学位論文要旨



No 214498
著者(漢字) 柴田,裕一
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ユウイチ
標題(和) 垂直管内気液対向二相流の安定性に関する研究
標題(洋)
報告番号 214498
報告番号 乙14498
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14498号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 垂直管内気液対向二相流は,垂直管壁に沿って液膜が流下して,中心部を気相が上向きに流れる二相流であり,化学反応塔内での流動や蒸発器・凝縮器などの伝熱機器で生じる流動現象である.この対向二相流では,上向き気相流速が限界流速を越えるとフラッディング現象を引き起こし,流下液量が劇的に減少するとともに管内の圧力損失が急激に増加する.そのため,この現象が生じると装置の運転や制御に支障をおよぼし,凝縮管や蒸発管などの熱交換器においては作動限界を与える.特にこのフラディング現象は軽水型原子炉の安全評価に関して重要な要因と見なされているため,これまでに関連した多くの研究が行われている.しかしながらこの現象は気液間の相互作用を含むために発生機構が複雑であり,従来の研究は実験的研究が主であり,理論的考察については未だ十分になされているとは言い難い.また,実験においても限界に至るまでの流動様式の変化や装置の形状の影響を調べた研究が多く,気相流量と液相流量に関する実験式の導出が中心になっており,気液界面の構造にまで踏み込んだ実験成果は少ないのが現状である.そのため大型の最新の熱水力解析コードにおいても,フラッディング現象の解析には実験式が使用されており,解析対象によって個々の形状に適したパラメータの設定が必要である.このような背景から本論文では,気液界面構造の気相流れによる変化に着目した実験を行うと共に,界面の特性を考慮した液膜の不安定性の解析モデルを用いた理論解析を行い,実験結果との比較検討からフラッディング発生機構の解明を行った.

 この論文の構成は5つの章からなる.第1章に研究の背景と目的を述べた.第2章では従来報告された液膜の安定性やフラッディングに関連する理論と実験についてまとめた.従来の理論解析の報告では,非粘性の線形解析としてKelvin-Helmholtz型の不安定理論を気液二相流に適用した解析が主で,粘性を考慮した場合はOrr-Sommerfeld(O-S)方程式を基に解析が行われた.しかしながら実際に観察される波が有限振幅波であるため,それらの解析結果には限界がある.非線形解析では,長波解析がほとんどであり,限界波数や振幅の大きな孤立波の特性を調べた報告は数少ない.実験報告については,流動様式や装置の形状の影響を調べた研究が多く,気相流量と液相流量に関する実験式の導出が中心になっており,メカニズムそのものについての実験は少ない.

 第3章では実験について報告し,従来の報告では不十分であった界面の変動特性を明らかにした.実験装置ではこれまでに考慮されなかった液滴発生の流動様式を安定に実現できる比較的管径の大きい供試管(50mm)を用い,かつ広い流量範囲で流動様式を観察できるような両端ベルマウス形状の出入口流路を採用した.実験で用いた供試流体は水,空気で,水は管路上端から流入し管壁に沿って流下する.空気は管路下端より流入して管内で気液対向流を形成する.本研究ではフラッディング発生が界面の形状変化と強い相関があるという考えのもとで,界面波の変動特性を明らかにしその安定性を調べることにした.供試管で生じる流動を大きく5つの領域に区分して,それぞれの領域で液膜厚さの時間変化を高さ方向5個所で測定し,流下液膜のそれぞれの界面構造をフーリエ解析により調べた.特に大きな振幅の波に着目し,種々の気相,液相の流量条件において液膜厚さの時間的,空間的変化の測定を行った.その波数と周波数の変化をそれぞれの流動状態においてフーリエ解析によって調べた.その結果,管路上端付近では,正弦波状の周期性のある波が発生してそのスペクトルは卓越したピークを示し,流れが十分に発達した下流では界面は乱れて連続スペクトルを示して,流下位置によって特性が異なる結果を得た.気相流速を速くすると,管路上端付近での正弦波状の波は乱れて,スペクトルは連続的となり,下流でのスペクトルは全体値が増加するだけで連続性は変化しないことが明らかになった.この実験結果から界面を正弦波で近似する線形解析には限界があることが示された.気相流速がフラッディング流速に近づくと,振幅の大きな波が成長して孤立波となり,その孤立波が複数存在し波列を形成していることが観察された.そのため有限振幅波の検討が必要であることが示された.また各流動状態での振幅の大きな波の限界波数を実験結果から求めると,気相流速が増えるにつれ限界波数は定性的に小さくなる傾向を示した.

 第4章では,気液界面の安定性に関する理論解析を行うと共に実験結果との比較も行い,理論解析の妥当性を調べた.理論解析では,気相の対向流をともなった流下液膜の安定性を線形および非線形解析で調べた.線形解析では,特に粘性の影響を調べた.非粘性の条件に対しては,これまでに報告されているHewittらの非粘性線形解析に対して,円管の曲率を考慮した修正Hewittの条件式を導出し従来の解析と比較した.また,気相および液相の粘性を考慮した条件下では,最終的に得られたO-S方程式を基に解析を行った.その結果,非粘性の線形解析では定性的に長波長の波は不安定であることが示された.さらに実験結果との比較結果では,実験から得られた各流動状態の限界波数のほとんどが,解析から得られた不安定の領域に入ってしまうことが示され,フラッディングに至る不安定のメカニズムを説明することはできないことがわかった.次に粘性を考慮した条件下では,粘性の効果が現われて非粘性の線形解析とは異なった安定・不安定領域を示した.その領域分布と実験から得られた限界波数を比較した結果,フラッディング発生直前においても安定領域にあり,この理論においてもフラッディング発生と界面との不安定の相関は十分に説明できないことがわかり,粘性を考慮しても線形解析では,実験結果を説明することができないとの結論を得た.

 非線形解析では,高調波を考慮した長波解析と振幅の大きな孤立波の安定解析を行った.連続の式およびNavier-Stokesの運動方程式を積分して支配方程式を導出した.その方程式に対して定常成分と擾乱成分に分け,擾乱成分には基本波と2次の高調波を考慮し,その相互作用による不安定解析を行った.その結果,基本波および高調波の安定・不安定の組み合せは線形解析に比べて非常に多くなり7つに分類できることが明らかになった.この解析と実験との比較結果では,実験から得られた振幅の大きな波の波数は,気相速度が増加するにつれて,非線形解析から得られた基本波および高調波がともに不安定となる領域に近づき,フラッディング発生直前ではその領域の中へ入ることが示され,この解析との定量的な一致が示された.また,各流動状態の振幅の大きな波の成長速度を調べると,液滴発生の状態からフラッディング発生直前まで,基本波は常に振幅の時間変化率が非常に小さいことが明らかになった.一方,高調波はフラッディング発生直前でそれまでの減衰安定から小さな気相流速増加により不安定領域に遷移し,また振幅の時間的変化率は大きくなり急激に振幅増加が見られることがわかった.孤立波に着目した非線形解析では,その孤立波を支配する方程式は変形KDV形となることを示し,その孤立波の振幅の時間的変化を調べた結果,気相流速がゼロの流下液膜条件では時間的に常に安定であるが,フラッディング発生直前の振幅の大きな波に着目すると,振幅は時間的に増幅して不安定となる結果を得た.したがって基本波と高調波による長波解析ならびに孤立波に着目した非線形解析により,フラッディングへの移行と界面の不安定との相関が解析的に明らかになった.

 第5章では,結論をまとめている.流下液膜の変動とパワースペクトルを調べると,気相流速が速くなると振幅の大きな波が観察され,そのスペクトルには卓越したピークがなくなり連続スペクトルとなる.実験から得られた振幅の大きな波の限界波数は,気相流速が増えると小さくなることが定性的に示された.非粘性の線形解析では,実験から得られた各流動状態の限界波数のほとんどが,解析から得られた不安定の領域に入ってしまうことが明らかになり,粘性を考慮した比較結果でも,限界波数はフラッディング発生直前において安定領域にあり,フラッディング発生と界面との不安定の相関を十分に説明することができない.したがって線形解析では実験結果を説明できないとの結論を得た.基本波および高調波の相互作用による非線形解析と実験との比較結果では,実験から得られた限界波数は,気相速度が増加するにつれて,解析から得られた基本波および高調波がともに不安定となる領域に近づき,フラッディング発生直前ではその領域の中へ入ることが示され,この解析との定量的な一致が示された.有限振幅の孤立波の解析では,孤立波の振幅の時間的変化を調べた結果,気相流速がゼロの流下液膜条件では時間的に常に安定であるが,フラッディング発生直前の振幅の大きな波に着目すると,振幅は時間的に増幅して不安定となる結果を得て,フラッディングへの移行と界面の不安定との相関を解析的に明らかにした.

審査要旨

 垂直管内の壁に沿って薄い液膜が流下し,管中心部を気相が上向きに流れる気液二相対向流において,気相速度が大きくなると,液膜が気相流とともに逆流するフラディングという現象が現われる。この現象が現われると,液膜流量が急激に低下するとともに大きな圧力変動が現われ,圧力損失も増大するので,それを回避するための機器設計が必要とされている。本論文では,垂直管内気液二相対向流におけるフラディング現象を対象として,気液界面構造の気相流れによる変化に着目した実験を行うと共に,界面の特性を考慮した液膜の不安定性の解析モデルを用いた理論解析を行い,実験結果との比較検討からフラディング発生機構の解明を行っている。

 本論文は5つの章からなる。第1章で研究の背景と目的が述べられている。第2章では従来報告された液膜の安定性やフラッディングに関連する理論と実験についてまとめられている。従来の理論解析の報告では,非粘性の線形解析としてKelvin-Helmholtz型の不安定理論を気液二相流に適用した解析が主で,粘性を考慮した場合はOrr-Sommerfeld(OS)方程式を基に解析が行われている。しかしながら実際に観察される波が有限振幅波であるため,それらの解析結果には限界がある。非線形解析では,長波解析がほとんどであり,限界波数や振幅の大きな孤立波の特性を調べた報告は数少ない。実験報告については,流動様式や装置の形状の影響を調べた研究が多く,気相流量と液相流量に関する実験式の導出が中心になっており,メカニズムそのものについての実験は少ないのが現状である。

 第3章では実験結果について述べられている。実験で用いた供試流体は水,空気で,水は管路上端から流入し管壁に沿って流下し,空気は管路下端より流入して管内で気液対向流を形成する。供試管で生じる流動を大きく5つの領域に区分して,それぞれの領域で液膜厚さの時間変化を高さ方向4個所で測定し,流下液膜のそれぞれの界面構造をフーリエ解析により調べられている。その結果,管路上端付近では,正弦波状の周期性のある波が発生してそのスペクトルは卓越したピークを示し,流れが十分に発達した下流では界面は乱れて連続スペクトルを示して,流下位置によって特性が異なる結果を得ている。気相流速を速くすると,管路上端付近での正弦波状の波は乱れて,スペクトルは連続的となり,下流でのスペクトルは全体値が増加するだけで連続性は変化しないことを明らかにしている。この実験結果から界面を正弦波で近似する線形解析には限界があることが示された。気相流速がフラッディング流速に近づくと,振幅の大きな波が成長して孤立波となり,その孤立波が複数存在し波列を形成していることが観察された。そのため有限振幅波の検討が必要であることが示された。

 第4章では,気液界面の安定性に関する理論解析を行うと共に実験結果との比較も行い,理論解析の妥当性を調べている.線形解析では,特に粘性の影響を調ているが,フラッディング発生限界の条件に関する解析結果と実験結果とは一致せず,粘性を考慮しても線形解析では,実験結果を説明することができないことを示している。次に,非線形解析では,高調波を考慮した長波解析と振幅の大きな孤立波の安定解析を行っている。擾乱成分には基本波と2次の高調波を考慮し,その相互作用による不安定解析を行っている。その結果,基本波および高調波の安定・不安定の組み合せは線形解析に比べて非常に多くなり7つに分類できることが明らかになった。この解析と実験との比較結果では,実験から得られた振幅の大きな波の波数は,気相速度が増加するにつれて,非線形解析から得られた基本波および高調波がともに不安定となる領域に近づき,フラディング発生直前ではその領域の中へ入ることが示され,この解析との定量的な一致が示された。フラディング発生条件を理論的に導き出されたのは,本研究がはじめてであり,大いに評価できるものである。一方,大振幅の孤立波に着目した非線形解析では,その孤立波を支配する方程式は変形KDV形となることを示し,その孤立波の振幅の時間成長をシミュレーションし,安定性を評価している。その結果,気相流速がゼロの流下液膜条件では時間的に常に安定であるが,フラッディング発生直前の振幅の大きな波に着目すると,振幅は時間的に増幅して不安定となる結果を得ている。基本波と高調波による長波解析ならびに孤立波に着目した非線形解析により,フラッディングへの移行と界面の不安定との相関を解析的に明らかにしている。

 第5章では,結論をまとめている。

 以上のように,フラディングの発生条件の予測のためには,液膜の線形安定性解析では定量的な予測が不可能であることを示し,擾乱の基本波と二次高調波の相互作用を考慮した非線形安定性解析が有効で,定量的にも良い精度の予測ができることを初めて明らかにしている。また,有限振幅孤立波の時間成長をシミュレーションする方法も有効であることを示し,流下液膜界面の非線形不安定性とフラディング現象との関係を理論的に明らかにしたことは,高く評価できるものである。これらの知見は工学および工業技術の進展に寄与するところが大きい。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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