本論文は、パーソンズらの機能主義社会学やラザースフェルドらの計量的社会調査にたいして、「もうひとつのアメリカ社会学」を浮き彫りにし、それによってアメリカ社会学史を適切に書き換え、そこから、社会学の新しい展開への1つの展望を切り開こうとしたものである。 第1章では、現代社会学の動向について、モダン-ポストモダン、主観-客観、ミクロ-マクロなどの問題を考察し、論旨の展開の文脈を設定している。 これを受けて第2章と第3章では、アメリカ社会学の現在の状況と特質を問題とし、その学史上の位置を検討することをつうじてアメリカ社会学の形成過程を振り返り、初期のアメリカ社会学が個人重視の、すなわち主観や心理を重視する、心理学的社会学であったことを指摘する。 第4章では、これを受けて、アメリカ社会学の伝統を忠実に受け継いだと見られるシカゴ学派社会学の成立過程と初期の状況を考察し、その代表的研究者としてパーク、バージェス、ワースだけでなく、スモール、ヴィンセント、ヘンダーソン、トーマスらも存在したこと、また研究対象として、都市だけではなく、自我、集合行動、コミュニケーション、人種問題なども取り上げられたことを明らかにし、あわせて動態的な社会過程、主体的行為、内的側面の解明、社会問題の解決とそのための調査研究といったシカゴ学派社会学の基本特性を浮き彫りにしている。 第5章からはいわば各論に入り、まず、シカゴ学派の形成に大きな影響を与えたミードを取り上げ、そのプラグマティスム、社会行動主義、自我論、コミュニケーション論などを吟味し、ミードのいうコミュニケーションが「意味のあるシンボル」に媒介された他者との外的なコミュニケーションであるとともに、自己自身との「内的なコミュニケーション」でもあり、とくに後者によって新たなものが創発され、状況が再構成され、問題的状況が乗り越えられていくようなものであったことを明らかにしている。 ついで第6章では、シカゴ学派社会学の形成と発展に大きく貢献したトーマスの人間観と社会観に触れ、4つの願望論や状況規定論をつうじて、かれが人間の主観の果たす役割を重視し、問題的状況における主体的解決の意義を解明したことを指摘している。 第7章と第8章ではさらに、シカゴ学派社会学の第2世代の代表者パークの社会学を取り上げ、ジンメルの影響を受けたその人間観、社会観に触れつつ、かれの都市社会論、人種問題論、コミュニケーション論などを考察している。そしてとりわけ、パークの社会学が、「問題的状況」にある社会の再構成を行なう人間のあり方を問題としたものであり、都市社会をたんに人間関係の解体状況としてではなく、新たな社会関係の形成過程としてとらえていたことを強調している。 さらに第9章、第10章、第11章では、シンボリック相互作用論のリーダーであり、ミード・ルネッサンスの立て役者でもあったブルーマーの社会学を取り上げ、その人間観と社会観とともに、社会学の特質、とりわけ社会学方法論を吟味し、そのうえで、その社会問題論、集合行動論、コミュニケーション論などへの展開を解明している。著者によるとブルーマーの貢献は、言語を中心とするシンボルをつうじた人間の相互作用と解釈過程に着目し、解釈にもとづく人間の主体的行為が、動的過程としての社会にどのように関わっていくかを解明したこと、またシンボリック相互作用論がいかにしてマクロ社会の分析に結びつきうるかを明らかにしたことにあるとされる。 最後に第12章と第13章では、現代アメリカ社会学の展開として、自我と社会の関係を問題とする「自我社会学」、感情の社会性を明らかにする「感情社会学」、都市の社会関係の独自性を浮き彫りにする「都市的相互作用論」などを取り上げ、それらへの、またそれらを越えた、シンボリック相互作用論、集合行動論、そしてマクロ・シンボリック相互作用論の展開を追跡している。そして、現代のシンボリック相互作用論が、都市社会学でいうシカゴ学派と別のものではなく、それと先駆者を共有し、意味、シンボル、解釈を鍵として積極的かつ主体的な人間像を追求しつつ動的な社会を問題にしてきており、そのためにきわめて有効に質的方法を用いてきてもいることを指摘している。 こうして、現代のシンボリック相互作用論はシカゴ学派社会学の再生であるとともにその新しい展開でもあるというのが、本論文全体の結論である。 審査の過程では、本論文が、基本的に学説記述であり、それをつうじて自己の社会学像や理論を主張しようとしたものであるため、繰り返しが多く時に羅列的になったりして、一貫した論理展開に弱いのではないか、という指摘がなされた。また、著者のいうシカゴ学派社会学が「もう1つのアメリカ社会学」であるには違いないとしても、全体のなかでのその位置づけについてはやや過大評価になっているのではないか、という指摘もあった。 しかし全体としてみれば、本論文は、そのスケールの大きさ、学説記述の自在さ、引用ないし言及されている文献の豊富さと多様性、それらをつうじた自己主張の力強さなどにおいて優れており、これまでの研究との関連をより明らかにする必要性があるものの、広い視野と独創的な内容をもった高い水準の業績と評価され、社会学および関連領域に大きなインパクトを与えうる独自な貢献と考えることができる。 以上のことから、本論文を博士(社会学)の学位にふさわしい論文と判断する。 |