学位論文要旨



No 214526
著者(漢字) 重松,昌行
著者(英字)
著者(カナ) シゲマツ,マサユキ
標題(和) アクセス系への光映像分配伝送の実現に関する研究
標題(洋)
報告番号 214526
報告番号 乙14526
学位授与日 2000.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14526号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 助教授 中野,義昭
 東京大学 助教授 山下,真司
内容要旨

 光ファイバを用いた光伝送方式は、幹線系の長距離大容量化に大きく寄与してきた。一方アクセス系においても、現在光ファイバ伝送の導入が検討されている。1990年、日本電信電話株式会社は光アクセス系への映像分配をサービスの柱に据えたVI&P構想を提唱した。また欧米諸国においても、規制緩和に伴う「通信と放送の融合」により、光ファイバをアクセス系に導入して電話サービスとCATVを提供する等の実験が進められている。このように、来る21世紀のマルチメディア社会の実現に向けて、映像分配伝送は重要な位置を占めることになると考えられる。

 ところで、アクセス系の光ファイバ網の構成としては、局内設備を共用でき経済化が可能なパッシブ・ダブル・スター(PDS)が有望である。PDS構成では光信号を光カプラ等で分岐して各ユーザへ分配するため、分岐損失を補償する増幅器が必要となる。

 また映像伝送の方式としては、アナログ伝送方式、中でも一般のテレビ放送の変調方式として広く用いられ、現用の同軸系CATVとの親和性が良く、経済性の観点から魅力のある残留側波帯強度変調(AM-VSB)の採用が考えられるが、この方式では厳しい歪み特性も要求される。

 Er添加光ファイバ増幅器(EDFA)は、高出力・低雑音のみならず低歪みであるという特長も併せもつため、映像分配時の損失補償用増幅器としての適用が検討されており、光アクセス系への映像分配伝送を実現する上で必要不可欠なキーデバイスとなる。

 しかし、信号光波長がEDFAが増幅機能をもつ波長1.55m帯となるため、伝送路を構成するシングルモードファイバ(SMF)の波長分散によって歪み特性が劣化することが報告されている等、高品質な映像分配を実現するにあたっては、解決すべき問題点も多い。

 (1)本研究はこのような背景に鑑み、まず光アクセス網を構成する光ファイバ増幅器や伝送路等、使用される光学部品の各種特性が、映像信号の品質である雑音特性や歪み特性に与える影響を整理し、定式化する。そして、高品質な映像分配伝送を実現するために必要な、これら光学部品に対する要求特性を明確化する。

 (2)次に、光アクセス系への高品質な映像分配伝送を実現するための、Er添加光ファイバ増幅器の設計手法を確立する。すなわち、高出力で低雑音な特性を得るための、増幅器の心臓部となるEr添加ファイバの設計方法を明らかにするとともに、その特性を充分引き出すための、増幅器の構成方法を与える。更に、低歪み特性を併せもつ新しい構成の増幅器を提案し、その伝送特性を明らかにする。

 (3)また、Er添加光ファイバ増幅器の光アクセス系への採用に伴い、新たに発生する問題点の解決方法について検討する。すなわち、信号光波長となる1.55m帯で伝送路がもつ波長分散を補償し、歪み特性の劣化を解消するための、分散補償ファイバの設計手法を与える。具体的には、映像品質を決める相対強度雑音の観点から、分散補償ファイバの最適設計を与え、その伝送特性を明らかにする。

 (4)更に、光アクセス系の網構成として最も有望なPDS構成について、映像品質を決める相対強度雑音の観点から、網を構成するコネクタ等の反射特性への要求特性を明らかにする。そして、光アクセス網構成の最適設計を与える。

 (5)最後に、以上の研究成果をもとに実用化した、光アクセス系映像分配伝送システムについて述べ、その将来の展望、特に波長多重技術を用いた大容量化及び柔軟な網構成の構築への試みを示す。

 本研究において、まず筆者は、世界に先駆け、Er添加光ファイバ増幅器を既存のCATVシステムに適用したフィールド試験を行い、Er添加光ファイバ増幅器が映像信号の増幅・分配に有効なことを実証するとともに、伝送路がもつ波長分散により歪み特性が劣化することを、初めて指摘した。

 具体的には、1990年4月、高知ケーブルテレビ株式会社殿が所有するCATV施設を使用し、Er添加光ファイバ増幅器の3つの使用例についてその伝送品質を評価し、ほぼ実験室内試験から予想される値と同等の特性を得た。

 次に、アクセス系への高品質な光映像分配伝送を実現するにあたって、光ファイバ増幅器や伝送路、伝送路を構成する光学部品に要求される特性を、これら特性が伝送品質に与える影響を定式化する等して、明らかにした。

 具体的には、光ファイバ増幅器の出力パワー及び雑音指数がCNRに、また利得傾斜がCSOに与える影響を、更に、伝送路の反射減衰量及びレイリー散乱がCNRに、波長分散及び偏波特性がCSOに与える影響を定式化し、各々に要求される特性を明らかにした。

 上記に基づき、光ファイバ増幅器の研究においては、まず、実効断面積を指標にして、高効率なEr添加光ファイバの設計を行い、後方向励起にて微分変換効率86%と世界最高の値を得た。そして、この高効率なEr添加光ファイバを用いた高出力で、かつ低雑音な光ファイバ増幅器の励起方法について検討し、双方向励起が最も好ましいことを明らかにした。

 これに従い、映像伝送用光ファイバ増幅器を試作し、予想通りの許容損失の拡大を確認できたが、利得の波長依存性に起因する歪み特性の劣化が問題として残った。そこで、これに対する解決策として、コア組成の異なるEr添加ファイバを縦続接続して用いる「ハイブリッド型光ファイバ増幅器」を新たに提案した。これは、Al無添加EDFとAl共添加EDFを縦続接続したものである。その結果、目標として掲げた出力信号光パワー+16.5dBm、雑音指数7.5dB以下の増幅器を実現し、4段増幅後も中継系に要求される伝送品質を満たし、1万分配が可能であることを示した。

 波長分散による歪み劣化を回避する分散補償ファイバの研究においては、レイリー散乱に基づく強度雑音の観点から、ファイバ構造の設計に最適点があることを示した。この最適設計に基づき分散補償ファイバを作製し、性能指数で273ps/nm/dBという世界最高の特性を実現した。

 また、この作製した分散補償ファイバを用いて、光AM-VSB伝送実験を行い、CNRを劣化させることなく歪み特性を改善できることを示した。更に、送信器として用いたDFBレーザの歪みが、波長分散により引き起こされる歪みによってキャンセルされる現象を実験的に明らかにした。

 そして、良好な分散補償ファイバの特性を活かし、光ファイバイ増幅器なしで、SMF25kmの40チャネル光AM-VSB伝送にも成功した。

 光アクセス網の最適設計では、PDS構成において、伝送路を構成する光コホクタや光ファイバ内での反射が光アナログ映像信号に与える影響を、光アナログ映像信号のCNRを決定するRINの観点から検討した。

 具体的には、簡単なPDSモデルについて、光コネクタ間、光ファイバ内及びその複合多重反射を考慮した場合のRINの定式化を行った。そして、局一ユーザ間距離7km、コネクタ間隔一定のPDS構成において、構成パラメータである分岐数(4〜32)や分岐器位置を変え、前方反射率/RINとコネクタ数・反射減衰量の関係を計算した。その結果、RINは分岐器を伝送路中央に挿入するときが最も小さく、また、分岐数が多いほど小さくなることがわかった。

 また、光AM-VSB伝送(変調度5%/chx60chでCNR51dB程度)を想定し、伝送路によるCNR劣化を1dB程度以下にするためには、計算結果より、32分岐の場合では、反射減衰量40dBのコネクタなら50個程度、また、35dBなら10個程度まで許容できることがわかり、映像伝送のためのPDS設計の指針を得ることができた。

 更に、初期運用時に想定される、開放された未使用端子でのフレネル反射が、現用回線に与える影響についてシミュレーション及び実験を行った。RINの劣化は、分岐器が最もユーザ側にあるとき最大となり、しかも、分岐数が小さいほど大きくなることがわかった。未使用端子でのフレネル反射の影響を避けるには、分岐器はできるだけ局側に設置するのが好ましい。

 上記の研究成果をもとに完成した「アクセス系光映像分配システム」について紹介した。本システムは、’97年より横浜市戸塚地区にて商用化されるに至った。

 最後に、今後の展望として、大容量化の観点から、より広帯域なハイブリッド型EDFA(Al共添加EDFとAl・P共添加EDFを縦続接続)を開発し、これを波長多重光アナログ伝送に適用して、1.55m帯で初めて2波長多重120チャネルAM-VSB信号を、歪み劣化なく一括増幅できることを確認した。

 更に、柔軟な網構成の構築の観点から、ファイバグレーティング(FBG)を用いた光タップのアナログ伝送特性を初めて評価し、低波長分散となるよう適切に作製されたFBGを用いれば、充分低い歪み特性を示すことを明らかにした。

 以上

審査要旨

 本論文は「アクセス系への光映像分配伝送の実現に関する研究」と題し,9章からなる。21世紀におけるマルチメディア社会の実現に向けて,アクセス系においても光ファイバ伝送の導入が検討されている。本論文は,このような光アクセス網における,波長1.55m帯でのアナログ方式による映像分配伝送技術を研究したものである。映像分配伝送に適した光学部品を開発することにより,商用のシステムを完成させるに至った経緯を記述している。

 第1章は序論であり,本研究の背景,論文の目的,論文の構成がまとめられている。

 第2章は「光映像伝送とは」と題し,アナログ伝送を用いた光映像分配伝送システムの概要について述べたのち,映像品質を評価するためのパラメータに関して説明している。

 第3章は「光映像伝送システムの構成要素に対する要求事項」と題し,光アクセス網を構成する光ファイバ増幅器や伝送路等,使用される光学部品の各種特性が,映像信号の品質である雑音特性や歪み特性に与える影響を整理し,定式化している。具体的には,光ファイバ増幅器の出力パワー及び雑音指数がキャリア対雑音比(CNR)に,また利得傾斜が二次相互変調歪み(CSO)に与える影響を,更に,伝送路の反射減衰量及びレイリー散乱がCNRに,波長分散及び偏波特性がCSOに与える影響を定式化した。そして,高品質な映像分配伝送を実現するために必要な,これら光学部品に対する要求特性を明確化している。

 第4章は「光映像伝送用光ファイバ増幅器の研究」と題し,光アクセス系への高品質な映像分配伝送を実現するための,Er添加光ファイバ増幅器の設計手法について論じている。すなわち,高出力で低雑音な特性を得るためのEr添加ファイバ(EDF)の設計方法を明らかにするとともに,その特性を充分引き出すための,増幅器の構成方法を与える。更に,低歪み特性を併せもつ新しい構成の増幅器である「ハイブリッド型光ファイバ増幅器」を提案し,その伝送特性を明らかにする。その結果,目標として掲げた出力信号光パワー+16.5dBm,雑音指数7.5dB以下の増幅器を実現し,4段増幅後も中継系に要求される伝送品質を満たし,1万分配が可能であることを示した。

 第5章は「光映像伝送用分散補償技術の研究」と題し,信号光波長となる1.55m帯で伝送路がもつ波長分散を補償し,歪み特性の劣化を解消するための分散補償ファイバの設計手法を与えている。また,この設計に基づいて作製した分散補償ファイバを用いて,光残留側波帯強度変調(AM-VSB)伝送実験を行い,CNRを劣化させることなく歪み特性を改善できることを示している。更に,送信器として用いたDFBレーザの歪みが,波長分散により引き起こされる歪みによってキャンセルされる現象を実験的に明らかにしている。そして,良好な分散補償ファイバの特性を活かし,光ファイバ増幅器を用いずに,単一モード光ファイバ25kmの40チャネル光AM-VSB伝送にも成功している。

 第6章は「光アクセス網の最適設計」と題し,光アクセス系の網構成として最も有望なパッシブダブルスター(PDS)構成について検討している。映像品質を決める相対強度雑音の観点から,網を構成するコネクタ等の反射特性への要求特性を明らかにし,光アクセス網構成の最適設計を与えている。

 第7章は「光映像伝送システムの実用化」と題し,上記の研究成果をもとに実用化した,光アクセス系映像分配伝送システムについて述べている。

 第8章は「光映像伝送システムの展望」と題し,将来の展望,特に波長多重技術を用いた大容量化及び柔軟な網構成の構築への試みを示している。

 第9章は本論文の結論である。

 以上のように本研究では,アナログ伝送方式によって高品質な映像分配伝送を実現するために,波長1.55m帯を用いた光映像伝送システムの構成要素に対してどのような特性が要求されるかを明確化し,この検討に基づき光映像伝送用光ファイバ増幅器および光映像伝送用分散補償技術を開発した。さらにこれらの研究成果をもとに,光アクセス系映像分配伝送システムを実用化するとともに,波長多重技術を用いた大容量化及び柔軟な網構成の可能性についても検討している。

 このように本論文は,光アクセス系映像分配伝送技術への寄与が多大であり,電子工学への貢献が大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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