本論文は、遺伝形質を利用した細菌の同定法に関するもので6章よりなる。 従来、微生物の分類・同定は表現形質を基にした形態や生埋・生化学的形質等による分類法および化学分類学的方法により行われていた。しかし、これらの方法ではデータの信頼性、再現性あるいは分類学上の適用範囲等にそれぞれ問題があり、微生物の分類に多くの混乱が生じる結果となった。一方、近年の分子生物学的技術の発展に伴い、微生物の分類・同定法にも本技術を用いた遺伝形質を基礎とする様々な手法が開発され、広く利用されるようになった。著者はこの点に着目し、遺伝形質を利用した微生物の分類・同定法について様々な検討を行った。 第一章で、研究の背景と意義について概説した後、第二章では,我々人間に最も関係が深く、分類学的研究も進んでいるProteobacteriaについて、微生物の系統分類で最も注目されているSSU rRNA塩基配列を用いた系統的簡易同定法について述べている。1993年までにGenBank/EMBL/DDBJ databaseに登録、公開されたProteobacteriaの16S rRNA塩基配列、新たに本研究で決定した16S rRNA塩基配列等を合わせた計249データを比較対象にして系統的簡易同定法の確立を試みた。系統解析は全塩基配列を対象に、検索塩基はE.coli numbering systemのポジション1100から1400を対象とした。Proteobacteriaの、、の3つのsubdivisionの識別はポジション1233、1234、1290の3ポジションのみで可能となった。また、、、の各subdivisionを識別する検索塩基は近隣結合法で得た系統樹内のクラスターに対応させて決定した。その結果、 subdivisionは10のクラスター、 subdivisionは7つのクラスター、 subdivisionは5つのクラスターに対応した検索塩基が決定された。 第三章では、Proteobacteria内で最もヘテロな属であるPseudomonas属の16S rRNA塩基配列を用いた系統解析について述べている。3.1項では、Chryseomonas luteolaおよびFlavimonas oryzihabitansとPseudomonas属菌株との間の系統解析を行った。その結果、C.luteolaおよびF.oryzihabitansは共にPseudomonas属の基準種Pseudomonas aeruginosaの含まれるクラスター内に位置した。塩基配列の相同値も考慮し、ChryseomonasおよびFlavimonasはPseudomonasのjunior subjective synonymsであると結論した。3.2項では、Pseudomonas属の全承認種を含む128菌種について最尤法により系統解析を行った。その結果、解析した全菌種の詳細な分類学的帰属位置が明らかとなった。また、この解析でauthentic Pseudomonasに属する菌種も限定されたことより、他の研究者による化学分類のデータも加えた形でPseudomonas属の記載改正が提案された。 第四章では、応用微生物学上、重要である細菌の菌株レベルの違いの効率的比較方法について述べられている。本研究では工業的に最も重要なStreptomyces属のStreptomyces lavendulaeとそのsubjective synonymであるStreptomyces virginiaeの計18菌株を用いて検討された。分類学的解析、代謝産物パターン、LFRFA法、RAPD法について検討され、いずれもほぼ同様な結果が得られたが、多くの菌株をstrainレベルでより客観的、より効率的に比較する場合、RAPD法が検討した方法の中で最も優れた方法であると結論した。また、分類学的検討よりS.lavendulae subsp.lavendulae IFO 3361および IFO 12341とS.virginiae ATCC 13161の3株はS.lavendulaeあるいはS.virginiaeとして同定されるべきではないことが確認された。 第五章では、総合的な考察が行われ、各研究に対する問題点等が拳げられた。また、第六章では、本論文の要旨がまとめられている。 以上本論文は、微生物の分類・同定法について、種々の目的に応じた方法を微生物の遺伝形質を基にして開発し、また、その検討中に見出されたPseudomonas属の分類学的諸問題を適切に解決したものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |