学位論文要旨



No 214515
著者(漢字) 原田,賢治
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ケンジ
標題(和) マクロファージコロニー刺激因子によるマクロファージ系細胞の細胞死制御
標題(洋)
報告番号 214515
報告番号 乙14515
学位授与日 1999.12.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14515号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 研究目的、研究の背景

 動脈硬化病変は、細胞の移動・増殖・死が混在する複合病変である。動脈硬化病変が進展するに伴い、病変の中心では細胞が死んでいき、細胞成分の少ない領域が形成されていく。一方、高脂血症の治療などにより動脈硬化病変が退縮する場合にも、内膜肥厚部に集積していた細胞が減少するが、この場合にも細胞の移動だけでなく細胞死が関与しているといわれている。これらのことから、従来は非特異的なnecrosisと考えられていた動脈硬化病変についても、細胞死を制御する分子機構の関与を調べることが必要である。

 リンパ球系などいくつかの血球系細胞については細胞死の調節機構がくわしく調べられているが、動脈硬化病変の細胞死において重要な役割を持つ単球マクロファージ系細胞の細胞死についての報告は少ない。そこで単球マクロファージ系細胞株M-NFS-60を用いて、細胞死に対するマクロファージコロニー刺激因子(macrophage-colony stimulating factor,M-CSF)による調節について検討をおこなった。

研究方法

 [1]M-CSF依存性細胞株M-NFS-60(以下M-NFSと略記する)について、M-CSF(0-100ng/ml)に対する増殖反応と細胞死をtrypan blue染色により調べた。さらに、apoptosisを制御する酵素であるcaspase-3/CPP32様proteaseの活性化を、蛍光基質Ac-DEVD-MCAを用いたkinetic assayで測定し、またcaspase-3/CPP32様proteaseの内因性基質であるPARP(poly(ADP-ribose) polymerase)の特異的断片化をWestern blottingにより調べた.

 [2]次に、M-CSF依存性親株M-NFSをM-CSF非存在下で長期培養し、M-CSF欠乏耐性の派生株(M-CSF-independent derivative,以下MIDと略記する)を得た。この派生株MIDと親株M-NFSについて、M-CSFに対する増殖反応をMTT assayにより比較した。また、細胞死をtrypan blue染色により、核の濃縮断片化をHoechst33258染色により、DNAの断片化をTriton-X100可溶性分画の核酸抽出により比較した。

 [3]この派生株MIDと親株M-NFSの細胞内情報伝達機構を比較するために、蛋白のtyrosineリン酸化について,Western blottingにより調べた。またapoptosisを制御する蛋白であるBcl-2の発現についてもWestern blottingにより比較した。

 [4]さらに、M-CSFによるMAP kinase系(classical MAPK,JNK,p38 MAPK)の活性化調節を、リン酸化特異的抗体を用いたWestern blottingにより調べた。また、PD98059(MEK1/2 inhibitor),SB203580(p38 MAPK inhibitor),SB202190(p38 MAPK inhibitor),staurosporine(serine-threonine kinase inhibitor),genistein(tyrosine kinase inhiibitor),LY294002(PI3-kinase inhibitor)について、親株M-NFSと派生株MIDの細胞増殖と細胞死に対する効果を調べた。PD98059,SB203580,SB202190については、Hoechst33258染色により核の濃縮断片化も調べた。

実験・観察結果

 [1]M-CSF依存性細胞株M-NFSは、増殖だけでなく細胞死についてもM-CSFにより制御されていた。M-CSF欠乏による細胞死は、caspase-3/like proteaseの内因性基質であるPARPの切断とcaspase-3/like proteaseの活性化を伴うapoptoticな細胞死であり、これらの変化はM-CSFの添加により抑制された。

 [2]M-CSF依存性親株M-NFSとは異なり、派生株MIDは増殖と細胞死のいずれにおいてもM-CSFによる制御がほぼ消失していた。M-CSF欠乏状態の培養においても、核の濃縮断片化やDNAの階段状断片化といったapoptoticな変化はおこらなかった。

 [3〕蛋白のtyrosineリン酸化の変化については、M-CSF依存性の親株を非添加で48時間培養すると、M-CSF添加時にみられる多数のバンドが消失していたが、分子量39kDと29kDの蛋白については逆にM-CSF非添加時にバンドがみられた。さらにM-CSFを再添加したところ、この39kDと29kD蛋白のtyrosineリン酸化は添加後10分をピークとして一過性のバンドの増強がみられた。一方、M-CSF非依存性の派生株MIDではM-CSF非添加時にも添加時と同様に多数のバンドがみられた。特に親株ではM-CSF非添加時のみにみられた39kD蛋白は、派生株MIDではM-CSF添加・非添加・再添加時いずれにおいてもバンドが見られた。29kD蛋白のバンドは変異株ではみられなかった。

 また、M-CSF依存性の親株をM-CSF非添加で培養すると、生存率の減少と並行して、時間依存性にBcl-2の発現量が減少した。しかし、M-CSF非依存性の派生株MIDをM-CSF非添加で培養した場台には、生存率が減少しないにも関わらず、時間依存性のBcl-2の発現量減少があり、生存率とBcl-2の発現量の調節に乖離がみられた。

 [4]親株M-NFSと派生株MIDのいずれにおいても、M-CSF除去後24時間の時点で、classical MAPK(p42,p44),JNK(p46,p54),p38 MAPKの、tyrosineとthreonineの二重リン酸化による活性型への変換が起こっていた。この活性化は、とくに親株M-NFSにおけるp38 MAPKで強くみられた。さらに、phospho-p38 MAPKおよびphospho-p42 ERK2のバンドとtyrosineリン酸化39kD蛋白のバンドとは、SDS-PAGE上大きさが同じであった。tyrosineリン酸化39kD蛋白のバンドの強さの時間経過は、親株M-NFSにおいてはphospho-p38 MAPKと並行していた。

 親株M-NFSと派生株MIDのいずれにおいても、SB203580,SB202190,staurosporine,genistein,LY294002は、濃度依存性に細胞増殖を阻害し同時に細胞死を誘導した。これに対しPD98059は、親株M-NFSにおいては細胞増殖阻害効果はあったがあきらかな細胞死誘導効果は示さず、派生株MIDではM-CSF非添加時に細胞死誘導効果がみられた。

考察

 M-CSF依存性細胞株M-NFSにおいては、細胞増殖だけでなく細胞死もM-CSFにより調節されていた。M-CSF存在下ではapoptosisの機構は不活化されているが、M-CSF欠乏状態になるとcaspase-3/like proteaseが活性化されてapoptoticな細胞死が起こるような制御機構が親株M-NFSにあることが確認された。これに対して、派生株MIDではこの制御が起こらなくなっていた。

 この機序として、39kDおよび29kD蛋白のtyrosineリン酸化の違いが、細胞死の制御と関連している可能性が考えられた。さらに、M-CSF依存性細胞株M-NFSにおいては、M-CSFによるBcl-2の発現の調節により細胞死が制御されており、一方、派生株MIDではM-CSFによるBcl-2の発現の調節はあるがそれ以後の経路において細胞死が抑制されている、という仮説が考えられた。

 次に、inhibitorを用いた検討により、p38MAPKが細胞死抑制に重要であることが示された。またserine-threonine kinaseとtyrosine kinaseの両者が細胞死抑制に重要であることも示されたが、これはp38 MAPKの活性化にtyrosineとthreonineの二重リン酸化が必要であることと合致していた。一方classical MAPK経路は、親株M-NFSでは細胞死抑制に重要でないが、派生株MIDではM-CSF欠乏状態での細胞死の抑制に関与していると考えられた。またPI3-kinaseもこの細胞株で細胞死抑制に働いていることが示された。

 蛋白のリン酸化系、特にMAP kinase系と、Bcl-2の発現の調節およびcaspase-3/CPP32-like proteaseの活性化の調節とをつなぐ経路の詳細については、今後さらに検討が必要である。M-CSF刺激からの細胞内情報伝達系と、apoptosisによる細胞死制御系とを結ぶ経路を調べるために、この細胞株は有用であると考えられた。

審査要旨

 本研究は動脈硬化病変の進展と退縮の両過程において重要な役割を演じていると考えられるマクロファージ系細胞の細胞死の調節機構を明らかにするために、マウス由来のマクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)依存性細胞株M-NFS-60においてM-CSF除去により細胞死が誘導される系にて、M-CSF刺激の情報伝達系による細胞生存維持機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.M-CSF依存性細胞株は、増殖だけでなく細胞死についてもM-CSFにより制御されており、M-CSF欠乏による細胞死はcaspase-3/like proteaseの内因性基質であるPARPの切断とcaspase-3/like proteaseの活性化を伴うapoptoticな細胞死であり、これらの変化はM-CSFの添加により抑制されることを、明らかにした。

 2.M-CSF欠乏耐性の派生株は増殖と細胞死のいずれにおいてもM-CSFによる制御が消失しており、M-CSF欠乏状態の培養においても、核の濃縮断片化やDNAの階段状断片化といったapoptoticな変化は抑制されていた。

 3.M-CSF依存性の親株を非添加で48時間培養すると、M-CSF添加時にみられるtyrosineリン酸化蛋白の多数のバンドが消失したが、分子量39kDと29kDの蛋白については逆にM-CSF非添加時にバンドがみられた。さらにM-CSFを再添加したところ、この39kDと29kD蛋白のtyrosineリン酸化は添加後10分をピークとして一過性のバンドの増強がみられた。

 一方、M-CSF非依存性の派生株ではM-CSF非添加時にも添加時と同様に多数のバンドがみられた。特に親株ではM-CSF非添加時のみにみられた39kD蛋白は、派生株ではM-CSF添加・非添加・再添加時いずれにおいてもバンドが見られた。29kD蛋白のバンドは変異株ではみられなかった。

 4.親株と派生株のいずれにおいても、M-CSF除去後24時間の時点で、ERK1/2(p44,p42),JNK(p46,p54),p38MAPKの、tyrosineとthreonineの二重リン酸化による活性型への変換が起こっていた。この活性化は、とくに親株におけるp38MAPKで強くみられた。

 親株と派生株のいずれにおいても、p38 MAPKの特異的阻害剤であるSB203580とSB202190は、M-CSFの添加・非添加によらず、濃度依存性に細胞増殖を阻害し同時に細胞死を誘導した。これに対しERK1/2経路の特異的阻害剤PD98059は、親株においては細胞増殖阻害効果はあったがあきらかな細胞死誘導効果は示さなかったが、派生株ではM-CSF非添加時において細胞死誘導効果がみられた。

 5.親株と派生株のいずれにおいても、PI3-kinaseの特異的阻害剤LY294002は、M-CSFの添加・非添加によらず、濃度依存性に細胞増殖を阻害し同時に細胞死を誘導した。

 以上、本論文はマウスマクロファージ系細胞株M-NFS-60において、M-CSF刺激伝達系の解析から、M-CSFの細胞生存維持機構におけるtyrosineリン酸化39kD蛋白,p38 MAPK,ERK1/2,PI3-kinaseの関与を明らかにした。本研究は、これまで充分に明らかにされていなかった動脈硬化病変におけるマクロファージ系細胞の細胞死制御機構の解明に、重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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