学位論文要旨



No 214488
著者(漢字) 深谷,安子
著者(英字)
著者(カナ) フカヤ,ヤスコ
標題(和) 在宅要介護高齢者のADL自己効力感尺度の開発と、その信頼性・妥当性の検討
標題(洋)
報告番号 214488
報告番号 乙14488
学位授与日 1999.11.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第14488号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 江藤,文夫
 東京大学 助教授 鳥羽,研二
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 講師 山本,則子
内容要旨 研究目的

 運動機能障害を余儀なくされた高齢者の生活能力の向上のためには、本人自身が日常生活に必要とする新たな行動様式を習得し、継続的な運動が実施できるように支援することが重要となる。しかし運動の継続は非常に困難であり、一旦要介護となった高齢者ではADL低下が著しいことが明らかにされている。また要介護高齢者のADLには、本人の運動能力レベルのADL(できるADL)と、実際に行っている実践レベルのADL(しているADL)には、ギャップがあることが指摘されている。このようなADLギャップが日常的に持続すれば、要介護高齢者では容易に廃用性機能低下によるADLの低下が生じることが予測される。しかしこのADLギャップの原因や、ADLギャップとADL変化との関連性の解明は不充分であり、看護の介入方法も明らかにされていない。したがってADLの低下を防ぐための介入方法を明らかにするためには、ADLギャップやADL変化の予測因子をまず明らかにする必要がある。Banduraは、ある行動をうまくやれるといった自信を自己効力感と定義し、この自己効力感は遂行行動の最も強い予測因子であることを明らかにしている。したがってADLギャップをADL遂行行動として捉えれば、ADL自己効力感で予測できないかと考えた。そこで本研究は、在宅要介護高齢者のADL自己効力感を捉えるために、Banduraの自己効力感概念を適用した「ADL自己効力感尺度」を作成し、その信頼性と妥当性の検討を目的とした。妥当性の検討は構成概念妥当性、併存妥当性、予測妥当性の3側面から行った。用語の定義は、ADL自己効力感:ADLの維持・向上のための行動を行える自信、「できるADL」:現在持っている運動・精神機能を用いれば行うことができるADL、「しているADL」:実際に実行しているADL、ADLギャップ(ADL遂行行動):ADLの能力レベル(できるADL)と実践レベル(しているADL)との差(「できるADL」-「しているADL」)とした。

研究方法

 1.対象:脳血管障害や骨折等による慢性期(発症後6ヶ月以上で安定した病状)の運動機能障害を持ち、デイサービス、機能訓練会、訪問リハビリ等の地域リハビリを受療中で、調査への同意が得られた55〜89歳(平均:68.14歳)の向老後期者(56名)及び高齢者(96名)の合計152名である。ただし、痴呆・高次脳機能障害・厚生省日常生活自立度判定基準のCランクの寝たきり者は省いた。

 2.調査方法と分析対象者:調査は1997年4月から3回実施した。初回調査は、152名に対する暫定的ADL自己効力感尺度、抑鬱尺度、一般的自己効力感尺度の留め置き調査と、PT・OTによる各家屋条件下での「できるADL」と「しているADL」の測定とした。また対象者の性・年齢・疾患名・麻痺等のバックグラウンド情報を得た。有効回答は146名であった。2回目調査は、初回調査終了後2週間から1ヶ月後に、初回調査の有効回答者を対象に、暫定的尺度のリテストを実施した。有効回答は128名であった。3回目調査は、初回調査から6ヶ月後のADL変化の把握を目的とし、PT・OTが「できるADL」を再度測定した。初回調査時期の早い者から84名を調査対象としたが、有効回答は79名であった。

 3.測定尺度:「できるADL」 「しているADL」の測定には、変則的ではあるがFIM(Functional independence measure)を用いた。抑鬱度にはCES-D(Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)、一般的自己効力感にはGSES(General Self-Efficacy Scale)を用いた。

 4.暫定的ADL自己効力感尺度の作成:暫定的尺度の質問項目の作成に関しては、既存の運動・身体的自己効力感尺度、一般的自己効力感尺度、リハビリ意欲等の文献で示された構成要素の内、共通性のある要素を主に取り上げた。その結果、持続性・自発性・克服努力・行動開始に当たっての意気込み・目的的行動・適切な行動の6要素からなる合計20項目の暫定的ADL自己効力感尺度を作成した。

 5.分析方法:分析は、5側面から行った。即ち主成分分析とKappa統計によるADL自己効力感尺度の質問項目の決定、Cronbach’係数による尺度の内定整合性の検討、テスト・リテストの相関係数による尺度の安定性の検討、平均値の差の検定と一元配置分散分析による基本的属性別の自己効力感の特性の検討、相関係数による尺度の妥当性の検討である。解析にはSPSSを使用した。

結果

 1.在宅要介護高齢者の基本的属性:146名の有効回答者の年齢構成は、64歳以下が53名(36.3%)、65歳以上が93名(63.7%)で、そのうち男性51.4%、女性48.6%であった。疾患の種類は、脳血管障害が78.8%と最も多くを占め、麻痺を84.2%が有していた。寝たきり度は、生活自立39.7%、準寝たきり45.9%、ベッド上座位14.4%であった。

 2.質問項目の決定:表1に示したように、主成分分析の結果固有値1以上では5主成分が抽出され、この累積寄与率は60%であった。しかし、第1主成分の寄与率は34.5%と高いのに対し、第2主成分からは寄与率が急激に低下した。また、第1主成分の各項目の因子負荷量は、2項目を除き0.4以上の負荷量があり、第2主成分以降の因子負荷量で、第1主成分の因子負荷量を上回る項目は3項目と少ないところから、暫定尺度は1因子構造であることが考えられた。各因子解における因子内容の検討も行ったが、因子内容や固有値の変化から、暫定尺度は1次元的なものであることが判明した。そのため、高齢者に負担をかけず簡便に利用できる項目数として、因子負荷量が高く、且つ再現性が高い10項目(因子負荷量0.54以上、Kappa0.35以上)を第1主成分より選出した(網掛け項目)。10項目の合計得点と各項目間の相関もみたが、各項目とも0.57以上の有意に高い相関を示し等質性が保証されたため、この10項目をADL自己効力感尺度として決定した。

 3.信頼性の検討:信頼性は内的整合性と安定性から検討した。内的整合性は146名の有効データを対象にCronbach’信頼性係数より求めたが、0.86を示した。安定性は128名の有効データを対象としたテスト・リテストより検討したが、相関係数は0.74(p<.001)を示した。

 4.基本的属性によるADL自己効力感尺度の特性:男性より女性の方が、麻痺が無いより有る人の方が、自己効力感が有意に高かった。また寝たきり度(P<.001)、リハビリ受療場所(P<.001)に有意差がみられた。

 5.妥当性の検討:表2に妥当性の検討に使用した変数間の相関係数を示した。なお、今回の被験者には64歳以下の向老後期者が含まれており、また自己効力感は歩行能力のレベルで違いがみられたため年齢別、歩行能力別の分析も行った。

表2 暫定的尺度の主成分分析及びkappa統計

 1)構成概念妥当性:自己効力感は遂行行動や抑鬱度に関連するというBanduraの論述を基に、本尺度とADLギャップ及びCES-Dとの関連性から検討した。本尺度とADLギャンプとの関連は、全被験者では相関係数-0.42(p<.001)を示し、ADL自己効力感が高い人はどADLギャップが少ない傾向にあった。年齢別では64歳以下が相関係数-0.29(p<.05)で、高齢者が-0.49(p<.001)と、高齢者の方により強い相関が示された。また歩行能力別では歩行要介助群が相関係数-0.30(p<.05)、歩行自立群が-0.44(p<.001)と、歩行自立群により強い相関が示された。本尺度とCES-Dとは相関係数-0.36(p<.001)と有意な逆相関があり、ADL自己効力感が低いほど抑鬱度が高い傾向を認めた。歩行要介助群では、相関係数-0.42(p<.01)と歩行自立群の-0.28より強い相関を示し、特に64歳以下では相関係数-0.67(p<.05)と強い相関が示された。

 2)併存妥当性:特定の行動に対する自己効力感は、他の行動へも一般化するというBanduraの論述を基に、本尺度とGSESとの関連性から検討した。本尺度とGSESは、全被験者では相関係数0.27(p<.01)と有意ではあったが、弱い相関しか示されなかった。しかし、64歳以下では相関係数0.44(p<.01)と中等度の相関があり、その内男性の場合には相関係数0.56(p<.01)とかなりの相関が示された。また歩行要介助群では有意な相関は示されなかったが、歩行自立群では相関係数0.29(p<.05)と有意な相関が認められた。

 3)予測妥当性:ADL自己効力感はADLギャップを通してADL変化に影響すると考えられるため、この3変数間の関係から検討した。ただし自己効力感とADLギャップとの有意な関連性が既に示されているため(構成概念妥当性の検討)、ここではADLギャップとADL変化の関連性を検討した。また直接的な予測をみるためADL自己効力感とADL変化との関連性も検討した。ADLギャップとADL変化との関連性は、表3のように全被験者では相関係数0.12で、相関は殆ど認められなかった。しかし歩行要介助群では、0.41(p<.01)と中等度の有意な相関が示された。これは歩行要介助群ではADLギャップが大きいほど ADLが低下する傾向があることを示している(ただし、64歳以下では有意な相関は認められなかった)。本尺度とADL変化は相関係数0.10と関連が認められなかった(表2)。しかし本尺度とADL変化との間に、ADLギャップと歩行能力が媒介変数として存在する可能性が示された。

表2 ADL自己効力感と表数間の相関
考察

 安定性評価の基準は、尺度を個人的診断ではなく集団間の比較に利用する場合は、0.70でも充分であるとされている。本尺度は0.74を示しこの基準を満たしている。また内的整合性も認められたため、本尺度は信頼性を持つと考えられる。妥当性に関しては、本尺度とADLギャップ及びCES-Dとにみられた有意な相関はBanduraの論述を裏付けており、本尺度の構成概念妥当性を表していると思われる。併存妥当性は、64歳以下、男性、歩行自立群で本尺度とGSESに有意な相関が認められたことより、社会的活動性がある場合に支持されると考えられる。本尺度の予測妥当性は直接的には明らかにできなかった。しかし本尺度と中等度の相関を持つADLギャップは、歩行要介助群の場合にADL変化と有意な相関を示したため、本尺度は、歩行要介助群では遂行行動を通してADL変化を間接的に予測すると考えられる。ただし今後、経時的自己効力感の変化とADL変化との関連性の検討がさらに必要と考えられた。以上の点から、本尺度は適用できる対象者が限定されるが、在宅要介護高齢者のADL自己効力感の測定尺度として信頼性・妥当性を有し、その簡便さの点からも有用であると考えられた。

表3 ADLギャップとADL変化との相関
審査要旨

 本研究は、在宅要介護高齢者のADLにおける、運動能力レベルのADし(できるADL)と実践レベルのADL(しているADL)との間に存在するギャップ(やればできるのにやっていない程度)を予測するために、ADL自己効力感尺度を開発し、その信頼性・妥当性を検討したものである。暫定的尺度は、既存の運動・身体的自己効力感尺度、一般的自己効力感尺度、リハビリ意欲に関する文献に共通する要素より作成され、主成分分析とKappa統計を通して、質問項目が決定された。信頼性は、Cronbach’係数による内的整合性、テスト・リテスト相関係数による安定性、Kappa統計によるテスト・リテストの項目間一致率より検討された。妥当性は、構成概念妥当性、併存妥当性、予測妥当性の3側面から検討された。その内、構成概念妥当性はADL自己効力感とADLギャップ及び抑鬱度との相関、併存妥当性はADL自己効力感と一般的自己効力感との相関、予測妥当性はADL自己効力感、ADLギャップ、経時的ADL変化の3変数間の相関より検討され、以下の結果が得られている。

 1.ADL自己効力感尺度のCronbach’係数は0.86を示し中等度の内的整合性が認められた。安定性はテスト・リテスト相関係数が0.74を示したものの、Kappa係数は0.35〜0.51とやや低い結果が示された。

 2.ADL自己効力感が低いほどADLギャップが大きくなる傾向があり、特に歩行自立者や高齢者の場合にはより強い傾向が示された。またADL自己効力感が低いほど抑鬱傾向にあることが示され、特に64歳以下の人々、歩行要介助群でより強い傾向が認められた。これらの結果より、本尺度は構成概念妥当性を有することが示唆された。

 3.ADL自己効力感と一般的自己効力感は、64歳以下、男性、歩行自立者の場合には有意な相関があり、本尺度の併存妥当性が示唆されたが、65歳以上では認められなかった。

 4.ADL自己効力感とADL変化には有意な相関がなく、本尺度の予測妥当性は直接的には明らかにできなかった。しかし歩行要介助群では、ADLギャップが大きいほどADLが低下しやすい傾向が認められ、ADL自己効力感はADLギャップを通してADL変化に影響することが示された。これらの結果より、本尺度は間接的に予測妥当性を有することが示唆された。

 以上の点から、本尺度はその適用範囲が痴呆のない高齢者に限定されるものの、在宅要介護高齢者のADL自己効力感の尺度として、一定水準の信頼性・妥当性を持つことが示された。ADLギャップの心理・社会的な予測因子の研究は、まだほとんどなされていない。その中で本研究は、ADL自己効力感が要介護高齢者のADLギャップの予測因子の1つであり、歩行要介助群に限定はされるが、ADL変化の予測因子でもあることを示すという学術的な価値がみられた。また本研究は、要介護高齢者のADL自己効力感に影響する要因の明確化や、ADL自己効力感の維持・向上に向けた看護介入の開発などに実際的な有用性をも兼ね備えており、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51134