糖蛋白ホルモン(FSH,LH,TSH,hCG)は鎖よりなり、鎖遺伝子は総てに共通で、鎖のみが異なっている。これらホルモンの生理活性は鎖のヘプチド構造の差によるものと考えられてきたが、むしろ鎖に存在する2つのN-結合糖鎖のうちのp-30アスパラギン結合糖鎖により生理活性が発現している。それ故に鎖の糖鎖構造は生理活性を発現するうえで重要である。本研究は、hCGの生理活性の規定因子は何であるかをみるため、異所性に産生されたhCG及び妊娠経過中のhCGについて解析を進めた。 まず異所性に産生されたhCGを分析した。hCGは通常、胎盤絨毛細胞より産生されるが、異所性に下垂体、癌組織(肺ガン,子宮癌,卵巣癌,Germinoma,胃ガン等)でも発現する。我々は、56才女性でFSH,LHを分泌せず、hCGのみを一過性に過量産生している症例を見いだした。この症例の尿中よりFS,LHを含まない下垂体由来hCGを精製することが出来た。SDS-PAGEによる分析では、これら異所性に産生されたhCG分子種(conjugated hCG,hCG and -subunit complex,free b subunit,free a subunit,nicked hCG,-core fragment等)に差はなかった。糖鎖末端のシアル酸の結合態を特異的に認識するレクチンを用いた分析で、下垂体性がNeu5Ac2-3 Gal構造と、Neu5Ac2-6 Gal構造及び硫酸基を有するのに対し、胎盤性はNeu5Ac2-3 Gal構造のみを呈していた。酵素的に脱シアル酸処理を行うと、胎盤性hCGのpI’は2分子種に収束し、各分子の等電点は各分子の有するシアル酸量により規定されていた。しかし下垂体hCGは更に複雑な糖鎖構造からなっていた。更にラットLeidig細胞を用いたテストステロン産生よりみた生理活性について、両群のhCGで比較を行った。その結果下垂体由来hCGは生理活性が胎盤性hCGの約1/10以下を発現しているに過ぎなかった。これは各臓器には異なった糖添加酵素が存在することによって、hCGの糖鎖プロセッシング過程が異なり、hCGに異種の糖鎖構造が形成され、生理活性も異なることを示すものといえる。 次いで妊娠中のhCGについて分析を進めた。。尿中hCG排泄量は妊娠初期に最も多く(妊娠12-15週頃)以降減少していき、hCG-core分画も同様に変化した。pI’は,我々の新しく開発した平板等電点電気泳動法(アンフオライン添加の6%アクリルアミド版(0.5mm)上で通電)で分析し、蛋白転写して、坑hCGCTP抗体を用いて免疫染色した。その結果妊娠中、pH3.5-5.4に8分子種、pH7.0-8.6に3分子種存在し、初期には強酸性域の分画が主体を占めるが、妊娠経過と共に近中性域へ主分画は推移した。 複合体はEIA法(TOSOH)で定量し、複合体のLH生理活性(LHIU/hCG_IU)は、同様にラットLeidig細胞のテストステロン産生量で検討した。初期27.5±5.6,末期11.3±6.4と減少傾向(p<0.01)を示した。これらの結果より妊娠経過中に、絨毛細胞内でのhCG遺伝子発現量とプロセッシング(シアル酸付加)様式が変化し、生理活性も変化することが示唆された。 そこでこのシアル酸含量の減少は何によって生ずるのかを検討した。仮説として2つを考えた。一つは、sialyltransferase(ST)の発現量がhCG遺伝子発現量に比べ減少している可能性。次いで6個あるhCG遺伝子は2群に分類出来るが、この1群はシアル酸を多く結合出来る構造を持ち、他群はシアル酸を多く結合しない。妊娠初期は2群が発現していても、末期にはシアル酸を多く結合する群の発現が抑制され、その結果、中性域のpI’を示すhCGが多くなるとの仮説である。そこで充分なインフオームドコンセントを各人より得て、妊娠初期の中絶例及び末期の帝王切開分娩で得た絨毛よりRNAを抽出して、各シアリダーゼ遺伝子及び2群のhCG遺伝子(hCG gene 3,5,7 and 8:hCG gene1 and 2)の発現の分析をRT-PCRで行った。STは2-3 ST,2-6 ST及び2-8 STの3群に分類され多数存在する。クローン化しされているのはなおその半数にも満たないが、現況で知り得た7種のSTについてRT-PCRを行った。その結果一つの2-8 ST以外すべてのSTは、妊娠中上昇していた。胎盤性hCGのシアル酸は、Neu5Ac2-3 Gal1-4GlcNAc構造をもっていることが知られている。そこでこのシアル酸酸添加酵素は現況では以下の4つが考えられる。 (1)CMP-sialic acid:Gal1-4GlcNAc 2-3-sialyltransferase(EC 2,4.99,- or ST3(ON) or ST3Gal-III) (2)CMP-sialic acid:Gal1-3/4GlcNAc-R 2,3-sialyltransferase(EC 2,4.99.6 or ST3(N) or ST3Gal-II) (3)CMP-sialic acid:Gal1-4GlcNAc-R 2,3-sialyltransferase(EC 2,4.99.- or ST3(N)-II) (4)CMP-sialic acid:Gal1-3/4GlcNAc-R 2,3-sialyltransferase(EC 2,4.99.- or ST-4) 我々はST3(ON),ST3(N)の発現を検討することが出来た。しかしこれらSTも同様に発現の上昇がみられ、妊娠中のシアル酸減少はシアル酸添加酵素の発現抑制によるものでないことが明らかとなった。そこで第二の可能性について検討した。その結果他群のhCG geneも軽度抑制はあるが、hCGgene 1,2の発現が完全に抑制されていた。この結果より、ST量は妊娠初期より増加していくので、hCGgene 3,5,7 and 8とhCG gene 1 and 2では糖鎖のプロセッシング過程でのシアル酸付加量はもともと規定されており、前者は少なく、後者は多い。そこで末期にはシアル酸付加量が少ないhCG gene 3,5,7 and 8のみが発現しシアル酸量が少なくなり、初期では両者が発現して全体でのシアル酸量が多くなったとの仮説が可能となるのではなかろうか。 初期より末期に至る各hCG分子種の等電点は、異なるhCG遺伝子毎に規定されている可能性が示唆されることになる。それはシアル酸量に規定されるhCGの生物活性も個々のhCG遺伝子毎に規定されている可能性を示唆するものである。それを傍証する事象として、2,6 STは絨毛細胞内では充分量発現しているにもかかわらず、絨毛性hCGのシアル酸は、Neu5Ac2-3 Gal構造のみであって、Neu5Ac 2-6 Gal構造が存在しないことが挙げられる。即ち糖鎖末端構造のみではシアル酸結合態が規定されず、元々アミノ酸構造そのものによって規定されている可能性がある。 妊娠初期、胞状奇胎,絨毛癌で時に、TSHが低下して甲状腺機能亢進症が生ずる。これはhuman chorionic thyrotropin(hCT)が発見され,その作用物質であると以前言われてきたが、現在はhCG分子の作用と判明している。これはシアル酸含量の少ないhCGに高十宇先刺激作用がある。本研究より、甲状腺機能亢進症を引き起こすのは、等電点が中性域にある、シアル酸付加量の少ないhCG gene3,5,7 and 8の過剰発現によるものである可能性が示唆される。 以上、2つhCG遺伝子群には、それぞれにシアル酸含量を含めた糖鎖構造が規定されている可能性があり、等電点を含めた多くのhCG分子多様性は生理活性を規定して,妊娠中にこれらは大きく変化していくことが明らかとなった。 |