学位論文要旨



No 214527
著者(漢字) 山本,博巳
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ヒロミ
標題(和) 世界エネルギー・システムにおけるバイオマス評価
標題(洋)
報告番号 214527
報告番号 乙14527
学位授与日 2000.01.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14527号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石谷,久
 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 松橋,隆治
 東京大学 助教授 茂木,源人
内容要旨

 エネルギー資源として見た「バイオマス」、あるいは、それを酸化・燃焼などの化学反応させて得られるエネルギーを「バイオマス・エネルギー」、または「バイオエネルギー」と呼ぶ。バイオエネルギーは、再生可能で、再植林など適切に管理された場合に正味でCO2を排出しないため、将来の主要なエネルギー資源の一つとして期待されている。しかし、バイオエネルギーの供給可能量はこれまで十分に分析されておらず、その量に関する意見は分かれていた。その原因は、主に次の3つに分類される。第一に、バイオマスはエネルギーだけでなく食料や紙・用材など多用途に使用され、一方、バイオマス生産可能な土地面積は有限なため、土地利用競合が発生すること。第二に、バイオマスの収穫、加工、消費などの利用過程で発生するバイオマス廃棄物・副産物のエネルギー利用可能量の評価が重要なこと。第三に、バイオエネルギー評価のために系統的に集められたデータが存在しないことである。本研究の目的は、上記の課題の克服による、バイオエネルギー供給可能量のシステム分析である。

 まず、本研究では、土地利用、バイオマス生産、加工、消費、リサイクルを含む、包括的なバイオマス・フローを考慮し、その過程で発生する各種バイオマス残さの発生量を分析対象に含めた(図1)。また、バイオマス・フローを定量的かつ一覧的に示すための道具として、バイオマス・バランス表を開発した。これらは過去に例のない、バイオマス・システム分析の発想である。

図1 本研究で扱った木材バイオマス・フロー

 次に、将来のバイオエネルギー供給可能量を総合分析するため、SD(システム・ダイナミクス)手法の世界2地域の世界土地利用エネルギー・モデル(GLUE)を開発した。GLUEの最大の特徴は、包括的で詳細なバイオマス・フローを考慮し、その過程で発生するバイオマス残さの量を評価することである。また、GLUEでは、バイオマス需給による余剰耕地面積や森林面積変化を併せて評価する。このようにバイオエネルギー供給可能量を包括的に評価出来るのは、内外の研究と比較しても、GLUEだけの特徴である。また、GLUEのフレームワークに従って、バイオマス関連データを系統的に収集し、FAO(国連食糧農業機関)、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)、世界銀行、その他主要研究の中位ケースをもとにリファレンス・ケースを設定した。

 GLUEによるシミュレーション分析により以下の結果を得た。(1)リファレンス・ケースでは、余剰耕地から生産されるエネルギー作物が有望で、その供給可能量は2100年に150EJ/年に達する。しかし、この量は、食料需給パラメータ(一人当たり動物性食料需要、耕地面積増加、耕地生産性)に対する変動が大きいため、エネルギー作物を長期的な主要エネルギー源として期待するには注意が必要である。(2)バイオマス残さの究極エネルギー利用可能量は、2100年に世界271EJ/年(うち途上地域が223EJ/年)になり、しかも食料需給パラメータ変化に対して安定している。(なお、「究極バイオエネルギー供給可能量」を、余剰耕地から生産されるエネルギー作物と、バイオマス・フロー図で明示した古紙と廃材のマテリアル・リサイクル以外のバイオマス残さの全量、の合計と定義した。)内訳をみると、穀物収穫時残さ、産業用丸太伐採時残さ、製材残さ、廃材、家畜糞などの供給可能量が大きい(図3)。バイオマス残さのエネルギー利用における課題は、安価で高効率な収集システムやエネルギー利用技術の開発である。(3)途上地域の成熟林面積は、完全な植林を実施し、新型バイオエネルギー用途の伐採をしなくても、紙や用材などの木材需要の増加のために、2100年に現在の1/2以下に減少する(図4)。従って、生物多様性を守るための成熟林(自然林)保護を重視すれば、途上地域の森林からのエネルギー生産の余地は少ない。

図3 究極バイオエネルギー供給可能量(途上地域、リファレンス・ケース)図4 途上地域の森林面積の内訳(リファレンス・ケース)

 次に、世界2地域モデルの地域的現象の把握の限界を補うため、世界11地域土地利用エネルギー・モデルを開発し、分析を行った。その結果、余剰耕地からのエネルギー作物は、北米、西欧、オセアニア、ラテンアメリカ、旧ソ連東欧で生産可能性を持つこと、バイオマス残さからの究極エネルギー供給可能量は、産業用丸太と穀物の生産・輸出の大きい北米、穀物の生産・輸出の大きいラテンアメリカ、穀物の生産・消費の大きい計画経済圏アジアと南アジアで大きいことを示した。

 最後に、今後の課題を説明する。本研究では、分析対象を土地利用変化、バイオマス・フロー、バイオエネルギー供給可能量に絞ることにより、透明性の高い議論を進めたが、その反面、バイオエネルギーの生産・利用や変換・利用技術に関するコスト分析を行っていない。これらのシステム・技術の大半は現在開発中で、コストの不確実性が大きいが、その不確実性を考慮した上で、コストを考慮した、より現実的なエネルギー・システム分析を行うことが、今後の課題である。

審査要旨

 本研究は地球規模気候変動問題解決にあたって2酸化炭素零排出のエネルギー資源として将来が期待されているバイオマスエネルギーについて,その世界全体における使用状況,地域の個別条件,或いは競合する農業用地,都市利用など,その供給・需要構造を詳細,且つ系統的に分析して全世界供給可能ポテンシャルを評価したものである.バイオマスエネルギーは従来技術的,経済的にも実現の可能性が高い大量代替エネルギー資源として,ともすると将来の地球環境解決の切り札として楽観的に見られがちであるが,現実には食料や紙・用材など多用途への使用に対する競合,特に農地との競合による経済的制約も多い.他方でこれらのバイオエネルギー評価のための基礎データも現時点では精度が不足であって,地域によっては信頼にたるデータがまったく欠落している.その反面で建材など主要な目的に使用後の廃棄物のエネルギー利用のポテンシャルは無視できないがその評価は必ずしも十分行われていない.この様なデータ信頼性の欠如のために広大なバイオマスエネルギー資源への転換の可能性に依存した将来シナリオの信憑性にも疑問がもたれ,その系統的な評価が要請されている.本論文はこのような状況に応えるためにまずバイオマスエネルギーの利用形態を明らかにし,エネルギー供給ポテンシャルの概念を明確にした.また統一的な基準による組織的なデータ評価を行った上で,信頼性の高い全世界供給ポテンシャルを算出し,更に感度解析によってその不確定性の評価までを行って,その影響を定量的に把握することを試みたものである.

 本研究では、まず土地利用、バイオマス生産、加工、消費、リサイクルを含む、包括的なバイオマス・フローを考慮し、その過程で発生する各種バイオマス残さの発生量を分析対象に含めた。また、バイオマス・フローを定量的かつ一覧的に示すための道具として、バイオマス・バランス表を開発した。これらは過去に例のない、バイオマス・システム分析の発想である。

 次に、将来のバイオエネルギー供給可能量を総合分析するため、SD(システム・ダイナミクス)手法の世界2地域の世界土地利用エネルギー・モデル(GLUE)を開発した。GLUEの最大の特徴は、包括的で詳細なバイオマス・フローを考慮し、その過程で発生するバイオマス残さの量を評価することである。また、GLUEでは、バイオマス需給による余剰耕地面積や森林面積変化を併せて評価する。また、GLUEのフレームワークに従って、バイオマス関連データを系統的に収集し、FAO(国連食糧農業機関)、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)、世界銀行、その他主要研究の中位ケースをもとにリファレンス・ケースを設定した。この様なモデル分析によって本研究では以下の結果を得ている.

 (1)リファレンス・ケースでは、余剰耕地から生産されるエネルギー作物が有望で、その供給可能量は2100年に150EJ/年に達する。しかし、この量は、食料需給パラメータ(一人当たり動物性食料需要、耕地面積増加、耕地生産性)に対する変動が大きいため、エネルギー作物を長期的な主要エネルギー源として期待するには注意が必要である。

 (2)バイオマス残さの究極エネルギー利用可能量は,2100年に世界271EJ/年(うち途上地域が223EJ/年)になり、しかも食料需給パラメータ変化に対して安定している。内訳をみると,穀物収穫時残さ、産業用丸太伐採時残さ、製材残さ、廃材、家畜糞などの供給可能量が大きい。バイオマス残さのエネルギー利用における課題は、安価で高効率な収集システムやエネルギー利用技術の開発である。

 (3)途上地域の成熟林面積は、完全な植林を実施し、新型バイオエネルギー用途の伐採をしなくても、紙や用材などの木材需要の増加のために、2100年に現在の1/2以下に減少する。従って、生物多様性を守るための成熟林(自然林)保護を重視すれば、途上地域の森林からのエネルギー生産の余地は少ない。

 次に、世界2地域モデルの地域的現象の把握の限界を補うため、世界11地域土地利用エネルギー・モデルを開発し、分析を行った。その結果、余剰耕地からのエネルギー作物は、北米、西欧、オセアニア、ラテンアメリカ、旧ソ連東欧で生産可能性を持つこと、バイオマス残さからの究極エネルギー供給可能量は、産業用丸太と穀物の生産・輸出の大きい北米、穀物の生産・輸出の大きいラテンアメリカ、穀物の生産・消費の大きい計画経済圏アジアと南アジアで大きいことを示した。最後にこの種の分析,データ整備における問題点,今後の課題などを明らかにしてこれらの分析精度を更に上げるための指針を示した.

 以上の論旨により本研究ではバイオマスエネルギーシステムを系統的に評価する枠組みを提案し,この枠組みに従って多様なデータを,系統的,且つ統一された基準によりその整合性をチェックしつつ評価して信頼に足る全世界規模の供給ポテンシャルを推計した.更に感度解析を行って将来のエネルギーシステムの評価に重要な影響を持つデータの不確定性の影響を定量的に評価している.これらの結果は今後の長期的な全世界レベルの2酸化炭素抑制策の分析に当たってそのバイオマスエネルギーの評価の信頼性向上に重要な意義を持つものであり,この成果は地球システム工学の発展に大きく寄与するものと認められる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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