内容要旨 | | インドネシア国に位置するワリオ油田(図-1)の中新統カイス層を対象として、炭酸塩岩堆積相に関する研究がこれまでになされてきたが、従来の研究はコア試料に基づく堆積相の垂直的分布の記載に限られていた。本研究において、堆積相・堆積環境の三次元的な広がりを復元し、さらにこれらの分布を規制する要因を検討した。本研究は、十分なコア試料のある本油田の東部地域(東部リーフ)を対象として行った(図-2)。今回新たに東部リーフ及びその周辺の5坑井のコア試料と12坑井のカッティングス試料を用いた堆積学的・岩石学的記載と分析を実施し、以下の検討を行った。まず、岩相・生物相解析に基づく堆積環境モデルを検討し、次に今回確立したシークエンス層序の粋組みに基づき坑井対比を行い岩相・生物相の相変化を把握した。さらに、これらの結果にアイソコア図と震探断面の解釈結果とを統合して古環境の変遷を復元し、リーフの発達過程を検討した。また、有孔虫化石を用いた生層序解析、ストロンチウム同位体層序・古地磁気層序の検討を行い、リーフの発達と汎世界的なサイクルとの関連を検討した。 堆積環境モデル構築に際しては、統計的手法に基づいて主要な化石生物種の出現の相関関係を解析し、岩相と化石相(有孔虫・サンゴ・サンゴモおよびその他の生物種)の分布を坑井間で比較検討した。さらに有孔虫化石・サンゴ化石の分布と環境・水深との関係に関する既知のモデルとを統合した。その結果、図-3に示されるように、東部リーフの古環境は大きくreef/fore reefとback reefとの2つに区分された。 図表図-1 ワリオ油田位置図 / 図-2 調査対象地域 / 図-3 ワリオ油田における堆積環境モデル 次いで鍵坑井におけるシークエンス層序の検討により、リーフ相カイス層中に下位から順にU,T,R,Q,P,O,N,M-2,L-2,Kと名づけた各Event(3次またはより高次オーダーのサイクルに関連するシークエンス境界(SB))が解釈された(図-4)。この枠組みに基づき坑井対比を行い、鍵となる層準間のアイソコア図を作成した。さらに震探データの反射波形態の特徴の検討結果もあわせてリーフの古地形を把握した。これらの結果と岩相・生物相の相変化との統合に際しては、異なる環境に特徴的に出現する有孔虫化石の3成分(miliolids;larger foraminifers;planktonic foraminifers+buliminids+Ammonia属)の分布を示す三角ダイアグラムを作成し、この結果もあわせて各坑井での堆積環境を検討した。 その結果、以下のワリオリーフの発達過程が復元された。まず、リーフ相カイス層はEventRにより上部層(K/R)と下部層(R/U)とに区分された。また、下部層基底のEvent Uの下には、広域的広がりを持つベーズンの環境のカイス層炭酸塩岩が存在する。下部層では、Event U直上の海水準低下時に後に東部リーフとなる部分を含む陸棚域が全体的に浅海化し、Event UとTとにはさまれるT/U層でリーフ相の堆積が始まったと考えられる。そしてEvent T以降の海進後も、地形の高まりと考えられる東部リーフではリーフが成長したが、その高まりの周囲ではリーフは水没し、basinal-deep fore reefの環境となり、それ以降クラサフェ層泥質岩の堆積域になったと解釈される。上部層はQ,P,O,N,M-2,L-2の各Eventにより、7つの上方浅海化を示すサイクル(Q/R,P/Q,O/P,N/O,M-2/N,L-2/M-2,K/L-2層)に区分された。上部層の代表的Event Q,N,M-2直下の堆積環境の復元結果を図-5に示す。Q/R,P/Q,O/P,N/Oの4層堆積時には、東部リーフの北部と東部-南東部にreef crestが存在した。一方、M-2/N,L-2/M-2,K/L-2の3層堆積時には、東部リーフ南部でreef crestの発達が見られた。またこの時期リーフ北部で顕著なリーフのバックステップが見られた。そしてワリオリーフはEventK後の海進に伴い、水没したと解釈される。 図表図-4 ワリオ東部リーフのカイス層の堆積モデルを示す南北模式断面図 / 図-5 ワリオ東部リーフの古環境図。Event Q、Event N、Event M-2の各Event直下の堆積環境を示す。 上述の層序の検討の結果、リーフ相カイス相は中新世後期に対比された。年代決定では2つのケースが想定されたが、堆積速度の検討もあわせて考えると以下の主要Eventと汎世界的な堆積サイクル(Haq et al.,1988)の3次オーダーのSBとの対比がより妥当と考えられる。すなわち、Event Uは10.5MaのSB、EventRは8.2MaのSB、Event L-2は5.5MaのSBに対比された。また、N/O層最上部に見られる海退の事象が、6.3MaのSBに対比された。 さらにリーフの発達を規制する要因について考察した。N/O層からM-2/N層との間で見られるreef crest位置の東部リーフの北部・東部-南東部から南部への移動は、北方からの泥質堆積物の流入量が増大し北部でリーフの後退があったことと、南方からの開いた海の影響の増大により南部でのリーフの成長が促進されたためと考えられる。これらの変化は太平洋プレートとオーストラリアプレートの衝突に関連するSorong断層の活動に伴うサラワティ盆地北部での隆起に起因すると解釈される。また、リーフ相カイス層の堆積は、基盤の継続的沈降と汎世界的な海水準変動に規制されていると考えられる。 |
審査要旨 | | 本論文は多数の掘削試料と物理探査データに基づいて中新統リーフシステムの発達史を明らかにしたものであり、全部で9つの章からなる。始めの3つの章では研究史、研究目的と研究の意義など本研究の位置づけと、調査地域周辺の全般的な地質状況の説明、研究方法が述べられている。インドネシア西部のワリオ油田は中新統の礁性(リーフ相)炭酸塩岩カイス層を貯留岩として発達している。多くの掘削データやコア試料が利用できるため、断層運動など構造的に活発な場でのリーフ発達のダイナミクスを明らかにする上で重要な位置にある。しかし、従来はコア試料の観察に基づく堆積相の垂直分布の記載が行われている程度で、リーフシステムのダイナミクスという視点からの研究はなされていない。申請者は豊富なコア試料解析に基づいて堆積相と堆積環境の三次元的な広がりを復元し、これらの分布と発達を規制する要因を明らかにした。調査地域(海域)には100本を超える調査用の坑井があるが、本論文ではリーフ本体とその周辺の5坑井のコア試料と12坑井のカッティングス試料が検討されている。 第4章、第5章は記載の章である。質の高いオリジナルデータがよく整理された形で提示されている。第4章では堆積層が記載される。岩相と生物相解析に基づき堆積相を認定し、堆積環境の時空変動をモデル化している。さらにコア解析と検層データからシークエンス層序の枠組みを認定し、これに基づいて坑井間の対比を行い岩相と生物相の水平的な相変化を明らかにし、リーフの発達過程の復元を試みている。第5章では時代論が展開される。有孔虫化石を用いた生層序解析、ストロンチウム同位体層序・古地磁気層序が検討される。これら時代論に基づいて,リーフの発達と汎世界的な海水準変動サイクルとの関連が検討された。これら記載と解析に基づき、第6章では堆積速度の変動と3次元的な堆積モデルが提案される。 第7章ではこれまでの記載に基づいて堆積環境モデルの構築、汎地球的な意義-海水準変動との関係についての議論が展開される。堆積環境の認定は特徴的に出現する3種の有孔虫化石成分(miliolids;larger foraminifers;planktonic foraminifers+buluminides+ammonia属)の相対存在度という客観的手法に基づいている。シークエンス層序の手法によりリーフ相カイス層中に10のシークエンス境界(SB)を認定し、特定の層準間のアイソコア図を作成し、さらに震探データによりリーフの古地形を明らかにした。 復元されたワリオ・リーフの発達過程は詳細を極めるが,基本的には1100万年ほど前の汎地球的な海水準低下により、広域的広がりを持つベーズン堆積物(泥岩)を覆ってリーフ相カイス層が堆積した。その後、海水準の上昇を追ってリーフの成長が続き、次の海水準低下(シークエンス境界)で、リーフの発達が中断された。海水準の上昇に伴うリーフ相の成長と集積、海水準低下にともなう成長の停止と言う上方浅海化サイクルが、このあと約300万年にわたり少なくとも7回くり返されたことが明らかにされた。リーフ相は約500万年前を最後に見られなくなる。これは砕屑物供給量の増大と水深の増大がリーフの成長を阻害したためと解釈される。 ワリオ・リーフの発達は、北方からの泥質堆積物のと南方へ開いた海の影響に支配されていると結論している。砕屑物供給量の増大は、太平洋プレートとオーストラリアプレートの衝突に関連するSorong断層の活動と盆地北部での隆起に起因すると説明される。 詳細なデータに基づきリーフの約500万年の成長史を復元し、汎世界的な海水準変動と地域的な構造運動-砕屑物の供給量変動によってリーフシステムの消長を説明しようとする申請者のモデルはオリジナリティーが高く妥当なものである。リーフのは発達に相対的海水準変動とともに周辺地域の造構運動-浸食-砕屑物の供給が影響を与えていることを明瞭に示した点で、リーフモデルへのインパクト、貢献が大きく、リーフ理解を前進させた。よって、審査委員会は申請者に博士(理学)を授与できると認める。 |