学位論文要旨



No 214520
著者(漢字) 岸本,直己
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,ナオキ
標題(和) イネRFLP連鎖地図の構築とその分子遺伝学的及び育種学的利用に関する研究
標題(洋) S08:
報告番号 214520
報告番号 乙14520
学位授与日 2000.01.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14520号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 秋田,重誠
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 教授 岸野,洋久
 東京大学 助教授 堤,伸浩
内容要旨

 RFLPを示すDNAマーカーを用いてイネの連鎖地図を構築した後、イネのゲノム構成の解明を目的として、当該RFLP地図上のRFLPマーカーと、機能解析の行なわれている遺伝子及びオルガネラ由来のDNA断片とを利用し、重複した染色体領域、及びオルガネラと相同性のある核内配列について解析した。更に、育種学研究への応用の第一歩として、構築したRFLP地図を従来の遺伝連鎖地図及び他のRFLP地図に対応づけた。

第1章RFLPを示すイネゲノミッククローンの効率的検索、及びそのマッピング

 (1)RFLP検出率をクローンのサイズ別に比較する目的で、制限酵素PstIで作製された日本型イネ(品種’日本晴’)由来のゲノミックライブラリー(以下、GLと略す)を作製し、サイズが300bpから4.4kbpの範囲のクローンを用いて,日本型イネ(’FL134’:遺伝標識集積系統)及びインド型イネ(品種:’Kasalath’)の間でRFLP検出率を比較した。その結果、RFLP検出率は供試クローンサイズの範囲で20〜60%前後を変動し、多型検出率とサイズの大きさとの間で相関は認められなかった。スメアーな像を示す反復配列様クローンの出現頻度は、サイズの増加に伴い上昇した。更に、異なるGL間のRFLP検出効率を比較する目的で、5種類の制限酵素を用いて、’日本晴’由来のGLを作製し、RFLPの検出率を比較した。その結果、HindIII、EcoRI、及びBamHIGLでは、多型検出率が高く(66〜75%)、反復配列様クローンの出現率が極めて低い(0〜6%)こと、一方、PstIGLでは、多型検出率が低く(40%)、反復配列様クローンの出現率(35%)が高いことが判明した。

 (2)PstIを除く4種類の制限酵素で作製したGLを用いて、PstIGLを主体に構築されたSaito et al.(1991)のRFLP地図に対してマッピングを行ったが、広い遺伝子座間隔を解消することは殆どできなかった。

第2章RFLP地図上のマーカーを用いたイネ核ゲノム構成の解析、特に染色体領域の重複並びにオルガネラDNAに相同な核内配列に関する解析

 (1)イネの、ADPリポシル化因子(ARF)、オリザシスタチン(OC)I、及びIIの、計3cDNAsを用いてマッピングを行ない、ARFでは2遺伝子座、OCIとOCIIでは各々1遺伝子座を検出した。これらの遺伝子座と、他の遺伝子座との連鎖関係を調査した結果、第1染色体では、OC-ARF-アルドラーゼの順で、第5染色体でも同じ順序で遺伝子座が配列していた。これら一連の3遺伝子座間の地図距離は、2つの染色体間でほぼ等しかった。この結果は、これら2領域の構造的・遺伝的類似性が、当該領域を含む染色体断片の重複によって生じたこと、つまり、共通の"祖先染色体"に由来する同祖的領域であることを示唆する。また、これら2領城は、既に報告されているトウモロコシの第8及び第6染色体間で認められた重複領域(それぞれイネの第1及び第5染色体に対して相同性のあることが知られている)に対応することから、当該領域の重複は、イネとトウモロコシの分化以前に生じたと推定された。

 (2)オルガネラ由来のDNAクローン11個を用いて、19遺伝子座を9染色体上にマッピングした。そのうち、12遺伝子座が4染色体上で5つのクラスター(第1、第10、第11、第12染色体;第12染色体上に2クラスター)を形成していた。また、残り7遺伝子座のうち、2遺伝子座はそれぞれ別の染色体(第1、第8染色体)上において、イネミトコンドリア内プラスミド様DNA(B1〜B4)の核内相同配列の遺伝子座とクラスターを形成した。他の5遺伝子座は、4つの異なった染色体(第4、5、6、7染色体)に独立して座乗していた。以上の結果、イネにおいて、オルガネラDNA断片が核内の染色体上へ挿入されていること、オルガネラDNA断片が集中して存在する染色体領域が複数箇所存在することが明らかになった。

第3章RFLP地図と従来の古典的連鎖地図との結合、並びに2つのRFLP地図との結合

 (1)異なる6つのF2集団を用いて、従来の遺伝連鎖地図上に位置づけられている11の形態的・生理的遺伝標識と、従来の遺伝連鎖地図で所属する連鎖群のみ判明していた1個の形態的遺伝標識を、前述のRFLP地図上にマツピングした。また、RFLP地図に対しておよその対応領域が推定されていた3つの形態的生理的遺伝標識を,より詳細にRFLP地図上に位置づけた。その結果、6染色体(第1、3、7、9、11、12染色体)については、新たに従来の遺伝連鎖地図と当該RFLP地図との方向性が明かになった。

 (2)既にコーネル大学のRFLP地図上に位置づけられている3種のクローン(イネ由来のPstIゲノミッククローン、イネ及びエンバク由来由来のcDNAクローン)を、前述のRFLP地図にマッピングすることを試みた。これらクローンの多型検出率は、いずれも約50%であった。多型を示したクローンは、9本の染色体(第1、2、3、4、5、7、8、11、12染色体)上では複数個、第9及び第10染色体では各々1個検出された。第6染色体上の供試4クローンはRFLPを示さなかった。RFLPを示した35クローンについてマッピングを行ない、前述の9本の染色体について2つのRFLP地図間で方向性を決定した。また、本研究で構築されたRFLP地図とイネゲノムチームによって構築された分子連鎖地図とは、77個のRFLPマーカーが共通しているため、本研究の結果により、合計3つのRFLP地図と従来の連鎖地図との対応関係が推定可能になった。

第4章新たなイネRFLP地図(集約RFLP地図)の構築

 (1)162クローンを供試し、181のRFLP遺伝子座を新たにマッピングした。即ち、日本晴由来ゲノミッククローン、インド型イネ(品種:’Kasalath’)由来PstIゲノミッククローン、機能解析の行なわれている遺伝子等をプローブとして検出された遺伝子座を、既にSaito et al.(1991)のRFLP地図によってマッビングされている320遺伝子座と共に、インド型イネ(’Kasalath’)x日本型イネ(’FL134’)由来のF2集団を用いて、新たなRFLP地図を構築した。この合計501遺伝子座を有する地図(集約RFLP地図)は、全長が1883.6cMであり、従来の古典的遺伝連鎖地図を34%、Kurata et al.(1994)のRFLP地図を20%、Causse et al、(1994)のRFLP地図を26%拡大した。遺伝子座間の平均地図距離は3.76cMであった。また、対応する各連鎖群の地図距離(cM)と、パキテン期の各染色体相対長、或いは前中期の各染色体相対長との間で、それぞれ高い有意な相関(r2=0.839,r2=0.863)が認められた。DNAの乗り換え数に基づく地図距離は1515cMとなり、集約RFLP地図の80%であった。遺伝子座の分布様式は、地図全体では集中分布を示し、染色体別に見ると8染色体では集中分布、4染色体ではランダム分布、或いは一様分布を示した。集約RFLP地図のgenomecoverageは、約85%と推定された。

 (2)このRFLP地図上の全RFLP遺伝子座のうち、その2割(96 loci)については、分離比がメンデル比から統計学的に有意に歪んでいた(2検定、p<0.05)。これらdistorted lociのうち、その8割が第3染色体(4割)、第4染色体(2割)、第9染色体(2割)上に連続的に分布していた。第3、第9染色体ではインド型対立遺伝子の増加が、第4染色体では日本型対立遺伝子頻度の増加が認められた。また、これら全3染色体上の分離比が著しく歪む領域では、heterozygote頻度の低下も認められた。徒って、これら3染色体の当該3領域では、分離比の歪みを生じさせる遺伝因子がそれぞれ少なくとも2つずつ関与していると推定された。残り9つの染色体のうち、第6、第8染色体では、分離比の歪みは全く認められず、他の7染色体(第1、2、5、7、10、1l、12染色体)では、1個〜6個のRFLP遺伝子座が、分離比の有意な歪みを示した。

 本研究で構築された集約RFLP地図上のマーカーは、品種群の分類、品種の識別鑑定、農業有用形質のマッピングに利用可能であり、更に目的形質と緊密に連鎖したマーカーが存在すれば、そのマーカーを用いた効率的な育種選抜が可能になる。また、集約RFLP地図は従来の遺伝連鎖地図との方向性が決定されたため、従来の遺伝連鎖地図上にマッピングされていた多数の農業有用形質の遺伝子座の位置を集約RFLP地図上で推定することが可能である。従って、従来の連鎖地図が有する農業有用形質に関する情報を、RFLPマーカーを用いた育種選抜に利用できる。更に、集約RFLP地図は、他の3つのRFLP地図との対応関係が明らかにされているため、従来連鎖地図及び既報のRFLP地図が有する情報と、全てのRFLP地図に位置づけられた多数のDNAマーカーの相互利用が可能である。これは、集約RFLP地図の構築によって、計量的な農業有用形質の精密なマッピングや、当該形質の育成系統への効率的導入が可能になり、更に、農業有用形質遺伝子単離のために必要な、位置情報の提供が容易になったことを意味する。従って、集約RFLP地図は、将来のイネ分子育種に大きく貢献すると思われる。

審査要旨

 RFLPマーカーによるイネ連鎖地図を構築し、当該地図を利用してイネゲノム内の重複染色体領域とオルガネラDNA相同配列について解析した。更に育種学的応用を目的に、当該地図を従来の連鎖地図や他のRFLP地図と対応づけた。

1.イネゲノミックRFLPクローンの効率的検索とそのマッピング

 制限酵素PstIを用いて日本型イネ(’日本晴’)由来のゲノミックライプラリー(GLと略)を作製し、サイズが300bpから4.4kbのクローンを供試し、日本イネ(’FL134’)・インドイネ(’Kasalath’)間で多型検出率を比較した。多型検出率は,上述サイズの範囲で20〜60%前後を変動し、サイズとの間では相関が無かった。反復配列様クローンの出現頻度は、サイズの増加に伴い上昇した。更に4種類の制限酵素を用い’日本晴’GLを作製し多型検出率を比較した結果、HindIII、EcoRI及びBamHI GLでは、多型検出率は7割、反復配列様クローンの出現率は1割未満、一方PstI GLでは多型検出率は4割、反復配列様クローンの出現率は3割だった。PstIクローン主体のSaitoらのRFLP地図に、Pstl GL以外のGLをマッピングしたが、ギャップを解消出来なかった。

2.RFLP地図上のマーカーを用いたイネ核ゲノム構成の解析

 イネADPリボシル化因子(ARF)とオリザシスタチン(OC)IとIIのcDNAを供試し、前者で2座、後2者で各1座をマップした。これらの座位の順序は、第1・第5染色体上でOC-ARF-アルドラーゼとなり、当該3座間の距離は2染色体間でほぼ等しかった。これは当該2領域が、染色体断片の重複で生じたこと、即ち共通"祖先染色体"に由来する同祖的領域であることを示唆し、更に当該2領域は既報のトウモロコシの第8及び第6染色体間で認められた重複領域(各々イネ第1・第5染色体に対し相同性がある)に対応するため、当該領域の重複はイネとトウモロコシの分化以前に生じたと思われる。オルガネラ由来のDNAクローン11個を用いて、19座を9染色体上にマッピングし、うち12座が4染色体上で5つのクラスターを形成した。残り7座のうち、2座は各々別の2染色体上において、イネミトコンドリア内プラスミド様DNA(B1〜B4)の核内相同配列座位とクラスターを形成した。従って、イネでは、染色体へ挿入されたオルガネラDNAの集中領域が複数箇所存在することが判った。

3.他の連鎖地図との結合

 異なる6つのF2集団を用い、古典的連鎖地図上の14の形態的・生理的遺伝標識と、古典的連鎖地図で所属連鎖群のみ判明していた1個の形態的遺伝標識を後述の集約地図に位置づけた。この結果、古典的連鎖地図と集約地図の方向性が6染色体で判明した。更にコーネル大学のRFLP地図上のクローンを用い、多型を示したクローン(約5割)のうち35クローンをマップして、集約地図との方向性を9染色体で決定した。集約地図とイネゲノムチームによる分子地図とは,全染色体上に共通のマーカーが有るため、本研究の結果により、3つのRFLP地図と古典的連鎖地図、計4地図の対応関係が推定可能になった。

4.集約地図の構築

 各種ゲノミッククローンの他、機能解析の行なわれている遺伝子等による新たな181座をSaitoらの地図上のクローンと共に、’Kasalath’x’FL134’由来のF2集団を用いてマップした。この501座を有するRFLP地図(集約地図)は全長1883.6cMで、古典的連鎖地図を34%、Kurataらの分子地図を20%、Causseらの分子地図を26%拡大した。座間平均距離は3.76cMだった。対応する各連鎖群の地図距離とパキテン期・前中期染色体相対長との間で、各々有意な相関があった。座位の分布は、地図全体では集中分布、染色体別では8染色体で集中分布、4染色体でランダム分布か一様分布を示した。集約地図の推定ゲノム被覆度は約85%だった。集約地図上の座位のうち2割は分離比がメンデル比から有意に歪んでおり、それらのうち8割が第3(4割)・第4(2割)・第9染色体(2割)上に連続的に分布していた。第3・第9染色体ではインド型アレル頻度、第4染色体では日本型アレル頻度が増加していた。これら3染色体上の分離比が著しく歪む領域では、ヘテロ接合体頻度も低下していた。

 以上要するに、本研究はイネを用い従来の連鎖地図や他のRFLP地図と対応づけたRFLPマーカーによる連鎖地図を構築し,育種学への応用に貢献した。以上の結果は独創的であり、学術上、応用上の価値も極めて高い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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