本論文は3章からなり、第1章はラット卵巣におけるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)受容体mRNAの発現とその局在、第2章は卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現調節、第3章は卵巣に対するGnRHの直接作用の組織学的解析について述べられている。 GnRHは視床下部で産生され、下垂体前葉からのゴナドトロピンの分泌を促進する因子であるが、近年の研究により、GnRHとその受容体が生殖腺にも存在することが示され、ラットの卵巣においてGnRHの直接作用によるさまざまな機能修飾が報告されている。しかし、現在までのところ卵巣におけるGnRHの生理的機能は確実視されるには至っていない。そこで本研究はGnRH受容体の発現を詳細に解析することにより、ラット卵巣におけるGnRHの生理的機能を考察することを目的として行われた。 第1章では、卵巣において下垂体と同一のGnRH受容体遺伝子が高度に発現することを、RT-PCR法とNorthern blot法によって確認した。さらにin situ hybridizationによる解析により、GnRH受容体mRNAが成熟濾胞と閉鎖濾胞の顆粒膜細胞で特に強く発現していることを明らかにした。この分布は、従来報告されていたGnRHの直接作用をよく反映していた。また、新生ラットでのGnRH受容体の発現を調べた結果、生後10日令において間質細胞にまず最初の発現が検出された。この結果は卵巣の発達過程において間質細胞が、GnRHの標的細胞として機能する可能性を示唆する。15日令では間質細胞に加えて、大部分の閉鎖濾胞の顆粒膜細胞にも発現が見られ、GnRH受容体の発現と濾胞閉鎖の密接な関連が示された。また、成熟雌ラットで性周期の各ステージの卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現を調べると、顆粒膜細胞、黄体細胞、間質細胞など多くの細胞に発現が見られた。発育濾胞の顆粒膜細胞での発現は、濾胞の成長に伴って誘導されることが明らかになった。閉鎖濾胞では閉鎖過程を通して非常に強く発現していた。黄体細胞での発現は、新生黄体に強く、退化するに従い発現が弱まった。以上のようにGnRH受容体は卵巣内の種々の細胞において、特定の発現パターンを示しており、様々な卵巣機能の調節を担っている可能性が示唆された。 第2章では、下垂体を除去した未成熟ラットを用いてGnRH受容体の発現に対する種々のホルモンの影響を調べた。エストロゲン刺激により濾胞を発育させると、顆粒膜細胞層の基底膜側でGnRH受容体mRNAの発現が見られた。この発現パターンは、成熟ラットの濾胞に見られるものと同一であり、発育濾胞におけるGnRH受容体の発現が、ゴナドトロピンによらず、エストロゲンのみで誘導されることが明らかになった。また、正常ラットの閉鎖濾胞の顆粒膜細胞では、GnRH受容体が非常に強く発現しているのに対し、下垂体除去ラットの閉鎖濾胞ではほとんど発現が見られなかった。しかし、エストロゲン刺激した卵巣の閉鎖濾胞には強い発現が見られた。アンドロゲンやGnRHによって濾胞閉鎖を誘導した際にも、エストロゲンの存在下でのみ閉鎖濾胞でのGnRH受容体の強い発現がみられた。以上の結果から顆粒膜細胞でのGnRH受容体の発現にエストロゲンが重要であることが明らかになった。また、間質細胞のGnRH受容体mRNAの発現は、顆粒膜細胞とは別の調節を受けていることが示唆された。 第3章では、下垂体を除去した未成熟ラットの卵巣に対するGnRHの直接作用を解析し、GnRHが間質細胞と内莢膜細胞のLH受容体mRNAの発現を抑制することを明らかにした。しかし、内莢膜細胞にはGnRH受容体はほとんど発現していないため、GnRHの作用を仲介する何らかの因子の存在が想定される。また、GnRHアゴニスト投与の結果、卵巣内の疎な結合組織が減少し、間質細胞が増加した。この変化はGnRHによって繊維芽細胞が間質細胞へ分化したものと考えらる。卵巣の間質細胞の機能修飾や分化にGnRHが重要な役割を果たす可能性が示唆された。 本研究により、ラットの卵巣におけるGnRH受容体mRNAの発現様式やその調節機構、卵巣に対するGnRHの直接作用等について新たな知見が得られた。これらの結果は、ラット卵巣においてGnRHとその受容体が様々な卵巣機能の修飾に関与することを示唆するものである。 なお、本論文の第1章1部は宮東昭彦氏、朴民根氏、守隆夫氏、川島誠一郎氏との共同研究、第1章2部は朴民根氏、守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究、第2章は守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究、第3章は飯塚(向後)晶子氏、守隆夫氏、藤本豊士氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 |