軽水減速軽水冷却型原子炉(「軽水炉」)の原子炉を含む冷却材圧力バウンダリーを囲繞する格納容器は、原子炉事故時に内包する放射性物質の環境放出を防止する最後の障壁を構成する重要な安全機能を有する。歴史的には、格納容器は原子炉の保有する冷却材の圧力バウンダリー損傷時に放出される蒸気を格納すべく設計され、原子炉の立地可能性を拡大する過程で離隔の部分的代替として発達した。事故が発生した場合の格納容器の健全性に関しては、実際にありうる(credible)事故の範囲にあっては当然ながら、炉心溶融事故に際しても概ね健全性を維持するものと考えられてきた。近年の基礎的な現象解明の為の研究の成果と解析手段の発達に立脚した確率論的安全評価により、原子炉事故のリスクは社会一般のリスクに比較し極めて僅かであることが明らかになっているとはいえ、リスクの多くは炉心燃料の大規模な損傷事故いわゆるシビアアクシデント(過酷事故)条件下で発生する格納容器荷重によりこの最終障壁の健全性が損なわれることで支配されることが示されている。 将来の軽水炉が社会的に受容される安全設計上の要件を備えたものとするためにも、シビアアクシデント時の格納容器問題を体系的に扱う方法の確立が望まれるところである。そこで、格納容器設計思想の歴史的な変遷や炉心溶融事故経験のレビュー等を踏まえ、格納容器設計においてシビアアクシデントを考慮する手法を、以下の2つの部分から構成される設計および評価上の手法として構築した; (1)リスクの観点に立った格納容器安全性能目標への合致を確率論的安全評価により確認する、 (2)シビアアクシデントに伴う荷重(動的な荷重として水素爆轟ないしDDT・DCH・原子炉圧力容器内外のFCI、準静的荷重として過圧および過温・コアコンクリート反応・再臨界・シェルアタック)に対する格納容器の耐性を半決定論的手法により評価する。 確率論的安全評価に関する部分は、原子炉のリスクに関する定量的安全目標(QHO:Quantitative Health Objective)の補足的な指標として「PSC1とPSC2」(PSC:Probabilistic Safety Criteria)、「炉心溶融発生時の条件付き格納容器破損確率(CCFP)等の補足的目標」、および既往の確率論的安全評価から得られる粒子状物質の格納容器からの放出割合と放出モードに関する知見等を集積した「ガイドライン」により構成した(図1)。 図1 安全性能目標への合致の評価 格納容器の安全性能目標PSC2に相当するCSO1,CSO2(CSO:Containment Safety Objective)は、避難・個人の著しい確定的影響・長期に亘る居住制限のいずれをも高い確度で回避すべく設定することが社会的要件として必要と考え、これに満たす上で参照する個人線量レベルを設定した。次に、炉心溶融発生時のソースタームに対しても、この線量レベルを満足する為に格納容器が有すべき性能を、放射性物質に対する保持係数(Containment Retention Factor:CRF)と超過確率により定めた(表1)。保持係数にて示すことにより、設置地点の具本的な条件が定まらない基本設計段階で利用可能な工学的目標とすることができ、また、時間減衰効果や実験で求められる格納容器スプレイ、スクラビング等の放射性物質保持効果との関連を明確化することができる。 表1 縮約された核種グループに関するCRF(limit) また、このように設定されたCSOを満足すればリスクプロファイルを個別の原子炉立地地点毎に計算しなくても、定量的原子炉安全目標(原子力発電所近傍に居住する人が原子炉事故によって受けるリスクが一般社会生活にて通常晒されるリスクの1/1000以下)を満足することを証明し、この安全性能目標を満足する格納容器を有する原子炉のリスクは、技術の利用に伴うリスクとして無視可能な程度の領域に到達しているとの考察(図2)を行った。 図2 英国HSE(Health & Safety Executive)のリスク管理概念に照らしたCSO1,CSO2およびQHOの位置 シビアアクシデントに伴う荷重に対する格納容器の耐性は、荷重の発生する確率(絶対値および炉心損傷時の条件付き確率)に応じて評価の枠組みを設定し、各荷重毎に知見を整理した上で、適切と考えられる想定荷重算定条件と判断基準を考案した。 その一部として、炉心溶融過程での水金属反応による発生水素と水の放射線分解により発生する水素酸素の重畳で格納容器雰囲気が可燃性領域に至るのを抑制する問題に関し、不活性化された軽水炉の格納容器において溶融過程での発生水素と水の放射線分解で発生した水素酸素の気相移行との組み合わせを精緻に扱うモデル(図3)を構築した。炉心損傷シナリオ毎に溶融炉心と格納容器熱水力挙動の解析コードMAAPによる挙動計算結果と組み合わせて本モデルで水素酸素の気相移行評価を行って可燃性領域到達時間Tiを計算し、当該シナリオの発生確率に応じた荷重係数wiを用いwiTiにより当該原子炉の可燃性領域到達時間の期待値を決定することにより、既往の「溶融過程での発生水素と水の放射線分解による水素酸素との組み合わせに関する非機構論的評価モデル」(図4)に代替させることを考案した。改良型の沸騰水型原子炉に関する期待値を求めたところ、既往の非機構論的評価モデルに比較して到達時間は20倍となり、既往のモデルには大きな保守性のあることが示された。また、各シナリオにおいて可燃性領域到達時間を決定する主要因子を解明した。 図3 新たな評価モデル図4 非機構論的評価モデル 本研究では、さらに、将来の軽水炉において重要と考えられるシビアアクシデント時の格納容器内の種々の現象に対処する具体的な設計オプションを検討し、選定オプションの有効性を確認した。シビアアクシデントに伴う格納容器荷重の内、水蒸気爆発等の動的な荷重は、研究の進捗につれ格納容器破損に至る程の荷重発生の確率は低いとの知見が蓄積されてきている。今後、リスク低減の為には、炉心損傷の従属事象として高い確度で生ずる「蒸気と水素による加圧」と「溶融炉心とコンクリートとの相互作用(MCCI)」の制御が重要と考え、「蒸気と水素による加圧」回避の観点から、 (1)大気をヒートシンクとする除熱システムによる水蒸気加圧の緩和 (2)透過膜技術を使った水素吸収システムによる水素加圧の緩和 による設計方策を開発した。(1)の目的では、蒸気凝縮熱伝達により除熱を行う静的システムPCCS(Passive Containment Cooling System)を選定し、このシステムの非凝縮性ガス存在下での蒸気凝縮性能評価モデルをシビアアクシデント現象解析コードMAAPに組み入れてシビアアクシデント時の加圧緩和効果を評価した。(2)の目的を達成する上では、既往の水素ガス処理設備である再結合装置の容量は十分ではない。いくつかの国での規制要求である炉心内の有効燃料長相当のジルカロイ燃料被覆管あるいはそれ以上の炉内ジルカロイインベントリーの高温水蒸気との反応を仮想した場合には、極めて大量の水素発生がある。この為、Pdを被覆した薄いTaチューブによる透過膜を考案し、この技術による水素除去システムMHRO(Mobile Hydrogen Removal Device)の加圧緩和上の有効性を、実験的に得られた透過性能を用いてMAAPにMHRDモデルを組み入れることにより評価した。 この結果、PCCS+MHRDは沸騰水型原子炉における代表的な炉心溶融シナリオであるTQUX(高圧溶融シナリオ)およびAE(低圧溶融シナリオ)のいずれのケースにおいても、図5に示すように格納容器ドライウエルの加圧破損防止手段として有効であることが確認された。 図5 改良型沸騰水型原子炉におけるPCCS+MHRDの加圧抑制手段としての有効性[註1]ベースケースはこれら設備のない場合で、このケースでの10-15時間における急激なドライウエル圧力の低下は格納容器の加圧破損によるもの[註2]事故シナリオ:TQUX:過渡変化後の高圧原子炉補給水系故障と原子炉減圧失敗により炉心損傷に至るシーケンス AE:冷却材喪失事故時の原子炉補給水失敗により炉心損傷に至るシーケンス |