼液を点眼投与し、経時的に眼圧をゴールドマン圧平眼圧計(Haag-Streit,スイス)で測定した。

実験2チモロール点眼液との眼圧下降作用の比較

 1)単回点眼試験

 被検者12名に、基剤、0.125%、0.25%ニプラジロール点眼液、0.5%チモロール点眼液のいずれかを点眼し経時的に眼圧を測定した。

 2)反復点眼試験

 被検者各6名の片眼に0.25%ニプラジロール点眼液または0.5%チモロール点眼液を1日2回8日間点眼した。点眼1、5、8日目に眼圧測定を行い眼圧下降作用を比較した。

実験3眼圧下降機序の検討

 1)眼圧、瞳孔径、屈折、房水蛋白濃度の測定

 片眼にニプラジロール点眼液を、他眼に基剤を点眼し経時的に眼圧を測定、また、前房内フレア強度をフレアーセルメーター(FM-500、興和株式会社、東京)を用いて測定し、房水蛋白濃度を算出した。点眼前後の瞳孔径と屈折を測定した。前房内蛋白流入係数(kin)を房水蛋白濃度、血清蛋白濃度を用いて算出した。

 2)房水産生量、前房容積の測定

 実験前日、フルオレセインを点眼し、実験当日、薬剤点眼後、角膜および前房のフルオレセイン濃度をフルオロメーター(fluorotron master、Coherent Medical、米国)を用いて測定した。前房深度の測定は前房深度計(Haag-streit、米国)を用いて測定し、前房容積を算出した。

 房水産生量fはJones and Maurice IIの変法を用いて算出した。

 

 Fc/Faは角膜内フルオレセイン濃度Fcと前房内フルオレセイン濃度Faの比の平均値とした。角膜容積Vcは70lと仮定した。AcおよびAaは、自然対数に変換した角膜内および前房内フルオレセイン濃度の経時変化における回帰直線の傾きとした。

 3)房水流出率の測定

 房水流出率は、電気眼圧計(HE-210-C、半田屋、日本)を用いてニプラジロール点眼前後に測定した。

 4)上強膜静脈圧の測定

 ニプラジロール点眼前後の上強膜静脈圧を、ベノマノメーター(Episcleral Venomonometer、Eyetech Ltd、米国)を用いて測定した。

 実験中、安全性を確認するために眼科他覚所見を細隙灯顕微鏡で観察すると共に、眼科および内科自覚症状、他覚所見および全身症状を問診にて随時調査した。

3.結果1)家兎眼に対する眼圧下降作用および機序

 ニプラジロール点眼液は、0.06%〜0.25%の濃度で用量依存性の眼圧下降作用を示し、0.25%が最大の眼圧下降作用を示す最低の濃度であった。0.25%ニプラジロール点眼により、基剤点眼側にも弱い眼圧下降が認められた。また、0.25%ニプラジロール点眼液は、14日間反復点眼しても薬剤耐性は認められず眼圧下降作用は減弱しなかった。0.5%チモロール点眼液と0.25%ニプラジロール点眼液の眼圧下降作用は同等であった。0.5%チモロール点眼5分後0.5%チモロールを追加点眼したところ、0.5%チモロール単回点眼の場合と比較し眼圧下降作用に変化が認められなかったが、0.5%チモロール点眼後に0.25%ニプラジロールを追加点眼した場合、その眼圧下降作用に増強が認められた。

 フルオロフォトメトリーを用いニプラジロール点眼液の眼圧下降機序を検討したところ、ニプラジロール点眼後、ニプラジロール点眼側の房水産生量は低下し、更に、uveoscleral outflowが増加することが明らかとなった。房水産生量の低下は、基剤点眼側にも認められた。ニプラジロール点眼により房水流出率、血液房水柵透過性に変化は認められなかった。以上より、ニプラジロールの眼圧下降作用機序は、房水産生量の減少とuveoscleral outflowの増加によると考えられた。

 0.25%ニプラジロール点眼液1日2回14日間点眼後、ニプラジロール点眼側のNB値は増加し、点眼により視神経乳頭循環が良くなることが示唆された。

2)人眼における眼圧下降作用および作用機序

 人眼においても0.06%、0.125%、0.25%、0.5%ニプラジロール点眼液は、有意に点眼側の眼圧を下降させた。最大の眼圧下降作用を示す最低のニプラジロール点眼液の濃度は家兎眼と同様0.25%であった。0.25%ニプラジロール点眼液は、0.5%チモロール点眼液と同等の眼圧下降作用を示した。8日間の反復点眼試験でも0.25%ニプラジロール点眼液は、実験期間中0.5%チモロール点眼液と同等の眼圧下降作用を示した。また、8日間その眼圧下降作用は減弱しなかった。

 Jones-Maurice II法で算出した房水産生量は、ニプラジロール点眼後、ニプラジロールの点眼側で有意に低下した。一方、房水流出率および上強膜静脈圧は変化を来さなかった。得られた実験値からuveoscleral outflowを算出した結果、ニプラジロール点眼によりuveoscleral outflowは増加することが示された。房水蛋白濃度に対してニプラジロール点眼液は増加作用を示したが、前房内蛋白流入係数に影響を及ぼさなかった。これより、ニプラジロール点眼による房水蛋白濃度の増加が血液房水柵の破綻によるものではなく、房水産生量の低下によるものと示唆された。

 実験1〜3の期間中、ニプラジロール点眼により臨床上問題となるような自覚症状、他覚所見は認められなかった。

4.結語

 今回の検討では、ニプラジロール点眼液は房水産生量の低下、uveoscleral outflowの増加による充分な眼圧下降作用を有し、家兎眼では視神経乳頭血流を増加させることが明らかとなった。

 また、問題となるような眼局所および全身の副作用は認められなかった。人眼でもニプラジロール点眼により視神経乳頭血流が増加する可能性もあり、より進歩した緑内障治療薬となりうることが示唆された。

審査要旨

 本研究は、非選択制遮断作用、遮断作用、およびニトログリセリン様の血管拡張作用を併せ持つニプラジロールが、緑内障点眼治療薬として臨床応用可能な薬剤であるかどうか調べるために家兎眼および人眼での眼圧下降作用、房水動態における影響を検討し、下記の結果を得ている。

 1.ニプラジロール点眼液の家兎眼の眼圧に及ぼす影響を調べた。0.06%、0.125%、0.25%、0.5%ニプラジロール点眼液は、0.06%〜0.25%の濃度で用量依存性の眼圧下降作用を示し、0.25%が最大の眼圧下降作用を示す最低の濃度であった。0.25%ニプラジロール点眼により、薬剤点眼側だけでなく基剤点眼側にも弱い眼圧下降が認められた。また、0.25%ニプラジロール点眼液は、14日間反復点眼しても薬剤耐性は認められず眼圧下降作用は減弱しなかった。0.5%チモロール点眼液と0.25%ニプラジロール点眼液の眼圧下降作用を比較したところ、2剤とも同等の眼圧下降作用が認められた。チモロール点眼液点眼5分後チモロール点眼液を追加点眼したところ、チモロール単回点眼の場合と比較し眼圧下降作用に変化が認められなかったが、チモロール点眼後にニプラジロールを追加点眼した場合、その眼圧下降作用に増強が認められた。

 2.ニプラジロール点眼液の家兎眼の房水動態に及ぼす影響をフルオロフォトメトリーを用いて検討した。ニプラジロール点眼後、ニプラジロール点眼側の房水産生量は低下し、更に、uveoscleral outflowが増加することが明らかとなった。房水産生量の低下は、基剤点眼側にも認められた。ニプラジロール点眼により、房水流出率、血液房水柵透過性に変化は認められなかった。以上より、ニプラジロールの眼圧下降作用機序は、房水産生量の減少とuveoscleral outflowの増加であることが示された。

 3.ニプラジロール点眼後の視神経乳頭循環に対する影響を、レーザースペックル眼底末梢循環解析装置を用いて計測した。ニプラジロール点眼液1日2回14日間点眼後、ニプラジロール点眼側のNB値は増加し、点眼により視神経乳頭循環が良くなることが示唆された。

 4.ニプラジロール点眼液の人眼における眼圧下降作用を検討した。0.06%、0.125%、0.25%、0.5%ニプラジロール点眼液は、有意に点眼側の眼圧を下降させた。最大の眼圧下降作用を示す最低のニプラジロール点眼液の濃度は家兎眼と同様0.25%であった。0.25%ニプラジロール点眼液は、0.5%チモロール点眼液と同等の眼圧下降作用を示した。8日間の反復点眼試験でもニプラジロール点眼液は、実験期間中チモロール点眼液と同等の眼圧下降作用が認められた。また、1、5、8日目ともほぼ全測定時間で有意な眼圧下降作用が認められ、8日間その眼圧下降作用は減弱しなかった。

 5.フルオロフォトメトリーを用いて人眼におけるニプラジロール点眼液の眼圧下降機序を検討した。Jones-Maurice II法で算出した房水産生量は、ニプラジロール点眼後、ニプラジロール点眼側で有意に低下した。一方、房水流出率および上強膜静脈圧は変化を来さなかった。得られた実験値からuveoscleral outflowを算出した結果、ニプラジロール点眼によりuveoscleral outflowは増加することが示された。房水蛋白濃度に対してニプラジロール点眼液は増加作用を示したが、前房内蛋白流入係数に影響を及ぼさなかった。これより、ニプラジロール点眼による房水蛋白濃度の増加が血液房水柵の破綻によるものではなく、房水産生量の低下によるものと示唆された。実験1〜3の期間中、ニプラジロール点眼により臨床上問題となるような自覚症状、他覚所見は認められなかった。

 以上、本論文は、ニプラジロール点眼液が房水産生量の低下、uveoscleral outflowの増加という2つの機序による充分な眼圧下降作用を有し、家兎眼では視神経乳頭血流を増加させることを明らかにした。本研究は、ニプラジロールが、より進歩した新しい緑内障治療薬となりうることを証明し、この薬剤の臨床応用は緑内障治療に恩恵をもたらすことと思われ、学位授与に値するものと考えられる。

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