学位論文要旨



No 214499
著者(漢字) 根石,豊
著者(英字)
著者(カナ) ネイシ,ユタカ
標題(和) 棒鋼熱間圧延における結晶粒粗大化挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 214499
報告番号 乙14499
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14499号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,学
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 助教授 柳本,潤
内容要旨

 鉄鋼を素材とした製品の一つである条鋼製品は、熱間圧延により製造されたコイルまたは棒状の素材に、目的に応じた熱処理と二、三次加工を加えることにより製造されるが、近年条鋼製品に対するコスト低減への要求が一層厳しさを増し、これに対応するため加工熱処理技術を活用した熱処理工程省略化と精密圧延技術を活用した伸線工程省略化を同時に実現可能な条鋼索材圧延製造技術の開発が切望されている。この二つの要求を同時に実現しうる圧延技術を開発するにあたっての最大の問題は、精密圧延によって素材に結晶粒粗大化が生じ、これが熱処理省略化を阻害すると共にその後の二、三次加工に悪影響を及ぼすことであった。精密圧延は、熱間圧延の最終段階において材料に軽圧下を行うことにより素材寸法精度を確保する目的で行われ、近年素材圧延メーカーにおいて盛んに導入されているが、この結晶粒粗大化現象の定量的解明およびそれに基づいた実操業での結晶粒粗大化抑制技術は確立されていなかった。軽圧下に伴う結晶粒粗大化現象の存在は、極低炭素鋼を用いた熱間板圧延においてある程度定性的には知られているものの、結晶粒粗大化発生機構の詳細な解明や、結晶粒粗大化発生条件の定量的把握は行われておらず、実操業における結晶粒粗大化を抑制するための有効な手段が具体的且つ定量的な形で提案されていないのが実状であった。この状況に鑑み、筆者は解決すべき技術課題を、(1)熱間精密圧延におけるサイジング圧延時の結晶粒粗大化発生の支配因子の特定、(2)結晶粒粗大化発生条件の定量的把握、(3)実操業における不可避的な操業条件の変動下でも、結晶粒粗大化を安定して且つ確実に抑制しうる操業条件の確立、(4)結晶粒粗大化発生機構の推定、の四点に絞り、棒鋼圧延における代表的な網種として中炭素鋼S45Cを用いて、熱間圧縮試験および数値解析手法によるラボ実験によりこれらを精査し、得られた結論の有効性、有用性を実機圧延もしくはモデル圧延機にて実証した。主な結論を以下に要約する。

 第一の技術課題である結晶粒粗大化発生の支配因子の特定については、実機サイジング圧延における相当塑性ひずみと加工温度の二つが二大支配因子であることを明らかにした。更に熱間圧縮試験ならびに数値解析を併用することにより第二の技術課題である結晶粒粗大化発生条件を定量的に把握した。結果を図1に示す。これによって結晶粒粗大化発生条件が加工温度-相当塑性ひずみ平面内の帯状領域として存在することが初めて定量的に解明された。

 得られた知見は、本研究の中核をなすもので結晶粒粗大化抑制条件を決定する上での指導原理である。具体的には数値解析手法を用いてサイジング圧延時の相当塑性ひずみと圧延温度とを解析し、その結果が図1の結晶粒粗大化現象が発生する帯状領域を回避しうるまで、孔型設計やパススケジュールなどの圧延条件を繰り返し変更することで、最終的に最適操業条件が決定される。

 第三の技術課題である実操業下で結晶粒粗大化を安定して且つ確実に抑制しうる操業条件の確立においては、実操業での操業条件の変動要因としてタンデム圧延におけるパス間時間、仕上サイジング圧延における被圧延材の初期結晶粒度および仕上サイジング圧延時の加工・温度履歴に着目し、各変動要因が結晶粒粗大化現象に及ぼす影響について検討した。

 パス間時間の影響については、パス間時間が極めて短く仕上タンデムサイジング圧延時に付与されるひずみエネルギーがすべて蓄積される場合には結晶粒粗大化発生挙動が図1を満足することが判明した。この知見に基づき、仕上タンデムサイジング圧延時の結晶粒粗大化を抑制するためには、各圧延スタンドで付与される相当塑性ひずみの最終的な総和と圧延温度を図1の結晶粒粗大化発生領域から回避するように設定することで実現可能であることを圧延実験にて実証し、変動要因を含む仕上タンデムサイジング圧延においても図1の結晶粒粗大化発生条件が指導原理であることが再確認された。

 被圧延材の結晶粒度の影響については、被圧延材の結晶粒が粗大な場合には結晶粒粗大化発生の帯状領域は変化するが、実操業における被圧延材の仕上サイジング圧延前での結晶粒度は通常6.0以上と微細粒組織であるため、結晶粒粗大化発生条件は図1と一致することが判明した。つまり被圧延材の初期結晶粒度変動を想定して実操業における結晶粒粗大化抑制技術を確立するためには、図1に示す結晶粒粗大化発生条件を回避する仕上圧延条件を設定すればよく、被圧延材の初期結晶粒度変動を考慮した場合においても図1の結晶粒粗大化発生条件が指導原理であることが判明した。

 仕上サイジング圧延時の加工・温度履歴の影響については、仕上サイジング圧延時のひずみ-温度履歴の最終到達点が、図1に示す結晶粒粗大化発生条件に一致した場合にのみ結晶粒粗大化発生が生じ、ひずみ-温度履歴の途中段階が結晶粒粗大化発生と一致しても、最終到達点が結晶粒粗大化発生領域を回避していれば結晶粒粗大化発生は起こらないことを明らかにした。すなわち、実操業における結晶粒粗大化抑制条件を決定するには、材料の加熱温度、圧延速度および圧延途中の冷却等の各条件によって変化しうる仕上サイジング圧延開始時ならびに仕上サイジング圧延後の材料断面内温度分布を数値解析手法を活用することで予測し、狙いの温度条件を満たす条件下で相当塑性ひずみが図1の帯状領域を回避するように圧延条件を設定すれば良いことが判明した。

 纏めると、各変動要因が結晶粒粗大化現象に及ぼす影響について精査した結果、図1に示す結晶粒粗大化発生条件が実操業での結晶粒粗大化を抑制するための指導原理であると結論づけられる。

 第四の技術課題である結晶粒粗大化発生機構については、Sellars、瀬沼および難波らの提案した熱間加工時の再結晶、粒成長に伴うオーステナイト組織変化モデルを用い、図1に示す結晶粒粗大化発生条件下での動的/静的再結晶挙動との相関について検討した結果、結晶粒粗大化発生に静的再結晶が深く関与していることが示唆され、結晶粒粗大化発生条件の下限を規定するひずみは静的再結晶が開始するために必要となる最小ひずみを意味し、上限を規定するひずみは加工後に生成した静的再結晶粒径が加工前の結晶粒径と同じ大きさになる条件を意味していることが判明した。また結晶粒粗大化発生条件を規定する下限ひずみが付与された場合には静的再結晶粒が急激に粗大化することも判明した。この原因は、低ひずみ付与にて生じる静的再結晶のひずみ誘起粒成長であると推察した。すなわち結晶粒粗大化発生の支配機構がひずみ誘起粒成長による静的再結晶粒の生成・成長であると推定するに至った。

図1 熱間加工後のパーライト結晶粒度に及ぼす加工温度相当塑性ひずみの影響(○中数字:パーライト結晶粒度)

 上述したように本研究にて得られた結晶粒粗大化挙動に関する知見は、棒鋼サイジング圧延における結晶粒粗大化抑制技術を確立する上での基盤技術であり、条鋼圧延技術の発展に大きく貢献する工業上極めて有益な成果である。

 今後の展開の可能性を述べれば、近年発展している一般性を有する熱間加工時の結晶粒度予測モデルと本研究の成果を有機的に連携させれば、S45Cの棒鋼サイジング圧延のみならず板の熱間圧延、管圧延など広範な圧延法と鋼種に対する結晶粒粗大化予測技術の確立が可能となる。最終的には、近年盛んに行われつつある数値解析技術を活用した最終製品の材質予測技術の確立に大きく貢献することが期待される。

審査要旨

 近年、条鋼製品に対するコスト低減要求に対応すべく、加工熱処理技術を活用した熱処理工程省略化と精密圧延技術を活用した伸線工程省略化を同時に実現可能な条鋼製造技術の開発が切望されている。この両立技術を確立する上での技術課題は、精密圧延での軽圧下にて誘起される結晶粒粗大化発生の抑制技術を確立することであるが、従来、結晶粒粗大化条件の定量的な把握や実操業における結晶粒粗大化抑制方法の具体的且つ定量的な提案がなされていないのが実状である。本論文では、棒鋼圧延での代表鋼種である中炭素鋼を用いた熱間圧縮試験やラボ圧延実験と数値解析手法を併用し、結晶粒粗大化挙動の支配因子を特定し、結晶粒粗大化発生条件ならびに結晶粒粗大化挙動に及ぼす実操業での変動要因の影響を定量的に把握するとともに、結晶粒粗大化挙動の支配機構を推定し、熱間サイジング圧延時の結晶粒粗大化抑制に関する指導原理を明らかにしている。

 第1章では、熱間サイジング圧延における結晶粒粗大化抑制技術を検討することの意義、従来の研究で得られた知見および本論文の研究目的を述べている。

 第2章では、実際の棒鋼サイジング圧延の各圧延段階におけるミクロ観察により、結晶粒粗大化発生が仕上サイジング圧延での軽圧下パスに起因することを明らかにしている。更に結晶粒粗大化発生分布の特異性と圧延変形形態との相関から結晶粒粗大化発生の支配因子が相当塑性ひずみと加工温度である可能性を示唆している。

 第3章では、熱間圧縮試験および実機圧延実験により結晶粒粗大化発生条件を検討している。その結果、結晶粒粗大化発生条件が加工温度、相当塑性ひずみで整理され帯状領域として存在することを定量的に明らかにしている。更にこの知見と数値解析手法との併用による熱間サイジング圧延時の結晶粒度予測の可能性を示唆するとともに結晶粒粗大化抑制の基本思想を提唱している。得られた知見は本論文の中核をなすものである。

 第4章では、実操業での変動要因として仕上タンデム圧延でのパス間時間に着目し、仕上タンデムサイジング圧延でのひずみエネルギー蓄積効果が結晶粒粗大化発生に及ぼす影響について検討している。その結果、通常操業条件下では、仕上タンデムサイジング圧延時に付与されるひずみエネルギーは全て蓄積され、結晶粒粗大化発生が最終的に付与された相当塑性ひずみの総和と加工温度にて決定されるとの知見が得られている。つまり第3章にて得られた知見が実操業での仕上タンデムサイジング圧延における結晶粒粗大化抑制の指導原理であることが明らかにしている。

 第5章では、実操業における変動要因である仕上サイジング圧延での被圧延材結晶粒度に着目し、結晶粒組大化挙動に及ぼす影響を検討した結果、結晶粒粗大化挙動に対する被圧延材結晶粒度の依存性を定量的に明らかにしている。得られた知見と通常仕上サイジング圧延での被圧延材結晶粒度が6.0以上と微細粒組織であることを勘案し、被圧延材結晶粒度の変動を考慮した結晶粒粗大化抑制においても、第3章にて得られた結晶粒粗大化発生条件が指導原理であると結論づけている。

 第6章では,仕上サイジング圧延時のひずみ-温度履歴が結晶粒粗大化挙動に及ぼすの影響を検討している。結果として、ひずみ-温度履歴の途中経路によらず最終到達点が第3章にて得られた結晶粒粗大化発生条件に一致した場合にのみ結晶粒粗大化発生が生じることを明らかにしている。

 以上、実操業における各変動要因が結晶粒粗大化現象に及ぼす影響について精査した結果、第3章にて得られた結晶粒粗大化発生条件が実操業での結晶粒粗大化抑制における指導原理であることを明らかにし、工業的に有用な結果を得ている。

 第7章では、結晶粒粗大化挙動の支配機構について再結晶挙動との相関に着目して従来提案されている数式モデルを用いて検討している。結果として、結晶粒粗大化発生に静的再結晶が深く関与し、結晶粒粗大化発生機構として低ひずみ付与によるひずみ誘起粒成長であることを示唆している。加えて結晶粒粗大化挙動が種々の鋼種にも同様に適用可能であることも明らかにしている。

 第8章では、研究結果を総括するとともに、本論文にて得られた成果の最終製品の材質予測技術の確立に対する将来への展望を述べている。

 以上、本論文では、熱間サイジング圧延時の結晶粒粗大化挙動について、結晶粒粗大化発生条件の特定、実操業での結晶粒粗大化抑制技術の確立、更に結晶粒粗大化発生機構に至るまで系統的に研究し、その有効性も示している。得られた成果は条鋼圧延技術のみならず材質予測技術の発展にも大きく貢献でき工業上極めて価値があるものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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