学位論文要旨



No 214507
著者(漢字) 千代延,大造
著者(英字)
著者(カナ) チヨノブ,タイゾウ
標題(和) 無限次元空間上の汎関数の族にたいする積分の漸近挙動の評価とその応用
標題(洋)
報告番号 214507
報告番号 乙14507
学位授与日 1999.12.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第14507号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 楠岡,成雄
 東京大学 教授 舟木,直久
 東京大学 教授 中村,周
 東京大学 助教授 吉田,朋広
 東京大学 助教授 高橋,明彦
 慶應義塾大学 助教授 田村,要造
内容要旨

 大数の法則、中心極限定理、大偏差原理などの確率論における極限定理は、ランダムな現象における法則を記述するものとして、理論上、また物理学や工学、経済学などの応用上も重要な役割をはたしてきた。しかし、それらをめぐり解決されねばならない問題も数多い。特に大偏差原理については、それが成立するための良い十分条件も知られてこなかった。また、パラメーターnをふくむある無限次元空間上の汎関数の積分のnを無限大にとばす時の漸近挙動についてのBolthausenらの結果をより弱い条件に拡張することは、重要な問題である。また、それとは異なるタイプの無限次元空間上の汎関数の積分の漸近挙動を調べることも、ランダム行列の研究において要請されている。本論文において、これらの課題に対してひとつの解答を与える。

 平均と分散が存在する実数値独立同分布な確率変数列にたいして、大数の法則(以下LLNと書く)がなりたつ。それにたいして、もとの変数の分布がすべての指数モーメントをもつという仮定のもとでは、大偏差原理(LDPと書く)がなりたつ。たんにLLNだけでなく、LDPがわかると、i.i.d.の平均のさまざまな汎関数の積分にたいして、その挙動をしらべることができる(Varadhanの定理)。以上の状況において、本論文では、次の問題に対して解答をあたえる。

 (i)より弱い仮定で、無限次元化したレベルでの大偏差原理を示す。

 (ii)Varadhanの定理を精密化する。

 (iii)Varadhanの定理が使えない状況においてもi.i.d.の平均のさまざまな汎関数の積分にたいして、その精密な挙動をしらべる。

 (i)の問題にたいする主結果は以下のとおりである。ポーランド空間X上の(右連続かつ左極限が存在する)道の空間の元にたいし、時間2tごとに周期化したものをt,それを時間sだけshiftしたものをstと書く。上の定常測度Pにたいして

 

 とおく。ここで上のデルタ関数である。

 定理.定常過程Pがhypermixing propertyをみたすならば、定常過程の空間のすべての閉集合Fにたいして

 

 またすべての開集合Gにたいして

 

 がなりたつ。ただし、H(Q)はQのPにたいする相対エントロピーである。

 つぎに、(ii)の問題にうつる。Xを実Banach空間とする。Varadhanの定理によれば、F∈Cb(X)、とすると、

 

 にたいして

 

 がなりたつ。ただしhはエントロピー関数である。Znの、これよりも精密なオーダーを調べることが、応用上も重要である。Bolthausenは,X上の汎関数J(x)=-h(x)十F(x)が最大値を一点のみでとる場合に、そのまわりでD2Jが退化を許す場合もこめて、上の問題の結果をあたえた。本論文では、Jの最小値をとる点の集合Vにたいして制約がない場合について、結果をあたえる。各x∈Vにたいして、Ax={∈X*:D2J(x)(a,a)=0}とする。結果はつぎのとおりである。

 定理:Xに埋め込まれるd次元リーマン多様体Mで、V⊂M,各x∈VでAxTxM、M上の正値連続開数c,M上の非負値連続関数lでV上0であるようなものが存在して、

 

 が成り立つ。ただし、J0はJの上限、Mは、Mの体積要素である。

 最後に、(iii)の問題を取り扱う。(ii)では、Varadhanの定理を基礎としてその上に理論が組み立てられたが、ここではそれを使えない場合を考える。以下、とし、相互作用の関数V:E×E→Rにたいしては、以下の仮定をおく。

 (i)Vは対称、かつ ある0<1にたいして、-ヘルダー連続。

 (ii)E上の確率測度の空間の上の汎関数J[]=∫V(s,t)(ds)(dt)は、唯一の点0で最小値をもつ

 (iii)0はdtにたいして正の連続なRadon-Nikodym derivativeをもつ。

 (iv)V0=V-J[0]とする。L2(0)上の作用素

 

 の固有値k,K=1,2,…は、P<をみたすあるpにたいして、をみたす。

 以上の仮定をみたすVにたいして、上の確率測定度Pn

 

 により定義する。Znは規格化定数である。このとき、以下の定理が成立する。

 定理.

 

 ただし

 定理.なるにたいして

 

 仮定をみたすVの一例は、十分な滑らかさをもち、かつ対称、周期1をもつR上の関数にたいしてV(s,t)=(s-t)によってあたえられる。

審査要旨

 確率論において大偏差原理は、大数の法則、中心極限定理についで重要な極限定理である。本論文は大偏差原理に関わる問題を取り扱っており、3つの部分より構成されている。

 第1部ではHyper-mixingという新しい混合性概念を定義し、Hyper-mixingな確率過程に対する大偏差原理を証明している。

 第2部ではBanach空間に値を取る同分布をもつ独立確率変数の和に対する大偏差原理の精密評価を論じた。「大偏差原理に付随する変分問題の解が一意でHessianが退化しない」という条件の下ではBolthausen(1987)による結果があったが、上記の条件をはずした一般の条件の下で結果を得た。

 第3部が本論文の主たる部分であるのでこれについては以下に詳述する。大偏差原理はエネルギーとエントロピーが釣り合うorderにおける極限定理である。エネルギーがエントロピーよりも本質的に小さいorderの場合は小偏差原理とよばれよく研究されている。この場合は中心極限定理が本質を支配し、精密評価等は良く知られた事実の帰結として導かれる。一方、エネルギーがエントロピーよりも本質的に大きいorderの場合は研究がなかったが、最近ランダム行列の半円則との関連でBen Arous-Guionnet(1997),Johansson(1998)らの研究が現れた。

 しかし、精密評価に対する一般論を追求した研究はまだない。本論文では確率空間の設定は特殊であるが、一般の2点間ポテンシャルに対する場合の原理を追求している。結果は以下の通りである。

 I=[0,1]とし、関数V:I×I→Rにたいして以下のことを仮定する。

 (i)Vは対称で、ある0<1に対して-ヘルダー連続となる。

 (ii)I上の確率測度全体の空間を定義域とする汎関数

 214507f17.gif

 は、唯一の点0で最小値をもつ。

 (iii)0はdtにたいして正の連続な密度関数をもつ。

 (iv)V0=V-J[0]とおく。L2(I;0)上の作用素

 214507f18.gif

 の固有値をk,k=1,2,…,とおくと、214507f19.gifをみたすp∈(0,214507f20.gif)が存在する。

 各nに対してIn上の確率測度Pn

 214507f21.gif

 により定義する。ここでZnは規格化定数である。このとき、次の定理が成立する。

 定理(1)Zn

 214507f22.gif

 ただし

 214507f23.gif

 である。

 (2)214507f24.gifなる214507f25.gifに対し

 214507f26.gif

 本論文はこの方面の研究の最初の試みとして高く評価できるものである。よって、論文提出者千代延大造は、博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい十分な資格があると認める。

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