本論文は9章からなり、第1章は序、第2章では実験の詳細を述べ、第3章では、液体中および真空中のイオン同時検出による液体分子線からのイオン放出機構が述べられている。そして、第4〜6章では、選択的多光子励起に伴う液体表面分子の反応、第7、8章では、多光子励起に伴う電解質溶液表面の反応、そして、第9章では、まとめが述べられている。 第1章では、まず本研究の背景となる液体表面の興味ある現象および特徴を述べ、さらに本論文の研究目的として、液体分子線法を用いて液体表面分子の気相放出に伴って誘起される化学反応過程を明らかにすることを掲げている。そして、第2章では、反応場となる溶液表面の同定および溶液表面上に生成したイオン種の放出過程について検討し、また、溶液表面にレーザー励起によりイオンを生成し、その反応過程を追跡したことが述べられている。 第3章では、液体分子線から真空中へ放出されたイオンは飛行時間型質量分析計により、また、液体中に残留したイオンは誘導電流検出器により同時に測定し、イオン放出機構を明らかにしている。アニリン/1-プロパノール溶液におけるイオン強度のレーザー強度依存性は、溶液表面で一定値以上の密度で電荷が存在する領域からイオンが気相中へと放出されるというモデルにより説明することができることを示している。 第4章では、まず、多光子励起に伴うプロトン化フェニルケトンとアルコールのイオン分子反応の研究を行い、芳香属カルボニル分子がT1状態でアルコールから水素を引き抜き、その後光イオン化されることで中間体として[C6H5C(OH)CH3]+というイオンを生成すること、第5章では、それをアルコール分子が求核的に攻撃することによって[C6H5C(OEt)CH3]+が生成していることを解明している。また、第6章では、多光子励起に伴う安息香酸とアルコールのエステル生成反応の実験により質量スペクトル中には最終生成物までの中間体がすべて観測されることを明らかにしている。 第7章では、CaI2アルコール溶液からのイオン生成過程の考察をしている。イオン化からパルス加速までの遅延時間に対する減衰定数定数がイオンの持つ初速度を反映すると考え、気相中に放出されたCa2+(EtOH)mが電荷分離反応を起こし、同一クラスター内に生成した2つのイオン種、、が生成され、これらがクーロン反発により大きな運動エネルギーを得ていることを明らかにしている。また、第8章では、CaCl2アルコール溶液からのCa+(EtOH)m生成過程の実験結果より、Ca+(EtOH)n、CaOEt+(EtOH)nの生成過程には溶媒和電子によるCa2+の還元反応が関与していることを見出している。 第9章では、本論文のまとめを述べている。液体表面のレーザー照射による分子およびクラスター生成過程を液体分子線法を用いて考察した結果、芳香族カルボニル分子の選択的多光子励起に伴い、溶液表面上で求核置換反応、エステル化反応が進行することを示したとしている。さらに電解質溶液の多光子励起に伴う電荷分離反応、溶媒和電子捕捉反応について考察したことを述べて全体をまとめている。 なお、本論文第4章は、近藤保氏・真船文隆氏・堀本訓子氏、第3・5・6・7・8章は、近藤保氏・真船文隆氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験と解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)を授与できると認める。 |