大出力レーザを長焦点距離のレンズや凹面鏡により集光すると、大気中で長尺プラズマチャネルを生成することが出来る。このようなプラズマチャネルは長ギャップ放電のスパークオーバ電圧を低下させたり、その放電の進展方向を制御したりすることが可能である。前者は放電トリガ効果、後者は放電ガイド効果と呼ばれており、この二つの効果を総称してレーザ生成プラズマチャネルの放電誘導効果と一般に言われている。レーザ生成プラズマチャネルは雷放電を制御して雷害を防止するレーザ誘雷や高電圧、大電流の高速スイッチイングを可能にするレーザトリガードギャップスイッチへの応用が期待されている。これらの工学的応用を効率よく進めるためには、プラズマチャネルの放電誘導効果のメカニズムを解明する必要がある。これまでにもプラズマチャネルによる放電誘導効果の研究は行われているが、応用に特化した研究が多くメカニズムに重点を置いた研究は少なかった。そこで本論文では放電誘導のメカニズムの解明を目的として、プラズマの物理特性の測定と放電誘導実験を行い、その両者の結果の比較・検討を行った。 レーザにより生成されるプラズマチャネルの特性は、レーザのパラメータによって変化する。レーザ生成プラズマチャネルの中でも代表的な2種類のプラズマチャネルについて物理特性の測定を行った。一つは赤外レーザにより生成される離散的な強電離プラズマチャネルである。このプラズマチャネルについてはこれまでにも多くの測定結果が報告されているが、レーザ照射終了後の減衰過程の様相は未解明であった。本論文ではCO2レーザを用いて強電離プラズマチャネルを生成し、分光法やマイクロ波干渉計を用いて電子密度の時間変化の測定を行った。その結果、プラズマ生成直後から100s後までの電子密度の減衰特性を明らかにした(図1)。この他にもレーザ干渉計等を使用してプラズマの形状変化を測定し、生成直後は径約5mm程度であるプラズマが、約10s後には径12mmまで膨張し、その後はほとんど変化しないことを明らかにした。もう一つは紫外レーザにより生成される連続的な弱電離プラズマチャネルである。このプラズマチャネルに関してはこれまでは物理パラメータ自身がほとんど測定されていなかった。本論文ではエキシマレーザを用いて弱電離プラズマチャネルを生成し、マイクロ波干渉計を使用して電子密度の時間変化を初めて測定した。その結果、生成直後は1014/cm3あるが30ns程度で1012/cm3以下にまで低下することを明らかにした。さらに、簡単なプラズマチャネルのシミュレーションを行い、電子密度の急速な減衰は付着によるものであり、負イオンが急激に増加してプラズマの減衰はイオンの減少で決まるようになることを示す結果を得た(図3)。 プラズマチャネルの放電誘導実験では、従来は物理的に不明確なパラメータによる測定が多かったが、本論文では50スパークオーバ電圧と放電ガイド長(放電がプラズマに沿った長さ)という2つの物理的に明確なパラメータを使用して実験を行った。 強電離プラズマチャネルに関しては雷インパルス電圧により、ギャップ長1mから10m程度までについて放電誘導実験を行い、50%スパークオーバ電圧-ギャップ長特性、プラズマチャネル生成と電圧印加のタイミング(遅れ時間)が放電誘導効果に及ぼす影響、放電進展様相等の測定がなされた。これらの結果より、以下のことが明らかになった。 (1)プラズマチャネルにより50%スパークオーバ電圧が低下し、その特性はギャップ中に導体棒が挿入されたようになる(図2)。このプラズマチャネルが作る等価的導体棒の長さはレーザのエネルギーと光学系に依存している。 (2)正極性放電を誘導するためには負極性放電時より密にプラズマチャネルを生成する必要があるため、多くのレーザエネルギーが必要になる(放電誘導特性の極性効果)。 (3)レーザ照射と電圧印加のタイミングは放電誘導効果に大きな影響を与える。負極性ではプラズマチャネルは生成後200sまで放電誘導効果を完全に維持しており、その後低下が始まり、生成後2ms程度で放電誘導効果は消滅する(図1)。 (4)放電進展は次のような過程になる。ストリーマがプラズマチャネルの効果により低い電界で発生し、プラズマチャネルに沿って進展する。さらにプラズマに沿ったストリーマはリーダへの遷移が促進され、短時間にリーダヘ遷移する。このストリーマ進展とリーダへの遷移の繰り返しにより放電が進展する。正負による進展様相の差は、負ストリーマは離散的なプラズマチャネルでもそれに沿って進展するのに対して、正ストリーマは密に生成されたプラズマチャネルにのみ沿って進展することである。 図1 強電離プラズマチャネルの電子密度のと放電誘導効果(トリガ効果)の時間変化○:電子密度 ●:50%スパークオーバ電圧 [横軸の時間はプラズマ生成後の経過時間を示す。]図2 強電離プラズマチャネルに誘導された放電の50%スパークオーバ電圧-ギャップ長特性(負極性)●■▲:レーザなし ○□△▽:レーザ誘導放電 弱電離プラズマチャネルに関しても、雷インパルス電圧により放電ガイド効果及び放電トリガ効果についてのプラズマチャネル生成と電圧印加のタイミングとの関係や放電進展様相に関して実験を行った。その結果以下のような結果が得られた。 (1)プラズマチャネルの放電ガイド効果は正極性放電にも負極性放電にも有効に働き、プラズマ生成後、約10sは持続するが、それ以後急速に減衰する(図3)。 放電トリガ効果は強電離プラズマチャネルと比較してかなり弱い。 (2)放電進展様相は正負共にプラズマチャネルから伸びるストリーマ、リーダが高圧電極と接地電極からのストリーマ、リーダと結合する過程が主である。 図3 弱電離プラズマチャネルの放電ガイド長とイオン密度の時間変化[横軸の時間はプラズマ生成後の経過時間を示す。] ○:イオン密度 ●:放電ガイド長 これまで得られたプラズマチャネルの物理特性とその放電誘導効果の実験結果を比較・検討することによりプラズマチャネルの放電誘導効果のメカニズムの検討を行った。 強電離プラズマチャネルの放電誘導効果のメカニズムとして浮遊導体モデルを提案した。浮遊導体モデルとはプラズマの導体としての機能が放電を誘導するというモデルである。金属のような導体は、ギャップ中では周辺の電界を歪めることにより局所的に強い電界をその表面に発生する。この局所電界により、ストリーマは低電界で開始して球に引き込まれ、さらにストリーマーリーダ遷移が加速される。このため導体は放電の進展方向を制御したり、スパークオーバ電圧を低下する事が出来る。プラズマも同様のメカニズムで放電を誘導すると浮遊導体モデルでは説明する。放電誘導実験ではプラズマチャネルは生成後200sまでは放電誘導効果が低下しないことが示された。この時のプラズマチャネルの電子密度は約1011/cm3と推定され(図1)、導電率を電子密度から計算すると0.3S/mとなった。これよりプラズマは生成後200sまでは導体とみなせる状態にあることがわかる。また外部電界がプラズマ内部に侵入しないために必要なプラズマ中の電荷量を計算すると、その限界は電子密度に換算して1011/cm3程度であった。これは電子密度がこの値以下に低下すると、外部電界が補償できなくなり、プラズマは導体として機能しなくなることを示している。以上の結果はプラズマチャネルの放電誘導効果が有効である生成後200s以内ではプラズマは導体として機能することができ、それ以降は導体としての効果は低下することを示している。さらに、浮遊導体モデルを実験的に検証するために多数の金属球を使用してプラズマチャネルを模擬し、放電誘導実験を行った。その結果、金属球に誘導された放電とプラズマチャネルに誘導された放電でその進展様相が酷似していることがわかった(図4)。以上より、プラズマ生成後200s以内であれば浮遊導体モデルはプラズマの放電誘導機構として有効であり、放電誘導に必要な電子密度のしきい値は約1011/cm3であることが明らかになった。なお、浮遊導体モデルによると、プラズマチャネルの放電誘導特性の極性効果は、ストリーマの前面にある正イオンが導体球に付着することにより電位が上昇し、正極性ストリーマが導体球に沿わなくなるためであると説明される。 図4 金属球に誘導された放電とプラズマに誘導された放電の進展様相の比較 弱電離プラズマチャネルの放電ガイド効果のメカニズムとしては、プラズマチャネルで形成されたストリーマ及びリーダが主たる役目を果たすモデルを提案した。プラズマチャネル中央部から進展を開始したストリーマ、リーダはプラズマチャネルに沿って進展する。これらのストリーマやリーダの先端部は空間電荷により強い局所電界が生じており、電極からの放電はその電界にに引かれてプラズマチャネルに誘導される。プラズマチャネルの放電ガイド効果とプラズマチャネルのイオン密度の時間変化の比較から、放電ガイド効果が減衰を開始するのはイオン密度がl011/cm3以下になった時であることが明らかになった(図3)。これより、放電ガイドのためのストリーマがプラズマから開始するための条件はイオン密度が1011/cm3以上であると考えられる。 強電離プラズマチャネル及び弱電離プラズマチャネルの物理特性の測定と放電誘導実験の結果を基に、放電誘導効果のメカニズムを説明するモデルを提案した。今後の課題はこれらのモデルを基にシミュレーション技術を用いて、より定量的な解明を行うことである。 |