本論文は、「強磁場及び強電界下の赤血球の挙動に関する研究」と題し、生体の構成要素である赤血球の磁場配向及び電界配向という物理現象が、赤血球の集合体である血液の特性にどのような影響を及ぼすかを明かにし、配向現象の生体影響およびその有効利用の可能性について検討することを目的としたもので、強磁場下および強電界下での、静止状態および流動状態における赤血球の挙動や、生体工学において重要なパラメータである血液の電気伝導度への強磁場の影響を、実験的に明らかにし、それらの結果より、血流および生体への磁場効果について論じており、6章からなる。 第1章において、生体物質及び生体組織への強磁場影響に関するこれまでの研究を概括し、そのなかで赤血球の磁場配向に関する研究の到達点と問題点を明らかにしている。 第2章において、磁場配向、電界配向の原理について述べ、それにもとづいた、配向現象を実験的に計測するための解析モデルを提案している。まず、赤血球の磁場配向による赤血球懸濁液の透過光の変化を表す理論式について、先行研究において明確な理由なく配向度パラメータが用いられていたのに対し、単純なモデルから新たな理論式を導いている。また、磁場配向による赤血球懸濁液の電気伝導度の変化について、赤血球を回転楕円体とみなして、楕円体分散体を含む溶液の電気伝導度の電磁気学モデルに赤血球の反磁性磁気異方性を考慮して、磁場配向による電気伝導度変化の理論式を新たに導いている。 第3章では、赤血球の磁場配向が血液に及ぼす影響を実験的に検討するため、8Tまでの磁場について(1)赤血球懸濁液の光透過度の磁場による変化、(2)体内と同程度の濃度の赤血球懸濁液の電気伝導度の磁場による変化、(3)顕微鏡による観察、により検討している。特に(1)については第2章で得た、理論式が実験結果をよく説明できることを示し、その結果、赤血球1個当たりの反磁性磁化率の異方性を算出し、=2.1×10-27を得ている。また、(2)についてはリン酸緩衝溶液に懸濁した、体内と同程度の濃度の赤血球懸濁液の電気伝導度の磁場依存性を、8Tまでの磁場について検討し、第2章で提案した解析モデルを実験結果に適用して赤血球1個当たりの反磁性磁化率の異方性を算出し、=2.3〜2.7×10-27を得ている。このように、2つの実験から得られた赤血球の反磁性磁化率の異方性がほぼ一致することから、第2章で検討したモデルが現実にうまく適合しており、理論式が信頼性のあるものであることが示されている。(3)については、流体としての血液への性質に着目し、磁場配向が血液の流動に及ぼす影響について、8T磁場下で100m×20mのマイクロチャネル中を流動する赤血球の挙動について顕微鏡による観測結果を解析している。マイクロチャネル中を流動する赤血球は、その流速が100m/sec.以下と極めて遅い場合のみ磁場配向が観測されることを示している。 第4章では、血漿蛋白の存在により血球の凝集、及び連銭形成が生じた場合の磁場配向について、電気伝導度の磁場依存性および顕微鏡による観察から検討している。血漿に含まれる、さまざまな蛋白が赤血球相互作用に影響を与えることを、赤血球懸濁液の電気伝導度の磁場による変化から示している。ここでは、磁場下での挙動を直接、顕微鏡観察する手法を用い、電気伝導度の測定と合わせて、凝集、連銭の形成により電気伝導度の磁場依存性はほとんど観察されなくなるが、連銭そのものが磁場配向することを示している。 第5章では、磁場配向と電界配向を組み合わせること、即ち、直交する8T磁場と数kV/m程度の電界により、赤血球が完全に一軸性に配向することを初めて示している。そして、このような磁場と電界による配向のコントロールが、血液の流体特性(レオロジー)にどのような影響を及ぼすかについて、赤血球の沈降速度並びに流速への影響について検討をおこない、8T磁場と4kV/m電場により赤血球を完全に水平に配向させた場合、沈降速度が10数%減少すること、また、流動する血液の一部に流動方向と垂直に磁場と電界を印可した場合、赤血球濃度によっては、流速が変化することを初めて明らかにしている。 第6章では、本研究のまとめとして、得られた実験結果から、強磁場、高電界による赤血球の配向現象の血液循環への影響について論じ、磁場配向の生体影響および有効利用の可能性について検討している。 以上要するに、本論文は、赤血球の反磁性磁化率の異方性により強磁場中で生じる磁場配向と、血液の電気的あるいは流体特性との関係を明らかにし、さらに赤血球の誘電的な性質から生じる電界配向との重畳効果により、血液の流体特性に与える影響を明らかにしており、電子工学、特に、生体電子工学上貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |