学位論文要旨



No 214509
著者(漢字) 安齊,洋次郎
著者(英字)
著者(カナ) アンザイ,ヨウジロウ
標題(和) Proteobacteria及びStreptomyces属菌株における遺伝学的手法を用いた同定法の研究
標題(洋)
報告番号 214509
報告番号 乙14509
学位授与日 1999.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14509号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 山川,隆
内容要旨

 従来、微生物の分類・同定は表現形質を基にした形態や生理・生化学的形質等による分類法および化学分類学的方法により行われていた。しかし、形態や生理・生化学的形質等による分類法ではデータの信頼性、再現性等に、化学分類学的方法では分類学上の適用範囲等にそれぞれ問題があり、微生物の分類に多くの混乱が生じる結果となった。

 一方、近年の分子生物学的技術の発展に伴い、微生物の分類・同定法に対しても分子生物学的技術を用いた遺伝形質を基礎とする様々な手法が開発され、広く利用される様になった。DNAをはじめとする種々の情報高分子配列情報は微生物の系統発生学的分類に多大な貢献をした。中でもSSU rRNAは微生物の系統分類学において最も注目されている高分子配列情報である。本研究では我々人間に最も関係が深く、分類学的研究も進んでいるProteobactriaにおける16S rRNA塩基配列を用いた系統的簡易同定法について検討した。また、Proteobactriaにおいて最もヘテロな菌群であるPseudomonas属について16S rRNA塩基配列による系統解析も行った。

 応用微生物学の分野では、目的に合う微生物を検索する際には系統分類学的知見はあまり重要視されない。微生物による抗生物質生産は菌株ごとに異なることが知られている。よって、数百数千という膨大な数の菌株が検索の対象となる医薬品探索研究等のMicrobial screeningでは、供試される菌株のstrainレベルの違いを客観的、効率的に比較できる方法の開発が望まれている。本研究では微生物の遺伝形質に着目し、strainレベルの違いをより客観的、より効率的に比較する方法の検討を工業的に最も重要なStreptomyces属の菌株を用いて行った。

1.Protobacteriaにおける16S rRNA塩基配列による系統的同定法

 1993年までにGenBank/EMBL/DDBJ databaseに登録、公開されたProtobacteriaの16S rRNA塩基配列および新たに本研究で決定したProtobacteriaの13菌株の16S rRNA塩基配列を合わせた合計249データを比較対象にしてProtobacteriaに対する系統的簡易同定法の確立を試みた。系統解析は16S rRNA遺伝子の全塩基配列を対象にして行い、検索塩基はE.coli numberingsystemのポジション1100から1400を対象とした。Protobacteriaのの3つのsubdivisionの識別はポジション1233、1234、1290の3ポジションのみで可能となった。また、,の各subdivisionを識別する検索塩基は近隣結合法で作成した系統樹内のクラスターに対応させて決定した。 subdivisionはcluster A-1からcluster A-10の10のクラスター、 subdivisionはcluster B-1からcluster B-7の7つのクラスター、 subdivisionはcluster G-1からcluster G-5の5つのクラスターに対し検索塩基が決定された。本解析で解析対象となった subdivisionの菌株の約90%が検索塩基表に当てはまった。

2.Pseudomonads群の16S rRNA塩基配列による系統分類

 Protobacteria内で最もヘテロな属であるPseudomonas属の分類学的矛盾を明らかにするために16S rRNA塩基配列を用いた系統解析を行った。Chryseomonas luteolaおよびFlavimonas oryzihabitansはHolmes,B.et al.(1987)によりPseudomonas属を代表する数菌種の基準株との間のDNA相同性試験の結果のみでPseudomonas属から再分類された。C.luteola、F.oryzihabitansとPseudomonas属菌株の合計30菌株(うち27菌株の塩基配列は本研究にて解析)との間で近隣結合法により系統解析を行った。C.luteolaおよびF.oryzihabitansは共にPseudomonas属の基準種であるPseudomonas aeruginosaの含まれるクラスター内に位置した。塩基配列の相同値も考慮した結果、ChryseomonasおよびFlavimonasはPseudomonasのjunior subjective synonymsであると結論した。

 Pseudomonas属として記載されている全ての承認種(P.gendicolaを除く)を含む128菌種についての系統解析を最尤法で行った。系統解析に用いた塩基配列のうち80菌種の塩基配列は本研究で決定した。解析した128菌種はProteobacteriの- subdivisionに、それぞれ11、41、69、7菌種が分散した。他のProteobacteriaの菌種との間の詳細な解析により、解析対象となった全pseudomonads群菌種の詳細な分類学的帰属位置が明らかとなった。真性Pseudomonas属のクラスターに属した菌種は未承認種の9菌種を含めて57菌種であった。真性Pseudomonas属における系統樹には7つのクラスターが認められ、これらクラスターはPalleroni,N.J.(1984)がrRNA-DNA hybridization法により示したrRNA group I内のsubgroupingと非常によく一致した。真性Pseudomonas属のクラスターに属さないにもかかわらず、未だにPseudomonas属として記載されている菌種が27菌種も存在した。これらの菌種は更なる分類学的検討により再分類される必要がある。

3.放線菌におけるstrainレベルの同定法

 土壌サンプルより高い頻度で分離され、数多くの生理活性物質の生産菌として報告されているStreptomyces lavendulaeならびにそのsubjective synonymであるStreptomyces virginiaeのそれぞれの基準株を含んだ計18株を用いて効率的なstrainレベルの比較方法について検討した。供試18菌株の培養および生理・生化学的性状から作成したデンドログラムではS.lavendulae subsp.lavendulae IFO 12343、IFO 12344、IFO 13710、IFO 12789Tの4株、S.virginiae subsp.lipoxaeJCM 4974およびS.virginiae IFO 3392、ATCC 15894の3株、S.virginiae IFO 3729、IFO 12827Tの2株はそれぞれ同一のクラスターを形成した。一方、S.lavendulae subsp.lavendulae IFO 3361およびIFO 12341とS.virginiae ATCC 13161の3株は他の15株とは距離の離れた別のクラスターを形成した。DNA相同性および16S rRNA塩基配列でもこれら3株は他の15株とは区別されうる値を示したことより、これら3株はS.lavendulaeあるいはS.virginiaeとして同定されるべきではなかった判断した。

 培養液中の代謝産物パターンのHPLCによる解析ではS.lavendulae subsp.lavendulae IFO 12343とIFO 12344およびS.virginiae IFO 3392とATCC 15894の組み合わせでは得られたクロマトグラムがほぼ同様なパターンを示した。パルスフィールドゲル電気泳動法を用いたLFRFA法およびPCR法を応用したRAPD法によるDNA fingerprinting法を用いたDNAの多型性の観察では、S.lavendulae subsp.lavendulae IFO 12343、IFO 12344、IFO 12789Tの3株、S.virginiae IFO 3392、ATCC 15894の2株、S.virginiae IFO 3729、IFO 12827Tの2株はそれそれ同じrestriction patternおよびRAPD patternを示した。RAPD patternから得られたデンドログラムでもこれらの組み合わせの菌株はそれぞれクラスターを形成した。これらの組み合わせの菌株は培養および生理・生化学的性状から作成したデンドログラムにおいてもそれぞれクラスターを形成していた。以上よりS.lavendulae subsp.lavendulae IFO 12343、IFO 12344、IFO 12789Tの3株、S.virginiae IFO 3392、ATCC 15894の2株、S.virginiae IFO 3729、IFO 12827Tの2株はそれぞれstrainレベルで同じ性状を持つ菌株であると判断した。

 分類学的解析、代謝産物パターン、LFRFA法、RAPD法はいずれもほぼ同様な結果が得られた。多くの菌株をstrainレベルでより客観的、より効率的に比較するためには、操作性、再現性、データの保存性等を考慮した場合、RAPD法が検討した方法の中で最も優れた方法であると結論した。

審査要旨

 本論文は、遺伝形質を利用した細菌の同定法に関するもので6章よりなる。

 従来、微生物の分類・同定は表現形質を基にした形態や生埋・生化学的形質等による分類法および化学分類学的方法により行われていた。しかし、これらの方法ではデータの信頼性、再現性あるいは分類学上の適用範囲等にそれぞれ問題があり、微生物の分類に多くの混乱が生じる結果となった。一方、近年の分子生物学的技術の発展に伴い、微生物の分類・同定法にも本技術を用いた遺伝形質を基礎とする様々な手法が開発され、広く利用されるようになった。著者はこの点に着目し、遺伝形質を利用した微生物の分類・同定法について様々な検討を行った。

 第一章で、研究の背景と意義について概説した後、第二章では,我々人間に最も関係が深く、分類学的研究も進んでいるProteobacteriaについて、微生物の系統分類で最も注目されているSSU rRNA塩基配列を用いた系統的簡易同定法について述べている。1993年までにGenBank/EMBL/DDBJ databaseに登録、公開されたProteobacteriaの16S rRNA塩基配列、新たに本研究で決定した16S rRNA塩基配列等を合わせた計249データを比較対象にして系統的簡易同定法の確立を試みた。系統解析は全塩基配列を対象に、検索塩基はE.coli numbering systemのポジション1100から1400を対象とした。Proteobacteriaのの3つのsubdivisionの識別はポジション1233、1234、1290の3ポジションのみで可能となった。また、の各subdivisionを識別する検索塩基は近隣結合法で得た系統樹内のクラスターに対応させて決定した。その結果、 subdivisionは10のクラスター、 subdivisionは7つのクラスター、 subdivisionは5つのクラスターに対応した検索塩基が決定された。

 第三章では、Proteobacteria内で最もヘテロな属であるPseudomonas属の16S rRNA塩基配列を用いた系統解析について述べている。3.1項では、Chryseomonas luteolaおよびFlavimonas oryzihabitansとPseudomonas属菌株との間の系統解析を行った。その結果、C.luteolaおよびF.oryzihabitansは共にPseudomonas属の基準種Pseudomonas aeruginosaの含まれるクラスター内に位置した。塩基配列の相同値も考慮し、ChryseomonasおよびFlavimonasはPseudomonasのjunior subjective synonymsであると結論した。3.2項では、Pseudomonas属の全承認種を含む128菌種について最尤法により系統解析を行った。その結果、解析した全菌種の詳細な分類学的帰属位置が明らかとなった。また、この解析でauthentic Pseudomonasに属する菌種も限定されたことより、他の研究者による化学分類のデータも加えた形でPseudomonas属の記載改正が提案された。

 第四章では、応用微生物学上、重要である細菌の菌株レベルの違いの効率的比較方法について述べられている。本研究では工業的に最も重要なStreptomyces属のStreptomyces lavendulaeとそのsubjective synonymであるStreptomyces virginiaeの計18菌株を用いて検討された。分類学的解析、代謝産物パターン、LFRFA法、RAPD法について検討され、いずれもほぼ同様な結果が得られたが、多くの菌株をstrainレベルでより客観的、より効率的に比較する場合、RAPD法が検討した方法の中で最も優れた方法であると結論した。また、分類学的検討よりS.lavendulae subsp.lavendulae IFO 3361および IFO 12341とS.virginiae ATCC 13161の3株はS.lavendulaeあるいはS.virginiaeとして同定されるべきではないことが確認された。

 第五章では、総合的な考察が行われ、各研究に対する問題点等が拳げられた。また、第六章では、本論文の要旨がまとめられている。

 以上本論文は、微生物の分類・同定法について、種々の目的に応じた方法を微生物の遺伝形質を基にして開発し、また、その検討中に見出されたPseudomonas属の分類学的諸問題を適切に解決したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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