キネシンスーパーファミリー(KIFs)は微小管系モータータンパク質の一大遺伝子群である。それぞれに共通して存在するキネシンモータードメインによって、微小管上を定められた方向にATPのエネルギーを利用して運動する。このモータードメイン以外のドメインのホモロジーは分子種相互に低く、それぞれの分子種が違ったオルガネラに結合し、それを運びわけていることが細胞の機能において重要であると考えられており、それぞれが運搬するオルガネラの同定が必要な課題とされてきた。 kinesin heavy chain(KHC)はこのスーパーファミリーの中で最初に発見された分子種であるが、その後の検索により、マウスでは三種の類似の遺伝子にコードされていることがわかった。神経に特異的に発現されているKIF5A,Cと全身型のKIF5Bである。KHCは微小管の(+)端向きのモーターであり、一般にオルガネラを細胞の中心から遠ざける向きに輸送している。 このKHCの輸送するオルガネラの候補としては以前よりミトコンドリア、リソゾーム、ゴルジ装置からの逆行性輸送小胞などが示唆されてきたが、抗体や機能ブロック実験の特異性などの問題から、特にミトコンドリアについては定説がないままであった。今回KIF5Bを欠損するマウスを遺伝子ターゲティング法により作成し、その胚体外膜の初代培養系における主要なオルガネラの分布を解析した。 まずマウスkif5B遺伝子のcDNAをクローニングし、ATP結合コンセンサスであるP-loop周辺を含む断片をプローブとして三個のgenomicクローンをlambda libraryからスクリーニングした。これらのクローンを用い、74bpの長さをもつP-loop exonとその周辺領域を逆向きのpPGKneopAカセットで置き換える形で通常のポジティブネガティブ選別法によるターゲティングベクターを構築した。 このベクターをJ1系のES細胞に電気穿孔法を用いて導入し、G418により選別したクローンについてgenomic Southern blotting法を用いてスクリーニングし、439個のうち5個の相同組換えクローンを得た。次にこれらをマウスのブラストシストに注入することで独立な2ラインのマウスを得、ヘテロ接合体同士をかけ合わせることによってkif5B遺伝子欠損マウスを得た。 この遺伝子欠損マウスは胎生9.5-11日に致死であり、9.5日齢では成長が有意に遅延し、また心血管系の異常および外胚葉系と中胚乗系のパターン形成にも奇形を生じた。9.5日齢においてこのマウスの胚体外膜を初代培養し、培養後2-7日においてミトコンドリアをはじめとする主要なオルガネラを染色して観察した。 まず最初に、Mitotrackerによってミトコンドリアを特異的に染色し、これと微小管との二重染色を行なった。野生型の細胞ではミトコンドリアは微小管に沿って細胞全体に分布していたが、ほとんどすべてのkif5B遺伝子欠損細胞においてミトコシドリアは核周囲に異常に集積していた。微小管の走向には大きな変化は認められなかったので、細胞の周縁にミトコンドリアが認められなくなったことは、微小管細胞骨格自身の異常によるものではないと考えられた。また、微小管とミトコンドリアそれぞれの分布面積を定量化したところ、欠損細胞においてミトコンドリアの占める割合が有意に低下していた。 欠損細胞においてもその中央部ではミトコンドリアは微小管に沿って局在している。この異常な集積が微小管に依存するか否かを検討するため、この欠損細胞の微小管をnocodazokで処理して脱重合した上でふたたびミトコンドリアを染色した。その結果、ミトコンドリアは細胞質に一様に分布し、かつ、その形は緊張を失い糸くず様に変化していた。このことは、ミトコンドリアがKIF5B欠損細胞においても細胞の中心向きの他のモーターや微小管結合タンパク質(MAPs)等によって微小管につなぎとめられていることを示している。 次にこのミトコンドリアの集積がKIF5B自身の欠損によるものであることを確かめるため、KIF5BcDNAの発現ベクターを欠損細胞の核にマイクロインジェクションし、これをKIF5Bとミトコンドリアで二重染色した。その結果、KIF5Bの強い発現が確認された細胞では、ミトコンドリアの細胞質への正常な分布が観察された。 さらに、このミトコンドリアの集積がKIF5Bの欠損の直接の影響によるものであることを確かめるため、マウスの肝臓および胎児からP2画分を分取して、Nycodenzを用いた密度勾配遠心で分離した。KIF5Bはミトコンドリアのマーカータンパク質であるシトクロームオキシダーゼIと同様な挙動を示したことから、KIP5Bの一部はミトコシドリアと結合している可能性が示唆された。 次にリソゾームの輸送についても解析した。キネシンがリソゾームを輸送していることは、以前のアンチセンスRNAやドミナントネガティブ遺伝子発現ベクターの導入実験からほぼ明らかになっていたが、KIF5B欠損細胞においても同様な結果が得られた。 まず常法通り培養液のpHを上げ、リソゾームを細胞中心に集積させ、引き続き培地のpHを6.9に下げることでこのリソゾームの細胞周縁への運動を確認した。それぞれの段階においてリソゾームをanti-LAMP2抗体による蛍光抗体法で染色し,リソゾームが細胞の中心に集積している細胞の数を定量した。その結果、pH上昇により野生型および欠損マウスの双方とも約70%の細胞がリソゾームを集積させた。引き続くpHの低下により、野生型では20%のみが集積させていたが、欠損細胞では63%の細胞がリソゾームの集積を保っていた。これは統計学的に有意な差であり、KIF5B欠損細胞ではリソゾームの細胞周縁向きの輸送もまた、障害を受けていることが確認された。 ゴルジ装置からERへの膜小器官の逆行性の膜小胞の輸送は、細胞の中心から周縁向きの輸送であり、以前の抗体のマイクロインジェクションの実験からはキネシンの関与が示唆されていた。しかし、この欠損細胞では特に有意な変化は認められなかった。まずDiOC6(3)を用いてこの細胞のERを、抗CTR433抗体を用いてmedial Golgiを、抗GM130抗体を用いてcis-Golgiを染色したが、その形態には有意な差は認められなかった。次に低濃度および高濃度のBrcfeldin Aの処理後に固定し、medial Golgiを染色することによって、ゴルジ装置の膜のERパターンへの再分布について解析した。予想に反してこの再分布は欠損細胞でも野生型細胞とほぼ同様に起こり、また低濃度の条件ではゴルジ装置からの微小管依存性の膜の引き抜きを示すtubulationも正常通り観察された。これらの結果は、胚外膜の細胞のGolgi-to-ERの輸送にはKIF5Bは必須ではなく、他の微小管系のモーターが主にその働きを担っていることを示唆するものである。 最後にこの胚体外膜における主要なKIFsの発現の増減をRT-PCR法を用いて定量した。まず神経特異的なキネシン、KIF5AとKIF5Cについては、コントロールでは定量限界以下の発現しかなかったが、KIF5B欠損マウスにおいては少なくとも10倍以上の増加が観察された。これはKIF5ファミリー間の相互で発現の調節が起こっていることを示す初めての結果である。しかし、その増加したレベルもadultの脳の発現レベルに比べれば5Aで1/1000、5Cで1/30にしかならないので、欠損を補うには十分でなかったと考えられる。 また、以前神経細胞のミトコンドリアへの結合が確認されたKIF1Bについては、特に増減はなく、いずれもadultの心臓と同様であるが脳の1/3程度の発現が確認された。それにもかかわらず今回ミトコンドリアの分布の異常が観察されたことは、KIF1Bのみではミトコンドリアの輸送に十分ではないことを示唆している。ミトコンドリアの分布は両方向の複数のモーターの力のバランスによって決定されると考えられており、また細胞や時期によりミトコンドリアの重要なモーターの分子種が異なるとも考えられるので、KIF1BとKIF5Bの使い分けについては今後、KIF1Bの欠損マウスやKIF5Bの条件的ノックアウトマウスの作成などを通して明らかにしたいと考えている。 以上のように、KIF5B欠損マウスの胚体外膜の細胞では、ミトコシドリアとリソゾームの細胞周縁向きの輸送が障害を受けているが、ゴルジ装置からERへの膜小器官の逆行性の膜小胞の輸送は特に有意な変化を生じなかった。 |