学位論文要旨



No 214505
著者(漢字) 徐,陽
著者(英字)
著者(カナ) ジョ,ヨウ
標題(和) Rayleigh表面波を用いた異方性材料の非破壊定量評価法に関する研究
標題(洋)
報告番号 214505
報告番号 乙14505
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14505号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 岸,輝雄
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 助教授 榎,学
内容要旨

 Rayleigh表面波(Rayleigh surface wave:RSW)は伝播エネルギーを伝播媒体の表面に集中する特徴をもつ.等方性材料の場合,Rayleigh表面波(以下は表面波と略す)の伝播エネルギーの90%は材料表面から1波長以内に集中する.一方,異方性材料の場合,伝播方位によって伝播エネルギーの大部分は表面から1波長または数波長範囲に集中する.従って,低周波数領域では波長が長いため表面からかなり離れた深度まで浸透でき,その音響特性は材料のバルク特性を反映する.一方,高周波数領域では短波長の波が表面近辺を伝播するため,材料の表面特性の影響を強く受ける.このように,表面波評価技術は材料の巨視的な特性(等方性の場合が多い)に対応でき,局部を高周波数で測定すれば,微視的な特性(通常は異方性である)にも対応できる.なお,異方性材料の場合,表面波速度の伝播方向依存性は表面波伝播特性の最大特徴である.均質材料においては,表面波速度は周波数に依存しないが,薄膜構造の場合,異なる周波数の波の浸透深さが異なるので,基板と薄膜の影響が異なってきて,伝播速度の周波数依存性(速度分散性)が現れる.従って,表面波評価技術は材料の巨視的な特性および微視的な特性にのみならず,薄膜特性にも対応でき,材料の力学特性評価には適切である.

 これまでのRayleigh表向波を用いた材料の非破壊定量評価法においては,等方性材料を研究対象としてきた.しかし,実用材料は巨視的には等方性であっても,微視的には異方性を有するので,その力学的異方性を取り扱う必要がある.さらに,異方性材料の表面に薄膜が存在する場合,従来の等方性材料を対象とする非破壊定量評価法において測定・解析は殆んど不可能である.よって,本研究では,Rayleigh表面波を用いた超音波スペクトロマイクロスコピー(acoustic spectro-microscopy:ASM)技術を駆使し,異方性材料の音響構造からその力学特性に関する基本的な非破壊定量評価法を提案し,理論と実験の両方からその妥当性を検証した.

 本論文は11章から構成されている.第1章は緒言,第2〜4章の理論解析の研究では,真空/異方性弾性体界面における基礎表面波理論を総括し,液体/異方性弾性体界面における反射係数理論・漏洩表面波理論を発展させた.第5章では,超音波スペクトロマイクロスコピー(ASM)を紹介した.そして,第6〜10章では,新しく提案した表面波評価法に基づく実証研究で,単結晶と粗大結晶粒の表面波伝播特性,粗大結晶粒の弾性定数と結晶方位の同時決走法,表面波伝播特性に及ぼす結晶粒界の影響,薄膜材料の弾性特性評価法などについての研究である.最後の第11章は本研究の総括である.

 まず第1章の緒言では,異方性材料に関するRayleigh表面波理論の発展,液体/固体界面のRayleigh表面波現象,超音波顕微鏡の特徴・測定モード,表面波技術を用いた材料の非破壊評価法の現状について総括した.

 第2章では,真空/異方性弾性体界面における基礎表面波理論を総括し,Rayleigh表面波(RSW)と擬似表面波(pseudo surface wave:PSW)の伝播特性を詳細に検討し,RSWとPSW速度分布の伝播方向依存性および粒子変位の深度依存性を明確にした.

 実際のASMを用いた測定ではカプラー液体を使用するので,本研究の第3章と第4章において,液体の影響を考慮した反射係数理論と漏洩表面波理論を発展させた.

 第3章では,液体/異方性弾性体界面における反射係数理論を総括発展させた,反射係理論は液体から液体/異方性弾性体界面に無限大超音波ビームを入射させた場合,反射係数の入射角依存性を取り扱う理論である.一般的に,反射係数Rは,固体内部の縦波・横波の音響インピーダンスZtotと液体の音響インピーダンスZを用いて,式R=(Ztot-Z)/(Ztot+Z)で定義される.このRの実数部と虚数部を分けて,実数部の変化特性を用いるとRayleighタイプ表面波(RSWとPSW)の位相速度が決定できる.本研究では特にPSWの励起とRの関係を正確に再定義した.さらに,古典的な反射係数理論を修正し,PSWの臨界角においてRの絶対値|R|が1になる状態が存在すると結論した,これは数種類の液体/Cu(001)界面における反射係数Rの特性を解析例として実証した.即ち,伝播方向0=28.647821°でPSWが励起される場合,R=-1であり.|R|=1となる.これは入射エネルギーの全部が反射し液体に戻ったことを意味し,Rの定義式からR=-1ならZtot=0となり,Z項が自由で,液体の影響が無視された.従って,0伝播方向において,各液体界面のPSW速度は一点に交差し,真空界面におけるPSW速度と同様になった.実際,0伝播方向において,PSWはバルク部分波成分を失い,二つの表面波成分だけを持ち,双成分表面波(two-component surface wave)と変わる.双成分表面波は真空/異方性弾性体界面に存在する独特なPSWであり,伝播エネルギーが固体表面から数波長以内に集中し,Rayleigh表面波に属す.本研究では,液体/異方性弾性体界面において,R=-1のPSW励起条件を双成分表面波存在の必要充分条件として双成分表面波の探索法を提案した.さらに,この探索法を用い,数十種類の立方晶,六方晶,正方晶および斜方晶などの結晶材料の双成分表面波の存在位置と位相速度を明らかにした.

 第4章では,漏洩表面波理論を論じて発展させた.Rayleighタイプ表面波は液体/固体界面に伝播する際,伝播エネルギーの一部が固体から液体へ再放射(漏洩)し,いわゆる「漏洩表面波」と変わる.漏洩表面波理論はこの漏洩現象を考慮した表面波理論である.液体の影響により,漏洩Rayleigh表面波(Leaky Rayleigh surface wave:LRSW)は二つの分枝で伝播する表面が存在する.本研究では,現在の分類法の不完全性を指摘し,減衰係数分布の連続性を用いてこの二つのLRSW分枝を再分類し,第1LRSWと第2LRSW分枝と定義した.なお,漏洩擬似表面波(Leaky pseudo surface wave:LPSW)は,面内全方向に伝播できる液体と異方性弾性体の組合せが存在することを明らかにした.そして,液体/異方性係数が1より大きい立方晶の(110)界面にLPSWが存在できることを明示し,擬似表面波は境界条件に敏感に依存することを示唆した.また,空気/Al(001)界面にLPSWが全伝播方向で存在することを明らかにした.さらに,本章では,数種類の液体界面における漏洩表面波の速度分布,減衰係数分布,および粒子変位の深度依存性を解析・比較した.

 第5章では,本研究に用いた超音波スペクトロマイクロスコピー(ASM)の構成・測定法を概説した.Rayleigh臨界角付近において,ASMで測定した反射波強度はディップ状分布を示し,反射波位相はシフト変化を表わす.この独特な反射波強度と位相の変化からRayleigh臨界角が求められる.さらに,スネルの法則を用いて,Rayleighタイプ表面波位相速度が計算できる.ASMの超音波レンズは一定の有効範囲の周波数帯域を持ち,材料異方性の測定に応用できる.本章の最後では,有限サイズ超音波ビーム理論を用いてASMの反射波特性を解明した.

 第6章では,ASMを用いて,water/Si(110)界面にLPSWが存在することを確認し,初めてその位相速度分布を測定し,漏洩表面波理論の予測と良く一致することを明らかにした.そして,water/-Al2O3()界面において,ASMでPSWの存在を確認し,反射係数理論を用いて,0=17.18631°伝播方向におけるPSWが双成分表面波であることを解明した.これによって,弱い異方性材料サファイア(-Al2O3)表面におけるPSWの存在を証明し,古典的な表面波理論の間違いを訂正した.なお,本章では,結晶粒径1mm以上の立方晶Ni粗大結晶粒を6つ選択し,初めて粗大結晶粒の漏洩表面波速度(LRSWとLPSW)の伝播方向依存性を測定した.求めた結果はX線Laue背面反射法で測定した結晶方位と報告されている弾性定数から理論計算で予測した速度分布と良く一致し,粗大結晶粒を単結晶として扱えることを実証した.

 第7章では,前章のNi粗大結晶粒を用い,それらの表面波速度分布の伝播方向依存性を基にして,実測の表面波速度と理論予測の表面波速度との差の平方和を目的関数Fとして,局部的極小値探索法であるPowell法を用いた逆解析法で,各粗大結晶粒の弾性定数と結晶方位を同時に決定した.求めた弾性定数のばらつきは平均値と比較すると,±5%以内の相対誤差に納まった.この平均値はバルク材料の弾性定数の文献値と良く一致している.なお,求めた結晶方位はX線Laue背面反射法の測定結果と比べ,±1°以内の絶対誤差に納まった.これらの結果は,ASMを用いた表面波評価法による異方性材料の力学特性評価の的確性を示している.本章で提案した測定・解析手法は,多結晶材料の単独結晶粒を測定対象とするだけでその材料の弾性定数を測定できるので,実用的に重要な意義を持っている.なお,本章において,各弾性定数と結晶方位パラメータの敏感性解析を行い,表面波速度分布の変化に及ぼす弾性定数C11とC12の影響が相似であることにより,Fは多極小値関数の可能性が存在すると判断した.

 第8章では,前章の疑問を解決するために,遺伝的アルゴリズム(Genetic algorithms:GA)を主要手法とし,simplex法を補助手法とするハイブリッド探索法を開発した.40集団のGA探索結果において,各集団の最良個体はPowell法の探索結果より目的関数Fの値が大きかった.しかし,各GA探索の最良個体を初期探索点として,simplex法でさらに探索を行うと,大きな探索範囲を設定した場合,各探索結果はPowell法と同じ結果まで収束した.一方,ある小さな探索範囲を設定すれば,異なる局部的極小値が求められた.すなわち,目的関数Fは多極小値関数である.ただし,隣接している局部的極小値範囲は互いに接近し,影響範囲が小さくて深さも浅い.このような目的関数の構造であるからこそ,局部的極小値探索法であるPowell法は,大範囲の探索を行うことによって,探索プロセスが局部的極小値区域を避けられ,最終的にハイブリッド探索法と同様な大域的極小値を捜し出し,同じ優れた探索性能を示した.また,本章において,測定誤差による表面波速度分布の変動の逆解析結果への影響を解明した.

 第9章では,ASMを用いて,表面波伝播特性に及ぼす結晶粒界の影響を検討した.第6章のNi多結晶材料の単独結晶粒を均質異方性材料として扱うためには,結晶粒界の影響を排除しなければならない.本章では,40〜140MHz周波数範囲の超音波レンズで実験を行った結果,ASMの線走査により,結晶粒界の位置を超音波レンズの分解能より精度良く確定できた.さらに,表面波伝播特性に及ぼす結晶粒界の影響を明確にし,結晶粒界から約0.5mm離れた結晶粒の中心部で測定を行えば,求めた表面波速度分布に結晶粒界の影響が現われず,結晶粒を単結晶として扱えることを明らかにした.この結論は,第6章の結果の妥当性を支持している.

 第10章では,異方性薄膜構造に関する表面波理論を総括し,表面波速度の膜厚・伝播方向・周波数依存性を解析した.そして,薄膜の存在による表面波速度の周波数依存性および基板の異方性による表面波速度の伝播方向依存性を用い,薄膜の弾性特性を求める表面波評価法を提案した.実験においては,サファイア(-Al2O3)(1012)結晶面にスパッタリング法(TiN,SiO2,Au/Cr膜)と真空蒸着法(Al膜)で作製した薄膜構造の第1Rayleighモード表面波速度分布をASMで測定し,表面波速度分布の伝播方向・周波数依存性を用い,逆解析法で膜材料のヤング率,ポアソン比と密度を同定した.さらに,超微小硬さ試験(nanoindentation)によって同薄膜構造の膜材料のヤング率を測定し,表面波法の結果と比較した.

 逆解析法で求めた薄膜の密度は膜厚の増加と共に増加し,堆積条件が良くなることを示した.求めたAu膜のヤング率がバルク材料のそれより大きい理由は,(111)優先方位の集合組織の影響であった.用いたTiN膜(茶色)のヤング率が通常のTiN膜(金色)のヤング率より低い理由は,低い作製基板温度(25℃)の影響と(111)優先方位の集合組織の影響であった.求めたSiO2膜のヤング率は膜厚に依存し,異なる薄膜構造の影響であった.即ち,膜厚1.0mのSiO2膜は結晶構造とアモルファス構造の両方から構成され,高いヤング率を示し,膜厚3.0mのSiO2膜はアモルファス構造により構成され,低いヤング率を示した.求めたAl膜のヤング率と密度がバルク材料より高い理由はAl2O3酸化膜の影響であった.これらの膜特性は作製プロセスの特徴の反映である.

 そして本章では,TiN膜を例として数値解析法を行ない,(111)優先方位を持つ薄膜を等方性膜として扱えることを明らかにした.

 まとめとして,本論文では,異方性材料のRayleigh表面波理論を発展させ,超音波スペクトロマイクロスコピー(ASM)で測定した異方性材料および薄膜材料の表面波速度分布から,逆解析法を用いて異方性材科の力学特性を同定する表面波評価法を開発した.本手法で求めた結果が文献値と良く一致することは,本研究で提案したRayleigh表面波を用いた異方性材料に関する非破壊定量評価法の有効性を示し,本評価法の将来性が期待される.

審査要旨

 Rayleigh表面波を応用した非破壊定量評価法では、等方性材料を前提しているが、実用材料では、巨視的には等方性であっても微視的には異方性を示すものが多く、その力学的異方性を評価する必要がある。さらに異方性材料基板上にコーティングを施した表面材料では、従来の等方弾性体を仮定する非破壊定量評価法では対応できない。本研究では、異方性材料に着目し、その力学特性を、Rayleigh表面波を用いて非破壊定量評価する新しい手法を提案し、その有用性を理論、実験の両側面から実証したものである。論文は11章より構成されている。

 第1章は序論であり、異方性材料に関するRayleigh表面波理論、特にバッファ-材料となる液相と評価対象である固相との界面でのRayleigh表面波伝播現象についてまとめ、超音波顕微鏡の構成とそれによるRayleigh表面波測定に関する研究現状と課題についてオーバービューを行っている。第2、3,4章がRayleigh表面波伝播理論に関する部分である。第2章では真空-異方性材料界面におけるRayleighタイプ表面波の伝播理論を展開しており、異方性材料の非破壊定量評価で基本となるRayleigh表面波と擬似表面波との特性について議論している。第3章は液体-異方性材料界面における反射係数理論を構築しており、液相媒体の種類の影響について吟味をするとともに、これまで行われてこなかった反射係数解析法による双成分表面波の探索法を提案し、無漏洩条件下での擬似表面波伝播特性をはじめて明らかにした。第4章は液体-異方性材料界面における漏洩表面波伝播理論の展開であり、これにより減衰係数の伝播方向依存性ならびに漏洩擬似表面波と無漏洩擬似表面波の相違を定量的に検討できるようになった。第5章は理論的検討と対照する測定法の提案であり、超音波スペクトロマイクロスコピー(ASM:Acoustic Spectro-Microscopy)の構成、測定法を述べるとともに、超音波ビームのサイズ効果に関しても検討している。第6章は単結晶ならびに多結晶を用いた表面波伝播特性の非破壊定量評価実験である。対象として、Ni(110)、Si(110)、-Al2O3(1012)単結晶ならびにNi多結晶を用いて、表面波・擬似表面波の分布を測定するとともに、前述の理論による予測結果との比較を行っている。異方性指数の小さいサファイヤの場合、従来研究では擬似表面波は存在しないとされてきたが、本反射係数理論で予測した擬似表面波が実際に存在することが実証された。第7、8章は、最初の応用研究であり、Ni多結晶を対象にして、選択した結晶粒の弾性定数と結晶方位を表面波分布から決定する方法を提案している。前章でも述べたように、弾性定数と結晶方位を入力条件として求めた理論予測と測定データとが良好な一致を示したことから、理論分布曲線が測定データを最良近似するような最適化をはかる逆解析を構築し、Niの弾性定数と各結晶粒方位を同時決定できることを明らかにした。特に第8章では、このNi弾性定数と結晶方位との同時決定プロセスにおける誤差を、遺伝的アルゴリズムを用いることで検定している。第9章は第2の応用研究であり、結晶粒界が有する弾性波反射ならびに表面波伝播の特性を明ちかにした上で、ASMのライン捜査により精度よく結晶粒界を探査できることを示している。第10章は第3の応用研究であり、薄膜構造の表面波伝播理論を、上述の一般理論の枠組みを用いて整理し、その上で異方性基板材料-等方性コーティング材料における表面波伝播特性について理論的検討を行っている。評価対象として、サファイア基板上にSiO2,TiN,Au,Alコーティングを施した在試料を選択し、第7章で述べた逆解析手法により各コーティング膜の弾性率と密度とを予測できることを示している。特に、ヤング率に関しては、ナノインデンテーションとの比較、薄膜X線回折装置を行い、TiNならびにSiO2膜厚変化によるヤング率変化について議論している。第11章は論文全体の総括である。

 要するに本研究は、Rayleigh表面波を利用することにより、種々の異方性材料の力学特性、組織構造特性を非破壊で定量評価できる方法を提案しており、材料信頼性工学上の貢献が著しい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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