学位論文要旨



No 214525
著者(漢字) 稲毛,真一
著者(英字)
著者(カナ) イナゲ,シンイチ
標題(和) 乱流予混合燃焼モデルの開発とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214525
報告番号 乙14525
学位授与日 2000.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14525号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 第1章序論

 環境問題の深刻化から,火力発電プラントや自動車エンジン等から排出される窒素酸化物の低減が急務となっている。特に,天然ガスを用いたコンバインドサイクルガスタービンに設置される燃焼器においては,窒素酸化物の総量規制に基づき,その排出量の低減が要求される。ガスタービン燃焼器からの排出ガスの低NOx化を図るには,希薄燃料条件下での予混合燃焼方式が特に有利である。そのため,近年では特に予混合燃焼の基本的な解明が重要となっている。燃焼は,当量比,未燃焼気体温度,圧力及び乱れ等,多くのパラメータを含む複雑な現象である。燃焼を含む流れの熱流体力学的特性を正確に把握し,高精度に予測することは,工学上極めて重要なことである。本章では,層流及び乱流予混合燃焼において未解決の課題を示し,本研究の目的と意義を明らかにした。

第2章数値計算を用いた従来モデルにおける課題の検討

 本章では,まず従来より提案されてきた乱流燃焼モデルの持つ特徴及びその導出仮定等に関して検討した。検討した乱流燃焼モデルは,従来数値解析に広く用いられてきた渦崩壊モデル,渦消散モデル,フレームレットモデル及びフレームシートモデルである。いずれのモデルもしかるべき地位を確立していると考えられるものの,層流及び乱流場の予混合燃焼に統一的に適用できるモデルは未だ無く,乱流場で提案された各乱流燃焼反応モデルの相互関係も不明である。さらには,火炎帯中の燃焼反応速度と密接に関わっている燃焼速度との関連も不明である。

 従来モデルの持つ課題を抽出する目的で,標準k-乱流モデル及びBrayらが提唱したフレームレットモデルを用いて保炎器廻りの乱流予混合火炎を解析し,実験結果と比較,検討した。フレームレットモデルは,従来モデルの中で,燃焼に影響を与えるパラメータを比較的多く考慮できるモデルの一つである。数値解析には,差分法を適用した。運動量の輸送方程式の移流項には3次精度を有するQUICK法を用いて,数値誤差の低減を図った。本解析により,以下の点が明らかになった。

 (1)保炎器下流に形成される循環流が,高温の既燃焼気体を保炎器背面に引き戻し,未燃焼気体を再着火させることにより,火炎が安定化される機構を確認できた。さらに,従来モデルにパラメータとして含まれる層流燃焼速度に温度依存性を加えることにより,火炎の熱損失による消炎効果を模擬できた。

 (2)モデルには火炎伸長による消炎効果が含まれていないために,火炎帯内の燃焼反応速度を過大評価し,保炎器上部に形成される循環流の大きさを過小評価することがわかった。

 上記の結果を基に,層流〜乱流に統一的に適用可能で,燃焼速度との関係が明確で,かつ火炎伸長効果を考慮した乱流燃焼モデルを開発することを本研究の目的とする。

第3章層流及び乱流予混合燃焼場における基本モデルの開発

 本章では,まず火炎帯中の反応進行度分布をHyperbolic Tangent関数で近似することにより,子混合燃焼を理解する上で重要な情報である層流及び乱流の燃焼速度を理論的に評価する手法を開発した。さらに,その知見を基に新たな乱流予混合燃焼モデルを提案した。その結果,以下の点を明らかにした。

 (1)提案した乱流燃焼モデルは,フレームレット型モデルと分散火炎型モデルの和で与えられ,層流場及び乱流場両方に適用可能である。

 (2)フレームレット型モデルは,乱流モデルに依存せず時間平均モデル,大渦モデル及び直接シミュレーションに適用可能である。乱流の影響は,反応進行度の輸送式中の乱流拡散係数を通して考慮される。

 (3)従来用いられてきた渦崩壊モデル,渦消散モデル及びフレームシートモデルは,本モデルの分散火炎型モデルから近似的に導出される。これより,本研究の枠内では,上記3つのモデルは互いに等価とみなすことができる。

 (4)開発手法を対向予混合火炎に適用することにより,火炎伸長が燃焼に与える影響を理論的に導出した。火炎伸長が強くなるにつれて淀み点の反応進行度c1が徐々に小さくなり,c1=0.7に成った時に消炎する。

 (5)火炎伸長による消炎条件は,予混合気-予混合気系対向火炎では(g/Su)≧1.627,予混合気-既燃焼気系対向火炎では(g/Su)≧2.663(ここに,g:速度勾配,Su:層流燃焼速度,:層流火炎帯の厚み)である。この条件は,実験的に得られた予混合気-予混合気対向火炎の消炎限界を良く再現する。

 (6)(5)に示した消炎条件は,乱流予混合燃焼場に対しても適用可能であり,Abdel-Gayedらにより得られた乱流燃焼速度及び乱れによる消炎限界を良く再現する。

第4章乱流燃焼モデルを用いた数値解析

 前章で開発した乱流燃焼モデルの有効性を確認する目的で,まず,保炎器廻りの乱流予混合火炎を解析した。乱流モデルには,大渦モデルを用いて燃焼器内での非定常燃焼を解析可能にした。離散化には差分法を適用し,運動量の輸送方程式の移流項には二次精度の中心差分法を用いた。本手法を用いて,保炎器廻りの乱流予混合火炎を解析した結果,以下の点が明らかになった。

 (1)大渦乱流モデルを用いることにより,保炎器下流に形成される大規模渦により,火炎に大きな変動を模擬することができた。

 (2)提案した燃焼モデルは,燃焼器内の各断面位置における温度及び軸方向流速分布の実験結果を良く再現することを確認した。特に,第2章で指摘したように,従来燃焼モデルでは過小評価していた保炎器下流に形成される循環流の大きさを正しく評価することを確認した。さらに,本モデルは,従来過小評価していた軸方向流速変動強度分布を改善することを示した。

 次に,上記と同様の手法を用いて,パイロット火炎により安定化された保炎器廻りの予混合火炎を解析した。その結果,以下の点が明らかになった。

 (1)大渦乱流モデルを用いた非定常解析により,パイロット火炎から予混合気への火炎伝播機構を明らかにした。特に,従来は不明であった火炎伝播条件を明らかにすることができた。

 (2)非定常解析を時間平均することにより得た燃焼器断面内の平均温度分布は,実験結果を良く再現することを示した。温度変動強度に関しても,実験で見られるパイロット火炎/予混合気間に形成されるせん断層内での消炎効果による温度低下領域を再現できること確認した。

 以上,二例の数値解析結果より,本モデルが乱流燃焼場の数値計算モデルとして定性的,定量的に十分な解析精度を有していることを確認した。

第5章熱損失による消炎効果の評価

 開発モデルの理論的応用として周囲への熱損失がある場合での火炎伸長による消炎効果を評価した。モデルを熱損失のある対向予混合火炎に適用することにより,熱損失がある場合の消炎限界を理論的に導出した。熱損失が大きくなるほど消炎が速く起こるものの,その際,淀み点の反応進行度は熱損失の大きさに無関係に0.7であることがわかった。その結果をブンゼンバーナーに適用し,以下の点を明らかにした。

 (1)火炎の消炎直径dはバーナーリムで定義されるヌッセルト数を用いて,d=Nu/1.62・で与えられる。

 (2)本モデルによるブンゼンバーナーの火炎吹き飛び限界は,当量比が0.8程度までは実験値と良く一致する。0.8程度から実験値とずれるのは,理論ではリムから火炎が離れる条件を即吹き飛びと見なすのに対し,実験では火炎の吹き飛びに至る前に,バーナーリムより火炎が離れても下流に安定な浮き上がり火炎が形成されるためと推察される。

 (3)バーナー内への逆火条件は,バーナー出口において,a)軸方向流速Vが層流燃焼速度Suよりも小さい領域が存在すること。b)V=Suとなる位置とバーナーリムとの距離Lが火炎の消炎距離よりも大きいこと。の二つであることを明らかにした。この条件より得られる,逆火発生限界は実験値を良く再現する。

第6章乱流予混合火炎のフラクタル構造の評価

 乱流予混合火炎の構造を定量的に表わすものとして,近年フラクタル次元が実験的に評価され,乱流予混合火炎構造が明らかにされつつある。本章では,提案した乱流予混合燃焼モデルに大渦乱流モデルの考え方を導入し,皺状火炎のフラクタル次元を評価した。その結果,以下の点を明らかにした。

 (1)しわ状火炎のフラクタル次元は,火炎伸長効果を無視した場合は2.67となり,乱流が持つフラクタル次元と一致する。

 (2)火炎伸長効果は,火炎のフラクタル次元を低減する。火炎伸長効果を考慮した理論フラクタル次元は,2.33次元となり従来測定結果に非常に近いことを確認した。これは,火炎伸長により消炎が起り,相対的に火炎面積が減るためと解釈される。

第7章結論

 本研究にて開発した乱流予混合燃焼数値解析技術によれば,実機運転条件におけるガスタービン燃焼器内の予混合燃焼を高精度に予測できることから,燃焼器の基本コンセプトの確認,形状の最適化が比較的容易に行えるようになった。それにより,開発期間の短縮,開発コスト削減等,ガスタービン燃焼器の合理的設計に貢献できたものと考える。特に,本研究で提案した燃焼モデルとLES乱流モデルを組み合わせた数値解析技術によれば,予混合燃焼方式を用いた燃焼器設計において最も重要なポイントである予混合気の着火,失火及び逆火等の非定常現象を高精度に予測できるものと期待でき,設計基準を決める上で有効な手段を得ることができた。

 また,乱流予混合火炎のフラクタル次元に関しては,火炎伸長効果が火炎のフラクタル次元を低下させる可能性を新たに示唆した。これにより,単に乱流予混合燃焼の予測モデルとしてだけでなく,乱流火炎構造のような燃焼の基礎的側面に対しても応用可能なモデルを提案できたものと考える。

審査要旨

 本論文は,「乱流予混合燃焼モデルの開発とその応用に関する研究」と題して,燃焼を伴う高レイノルズ数乱流場に対する高精度な数値解析技術の確立を目的として,汎用性の高い乱流予混合燃焼モデルを提案し,その有効性を検討したものである.すなわち,まず,層流から乱流までを統一的に評価できる予混合燃焼モデルを提案し,次に,非定常乱流解析技術と組み合わせることにより,パイロット火炎を伴う乱流予混合火炎および保炎器まわりの乱流予混合火炎の解析に適用して乱流予混合燃焼モデルをベースとする数値予測法の有効性を検証している.

 第1章においては,序論として研究の動機,背景及び目的が述べられている.ここで,論文提出者は,燃焼を含む流れの熱流体力学的特性を正確に把握し,高精度に予測することの重要性を指摘するとともに,層流および乱流予混合燃焼の数値予測手法における未解決の課題,特に乱流予混合燃焼の数学モデルの重要性を示している.

 第2章において,論文提出者は,従来の予混合燃焼モデルがもつ課題を抽出する目的で,流れに対して標準k-乱流モデルを,燃焼に対してBrayらにより提唱されたフレームレットモデルを選択して保炎器廻りの乱流予混合火炎を解析し,実験結果との比較,検討を行っている.その結果,上述の組み合わせによる従来の数値予測モデルは火炎帯内の温度分布を比較的良く再現するものの,保炎器背後に形成される循環流の大きさを過小評価すること,およびこの原因が予混合燃焼モデルに火炎伸長による消炎効果が含まれていないために,火炎帯内の燃焼反応速度を過大評価することであることを明らかにしている.

 第3章では,まず火炎帯中の反応進行度分布をHyperbolic Tangent関数で近似することを提案し,これにより,予混合燃焼を理解する上で重要な情報である層流及び乱流の燃焼速度を解析的に評価できることを示している.次に,燃焼速度に関する知見をベースに層流場及び乱流場両方に適用可能である新たな予混合燃焼モデルを提案し,これを対向予混合火炎に応用することにより,火炎伸長が燃焼に与える影響を明らかにしている.火炎伸長を考慮した予混合燃焼モデルにより求まる乱流燃焼速度は,Abdel-Gayedらにより得られた実験データを良く再現し,特に乱れによる消炎現象の発生限界を評価できることを示している.

 第4章では提案した予混合燃焼モデルの有効性を確認する目的で,まず,パイロット火炎により安定化された燃焼器の保炎器まわりの乱流予混合火炎を,乱流モデルとしてラージエディシミュレーションと結合することによって解析し,パイロット火炎から予混合気への火炎伝播のメカニズムを定性的に明らかにしている.また,時系列データを時間平均することにより得られる燃焼器断面内の平均温度分布が実験データを良く再現できることを示している.次に,上記と同様の手法を保炎器廻りの乱流予混合火炎に適用し,提案した予混合燃焼モデルは,燃焼器内の各断面位置における温度および軸方向流速分布の実験結果を良く再現することを確認している.特に,第2章で指摘した従来の予混合燃焼モデルの保炎器背後に形成される循環流の大きさの過小評価を是正することを確認している.すなわち,予混合燃焼の二つの例を対象として数値解析結果より,本モデルが乱流燃焼場の数値計算モデルとして定性的,定量的に十分な解析精度を有していることを確認している.

 第5章では,実機への応用を考慮して,周囲への熱損失が存在するという条件下での火炎伸長による消炎効果を評価している.提案したモデルを熱損失のある対向予混合火炎に適用することにより,熱損失がある場合の消炎限界を理論的に導出するとともに,ブンゼンバーナーを対象に数値解析を行い,求められた火炎の吹き飛びおよび逆火の発生限界が実験値を良く再現することを確認している.

 第6章では,提案した乱流予混合燃焼モデルにラージエディシミュレーションを組み合わせて皺状予混合火炎のフラクタル次元を評価している.火炎伸長を考慮しない場合のフラクタル次元の評価値は実験値と大きく異なるものであったが,火炎伸長を考慮した予混合燃焼モデルによるフラクタル次元の値が実験値に非常に近くなることを示すことによって,予混合燃焼モデル構成におけるフラクタル理論適用の可能性を示唆している.

 第7章には本論文全体の結論が述べられている.

 以上を要約すると,本論文において層流から乱流までを統一的に評価できる予混合燃焼モデルを提案するとともに,それを非定常乱流解析技術と組み合わせることにより,従来解析が困難であった複雑な乱流予混合燃焼場の数値シミュレーションを高精度に実現させ,燃焼のメカニズムに対する多くの知見を与えている.したがって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる.

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