分子遺伝学的研究により、線虫におけるプログラム細胞死の実行に関与する遺伝子であるced-3、ced-4、ced-9が同定されて以来、哺乳類の細胞死の研究は大いに進展した。それにともなってこれら遺伝子の哺乳類のホモローグである、カスパーゼファミリー、Apaf-1、Bcl-2ファミリーが、細胞死の実行に関与することが、生化学的研究、細胞生物学的研究、やノックアウトマウスを用いた研究により明らかにされてきた。哺乳類では線虫と異なり、カスパーゼが13種類以上も存在し、細胞死シグナルにより上位のカスパーゼ8、9が自己切断し活性化すると、下位のカスパーゼ3、6を切断し活性化する、いわゆるカスパーゼカスケートが存在することが明らかになってきた。しかしながら、実際のプログラム細胞死の実行において、1)どのようなカスパーゼが関与しているか、2)その活性化がどのように制御されているか、3)線虫のced-3、ced-4、ced-9に見られる関係がカスパーゼファミリー、Apaf-1、Bcl-2ファミリーの関係として保存されているかについては、その詳細は明らかにされてない。 本研究では、特に神経系形成過程に見られる細胞死に焦点をあて、細胞モデルとして、レチノイン酸により神経分化し、その過程で多くの神経上皮細胞が細胞死するマウスP19EC細胞におけるカスパーゼ3、9の活性化とその制御機構を解析した。また、菱脳、指間での細胞死に関与するTGFファミリーのBMP-4によるカスパーゼ9、3活性化について解析した。3)実際の神経系でのプログラム細胞死でどのようなカスパーゼが活性化されているかを明らかにするために、カスパーゼ3、9の活性型を特異的に認識する抗体を作製し、この抗体を用いて、正常およびBcl-xL欠損マウスにおける神経細胞死とカスパーゼの活性化について解析を行った。 1)レチノイン酸(RA)によるP19EC細胞神経分化過程における細胞死 生存シグナルとしてのPI3K/Aktのカスパーゼの活性化阻害について調べた。PI3Kの活性化はPDGF、IGF、NGFなどの生存因子によって引き起こされる(Cantley et al.,1991;Baxter et al.,1995)。一方、Akt/PKBはPI(3,4,5)P3により活性化され、PI3Kの下流で生存シグナルに関与する(Alessi et al.,1996)。血清非存在下でPC12細胞を生存させる働きのあるNGFやPDGFの作用をPI3Kの阻害剤であるワルトマニンが阻害することから、PI3Kが細胞死の抑制に働くことが明らかになった(Yao and Cooper,1995)。われわれは彼等の仕事とは独立に、ワルトマニンがTNFやFas抗体によるU937およびJurkat細胞でのカスパーゼ3の活性化および細胞死を促進することを見い出した(Fujita et al.,1998)。また、P19EC細胞では、bFGFがPI3K/Aktを活性化し、標的蛋白であるBadのがリン酸化されると(Datta,1997;del Peso et al.1997)、Bcl-xLへの結合活性が抑制され、カスパーゼ9の活性化を抑制するBcl-xLのホモダイマーの量が増え(Zha et.al.,1996)、結果としてP19EC細胞でのカスパーゼ3の活性化が抑制され、細胞死が抑制されることが明らかとなった。 上皮細胞や内皮細胞は細胞外マトリックス(ECM)から剥がされることにより、Anoiksと呼ばれる細胞死をひき起こす。ECM/インテグリンのシグナルにより、PI3K/Aktが活性化される。こうした結果を考慮すると、RA存在下の凝集状態で培養することによってP19EC細胞の細胞死を以下のように考えることができる。すなわち、ECMからの生存シグナルに強く依存する神経上皮へと分化したため、非接着の状態によりインテグリンを介してのカスパーゼ3、9活性化の抑制する生存シグナルであるPI3K/Aktシグナルが断たれ、細胞死を起こすと考えられる。またbFGFはECM/インテグリンシグナルにかわって、PI3K/Aktを活性化し、Bcl-xLを介して、カスパーゼ9、3の活性化を抑制することにより、細胞死を抑制するし、またワルトマニンはPI3K/Aktの活性を抑制することにより、カスパーゼ9、3の活性化を促進すると考えられる。 2)カスパーゼ9とAkt 最近、Reedらのグループはカスパーゼ9もAktにより直接リン酸化され、その活性化が抑制されることを報告している(Cardone et al.,1998)。しかしながら、われわれがマウスカスパーゼ9のcDNAを分離し、解析したところ、マウスにはヒトと異なり、Aktのリン酸化部位は存在しなかった。また、ラット、サルにもリン酸化部位が見い出されないことから、Aktよる直接的なリン酸化は種をこえた、普遍的な調節機構ではないことが明らかとなった(Fujita et al.,1999)。 3)BMP-4とカスパーゼ活性化の分子機構 BMP-4は発生過程の菱脳、前脳、指間、歯芽の細胞死に関与することが知られており(Graham et a1.,1994;Zou et al.,1996;Yokouchi et al.,1996;Vainio et al.,1993)、いわゆる上皮のプログラム細胞死シグナルのひとつとして関与している。本研究では付着性のP19EC細胞において、BMP-4、RAは単独ではカスパーゼ9、3の活性化を誘導しないが、協調することによりカスパーゼ9、3の著しい活性化をもたらし、細胞死を誘導することを明らかにした(Fujita et al.,1999)。 BMP-4受容体のシグナルとして、SmadおよびTAKの関与が知られているが、細胞死のシグナルについてはその分子機構は明らかでなかった。ショウジョウバエでは細胞死抑制蛋白であるDIAPがBMP-4のショウジョウバエのホモローグであるdppの受容体に結合するする。DIAPの哺乳類のホモローグであり、XIAPには活性化したカスパーゼ断片に結合し、カスパーゼの活性を抑制する働きが報告されている(Deveraux et al.,1997)。本研究ではRA/BMP-4によるカスパーゼ9-3の活性化がひき起こされている細胞ではカスパーゼの阻害蛋白であるXIAPの量が細胞質で著しく減少していることを明らかにした。この結果から、XIAPによるカスパーゼの活性化と制御がBMP-4の細胞死シグナルとして考えられた。 4)カスパーゼ活性型を認識する抗体による神経プログラム細胞死の解析 生体内でのプログラム細胞死におけるカスパーゼの関与を解明にするためには、カスパーゼの活性化を免疫組織染色で検出することが必要がある。カスパーゼファミリーはチモーゲンであり切断されると、プロテアーゼ活性を示す活性型へと変換される(Thornberry and Lazebnik,1998)。その切断にはアスパラギン酸からN末端側の3アミノ酸がその認識において重要である。本研究では、プログラム細胞死におけるカスパーゼの活性化の関与を調べるために、活性型カスパーゼに特異的に反応する抗体の作製を試みた。活性化抗体の作製にあたってはすでに西道、大海らによって提唱れていた方法を参考にした(Saido et al.,1993,Kikuchi et al.,1995)。すなわち、切断点に対するペプチド抗体は、切断される前の蛋白は認識せず、切断された断片を特異的に認識するというもので、実際にフォドリンおよびカルパイン切断部位に対する抗体を作製し、組織特異的なプロテアーゼの活性化の検出に用いられている。本研究では、各種カスパーゼの切断点特異的な抗体を作成に応用し、これらカスパーゼ活性化抗体を用いて、プログラム細胞死におけるカスパーゼ活性化の関与を検討した。 5)神経細胞プログラム細胞死とカスパーゼ/Bcl-xL われわれのカスパーゼ3、9の活性化抗体を用いた研究により、脳での神経細胞のプログラム細胞死の一部はカスパーゼ3、9の活性化が関与していることが明らかとなり、また、Bcl-xL欠損マウスでの解析により、Bcl-xLは発生過程で後脳と中脳の一部、脊髄前角細胞、末梢神経節で、カスパーゼ3、9の活性化と細胞死を抑制しており、線虫におけるCed-9、Ced-3の関係は進化的に保存されていることが判明した。しかしながら、カスパーゼ3、9のノックアウトマウスでは主に脳に異常をきたし、脊髄、末梢神経系において大きな影響が見られないことから、脳以外ではカスパーゼ9と3以外の細胞死の経路もプログラム細胞死に関与している可能性がある。また、Bcl-xL欠損マウスの前脳および中脳の一部では細胞死やカスパーゼ9、3の活性化も起こらない。こうしたことから、これら領域はBcl-xL以外の因子によって細胞死が保護されているか、あるいはDeath因子そのものが、作用してない可能性もある。また脳、脊髄の背側領域はカスパーゼ9、3陰性の細胞が死んでいることから、Bcl-xLが抑制しているカスパーゼ9、3以外の細胞死の経路が存在している可能性が大いに考えられた。 |