学位論文要旨



No 214523
著者(漢字) 竹内,佐和子
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,サワコ
標題(和) 社会資本の広域的統合システムと行財政制度に関する研究
標題(洋)
報告番号 214523
報告番号 乙14523
学位授与日 2000.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14523号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 名誉教授 岡村,甫
 高知工科大学 副学長 
内容要旨

 1993年の日本の財政赤字はストックベースでGDPの約60%程度だったが、1999年にはGDPの約120%程度、約600兆円に拡大した。原因の一つは、経済成長の低下による税収の減少と景気対策などを含む歳出総額の急増にあるが、この背景には、中央政府と地方政府の垂直的調整手段が不充分だという制度的欠陥の問題があると考えられる。

 本研究は、中央集権システムから地方分権システムへと移行しようとした第2次世界大戦後の日本とフランスの行財政システムの変化を比較制度分析することにより、日本の公共投資計画体系の変革と財政削減に必要なシナリオを構築することを目的とした。

 我が国が現行制度を続けると地方財政のリスクが国家のリスクに転嫁し、金融制度全体に対する影響が懸念されるので、1990年以降の財政赤字の急増が、歳入不足という量的な問題だけではなく、公共投資の決定方法と行財政システムそのものに欠陥があることを検証した。

 現時点における財政リスクの低減に必要な方策として、地方分権、市町村合併、地方交付税改革、および地域連携軸の導入案等が提案されている。しかし、これらの方法には地方自治体が公共投資の結果に責任をもてるような行財政システムのデザインという視点が不足していると考えられる。本来の地方分権とは、地方自治体が政策の自己決定能力を拡大し、資金調達力を高めることである。

 そこで、本研究では最適な投資規模を実現する制度とは、中央集権システムと地方分権システムとを一定の条件で組み合わせたものであるという仮説を設けて、地方自治体の財政リスクを軽減するための行財政制度のデザインおよび地方自治体の組織統合のデザインを提唱することを目的とした。

 第2章から第5章では、フランスにおける地方分権システム導入までの歴史的変遷を分析した。フランスでは中央集権のメリットと地方分権のメリットを活用するために、州と市町村の機能的統合体という2種類の政策統合体モデルを導入し、社会資本の横断調整機能を強化すると共に、財政リスクを抑制する方策を導入してきたことを明らかにした。

 州という行政単位は、主に大規模交通インフラを含む広域的な社会資本整備計画を実施するためものである。州には、国から社会資本の横断調整を行うための人材を導入し、中央省庁体制の縦割り型計画体系を水平的に組み替える作業を行っている。

 市町村の機能的統合体は、行政範囲によって細分化された市町村の行政サービスの統合化するための組織であり、1990年代以降国土開発の視点から重要視されるようになった行政単位である。

 1982年の地方分権化法により地方自治体への権限委譲が行われたが、自治体の財源不足による行政サービス水準の低下が懸念された。機能的共同体という組織統合スキームと補助金の統合化により、自治体はサービス低下のリスクを回避するために行政区域を柔軟に設定し、民間企業と連携することが可能になった。2つの機能的共同体の形成により、中央政府の地方分散という上からの改革と、機能的行政サービスの統合体という下からの改革が接合されるプロセスが進行したと考えられる。この種の中間組織が、中央と地域が相互に調整しあう「場」を形成し、総合的な調整プロセスを行政制度の中に組み込む社会システム作りに貢献したといえる。

 これらの分析の結果、社会資本整備を行う行政制度のデザインには、中央と地方の垂直的統合パターンと一定範囲の地理的空間内の水平的統合パターン、および財政制度の変化が重要であることを論証した。

 第6章から第9章までは、日本の地方財政の現状とその問題点を見据えて、総合計画,県や市町村の区域の変更、および市町村合併等に関する問題を検討した。

 我が国においても1970年代までは社会資本の広域的総合調整機能を強化する議論が展開され、広域ブロックの導入をめぐる欧州大陸での議論との類似性が見られる。しかし、その後は、県を超える行政単位の創設の有無をめぐる議論は停止し、中央政府と県との間で社会資本投資計画が決定されるようになった。しかし、半世紀ほど前に設定された市町村や県の行政範囲は、ごみ処理や上下水道システム、介護保険等の社会資本への新しいニーズに対応するサービス空間としては不適当であると思われる。市町村における機能的広域行政体に類似したものとして、一部事務総合の導入が繰り返されたが、投資責任が不透明であることと、住民からの料金徴収システムが不明確であること等が原因で、地方財政の赤字の膨張につながっていると考えられる。

 そこで、日本の地方分権システムが行政コストの上昇リスクを回避する手段を十分持っていないことを論証し、行政組織の改革と財政制度の改革との両者を念頭におきつつ,中央政府と地方自治体の両者を包含した新しい行財政制度の改革モデルを構築した。

 この改革モデルにおいては,社会資本統合型の行財政制度の導入が必要であるという仮説に基づいて、現時点における国、都道府県、市町村という3層の行政単位から、国と都道府県の間に広域的な予算の統合化を行う広域統合機関を設けることが提唱されている。

 この広域統合機関は、従来は国が行っていた大規模ネットワーク型の社会資本整備を対象とした横断調整を行い、中央省庁との調整を担当すること、現在の中央省庁の出先機関は広域統合機関に移転させ、中央省庁の人材の分散化を図ること、合意形成のためのボトムアップ型組織として県の広域連合体を作り地域の広域的統合戦略を作成すること等の特徴がある。

 地方分散型の体系に移行することにより、社会資本総合計画は地域性を反映した多元的なものになり、予算は広域統合システムに沿って配分され、地域ごとの投資責任が明確になると考えられる。国の予算配分機能は、広域ごとに設けられる財務局と広域統合機関が担当する。国は、地方交付税の総額を減少させるためにマクロ的な上限を設けることが適切だと考えられる。

 県と市町村の間では、市町村ごとに行政サービスが分断されるというリスクを回避するために多目的型の機能的統合体を導入する。市町村合併は、従来の行政制度と社会資本ニーズとの乖離を補正し、最適規模を達成するための試みとはいえるが、地域の行政サービスのコストと地域住民の負担との対応関係が不明確であること、政治的決定に左右されるために合併プロセスに時間がかかりすぎること等の欠点がある。全国一律の基準による強制合併は地理的特徴を十分考慮することができないために望ましくないといえる。

 国や中央政府からの圧力ではなく、市町村の側からの合併あるいは提携の利点を引き出すには、住民のニーズの広がりに対応したボトムアップ型の機能的統合体作りが必要であると考えられる。目的別の一部事務組合を統合化し、市町村とは切り離した形態の新たな経営主体を導入し、財源としては新しい統合体向けに支払われる統合補助金制度を創設することにより、運営責任主体が明確になり、民営化やPFIなどの運営方式を導入しやすくなるといえる。このような統合システム導入により、現代の技術革新に応じた行政サービスのシステム設計がしやすくなり、コストの削減につながることも期待できる。

 本論文では,これらの成果に加えて,機能的な社会資本統合システムの導入を実現するには、地域政策全体のシステム設計や組織統合のノウハウをもった人材の育成が必要であり、シビルエンジニア教育における財政論や組織論等の分野の重要性を明らかとした。

 第10章は結論であり、本研究の成果により示された改革モデル案によって,我が国の公共投資の最適化を図り、投資配分リスクを最小化していく過程および内容の全体像について整理して論じた。

審査要旨

 我が国の財政赤字は,1990年代から急激に増大している。1993年の財政赤字はストックベースでGDPの約60%程度だったものが、1999年にはGDPの約120%程度、約600兆円にまで増大した。その原因の一つは、経済成長の低下による税収の減少と景気対策などを含む歳出総額の急増にあるが、この背景には、中央政府と地方政府の垂直的調整手段が不充分だという制度的欠陥の問題があるといえる。我が国が現行制度を続けると地方財政のリスクが国のリスクに転嫁し、金融制度全体に波及する悪影響が懸念される。

 本論文は、中央集権システムから地方分権システムへと移行しようとした第2次世界大戦後の日本とフランスの行財政システムの変化を比較制度分析することにより、我が国の公共投資計画体系の変革と財政削減に必要なシナリオを構築することを目的としている。

 まず,1990年以降の財政赤字の急増が、歳入不足という量的な問題だけではなく、公共投資の決定方法と行財政システムそのものに欠陥があることを検証している。

 現時点において,財政リスクの低減に必要な方策として、地方分権、市町村合併、地方交付税改革、および地域連携軸の導入案等が提案されているが,これらの方法には地方自治体が公共投資の結果に責任をもてるような行財政システムのデザインという視点が不足しているという視点から,本来の地方分権とは、地方自治体が自己裁量権を拡大し、資金調達力を高め,結果に責任を持つことにあると論じている。

 本論文は,最適な投資規模を実現する制度は、中央集権システムと地方分権システムを一定の条件で組み合わせたものという仮説を設けて、地方自治体の財政リスクを軽減するための行財政制度のデザインおよび地方自治体の組織統合のデザインを提唱している。

 第2章から第5章では、フランスにおける地方分権システム導入までの歴史的経緯を調査研究し,その特性を分析している。フランスでは中央集権のメリットと地方分権のメリットを活用するために、州と市町村の機能的統合体という2階層の政策統合体モデルを導入し、社会資本の横断調整機能を強化すると共に、財政リスクを抑制する方策を導入してきたことを明らかにした。州という行政単位は、主に大規模交通インフラを含む広域的な社会資本整備計画を実施するためものであること,州統合体では、国から社会資本の横断調整を行うための人材を投入し、中央省庁体制の縦割り型計画体系を水平的に組み替える作業を行っていること,市町村レベルでの機能的統合体は、行政範囲によって細分化された市町村の行政サービスを効率的に統合化するための組織であり、1990年代以降国土全体の開発の視点から重要視されるようになった行政単位であること等を検証している。

 1982年の地方分権化法により地方自治体への権限委譲が行われた過程で,自治体の財源不足による行政サービス水準の低下が懸念され,機能的共同体という組織統合スキームと補助金の統合化により、自治体はサービス低下のリスクを回避するために行政区域を柔軟に設定し民間企業と連携することが可能となったこと,2つの機能的共同体の形成により、中央政府の地方分散という上からの改革と機能的行政サービスの統合体という下からの改革が接合されるプコセスが進行したこと等の分析に基づき,これらの中間組織が、中央と地域が相互に調整しあう「場」を形成し、総合的な調整プロセスを行政制度の中に組み込む社会システム作りに貢献したと論じている。

 フランスにおける地方分権システム導入に関する調査研究と分析の結果、社会資本整備を行う行政制度のデザインには、中央と地方の垂直的統合パターンと一定範囲の地理的空間内の水平的統合パターン、および財政制度の変化が重要であることを論証している。

 第6章から第9章までは、日本の地方財政の現状とその問題点を見据えて、総合計画,県や市町村の区域の変更、および市町村合併等に関する問題を検討している。

 我が国においても1970年代までは社会資本の広域的総合調整機能を強化する議論が展開され、広域ブロックの導入をめぐる欧州大陸での議論との類似性が見られること,それ以後は県を超える行政単位の創設の有無をめぐる議論は停止し中央政府と県との間で社会資本投資計画が決定されるようになったこと等を明らかとしている。約半世紀前に設定された県や市町村の行政範囲は、ごみ処理や上下水道システム、介護サービス等の社会資本への新しいニーズに対応するサービス空間としては不適当であるとし,市町村における機能的広域行政体に類似したものとして繰り返し導入されてきた一部事務組合は,投資責任が不透明であることや住民からの料金徴収システムが不明確であること等の理由で、地方財政の赤字の膨張につながっていると論じている。

 そして、日本の地方分権システムが行政コストの上昇リスクを回避する手段を十分持っていないことを論証し、行政組織の改革と財政制度の改革との両者を念頭におきつつ,中央政府と地方自治体の両者を包含した新しい行財政制度の改革モデルを構築している。

 改革モデルにおいては,社会資本機能統合型の行財政制度の導入が必要であるという仮説に基づいて、現時点における国、都道府県、市町村という3階層の行政単位から、国と都道府県の間に広域的な予算の統合化を行う広域統合機関を設けることを提唱している。

 この広域統合機関は、従来は国が行っていた大規模ネットワーク型の社会資本整備を対象とした横断調整を行い、中央省庁との調整を担当すること、現在の中央省庁の出先機関は広域統合機関に移転させ、中央省庁の人材の分散化を図ること、合意形成のためのボトムアップ型組織として県の広域連合体を作り地域の広域的統合戦略を作成すること等の特徴がある。地方分散型の体系に移行することにより、社会資本総合計画は地域性を反映した多元的なものになり、予算は広域統合システムに沿って配分され、地域ごとの投資責任が明確になることを示している。中央政府からの予算配分は、広域ごとに設けられる財務局と広域統合機関が連携調整しながら担当し,国は、地方交付税の総額を減少させるためにマクロ的な上限を設けるのが適切としている。

 県と市町村の間では、市町村ごとに行政サービスが分断されるというリスクを回避するための多目的型の機能的統合体の導入を提言している。従来の市町村合併は、行政制度と社会資本ニーズとの乖離を補正し、最適規模を達成するための試みといえるが、地域の行政サービスのコストと地域住民の負担との対応関係が不明確であること、政治的決定に左右されるために合併プロセスに時間がかかりすぎること等の欠点があると共に,全国一律の基準による強制合併は地理的特徴を十分考慮することができないために望ましくないことを論証している。

 中央政府からの圧力ではなく、市町村の側からの合併あるいは提携の利点を引き出すためには、住民のニーズの広がりに対応したボトムアップ型の機能的統合体作りが必要であるので,目的別の一部事務組合を統合化し、市町村とは切り離した形態の新たな経営主体を導入し、財源として新しい統合体向けに支払われる統合補助金制度を創設して柔軟性を確保する方策を提言している。それにより,運営責任主体が明確となると共に、民営化やPFIなどの経営方式が導入しやすくなると共に,現代の技術革新に応じた行政サービスのシステム設計もしやすくなり、コストの削減とサービスの向上の両者が達成できる可能性を示している。さらに,社会資本の機能的な統合システムの導入を実現するためには、地域政策全体のシステム設計や組織統合のノウハウをもった人材の育成が必要であり、シビルエンジニア教育における財政論や組織論等の分野の重要性を明らかとしている。

 本論文は,我が国の公共投資の最適化を図り投資配分リスクを最小化していくという喫緊の課題に数多くの有益な知見を与えつつ,今後の社会資本整備システム変革に資する有用な行財政制度の改革モデルを提唱すると共に,変革に必要なシナリオの構築にも成功している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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