学位論文要旨



No 214535
著者(漢字) 山田,勝久
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,カツヒサ
標題(和) 大腸粘膜内癌および大腸癌と喫煙、飲酒、血清総コレステロール、血清中性脂肪および空腹時血糖との関係 : 症例対照研究による解析
標題(洋) Case-control study of colorectal carcinoma in situ and cancer in relation to cigarette smoking, alcohol use, serum total cholesterol, serum triglycerides and fasting plasma glucose
報告番号 214535
報告番号 乙14535
学位授与日 2000.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14535号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 松島,鋼治
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 助教授 木内,貴弘
内容要旨 研究目的

 喫煙については、多くの研究で大腸癌の前身である大腸線腫との間には関連性があるとされてきたが、他方で喫煙と大腸癌の関連性は多くの研究で証明されてはいなかった。近時Giovannucciらは大腸癌の発生に遠い過去の喫煙が関係することを示し、同様の結論を示す研究が他にも現れはじめた。飲酒と大腸癌ないし大腸線腫の関係についてははっきりとした結論が出ていない。血清総コレステロール値については、かつて大腸癌と負の関連性があることを示す論文がいくつか見られたがこれは大腸癌が血清総コレステロール値の低下をもたらしたためと考えられている。血清中性脂肪および空腹時血糖については、最近Mckeown-Eyssenが大腸癌と関連性があるとする仮説を発表した。この仮説は、大腸癌に促進的に影響する因子とされてきた西洋風の食事、肥満は他方で血清中性脂肪値および空腹時血糖値の増加と関連性を有し、他方で大腸癌に抑制的に影響する因子とされてきた果物、野菜、魚の油の消費、運動は血清中性脂肪値および空腹時血糖値の低下と関連性を有していることを理由としている。しかし、大腸癌ないし大腸線腫と血清中性脂肪ないし空腹時血糖の関連性を示した論文は今までほとんどなかった。本研究は、喫煙、飲酒、血清脂質、血糖の大腸癌の進展における役割を明らかにするため、これらの因子と大腸粘膜内癌および大腸癌との関係を症例対照研究の方法によって調べた。

研究方法

 研究対象は、組織学的に確認された129例の大腸粘膜内癌(男性108人、女性21人、年齢は34歳から73歳まで、平均54.6歳)、66例の大腸癌(男性55人、女性11人、年齢は34歳から80歳まで、平均56.6歳、さらに壁深達度で分類するとsm癌35例、mp癌4例、ss癌以上の進行癌27例)および390例の対照群であった。症例・対照とも1991年から1993年までのPL東京健康管理センターにおける健康診断受診者(総計79082名、このうち60%は東京都内ないし東京周辺の会社の従業員検診受診者であり、残り40%は個人的に健康診断受診を希望した者)の中から採用した。健康診断にて便潜血検査(ラテックス凝集法)陽性、自覚症状、家族歴、CEA高値、直腸診等の理由により大腸癌が疑われた受診者は大学、病院に紹介されたが、紹介先から当該センター宛てに返送されてきた大腸ファイバー検査・手術報告書ないし開腹手術報告書と病理報告書に基づいて症例を採用した。各症例に対して年齢、性別が一致し、当センターでの過去における受診回数が近く、受診年月日が近い、大腸癌と炎症性腸疾患の既往のない受診者2名を対照群として採用した。対照群の受診者には大腸癌を疑わせる症状や兆候がない限り注腸造影検査は行わなかった。喫煙習慣、喫煙歴、飲酒習慣および飲酒歴については、健診受診者にあらかじめアンケート用紙を郵送し質問に対する答えを健診前までに記入してもらった。アンケート用紙の質問事項は、喫煙については、まず現在喫煙しているかを聞き、そして現在喫煙している者には一日の喫煙本数、喫煙年数を聞き、現在喫煙していない者には、以前喫煙したことがあるかを聞き、過去の喫煙について、一日あたりの喫煙本数、喫煙年数、禁煙してから現在までの期間を聞くものとした。飲酒については、飲酒すると答えた者に対して、まず頻度についてほとんど毎日、週1-3回、月1-2回のいずれかを選ばせ、飲酒年数を聞くと同時に、飲酒内容と飲酒量を答えてもらうものとした。血液サンプルは、前夜より絶飲絶食し、しかもいかなる薬も服用しないという状態で採取され、血液データについては酵素学的方法で決定した。統計解析方法は、一日の喫煙本数、総累積喫煙量、現在から20年前までの間の累積喫煙量、20年前以前の累積喫煙量、飲酒頻度、一日の飲酒量、累積飲酒量(以上については大腸粘膜内癌と大腸癌それぞれ別々に計算)、直清総コレステロール値、血清中性脂肪値、空腹時血糖値(以上については大腸粘膜内癌のみ計算)と肥満指数(BMl)をそれぞれ4ないし5階層のカテゴリーに分類し、多変量ロジスティック解析を行うことにより各カテゴリーの調整オッヅ比とその95%信頼区間を計算した。さらに血清総コレステロール値、血清中性脂肪値、空腹時血糖値については共分散分析法を用いて大腸粘膜内癌129例とその対照258例それぞれの単純平均、調整平均とそれぞれの差およびその差の95%信頼区間を計算した。使用したソフトはSPSS version 6.0である。

結果

 累積喫煙量と現在の一日喫煙本数はそれぞれ大腸粘膜内癌の危険性の増大と統計学的に有意な関連性が認められた。累積喫煙量の増大に伴って大腸癌の危険性の増大傾向が認められたが、累積喫煙量の一番多いカテゴリーにおいても統計学的に有意な大腸癌の危険性の増大は認められなかった。累積喫煙量を詳細に見ると、全期間の累積喫煙量より現在から20年前までの間の累積喫煙量の方が大腸粘膜内癌の危険性の増大との間でより強い関連性が認められた(この期間の累積喫煙量が一番多いカテゴリーの調整オッヅ比は3.7(95%信頼区間は1.6-8.4))。他方、20年前以前の累積喫煙量と大腸粘膜内癌との関連性ははっきりしなかった。20年前以前の累積喫煙量と大腸癌の危険性の増大とは明らかに有意な関連性が認められた(この期間の累積喫煙量が一番多いカテゴリーの調整オッヅ比は5.0(95%信頼区間1.3-18.3))。飲酒と大腸粘膜内癌との間には関連性は認められなかった。累積飲酒量と大腸癌の危険性の増大との間には統計学的に有意な正の関連性が認められた。BMIと大腸癌および大腸粘膜内癌の危険性との間にはそれぞれ統計学的に有意ではないが緩やかな正の関係があった。血清総コレステロール値と大腸粘膜内癌の危険性には年齢、性、BMI、喫煙、飲酒を交絡因子として調整した場合のみ統計学的に有意な正の関連性が認められた(総コレステロール値の一番高いカテゴリーと一番低いカテゴリー間の調整オッヅ比は2.0(95%信頼区間1.0-4.1))。血清中性脂肪値と大腸粘膜内癌の危険性とは、調整をしてもしなくても統計学的に有意な正の関連性が認められた(中性脂肪値の一番高いカテゴリーと一番低いカテゴリー間の粗オンヅ比は3.0(95%信頼区間1.6-5.7)、調整オッヅ比も3.0(95%信頼区間1.4-6.4))。空腹時血糖値と大腸粘膜内癌にははっきりとした関連性は認められなかったが、空腹時血糖値116以上のカテゴリーにおいては統計学的に有意ではないが緩やかな大腸粘膜内癌の危険性の増大(このカテゴリーと空腹時血糖値95以下のカテゴリー間の調整オッヅ比は2.0(95%信頼区間0.9-4.4))が認められた。

考察

 対照群の受診者は必ずしも大腸の精査を受けておらず、従って未診断の大腸粘膜内癌か早期大腸癌を持っている可能性があるが、この手の誤分類は真の関連性を減少させる方向にのみ働くはずである。さらに、対照群の受診者に大腸線腫保持者が含まれていることになるが、この点については症例群においても大腸線腫保持者を除外していないため比較可能性は保たれている。本研究の示した20年以上前の喫煙と大腸癌の危険性との強い関連性および最近20年間の喫煙と大腸粘膜内癌の危険性との強い関連性は、喫煙から長期間の誘導期間を経て大腸癌の危険性を生じせしめることを示すものでありGiovannucciらの医療従事者を対象とした研究結果と符合する。

 血清総コレステロール値が大腸粘膜内癌の危険性の増大に関連性を有する場合そのメカニズムは、高飽和脂肪酸食ないし肉食が血清総コレステロール値を増大させると同時に胆汁の分泌の増大をもたらし大腸癌の危険性の増大に影響しているものと考えられる。血清中性脂肪値と大腸粘膜内癌との関連性についても胆汁の分泌の増大が関与している可能性もあるが、高インシュリン血症ないしインシュリン抵抗性のほうが説明しやすい。というのは高インシュリン血症は高中性脂肪血症と深い関係があり、大腸癌のリスクファクターと考えられる肥満、運動不足、低P/S(多価不飽和/飽和)比脂肪食は高インシュリン血症の主な決定要因でもある上、そもそもインシュリンは大腸癌の成長因子でもあるからである。空腹時血糖値については、まず、正常の耐糖能を有している健康な人の空腹時血糖値はインシュリン抵抗性や75g糖負荷に対するインシュリン反応度との間で関連性が認められないとする研究結果がある。この結果を踏まえると、耐糖能が正常である者が多いと考えられる空腹時血糖値115以下のグループでは、空腹時血糖値と大腸粘膜内癌の危険性との間にはっきりとした関連性がなくても矛盾はない。他方、空腹時血糖値が116以上のグループにおける血漿インシュリン濃度は高いと考えられるため、本研究の結果は高インシュリン血症が大腸癌の危険性を増大させる弱い証拠になると考えられる。

審査要旨

 本研究は、1991年から1993年までの都内の健康診断受診者の中から発見され組織学的に確認された129例の大腸粘膜内癌と66例の大腸癌の合計195例の症例群、および各症例に対して年齢、性別、受診年月日などをマッチさせた健診受診者2名を割り当て合計390例とした対照群を対象とし、健診時のアンケート調査によって確認された喫煙習慣、喫煙歴、飲酒習慣、飲酒歴のデータおよび臨床検査値をもとに、喫煙(一日の喫煙本数、生まれてから現在までの全期間の累積喫煙量、現在から20年前までの間の累積喫煙量、20年前以前の累積喫煙量)、飲酒(飲酒頻度、一日の飲酒量、累積飲酒量)、血清総コレステロール値、血清中性脂肪値、空腹時血糖値と肥満指数(BMI)をそれぞれ4ないし5階層のカテゴリーに分類し、多変量ロジスティック解析を行うことによりこれらの因子と大腸粘膜内癌および大腸癌との関係を症例対照研究の方法によって調べ、これらの因子の大腸癌における役割を明らかにしようとしたものであり、下記の結果を得ている。

 1.現在から20年前までの間の累積喫煙量は大腸粘膜内癌の危険性の増大との間で強い関連性が認められたが、20年前以前の累積喫煙量と大腸粘膜内癌との関連性ははっきりしなかった。他方、20年前以前の累積喫煙量と大腸癌の危険性の増大とは明らかに有意な関連性が認められたが、現在から20年前までの間の累積喫煙量は大腸癌の危険性の増大との間で関連性は認められなかった。これらのことから、喫煙が長期間の誘導期間を経て大腸癌の危険性を生じせしめる可能性があることが示された。

 2.飲酒と大腸粘膜内癌との間には関連性はなかったが、累積飲酒量と大腸癌の危険性の増大との間には統計学的に有意な正の関連性があることが示された。

 3.BMIと大腸癌および大腸粘膜内癌の危険性との間にはそれぞれ統計学的に有意ではないが緩やかな正の関係があることが示された。

 4.血清総コレステロール値と大腸粘膜内癌の危険性には年齢、性、BMI、喫煙、飲酒を交絡因子として調整した場合のみ統計学的に有意な正の関連性があることが示された。

 5.血清中性脂肪値と大腸粘膜内癌の危険性とは、調整をしてもしなくても統計学的に有意な正の関連性があることが示された。

 6.空腹時血糖値と大腸粘膜内癌にははっきりとした関連性は認められなかったが、空腹時血糖値116以上のカテゴリーにおいては統計学的に有意ではないが緩やかに大腸粘膜内癌の危険性が増大することが示された。

 以上、本論文は、いまだ定説のない喫煙と大腸癌の発生に関して喫煙が長期間の誘導期間を経て大腸癌の危険性を生じせしめることを示唆すると同時に、血清中性脂肪値と大腸粘内癌との強い関連性と空腹時血糖値と大腸粘膜内癌との弱い関連性を示唆することにより高インシュリン血症と大腸癌の関連性を支持する証拠を提示しており、大腸癌の疫学に重要な貢献をなすと考えられ学位授与に値するものと考えられる。

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