学位論文要旨



No 214504
著者(漢字) 尾本,彰
著者(英字)
著者(カナ) オモト,アキラ
標題(和) 次世代軽水炉格納容器設計における過酷事故の考慮に関する研究
標題(洋)
報告番号 214504
報告番号 乙14504
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14504号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,駿介
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 田中,知
 東京大学 教授 大橋,弘忠
内容要旨

 軽水減速軽水冷却型原子炉(「軽水炉」)の原子炉を含む冷却材圧力バウンダリーを囲繞する格納容器は、原子炉事故時に内包する放射性物質の環境放出を防止する最後の障壁を構成する重要な安全機能を有する。歴史的には、格納容器は原子炉の保有する冷却材の圧力バウンダリー損傷時に放出される蒸気を格納すべく設計され、原子炉の立地可能性を拡大する過程で離隔の部分的代替として発達した。事故が発生した場合の格納容器の健全性に関しては、実際にありうる(credible)事故の範囲にあっては当然ながら、炉心溶融事故に際しても概ね健全性を維持するものと考えられてきた。近年の基礎的な現象解明の為の研究の成果と解析手段の発達に立脚した確率論的安全評価により、原子炉事故のリスクは社会一般のリスクに比較し極めて僅かであることが明らかになっているとはいえ、リスクの多くは炉心燃料の大規模な損傷事故いわゆるシビアアクシデント(過酷事故)条件下で発生する格納容器荷重によりこの最終障壁の健全性が損なわれることで支配されることが示されている。

 将来の軽水炉が社会的に受容される安全設計上の要件を備えたものとするためにも、シビアアクシデント時の格納容器問題を体系的に扱う方法の確立が望まれるところである。そこで、格納容器設計思想の歴史的な変遷や炉心溶融事故経験のレビュー等を踏まえ、格納容器設計においてシビアアクシデントを考慮する手法を、以下の2つの部分から構成される設計および評価上の手法として構築した;

 (1)リスクの観点に立った格納容器安全性能目標への合致を確率論的安全評価により確認する、

 (2)シビアアクシデントに伴う荷重(動的な荷重として水素爆轟ないしDDT・DCH・原子炉圧力容器内外のFCI、準静的荷重として過圧および過温・コアコンクリート反応・再臨界・シェルアタック)に対する格納容器の耐性を半決定論的手法により評価する。

 確率論的安全評価に関する部分は、原子炉のリスクに関する定量的安全目標(QHO:Quantitative Health Objective)の補足的な指標として「PSC1とPSC2」(PSC:Probabilistic Safety Criteria)、「炉心溶融発生時の条件付き格納容器破損確率(CCFP)等の補足的目標」、および既往の確率論的安全評価から得られる粒子状物質の格納容器からの放出割合と放出モードに関する知見等を集積した「ガイドライン」により構成した(図1)。

図1 安全性能目標への合致の評価

 格納容器の安全性能目標PSC2に相当するCSO1,CSO2(CSO:Containment Safety Objective)は、避難・個人の著しい確定的影響・長期に亘る居住制限のいずれをも高い確度で回避すべく設定することが社会的要件として必要と考え、これに満たす上で参照する個人線量レベルを設定した。次に、炉心溶融発生時のソースタームに対しても、この線量レベルを満足する為に格納容器が有すべき性能を、放射性物質に対する保持係数(Containment Retention Factor:CRF)と超過確率により定めた(表1)。保持係数にて示すことにより、設置地点の具本的な条件が定まらない基本設計段階で利用可能な工学的目標とすることができ、また、時間減衰効果や実験で求められる格納容器スプレイ、スクラビング等の放射性物質保持効果との関連を明確化することができる。

表1 縮約された核種グループに関するCRF(limit)

 また、このように設定されたCSOを満足すればリスクプロファイルを個別の原子炉立地地点毎に計算しなくても、定量的原子炉安全目標(原子力発電所近傍に居住する人が原子炉事故によって受けるリスクが一般社会生活にて通常晒されるリスクの1/1000以下)を満足することを証明し、この安全性能目標を満足する格納容器を有する原子炉のリスクは、技術の利用に伴うリスクとして無視可能な程度の領域に到達しているとの考察(図2)を行った。

図2 英国HSE(Health & Safety Executive)のリスク管理概念に照らしたCSO1,CSO2およびQHOの位置

 シビアアクシデントに伴う荷重に対する格納容器の耐性は、荷重の発生する確率(絶対値および炉心損傷時の条件付き確率)に応じて評価の枠組みを設定し、各荷重毎に知見を整理した上で、適切と考えられる想定荷重算定条件と判断基準を考案した。

 その一部として、炉心溶融過程での水金属反応による発生水素と水の放射線分解により発生する水素酸素の重畳で格納容器雰囲気が可燃性領域に至るのを抑制する問題に関し、不活性化された軽水炉の格納容器において溶融過程での発生水素と水の放射線分解で発生した水素酸素の気相移行との組み合わせを精緻に扱うモデル(図3)を構築した。炉心損傷シナリオ毎に溶融炉心と格納容器熱水力挙動の解析コードMAAPによる挙動計算結果と組み合わせて本モデルで水素酸素の気相移行評価を行って可燃性領域到達時間Tiを計算し、当該シナリオの発生確率に応じた荷重係数wiを用いwiTiにより当該原子炉の可燃性領域到達時間の期待値を決定することにより、既往の「溶融過程での発生水素と水の放射線分解による水素酸素との組み合わせに関する非機構論的評価モデル」(図4)に代替させることを考案した。改良型の沸騰水型原子炉に関する期待値を求めたところ、既往の非機構論的評価モデルに比較して到達時間は20倍となり、既往のモデルには大きな保守性のあることが示された。また、各シナリオにおいて可燃性領域到達時間を決定する主要因子を解明した。

図3 新たな評価モデル図4 非機構論的評価モデル

 本研究では、さらに、将来の軽水炉において重要と考えられるシビアアクシデント時の格納容器内の種々の現象に対処する具体的な設計オプションを検討し、選定オプションの有効性を確認した。シビアアクシデントに伴う格納容器荷重の内、水蒸気爆発等の動的な荷重は、研究の進捗につれ格納容器破損に至る程の荷重発生の確率は低いとの知見が蓄積されてきている。今後、リスク低減の為には、炉心損傷の従属事象として高い確度で生ずる「蒸気と水素による加圧」と「溶融炉心とコンクリートとの相互作用(MCCI)」の制御が重要と考え、「蒸気と水素による加圧」回避の観点から、

 (1)大気をヒートシンクとする除熱システムによる水蒸気加圧の緩和

 (2)透過膜技術を使った水素吸収システムによる水素加圧の緩和

 による設計方策を開発した。(1)の目的では、蒸気凝縮熱伝達により除熱を行う静的システムPCCS(Passive Containment Cooling System)を選定し、このシステムの非凝縮性ガス存在下での蒸気凝縮性能評価モデルをシビアアクシデント現象解析コードMAAPに組み入れてシビアアクシデント時の加圧緩和効果を評価した。(2)の目的を達成する上では、既往の水素ガス処理設備である再結合装置の容量は十分ではない。いくつかの国での規制要求である炉心内の有効燃料長相当のジルカロイ燃料被覆管あるいはそれ以上の炉内ジルカロイインベントリーの高温水蒸気との反応を仮想した場合には、極めて大量の水素発生がある。この為、Pdを被覆した薄いTaチューブによる透過膜を考案し、この技術による水素除去システムMHRO(Mobile Hydrogen Removal Device)の加圧緩和上の有効性を、実験的に得られた透過性能を用いてMAAPにMHRDモデルを組み入れることにより評価した。

 この結果、PCCS+MHRDは沸騰水型原子炉における代表的な炉心溶融シナリオであるTQUX(高圧溶融シナリオ)およびAE(低圧溶融シナリオ)のいずれのケースにおいても、図5に示すように格納容器ドライウエルの加圧破損防止手段として有効であることが確認された。

図5 改良型沸騰水型原子炉におけるPCCS+MHRDの加圧抑制手段としての有効性[註1]ベースケースはこれら設備のない場合で、このケースでの10-15時間における急激なドライウエル圧力の低下は格納容器の加圧破損によるもの[註2]事故シナリオ:TQUX:過渡変化後の高圧原子炉補給水系故障と原子炉減圧失敗により炉心損傷に至るシーケンス AE:冷却材喪失事故時の原子炉補給水失敗により炉心損傷に至るシーケンス
審査要旨

 21世紀における原子力発電の主力設備として次世代軽水炉の設計活動が行なわれているが、そこでは、この原子炉は安全性、信頼性、経済性等の各方面で現在の軽水炉に比べて一層優れた性能を有するべきとされている。このうち安全性に優れるためには、事故故障の未然防止機能を充実してその発生確率を一層低下させるのみならず、事故故障の拡大防止ならびにその影響緩和機能をも充実する必要がある。「次世代軽水炉格納容器設計における過酷事故の考慮に関する研究」と題する本論文は、この次世代炉の安全設計において重要な、事故影響緩和機能を担う主要設備である格納容器の性能目標を考究しているもので、6章から構成されている。

 第1章は序論であり、次世代軽水炉の設計背景ならびに安全設計にあたって格納容器の性能目標を合理的に定めることの重要性を明らかにし、本論文の目的と構成を述べている。

 第2章は軽水炉における格納容器について、その設計に関する歴史を概観した後、その役割の重要性を確率論的安全評価に基づいて明らかにし、ついで、軽水炉以外の炉型の格納容器設計や炉心溶融事故に関する事例及び既往の研究を踏まえて、将来の軽水炉の格納容器設計に炉心の重大な損傷を伴う苛酷事故をどのように考慮すべきかを考察している。その結果、次世代炉の格納容器設計にあたっては、設計段階では苛酷事故を考慮せず、運用段階で過酷事故管理策を整備してその機能を補強する従来のアプローチではなく、確率論的安全性能目標を与えて確率論的安全評価でこの目標への適合性を確認しつつ設計を行なうとともに、事故管理策を含む格納容器の設計について苛酷事故の主要な荷重に対する耐性を評価するアプローチを採用することにより、苛酷事故に伴うリスクを十分低く制限する方法を提案している。

 第3章はこの提案の核となる、満足すべき格納容器の安全性能目標を検討しているもので、最小限の防護措置を超える緊急時計画の整備を不要にするために、これが必要になる事態の発生確率を無視可能なリスクについての考察と安全規制における確率値の裾切りに関する事例研究から導出した限度以下とすることを指導原理として採用することを提案し、これを満足する性能目標を、設計作業の観点から便利な格納容器の放射性物質保持効果対超過確率の関係として提出している。

 第4章は、苛酷事故に際して格納容器が受ける荷重に関する評価の枠組みと設計において考慮すべき荷重毎に適切と考えられる判断基準を考察しているもので、関連する様々の熱水力現象についての知見を整理し、それを踏まえた考察からこれを導いているが、その過程においては、水素燃焼に関して、水の放射線分解による水素と酸素の気相移行モデルを新たに作成して、金属・水反応により発生する水素と併せて評価する、不活性化された格納容器の可燃性雰囲気到達時間に関する新たな評価手法も開発している。

 第5章は、動的荷重問題がシステム設計等により解決された場合にも残る、自由空間の小さな格納容器における準静的加圧に対する対策を検討しているもので、水蒸気加圧に対処する受動的熱除去系に加えて、新しく考案したPd-Taを用いた透過膜による水素除去装置を設置することを提案し、これらが苛酷事故時の準静的加圧に対する対策として有効であることを現象解析コードを用いて確かめ、軽水炉設計における苛酷事故時の格納容器健全性確保方策の見通しを得たとしている。

 第6章は結言であり、本研究で得られた成果を纏めるとともに今後の課題を述べている。

 以上を要すれば、本論文は合理的な次世代軽水炉の格納容器性能指針を社会に受け入れられるリスクのあり方や炉心の大規模な損傷を伴う過酷事故時における熱水力現象など関連諸現象に関する考察を踏まえて設計者にとって見通しのよい形式として提出し、関連していくつかの新しい設備設計や解析手法を提案しているもので、原子炉安全工学の発展に寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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