学位論文要旨



No 214500
著者(漢字) 北原,文夫
著者(英字)
著者(カナ) キタハラ,フミオ
標題(和) 線路保守作業管理機能を有する汎用型電子連動装置の研究
標題(洋)
報告番号 214500
報告番号 乙14500
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14500号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 古関,隆章
内容要旨

 在来線鉄道における線路保守作業を管理する仕組みは,「人」の注意力のみに依存する形態が,鉄道の開業以来1世紀以上続けられてきた。しかし,ミスによる事故を防げず,この対策が課題になっていた。さらに,省力化した運営体制で効率的な列車運行管理をコンピュータで行う目的で,列車運行管理システムを多くの線区に導入しているが,線路保守作業を制御対象としていないため,この人手依存の線路保守作業管理業務が指令員や大規模な駅の社員の仕事として残ってしまい,業務運営近代化のネックになっていた。

 線路保守作業を管理する業務は,列車運行との相互の安全を確保する必要があるため,列車の信号機を制御する電子連動装置にこの役割を行わせる必要があるが,従来からの電子連動装置にはこの機能を付加する性能の余裕がない。さらに,大規模な駅の電子連動装置には,列車ダイヤに基づいて信号機をコンピュータで制御する自動進路制御機能を付加してきたが,この制御応答性能,競合列車の優先順序判断などに難点があり,東京圏のような高密度線区へ適用していくことには問題が多かった。本研究はこれらを解決して,線路保守作業管理の近代化を可能にする電子連動装置を開発することを目的としている。

 本研究は2つの課題を解決するプロセスからなっている。1つ目は,鉄道信号システムに必須であるフェールセーフをバス同期式などの専用型コンピュータで実現していた方式から,高性能な汎用型コンピュータで実現する方式に変えて,「電子連動装置を再構築する」ことである。2つ目は,この新しく再構築した汎用型電子連動装置に「線路保守作業を管理する機能を組み込んで,保守作業者がハンディ端末で遠隔操作できる方式を確立する」ことである。

 第1の課題である電子連動装置を再構築する研究は2つからなる。「連動装置の制御アルゴリズムを新規に作る研究」と,「汎用型コンピュータにフェールセーフ機能を付加する研究」である。

 線路のどの箇所でも実施する線路保守作業を管理するために,列車検知の単位である軌道回路に着目して「軌道回路予約方式」と呼ぶ連動制御アルゴリズムを考案した。これは,すべての信号機の進路を軌道回路の集合体として表現し,信号機の制御時に必要な軌道回路を予約管理することで,競合する信号機を排他制御する方式である。さらに,このアルゴリズムに制御条件を与える連動表の様式は50年以上前に作られたままであったが,今回新しい様式を開発し,そのまま連動装置に内蔵することで,大幅な品質向上も実現した。

 新しく構築した連動制御アルゴリズムを,汎用型のコンピュータ上で連動装置として稼働させるために,フェールセーフを確保する仕組みを開発した。プログラムレベルで同期する汎用コントローラで3重系を構成し,各系の処理内容をソフトウェアで多数決比較した結果を,外付けした周波数論理によるフェールセーフ照合回路で診断し,さらに出力側装置(現場信号機器制御装置)とのプロトコルによる総合的な手法でフェールセーフを実現する方式である(図1参照)。そして,この仕組みの汎用型電子連動装置をマルコフ確率過程モデルで定量的に評価し,危険側故障の発生確率が10-12(1/h)オーダで,鉄道信号システムに要求される水準を満たしていることを検証した。

図1 汎用型電子連動装置の機能ブロック図

 この汎用型電子連動装置は,高密度な線区の列車を制御できるように開発した自動進路制御装置と一体的に動作する。連動表データを自動進路制御装置にも内蔵させることで,すべての競合点(転てつ機)ごとに競合列車を抽出し,進路制御の優先順序判断を扱い者に依存せずに自動で行える制御方式を実現した。この方式は大規模な駅でも,普遍的に適用できる特徴がある。

 第2の課題である線路保守作業管理の研究は,3つからなる。

 「列車と線路保守作業との衝突防止を可能にする連動制御アルゴリズムの研究」,「保守用車の任意の進路構成を可能にする研究」,さらに「遠隔操作に用いるハンディ端末にフェールセーフを付加する研究」である。

 列車と線路保守作業との衝突防止を可能にする連動制御アルゴリズムは,線路保守作業箇所を軌道回路で表現し,作業を実施する場合は該当軌道回路を予約管理することで,列車の信号機制御との競合を排他制御できる(図2参照)。

図2 列車と線路保守作業との衝突防止の原理

 線路保守作業を保守作業者だけで行う場合,ハンディ端末で保守用車の任意の進路構成を行う必要がある。列車に対する進路構成のように,あらかじめ設定可能な進路を連動表に定義する方式では,任意の進路の数が多く,事実上困難である。この解決のために,連動表データから自動生成される軌道回路接続テーブルによって,任意の進路構成を行えるアルゴリズムを考案した。

 ハンディ端末と電子連動装置のトータルで,線路保守作業管理のフェールセーフを確保する仕組みを開発した。ハンディ端末は1重系の汎用型であるため,画面表示内容にフェールセーフを付加する役割に限定し,2バージョンプログラムによる2重処理とデータの2重照合,重要文字の外字コード化によるハミング距離の確保,2画面を使った文字の交互表示などの手法を適用した。そして,ハンディ端末の共通部の故障で画面表示が有意誤認文字に化ける誤り率は,ハミング距離3ビットの文字で10-9(1/h)オーダとなり,また冗長符合を使った無線系の総合受信率を定量的に評価し,問題のないことを検証した。

 以上のように研究開発した成果を,1997年以降中央線,山手線などで線路保守作業管理システムとして実用化し,引き続き東京圏の主要線区へ展開を進めている。この結果,従来「人」による形態でしか運営できないとされてきた線路保守作業管理業務が「システム化」され,安全性が大幅に高まったほか,保守部門を含めた鉄道運営の仕組みが抜本的に近代化されるなど,大きな効果をあげることができた。さらに,「専用型のハードウェア技術」で変遷してきた鉄道信号システムの基盤技術を,「汎用型の情報技術」へ変革することもでき,次世代型鉄道の実現を期待できる新しい発展の方向性を切り拓いた。

審査要旨

 本論文は「線路保守作業管理機能を有する汎用型電子連動装置の研究」と題し、鉄道線路の信号機と転轍機の連動制御の高度化を目的として、汎用型の情報技術を適用した新しい連動制御装置を開発し、その中に線路保守作業管理アルゴリズムを新規に考案して組み込んで実用化した研究をまとめたもので、6章より構成されている。

 第1章では、在来線鉄道における線路保守作業を管理する仕組みが人の注意力に依存する方式で、近代化の流れに遅れていることを指摘して本研究の必要性を明らかにした。線路保守作業管理を行う連動装置に性能の余裕を作り,あわせて従来からの問題を解決するために,「連動装置の従来の研究」と,連動装置に自動進路制御機能を付加するための「自動進路制御装置の従来の研究」について述べた。さらに東京圏の鉄道の特性を明らかにしている。

 第2章では、本研究の中心となる連動装置について、その役割と基盤とする技術について概説した。そして、「従来からの連動装置」の安全性、品質管理、さらに省力化の面での課題を明らかにし、専用ハードウェア型電子連動装置は小容量ゆえに線路保守作業管理のような新機能を付加することの困難さを指摘した。また、連動装置の開発の前提となるフェールセーフについて鉄道における定義と評価の前提を明確にし、「従来からの自動進路制御装置」が東京圏で多くの課題を解決できなかった理由を解析し、高密度線区へ適用するための課題を明らかにした。また、海外の電子連動装置の現状をまとめて参考としている。

 第3章では、「新しい電子連動装置を実現するための検討」結果をまとめた。まず、連動装置の制御条件を規定する「連動表」の様式を,コンピュータに適合させるための方策を提案した。さらに、従来の連動装置が「転轍機」に着目した管理方式であったのに対し、線路沿線のどこでも行う線路保守作業を管理できるように、列車検知に使う「軌道回路」を業務の競合管理の手段として用いた「軌道回路予約方式」の制御アルゴリズムを明らかにした。そして、これらの機能を有するソフトウェアを動作させる汎用型のコンピュータを使った電子連動装置の構成とそのフェールセーフを確保する方式を提案し、マルコフ確率過程モデルで危険側故障の発生率の定量的な評価をして、鉄道信号システムに要求される水準を満たしていることを明らかにした。さらに、システムを高密度線区へも適用できるよう、列車に対する基本的な連動制御を実現した連動装置に普遍的な自動進路制御装置を付加することを目的として次の項目について検討を行った。すなわち、列車運行管理システムの要素としても稼働できるようにするために必要な自動進路制御装置を付加した電子連動装置の段階的な拡張を可能とする相互接続方式、駅社員と指令員管理の両者が共存できる制御方式、競合列車の優先順序判断に駅ごとの特別な処理を必要とせず高速な制御応答性能を有する普遍的な進路制御方式などである。そしてこれら諸機能について、実践システムとしての最終確認試験の結果を示している。

 第4章では、線路保守作業をシステムで管理するための仕組みと解決すべき課題を提起した上で、列車と線路保守作業との衝突防止を実現した連動装置の制御方式、無線を使ったハンディ端末によって保守用車用の任意の進路を遠隔制御できるようにした連動装置の制御方式、およびハンディ端末の画面表示のフェールセーフを確保する方式を提案して評価した。また、最終確認試験によってこれらの提案が実用システムとして使用可能であることを確認した。さらに,実際の線路保守作業管理システムの構成と特徴を示している。

 第5章では、以上の2つの研究成果である、自動進路制御装置を付加した汎用型電子連動装置と線路保守作業管理システムを実用化する過程で明らかになった事項と今後の展望を論じた。まず汎用型電子連動装置の稼働実績を述べ、リスク管理の重要性を提起し、線路保守作業管理システムを初めて実用化した過程におけるヒューマンファクタの実績と改善策について示した。後半では、保守用車の自動停止装置など本研究成果の今後の発展に向けた新しい課題の摘出と解決の方向について提言した。さらに、全体の集約として、鉄道信号システムの新しい基盤技術を確立した内容と今後の展望についてまとめている。

 第6章では本研究で明らかになった事項を総括している。

 以上これを要するに、本論文は、汎用型の情報技術を適用した連動制御装置を開発すると共に、線路保守作業管理アルゴリズムを新規に考案・実用化し、鉄道線路の保守作業の安全性向上と効率化を実現したもので、電気工学、特にシステム工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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