学位論文要旨



No 214494
著者(漢字) 船津,衛
著者(英字)
著者(カナ) フナツ,マモル
標題(和) アメリカ社会学の展開
標題(洋)
報告番号 214494
報告番号 乙14494
学位授与日 1999.12.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(社会学)
学位記番号 第14494号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄司,興吉
 東京大学 教授 稲上,毅
 東京大学 教授 似田貝,香門
 東京大学 教授 松永,澄夫
 一橋大学 教授 矢澤,修次郎
内容要旨

 本論文は「もうひとつのアメリカ社会学」を浮き彫りにし、アメリカ社会学の塗り変え、アメリカ社会学史の書き換えを意図し、そこから、社会学の新しい展開を目指そうとするものである。これまで、アメリカ社会学といえばパーソンズの機能主義理論やラザースフェルドらの社会調査によって代表され、そのイメージは社会中心主義・秩序主義、そして実証主義であるとされてきた。しかし、これらは内容的に必ずしもアメリカ的なものではなく、とりわけ、パーソンズはアメリカ社会学の正当な後継者とはいいがたいと考えられる。これに対して、パークらのシカゴ学派社会学は初期のアメリカ社会学の伝統を受け継ぎ、人間の内的世界を重視し、主体的人間とダイナミックな社会のイメージをもっている。シカゴ学派の社会学者たちがアメリカ社会学の忠実な後継者であることを明らかにするのが本論文の主なねらいである。

 第1章においては、現代社会学の動向について、モダン-ポストモダン、主観-客観、ミクロ-マクロの問題について考察し、現在、ヨーロッパの社会学が世界の人びとの関心の的となっているが、内容的に見てみると、ヨーロッパ社会学の「アメリカ化」ともいうべきものになっていると指摘し、シンボリック相互作用論、現象学的社会学、エスノメソドロジーなどの「意味の社会学」が主観・意味・シンボルの世界を重視し、人間の主体的あり方と社会の動的過程を解明し、そのために行為者の立場に立ってその内面を明らかにする方法をもつことに着目し、そこから現代社会学のあるべき方向を提示している。

 第2章と第3章においては、アメリカ社会学の現在の状況と特質を問題とし、その学史上の位置を検討するとともに、アメリカ社会学の形成について考察している。初期のアメリカ社会学では宗教などの人間の内的世界が重視され、それにもとづく社会の変革が志向され、南北戦争後の社会の混乱を人間の知性を中心とする「マインド」による問題解決が目指されていたことが明らかにされ、初期のアメリカ社会学が個人重視、主観や心理を重視する心理学的社会学であったことが指摘されている。

 第4章では、これらのアメリカ社会学の伝統を忠実に受け継いでいるシカゴ学派社会学の成立と初期の状況について考察している。シカゴ大学社会学科は1892年にスモールによって合衆国における最初の社会学科として創設されてより、都市社会学、人間生態学のメッカとなり、1920年代から30年代はパークを中心としてユニーク研究が多く遂行され、アメリカ社会学界において圧倒的力を有していたことが述べられている。

 そして、シカゴ学派社会学の代表的研究者はパーク、バージェス、ワースだけではなく、創設者のスモール、第一世代のヴィンセント、ヘンダーソン、トーマスも存在し、また、都市だけではなく、家族、自我、集合行動、コミュニケーション、逸脱、人種問題、職業、組織、社会心理の研究も行ない、しかも、人間の主観を重視し、社会変動の解明を目指すものとなっていることが明らかにされている。

 第5章では、シカゴ学派社会学に大きな影響を与えたミードとアメリカ社会学との関連について、ミードのプラグマティスム、社会行動主義、自我論、コミュニケーション論に言及している。ミードのプラグマティズムは人間の内的側面の積極的機能を明らかにするとともに、それが他の人間とのかかわりにおいて社会的に形づくられることを究明したものであり、人間の内的側面がコミュニケーションと結びつけられ、問題的状況にある社会の知的再構成を行なう人間の主体性と社会のダイナミックなあり方が浮き彫りにされたとする。そして、その社会行動主義はワトソンのものとは異なり、人間の内的側面の解明を何よりの目的とし、内的なものが他者とのかかわりにおいて社会的に形成されるメカニズムを社会心理学的に追求するものであるとされる。ミードにおいて人間のコミュニケーションは「意味のあるシンボル」に媒介されて、他者との外的なコミュニケーションとともに、自己自身との「内的なコミュニケーション」によっても成り立ち、「内的コミュニケーション」の活発化は新たなものを創発し、状況を再構成し、問題的状況を乗り越させるようになることが明らかにされている。

 そして、第6章では、シカゴ学派社会学の形成と発展に大きく貢献したトーマスの人間観と社会観に触れ、トーマスが「人が状況をリアルと規定するならば、その結果、状況はリアルとなる」という言葉に示されるように、主観の果たす役割を重視して、問題的状況における問題解決機能を解明したことが指摘されている。トーマスが描いた人間のイメージは「危機」に直面した場合に主観的世界の活動を活発化させ、社会の再構成を行なう主体的な人間であり、社会は解体と再構成の過程とされ、主観的世界をとらえるべく、日記、手紙、記録などのヒューマン・ドキュメントを利用したことが明らかにされている。そして、このような主観的・主体的側面をもつ人間と動的、過程的な社会のイメージはシカゴ学派社会学の基本的図式となっていると指摘されている。

 第7章と第8章ではシカゴ学派社会学の第二世代のパークの社会学について、その人間観、社会観に触れつつ、かれの都市社会論、人種問題論、コミュニケーション論について考察している。パークの社会学は「問題的状況」にある社会の再構成を行なう人間と社会のあり方を問題としたものであり、人間の生きる世界を「コミュニティ」と「ソサイエティ」とに二分し、一方を共生にもとづくものとし、他方をコミュニケーションによって構成されているものとした。そして、「コミュニティ」を研究する学問が人間生態学と名づけられ、それがパークの大きな貢献とされてきた。しかし、パークの研究は新聞、コミュニケーション、集合行動、人種、移民、都市と広い範囲に及んでおり、また、「ソサイエティ」をコミュニケーションによって、またコミュニケーションにおいて存在するものとし、コミュニケーションによって変化やコンフリクトが引き起こされるとともに、コンセンサスが生み出され、共通理解を可能とさせることが解明され、問題的状況にある社会の再構成を目指し、都市社会を人間関係の解体状況としてではなく、新たな社会的関係の形成過程としてとらえていたことが指摘されている。

 第9章、第10章、そして第11章ではシンボリック相互作用論のリーダーであるブルーマーの社会学について、その人間観、社会観とともに、社会学の特質、社会学方法論を取り上げ、さらに、その社会問題論、集合行動論、コミュニケーション論を検討している。ブルーマーはミード理論を社会学的、社会心理学的に展開し、とりわけ人間の主体性を明らかにしようとし、言葉を中心とするシンボルを通じての人間の相互作用に焦点を置き、そこにおける解釈過程に着目し、解釈にもとづく人間の主体的あり方を明らかにし、また過程としての社会という動的な社会観をもつと指摘し、行為者の立場に立ち、感受概念を用いて、人間の内的世界にアプローチするユニークな方法論をとっていることが明らかにされている。

 そして、第12章と第13章では、現代アメリカ社会学の展開として、自我と社会の関係を問題とする「自我社会学」、感情の社会性を明らかにする「感情社会学」、都市人の社会関係の独自性を浮き彫りにする「都市的相互作用論」を考察するとともに、シンボリック相互作用論、集合行動論、そしてマクロ・シンボリック相互作用論の展開をフォローしている。そして、シンボリック相互作用論が都市社会学のシカゴ学派とまったくの別ものではなく、先駆者を共有し、意味、シンボル、解釈を問題として、積極的、主体的人間観を持ち、動的社会のイメージを有し、質的方法を重視していることが指摘され、シンボリック相互作用論がシカゴ社会学の再生を意図し、シカゴ学派社会学の新しい展開を行なうものとなっていると主張している。

審査要旨

 本論文は、パーソンズらの機能主義社会学やラザースフェルドらの計量的社会調査にたいして、「もうひとつのアメリカ社会学」を浮き彫りにし、それによってアメリカ社会学史を適切に書き換え、そこから、社会学の新しい展開への1つの展望を切り開こうとしたものである。

 第1章では、現代社会学の動向について、モダン-ポストモダン、主観-客観、ミクロ-マクロなどの問題を考察し、論旨の展開の文脈を設定している。

 これを受けて第2章と第3章では、アメリカ社会学の現在の状況と特質を問題とし、その学史上の位置を検討することをつうじてアメリカ社会学の形成過程を振り返り、初期のアメリカ社会学が個人重視の、すなわち主観や心理を重視する、心理学的社会学であったことを指摘する。

 第4章では、これを受けて、アメリカ社会学の伝統を忠実に受け継いだと見られるシカゴ学派社会学の成立過程と初期の状況を考察し、その代表的研究者としてパーク、バージェス、ワースだけでなく、スモール、ヴィンセント、ヘンダーソン、トーマスらも存在したこと、また研究対象として、都市だけではなく、自我、集合行動、コミュニケーション、人種問題なども取り上げられたことを明らかにし、あわせて動態的な社会過程、主体的行為、内的側面の解明、社会問題の解決とそのための調査研究といったシカゴ学派社会学の基本特性を浮き彫りにしている。

 第5章からはいわば各論に入り、まず、シカゴ学派の形成に大きな影響を与えたミードを取り上げ、そのプラグマティスム、社会行動主義、自我論、コミュニケーション論などを吟味し、ミードのいうコミュニケーションが「意味のあるシンボル」に媒介された他者との外的なコミュニケーションであるとともに、自己自身との「内的なコミュニケーション」でもあり、とくに後者によって新たなものが創発され、状況が再構成され、問題的状況が乗り越えられていくようなものであったことを明らかにしている。

 ついで第6章では、シカゴ学派社会学の形成と発展に大きく貢献したトーマスの人間観と社会観に触れ、4つの願望論や状況規定論をつうじて、かれが人間の主観の果たす役割を重視し、問題的状況における主体的解決の意義を解明したことを指摘している。

 第7章と第8章ではさらに、シカゴ学派社会学の第2世代の代表者パークの社会学を取り上げ、ジンメルの影響を受けたその人間観、社会観に触れつつ、かれの都市社会論、人種問題論、コミュニケーション論などを考察している。そしてとりわけ、パークの社会学が、「問題的状況」にある社会の再構成を行なう人間のあり方を問題としたものであり、都市社会をたんに人間関係の解体状況としてではなく、新たな社会関係の形成過程としてとらえていたことを強調している。

 さらに第9章、第10章、第11章では、シンボリック相互作用論のリーダーであり、ミード・ルネッサンスの立て役者でもあったブルーマーの社会学を取り上げ、その人間観と社会観とともに、社会学の特質、とりわけ社会学方法論を吟味し、そのうえで、その社会問題論、集合行動論、コミュニケーション論などへの展開を解明している。著者によるとブルーマーの貢献は、言語を中心とするシンボルをつうじた人間の相互作用と解釈過程に着目し、解釈にもとづく人間の主体的行為が、動的過程としての社会にどのように関わっていくかを解明したこと、またシンボリック相互作用論がいかにしてマクロ社会の分析に結びつきうるかを明らかにしたことにあるとされる。

 最後に第12章と第13章では、現代アメリカ社会学の展開として、自我と社会の関係を問題とする「自我社会学」、感情の社会性を明らかにする「感情社会学」、都市の社会関係の独自性を浮き彫りにする「都市的相互作用論」などを取り上げ、それらへの、またそれらを越えた、シンボリック相互作用論、集合行動論、そしてマクロ・シンボリック相互作用論の展開を追跡している。そして、現代のシンボリック相互作用論が、都市社会学でいうシカゴ学派と別のものではなく、それと先駆者を共有し、意味、シンボル、解釈を鍵として積極的かつ主体的な人間像を追求しつつ動的な社会を問題にしてきており、そのためにきわめて有効に質的方法を用いてきてもいることを指摘している。

 こうして、現代のシンボリック相互作用論はシカゴ学派社会学の再生であるとともにその新しい展開でもあるというのが、本論文全体の結論である。

 審査の過程では、本論文が、基本的に学説記述であり、それをつうじて自己の社会学像や理論を主張しようとしたものであるため、繰り返しが多く時に羅列的になったりして、一貫した論理展開に弱いのではないか、という指摘がなされた。また、著者のいうシカゴ学派社会学が「もう1つのアメリカ社会学」であるには違いないとしても、全体のなかでのその位置づけについてはやや過大評価になっているのではないか、という指摘もあった。

 しかし全体としてみれば、本論文は、そのスケールの大きさ、学説記述の自在さ、引用ないし言及されている文献の豊富さと多様性、それらをつうじた自己主張の力強さなどにおいて優れており、これまでの研究との関連をより明らかにする必要性があるものの、広い視野と独創的な内容をもった高い水準の業績と評価され、社会学および関連領域に大きなインパクトを与えうる独自な貢献と考えることができる。

 以上のことから、本論文を博士(社会学)の学位にふさわしい論文と判断する。

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