学位論文要旨



No 214532
著者(漢字) 向後,寛
著者(英字)
著者(カナ) コウゴ,ヒロシ
標題(和) ラット卵巣におけるゴナドトロピン放出ホルモン受容体の発現と機能
標題(洋) Expression and function of gonadotropin-releasing hormone receptor in the rat ovary
報告番号 214532
報告番号 乙14532
学位授与日 2000.01.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第14532号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 助教授 岡,良隆
 東京大学 助教授 朴,民根
内容要旨

 ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)は視床下部で産生され、下垂体前葉からのゴナドトロピンの分泌を促進する因子であり、生殖機能の内分泌調節機構において中心的な役割を果たしている。近年の研究により、GnRHとその受容体が視床下部-下垂体系だけではなく、その他の器官にも存在することが示され、GnRHの生体内における多様な機能が推測されている。特にラットやヒトの卵巣においては、GnRH受容体が下垂体に次いで多く発現しており、GnRHの直接作用によるさまざまな卵巣機能の修飾が報告されている。GnRHは成熟濾胞に対しては黄体形成ホルモン(LH)と同様の作用、すなわち排卵の誘発や卵母細胞の減数分裂再開などの促進的な作用を示し、逆に未成熟な濾胞に対しては濾胞刺激ホルモン(FSH)作用の抑制や、濾胞閉鎖の誘導など、濾胞成熟に抑制的な効果を示すことが知られている。また顆粒膜細胞や黄体細胞のステロイド合成酵素活性を修飾する例も多数報告されている。これらの研究はGnRHが生殖機能の調節において、中枢のみならず末梢においても機能することを示唆し、非常に興味深い。しかし、現在までのところ卵巣におけるGnRHの作用については、標的細胞が不明確であること、内在的なリガンドが未同定なことなどから、その生理的機能が確実視されるには至っていない。

 本研究では、ラット卵巣におけるGnRHの機能を理解する目的で、様々な生理的条件下の卵巣におけるGnRHの標的細胞を、GnRH受容体mRNAのinsituハイブリダイゼーショシにより同定し(第1章)、さらにその発現のホルモンによる調節を明らかにした(第2章)。また、卵巣に対するGnRHの直接作用を組織学的に解析した(第3章)。

 GnRH受容体は7回の膜貫通部位を持つGタンパク共役型受容体で、1992年Tsutsumiらによって下垂体培養細胞から初めてクローニングされた。これにより遺伝子発現解析が可能になり、それまで報告されていた下垂体外のGnRH受容体についてその異同を確実に論じることが可能になった。第1章では、RT-PCR法とノーザンブロット法によって、卵巣においても下垂体と同一のGnRH受容体遺伝子が高度に発現していることを確かめた。さらに卵巣内におけるGnRH受容体の分布を組織学的に解析するため、in situハイブリダイゼーションを行った。まず、ゴナドトロピン処理をして濾胞成熟を誘導したラットの卵巣を用い、GnRH受容体mRNAが成熟濾胞の顆粒膜細胞や閉鎖濾胞の顆粒膜細胞で特に強く発現していることを明らかにした。この分布は、従来報告されていたGnRHの直接作用、すなわち成熟濾胞に対する排卵誘発、未成熟濾胞に対する濾胞閉鎖誘導をよく反映している。次に、種々の生理的条件下でのGnRH受容体mRNAの発現を解析した。新生ラットを用い、卵巣の発達段階を追ってGnRH受容体の発現細胞を調べた結果、生後10日令において間質細胞にまず最初の発現が検出された。この結果は卵巣の発達過程において間質細胞が、GnRHの標的細胞として機能する可能性を示唆し興味深い。15日令では間質細胞に加えて、大部分の濾胞の顆粒膜細胞でも発現が見られた。この時期には、多くの濾胞が閉鎖することが知られており、GnRH受容体の発現と濾胞閉鎖の密接な関連を示唆する結果である。25日令以降になると、次第に正常の未成熟濾胞が成長してくるが、これらの濾胞の顆粒膜細胞でのGnRH受容体mRNAの発現は弱かった。また、成熟雌ラットを用いて、性周期の各ステージの卵巣におけるGnRH受容体の発現を調べると、GnRH受容体mRNAは様々な発達段階の濾胞の顆粒膜細胞、黄体細胞、間質細胞など多くの細胞で発現していた。その発現について、性周期ステージに依存した調節は特に見られなかったが、各構造の状態に依存した発現強度の変動が観察された。正常濾胞については、濾胞の成長に伴って特に基底膜側の顆粒膜細胞にGnRH受容体の発現が誘導されてくることが明らかになった。また、閉鎖濾胞ではGnRH受容体mRNAは顆粒膜細胞において閉鎖過程を通して非常に強く発現しており、内莢膜細胞では、閉鎖過程の後期にGnRH受容体の発現が見られた。成体ラット卵巣の間質細胞は、閉鎖濾胞の内莢膜細胞に由来することが知られている。GnRHは間質細胞の形成過程、すなわち閉鎖濾胞における顆粒膜細胞の除去と内莢膜細胞の間質細胞への分化に関与するのかも知れない。黄体については、各黄体の状態を組織学的に識別することにより、新生黄体ではGnRH受容体の発現が強く、黄体が退化するに従い次第に発現が弱まることを明らかにした。以上のようにGnRH受容体は卵巣内の種々の細胞において、特定の発現パターンを示しており、様々な卵巣機能の調節を担っている可能性が示唆された。

 第2章では、卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現調節を調べるため、下垂体を除去した未成熟ラットを用いてGnRH受容体の発現に対する種々のホルモンの影響を調べた。下垂体除去ラットにエストロゲンを投与すると、多くの濾胞は多層の顆粒膜細胞を持つ濾胞に成長する。これらの濾胞においてGnRH受容体mRNAは、顆粒膜細胞層の基底膜側の細胞に発現しており、正常ラット中の濾胞での発現パターンと一致した。すなわち、成長中の濾胞におけるGnRH受容体の発現は、ゴナドトロピンによらず、エストロゲン刺激のみで誘導されることを明らかにした。また正常ラットの閉鎖濾胞の顆粒膜細胞では、GnRH受容体が非常に強く発現しているのに対し、下垂体除去ラットでは、多くの閉鎖濾胞が存在するが、その顆粒膜細胞にはほとんど発現が見られなかった。それに対し、エストロゲンを投与した卵巣中の閉鎖濾胞では強い発現が見られた。さらに、アンドロゲンやGnRHによって濾胞閉鎖を誘導した際にも、エストロゲン非存在下では閉鎖濾胞の顆粒膜細胞にGnRH受容体の発現はほとんどみられず、エストロゲンの存在下でのみGnRH受容体の強い発現がみられた。下垂体ではGnRH受容体はリガンドであるGnRH自身によってその発現が主に調節されていると考えられているが、卵巣の顆粒膜細胞でのGnRH受容体の発現調節にはエストロゲンが重要な役割を果たしていると考えられる。また、閉鎖濾胞におけるGnRH受容体の発現が、濾胞の成長を促進するエストロゲンに依存するというのは一見矛盾のように感じられるが、いったん成長過程に入った濾胞のみが、閉鎖を起こすことを考えると、理にかなっている。すなわちエストロゲンで成長が刺激された濾胞の顆粒膜細胞では、FSH受容体とGnRH受容体の双方が発現し、前者の成長刺激と後者の閉鎖刺激とのバランスが濾胞の運命を左右すると考えられ、濾胞の選択機構へのGnRHの関与が推測される。また、間質細胞のGnRH受容体mRNAの発現は、下垂体除去や様々なホルモン処理の影響を受けず、顆粒膜細胞における発現とは別の調節を受けていることが示唆された。

 第3章では、下垂体を除去した未成熟ラットを用いて、卵巣におけるGnRHの直接作用を組織学的に解析した。妊馬血清ゴナドトロピン(PMSG)による濾胞成熟刺激に対し、GnRHアゴニストの同時投与は、濾胞成熟を抑制し、顆粒膜細胞を黄体細胞様に分化させた。GnRHアンタゴニストを同時投与すると、PMSGの作用が増強され多くの濾胞が過剰に成長した。この結果は従来の報告を支持するもので、卵巣に内在性のGnRHが存在し、FSH作用を抑制する働きをすることを示唆する。また、LH受容体mRNAのin situハイブリダイゼーションにより、GnRHアゴニストによって間質細胞と内莢膜細胞のLH受容体mRNAが劇的に減少することを明らかにした。内莢膜細胞からのアンドロゲンの供給が、顆粒膜細胞でのエストロゲン産生に必須であり、LHによる内莢膜細胞の分化とステロイド産生の調節は濾胞成熟の調節に重要な役割を果たしている。この結果は、その調節に卵巣内GnRHが関与することを示唆するものである。しかし、内莢膜細胞にはGnRH受容体はほとんどの発現していないため、GnRHのこの作用を仲介する何らかの因子の存在が想定される。また、組織像の変化としてはGnRHアゴニスト投与の結果、卵巣内の疎な結合組織が減少し、間質細胞が増加した。この変化はアンドロゲンの同時投与によって特に顕著になった。この変化はGnRHによって繊維芽細胞が間質細胞へ分化したものと考えられ、卵巣の発達時の間質細胞の分化におけるGnRHの関与が推測される。以上の結果は、卵巣の間質細胞の機能修飾や分化にGnRHが重要な役割を果たす可能性を示唆するものである。

 本研究では、ラット卵巣におけるGnRH受容体mRNAが、卵巣の発達過程や濾胞の発達過程において特異的な発現パターンを示すことを明らかにし、濾胞の顆粒膜細胞での発現調節におけるエストロゲンの重要性を示した。また、GnRHの間質細胞に対する直接作用を組織学的に明らかにした。今後の研究では、卵巣内における真のリガンドを同定し、その発現や作用を詳細に解析し、本研究で明らかになった受容体の発現との機能的関連を明らかにすることによって、卵巣におけるGnRHとその受容体の機能が解明されることが望まれる。

審査要旨

 本論文は3章からなり、第1章はラット卵巣におけるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)受容体mRNAの発現とその局在、第2章は卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現調節、第3章は卵巣に対するGnRHの直接作用の組織学的解析について述べられている。

 GnRHは視床下部で産生され、下垂体前葉からのゴナドトロピンの分泌を促進する因子であるが、近年の研究により、GnRHとその受容体が生殖腺にも存在することが示され、ラットの卵巣においてGnRHの直接作用によるさまざまな機能修飾が報告されている。しかし、現在までのところ卵巣におけるGnRHの生理的機能は確実視されるには至っていない。そこで本研究はGnRH受容体の発現を詳細に解析することにより、ラット卵巣におけるGnRHの生理的機能を考察することを目的として行われた。

 第1章では、卵巣において下垂体と同一のGnRH受容体遺伝子が高度に発現することを、RT-PCR法とNorthern blot法によって確認した。さらにin situ hybridizationによる解析により、GnRH受容体mRNAが成熟濾胞と閉鎖濾胞の顆粒膜細胞で特に強く発現していることを明らかにした。この分布は、従来報告されていたGnRHの直接作用をよく反映していた。また、新生ラットでのGnRH受容体の発現を調べた結果、生後10日令において間質細胞にまず最初の発現が検出された。この結果は卵巣の発達過程において間質細胞が、GnRHの標的細胞として機能する可能性を示唆する。15日令では間質細胞に加えて、大部分の閉鎖濾胞の顆粒膜細胞にも発現が見られ、GnRH受容体の発現と濾胞閉鎖の密接な関連が示された。また、成熟雌ラットで性周期の各ステージの卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現を調べると、顆粒膜細胞、黄体細胞、間質細胞など多くの細胞に発現が見られた。発育濾胞の顆粒膜細胞での発現は、濾胞の成長に伴って誘導されることが明らかになった。閉鎖濾胞では閉鎖過程を通して非常に強く発現していた。黄体細胞での発現は、新生黄体に強く、退化するに従い発現が弱まった。以上のようにGnRH受容体は卵巣内の種々の細胞において、特定の発現パターンを示しており、様々な卵巣機能の調節を担っている可能性が示唆された。

 第2章では、下垂体を除去した未成熟ラットを用いてGnRH受容体の発現に対する種々のホルモンの影響を調べた。エストロゲン刺激により濾胞を発育させると、顆粒膜細胞層の基底膜側でGnRH受容体mRNAの発現が見られた。この発現パターンは、成熟ラットの濾胞に見られるものと同一であり、発育濾胞におけるGnRH受容体の発現が、ゴナドトロピンによらず、エストロゲンのみで誘導されることが明らかになった。また、正常ラットの閉鎖濾胞の顆粒膜細胞では、GnRH受容体が非常に強く発現しているのに対し、下垂体除去ラットの閉鎖濾胞ではほとんど発現が見られなかった。しかし、エストロゲン刺激した卵巣の閉鎖濾胞には強い発現が見られた。アンドロゲンやGnRHによって濾胞閉鎖を誘導した際にも、エストロゲンの存在下でのみ閉鎖濾胞でのGnRH受容体の強い発現がみられた。以上の結果から顆粒膜細胞でのGnRH受容体の発現にエストロゲンが重要であることが明らかになった。また、間質細胞のGnRH受容体mRNAの発現は、顆粒膜細胞とは別の調節を受けていることが示唆された。

 第3章では、下垂体を除去した未成熟ラットの卵巣に対するGnRHの直接作用を解析し、GnRHが間質細胞と内莢膜細胞のLH受容体mRNAの発現を抑制することを明らかにした。しかし、内莢膜細胞にはGnRH受容体はほとんど発現していないため、GnRHの作用を仲介する何らかの因子の存在が想定される。また、GnRHアゴニスト投与の結果、卵巣内の疎な結合組織が減少し、間質細胞が増加した。この変化はGnRHによって繊維芽細胞が間質細胞へ分化したものと考えらる。卵巣の間質細胞の機能修飾や分化にGnRHが重要な役割を果たす可能性が示唆された。

 本研究により、ラットの卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現様式やその調節機構、卵巣に対するGnRHの直接作用等について新たな知見が得られた。これらの結果は、ラット卵巣においてGnRHとその受容体が様々な卵巣機能の修飾に関与することを示唆するものである。

 なお、本論文の第1章1部は宮東昭彦氏、朴民根氏、守隆夫氏、川島誠一郎氏との共同研究、第1章2部は朴民根氏、守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究、第2章は守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究、第3章は飯塚(向後)晶子氏、守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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