本研究は、1991年から1993年までの都内の健康診断受診者の中から発見され組織学的に確認された129例の大腸粘膜内癌と66例の大腸癌の合計195例の症例群、および各症例に対して年齢、性別、受診年月日などをマッチさせた健診受診者2名を割り当て合計390例とした対照群を対象とし、健診時のアンケート調査によって確認された喫煙習慣、喫煙歴、飲酒習慣、飲酒歴のデータおよび臨床検査値をもとに、喫煙(一日の喫煙本数、生まれてから現在までの全期間の累積喫煙量、現在から20年前までの間の累積喫煙量、20年前以前の累積喫煙量)、飲酒(飲酒頻度、一日の飲酒量、累積飲酒量)、血清総コレステロール値、血清中性脂肪値、空腹時血糖値と肥満指数(BMI)をそれぞれ4ないし5階層のカテゴリーに分類し、多変量ロジスティック解析を行うことによりこれらの因子と大腸粘膜内癌および大腸癌との関係を症例対照研究の方法によって調べ、これらの因子の大腸癌における役割を明らかにしようとしたものであり、下記の結果を得ている。 1.現在から20年前までの間の累積喫煙量は大腸粘膜内癌の危険性の増大との間で強い関連性が認められたが、20年前以前の累積喫煙量と大腸粘膜内癌との関連性ははっきりしなかった。他方、20年前以前の累積喫煙量と大腸癌の危険性の増大とは明らかに有意な関連性が認められたが、現在から20年前までの間の累積喫煙量は大腸癌の危険性の増大との間で関連性は認められなかった。これらのことから、喫煙が長期間の誘導期間を経て大腸癌の危険性を生じせしめる可能性があることが示された。 2.飲酒と大腸粘膜内癌との間には関連性はなかったが、累積飲酒量と大腸癌の危険性の増大との間には統計学的に有意な正の関連性があることが示された。 3.BMIと大腸癌および大腸粘膜内癌の危険性との間にはそれぞれ統計学的に有意ではないが緩やかな正の関係があることが示された。 4.血清総コレステロール値と大腸粘膜内癌の危険性には年齢、性、BMI、喫煙、飲酒を交絡因子として調整した場合のみ統計学的に有意な正の関連性があることが示された。 5.血清中性脂肪値と大腸粘膜内癌の危険性とは、調整をしてもしなくても統計学的に有意な正の関連性があることが示された。 6.空腹時血糖値と大腸粘膜内癌にははっきりとした関連性は認められなかったが、空腹時血糖値116以上のカテゴリーにおいては統計学的に有意ではないが緩やかに大腸粘膜内癌の危険性が増大することが示された。 以上、本論文は、いまだ定説のない喫煙と大腸癌の発生に関して喫煙が長期間の誘導期間を経て大腸癌の危険性を生じせしめることを示唆すると同時に、血清中性脂肪値と大腸粘内癌との強い関連性と空腹時血糖値と大腸粘膜内癌との弱い関連性を示唆することにより高インシュリン血症と大腸癌の関連性を支持する証拠を提示しており、大腸癌の疫学に重要な貢献をなすと考えられ学位授与に値するものと考えられる。 |