学位論文要旨



No 214492
著者(漢字) 阿部,昭博
著者(英字)
著者(カナ) アベ,アキヒロ
標題(和) スケジューリングシステムのソフトウェアプロセスと開発手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214492
報告番号 乙14492
学位授与日 1999.11.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第14492号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉井,哲雄
 東京大学 教授 川合,慧
 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 助教授 山口,泰
 東京大学 教授 山口,和紀
内容要旨

 スケジューリングシステムは,生産・物流などの対象業務を理解したうえで,大規模かつ種々の制約をもつスケジューリング問題を解く必要があるため,ビジネスアプリケーションの中でも難易度の高いシステムに位置づけられている.スケジューリング問題に対する解法研究は,古くからOR(Operations Research)分野において理論面での研究が盛んに行われており,近年は,OR手法にAI(Artificial Intelligence)手法なども併用し,実用に耐えうる近似解法の開発とその実問題への適用が進みつつある.一方,これら解法研究とは対照的に,スケジューリング問題の扱いに起因するシステム開発の難しさを克服するための開発方法論的研究は立ち遅れている.既存の汎用的なシステム・ソフトウェア開発手法は,通常の事務処理を主体としたビジネスアプリケーションを想定したものがほとんどであり,スケジューリングシステム開発固有の難しさに対して十分対応できていない.そのため,実用システムの構築は,それぞれの現場において試行錯誤的に行われているのが実状であり,開発現場から課題として指摘されている.

 本論文は,従来ほとんど行われてこなかったソフトウェア工学に立脚したスケジューリングシステムの開発方法論的研究について,次の基本方針に基づいて論じたものである.

 1.スケジューリングシステム開発をソフトウェアプロセスの側面から分析し,その特性および課題を明らかにする(Step1).

 2.Step1で明らかになったスケジューリングシステム開発固有の課題解決を狙って,汎用的なシステム・ソフトウェア開発手法やアプローチをスケジューリングシステム開発向きに特化させた3つの開発手法を開発する(Step2).

 3.Step1およびStep2の成果を基礎とした,スケジューリングシステム開発方法論の提案を行う(Step3).

 これらは,著者が家電メーカー在職中に携わったスケジューリングシステム開発の具体的事例に基づいて進めることによって,現実のシステム開発に十分適用可能なものとした.

 本論文の成果は,具体的には次の5点に集約される.

 第1に,4つの開発事例を取り上げ,プロセス分析手法IDEF0によるソフトウェアプロセスの特性分析を行った.その結果,実運用に成功したスケジューリングシステムのソフトウェアプロセスは,「仕様探査型プロトタイピングを用いたシステム化要求の把握」「実験型プロトタイピングを用いた解法開発」「スパイラル型開発を用いた運用システムの開発」を段階的に実施しており,その際に大きく3つの開発ボトルネック「ドメイン知識・制約の獲得とその利用」「プロトタイピングの適切なプロセス管理」「スケジューリング解法の拡張・保守」が存在することを明らかにした.

 第2に,スケジューリングドメイン固有の業務知識,スケジューリング問題の捉え方,スケジューリング解法,システム構造などを再利用可能な形に体系化したドメインモデルの構築とそれを用いた要求分析法を示した.本手法の新規性は,独自のドメイン分析プロセスを採用した点と,従来明らかにされてこなかったスケジューリングシステムのドメインモデル構造およびそれを用いた要求分析の支援方法を示した点にある.本手法を実際の要求分析に適用した結果,従来の要求分析で課題となっていたa)業務特性を考慮したスケジューリング問題の分析,b)設計工程以降のリスク把握,c)分析者間のコミュニケーションの大幅な改善が可能であるとの見通しを得た.これは開発ボトルネック「ドメイン知識・制約の獲得とその利用」の解消に繋がる.

 第3に,TQM(Total Quality Management)手法の一つである品質機能展開(Quality Function Deployment,以下,QFD)を導入したプロトタイピング手法を示した.本手法の新規性は,従来のソフトウェア開発へのQFD適用研究で示されていなかったプロトタイピングとQFDの融合方法について,スケジューリングシステムのプロトタイピングに特化して明らかにした点にある.本手法を実際の2つのプロトタイピング事例に対して適用した結果,ユーザ要求とプロトタイプ機能のミスマッチを大幅に改善し,プロトタイピング作業の効率化についても一定の効果があることを確認した.これは,開発ボトルネック「プロトタイピングの適切なプロセス管理」の解消に繋がる.

 第4に,優良事例と呼べるベストプラクィスを用いてビジネスプロセスの改善を図るベンチマーキングの概念を導入し,優良事例をスケジューリングシステム開発の中でも特に解法の環境適応に着目し,詳細に分析・体系化した解法開発ベストプラクィスと,それに基づくスケジューリング解法の開発法について示した.本手法の新規性は,IDEF0によるプロセス分析を組み合わせた独自のベンチマーキングプロセスを採用し,従来のソフトウェア・ベンチマーキング研究で対象としていなかったアプリケーションドメイン固有の問題解決に適用した点にある.本手法の適用について実際の問題に即して考察した結果,a)解法の環境適応プロセスに関する教育,b)解法開発のための雛形,c)解法の環境適応プロセスの相対評価・改善の3つのレベルに分けた導入が可能であり,開発ボトルネック「スケジューリング解法の拡張・保守」の解決に繋がるとの見通しを得た.

 第5に,本論文におけるソフトウェアプロセスと開発手法の研究成果を基礎とするスケジューリングシステム開発方法論(図1参照)を提案し,サプライチェーン・マネジメントの中核システムとして重要性が増す次世代スケジューリングシステム開発への有効性等について考察を行った.

図1:スケジューリングシステム開発方法論の概要

 以上から,本論文の意義は,スケジューリングシステムの開発方法論的研究として,ソフトウェアプロセスの特性とそれを考慮した開発手法に着目した点にあり,類似のアプローチでの研究は過去に例をみない.これは,解法研究に片寄りがちであったスケジューリングシステム研究に一石を投じるものでもある.今後の残された課題としては,ドメインモデルに基づくプロトタイピング環境・再利用部品群の開発,開発ツールとプロセス,手法の統合によるスケジューリングシステム開発方法論の具現化などがあげられる.

審査要旨

 本論文では,スケジューリングシステムの開発方法論について,ソフトウェア工学に立脚した新たな枠組みを提示している.スケジューリングシステムの設計開発は,生産・物流などの対象業務を理解したうえで,大規模かつ種々の制約をもつスケジューリング問題を解く必要があるため,ビジネスアプリケーションの中でも開発の難度の高いシステムに位置づけられている.スケジューリング問題に対する解法研究は,古くからオペレーションズリサーチ(OR)分野において理論面での研究が盛んに行われており,近年は,OR手法に人工知能(AI)手法なども併用し,実用に耐えうる近似解法の開発とその実問題への適用が進みつつある.一方,これら解法研究とは対照的に,スケジューリング問題の扱いに起因するシステム開発の難しさに対処するための開発方法論の研究事例は少ない.既存の汎用的なシステム開発手法は,通常の事務処理を主体としたビジネスアプリケーションを想定したものがほとんどであり,スケジューリングシステム開発固有の難しさに対して十分対応できていない.本研究では,スケジューリングシステム開発をソフトウェアプロセスの側面から分析し,その特性および課題を明らかにしたうえで,汎用的なシステム開発手法をスケジューリングシステム開発向きに特化させた3つの開発手法を提案している.これらは,著者が家電メーカー在職中に携わったスケジューリングシステム開発の具体的事例に基づいて工夫したものであり,現実のシステム開発に適用可能な実践性をもつものとなっている.

 本論文の第1章では,上で挙げたような研究の背景や目的が述べられている.第2章では,3章以降の議論を具体的なものとするために,スケジューリングシステムの基本構造,研究動向,適用分野,システム開発の難しさについて簡潔に述べられている.第3章では,代表的なプロセス分析・モデル化手法であるIDEF0を用いて,スケジューリングシステム開発の事例研究を行ない,ソフトウェアプロセスの特性と3つの開発上の障害を明らかにしている.3つの障害とは,「ドメイン知識・制約の獲得とその利用の難しさ」,「プロトタイピングのプロセス管理の難しさ」および「スケジューリング解法の拡張・保守の難しさ」である.

 この第3章での分析結果に基づき,第4章から6章では,スケジューリングシステム向きの開発手法を提案し,フィールド実験を通して手法の有効性と新規性について示している.第4章では,開発上の第1の障害「ドメイン知識・制約の獲得とその利用の難しさ」を解消するために,スケジューリングドメイン固有の業務知識,スケジューリング問題の捉え方,スケジューリング解法,システム構造などを再利用可能な形に体系化したドメインモデルの構築と,それを用いた要求分析法を提案している.本手法の新規性は,独自のドメイン分析プロセスを採用した点と,従来明らかにされてこなかったスケジューリングシステムのドメインモデル構造およびそれを用いた要求分析の支援方法を示した点にある.第5章では,開発上の第2の障害「プロトタイピングのプロセス管理の難しさ」を解消するために,TQM手法の一つである品質機能展開(QFD)を導入したプロトタイピング手法を提案している.本手法の新規性は,従来のソフトウェア開発へのQFD適用研究で示されていなかったプロトタイピングとQFDの融合方法について,スケジューリングシステムのプロトタイピングに特化して明らかにした点にある.第6章では,開発上の第3の障害「スケジューリング解法の拡張・保守の難しさ」の解消を扱っている.そのために優れた開発事例を詳細に分析・体系化して,業務環境の変化に追随してスケジューリング解法を変化させた結果を最適実践事例と比較して評価するためのベンチマーキング手法を提案している.第7章では,6章までのソフトウェアプロセスと開発手法に関する議論を基礎とした,スケジューリングシステム開発方法論の枠組みを提案し,次世代スケジューリングシステム開発における有効性等についての考察を行なっている.第8章では,本研究の成果と,残された課題について総括している.

 スケジューリングシステムは,サプライチェーン・マネジメントと呼ばれる,部品調達から生産,販売,物流に至るまでの業務プロセス全体を最適化する新しい経営手法を実現するための基盤的情報システムとして,今後その重要性が更に高まることが予想され,システム開発の効率化と品質向上は火急の課題となっている.本研究で提示したスケジューリングシステムのソフトウェアプロセス特性と開発手法は,開発方法論研究の基礎として,解法研究に片寄りがちであったスケジューリングシステム研究に一石を投じるものであり,学問上貢献するところが大きい.よって,本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると審査委員会は認め,合格と判定する.

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