学位論文要旨



No 214536
著者(漢字) 南,学
著者(英字)
著者(カナ) ミナミ,マナブ
標題(和) 新しいvirtual CT endoscopyの開発と胃疾患における臨床的有用性の検討
標題(洋)
報告番号 214536
報告番号 乙14536
学位授与日 2000.01.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14536号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 吉川,宏起
 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 名川,弘一
内容要旨 1.序論

 近年、helical CTの普及と共に、人体の3次元データの採取が可能となり、消化管ではそれを再構成しあたかも内視鏡で覗いているかの様な像を作成するvirtual endoscopyの技術が発展してきた。しかし、この方法には従来の内視鏡に比べて、非侵襲的である、高度の狭窄病変にも適用できる、自由な角度から観察できる、等の長所があるにもかかわらず、空間分解能が劣る、病変の色調がわからない、液体貯留に隠れた病変が見えない、などの欠点がある。さらに、virtual endoscopyでは空気と消化管壁の間に閾値を定め、それによりデータを2値化しているのみで、本来helical CTが有する3次元データ、断層像という特徴を切り捨てているという問題がある.本研究では、virtual endoscopyのこれらの欠点のいくつかを克服し、実際の消化管病変の画像診断に役立てるため、閾値データによるvirtual endoscopyの画像とその視方ベクトルに直交するMPR画像をほぼリアルタイムに合成するソフトウェアを新しく開発し、胃疾患の診断における最適撮像条件、臨床上の有用性について検討した。

II.方法および結果1.装置および新しいソフトウェアの概要

 本ソフトウェアでは、通常のvirtual endoscopyの画像を作成した後、深さを規定することにより、視点のある位置を起点とする視方ベクトル(navigation方向のベクトル)が定められ、さらに視野径を規定することで、視方ベクトルに対し直交し始点を中心とした円を底面とする円柱が空間を削り込む形で取り除かれる。それにより円柱内のvirtual endoscopyの表面画像が除去され、表面画像が円柱の前方の底面と交わる境界の外側に視方ベクトルに直交したMPR画像か張り付けられる。このソフトウェアを用いて行ったvirtual endoscopyをComputed Sectional Probe(CSP)法と呼ぶことにした。また、通常得られるreference imagesは患者の体軸(頭尾方向)に合わせて決定された軸位断・矢状断・冠状断のMPR画像であるが、視方ベクトルに直交する形の3方向のMPR画像も得られるように改良しSynchronized Reference Images(SRI)と名づけた。

2.ファントームにおける最適撮像条件の検討

 撮像の最適条件を決定するため、櫛型ファントームとポリープ型ファントームを試作し、5種類のスライス厚・ピッチの組み合わせにより撮像した。その結果、3mmピッチの櫛型は秒間ステップ6mm以内の組み合わせでのみ認識でき、スライス厚の薄い方がより細かく認識できた。ポリープ型ファントームではポリープの軸を頭尾方向に置いてスキャンした場合にはいずれの条件でも3mmのポリープが描出できその画像にあまり差が見られなかったが、ポリープの軸が頭尾方向と垂直になるように配置した場合、スライス厚がポリープの描出能・形状の表現に関与し、スライス厚が厚くなるにつれ小さなポリープの描出は悪く頭尾方向に伸びるような形に表された。以上より、臨床の場における胃疾患の撮像には、3mm厚、1.5ピッチが最適と考えられた。

3a.実際の撮像条件および検討方法(検査プロトコール)

 6時間以上禁食及び絶飲にしておいた患者に抗コリン剤を静注、発泡剤を服用の後、胃及び肝臓全体が含まれるようにCTのスキャン範囲を設定した。Helical modeを用い、スライス厚3mm、1.5ピッチで、40秒から50秒の1呼吸停止下で上記の範囲をスキャンした。非イオン性ヨード造影剤を体重1kgあたり2mL用い、全量を75秒で静注し、静注開始60秒後からスキャンを始めた。CSP法のために胃が十分含まれる程度にFOVを17cmから25cmの範囲に縮小し、detail algorithmにて1.5mm間隔で再構成を行った(再構成画像は70枚から120枚)。CSP法により胃病変の有無・その質的診断、胃癌と考えられた場合は肉眼分類・深達度の判定を行い、これらの診断結果をその後の確定診断と比較し、手術症例に関しては術後の標本の肉眼病理学的分類・組織学的深達度と比較検討した。

3b.対象

 内視鏡または上部消化管透視にて胃疾患の疑われた60症例(男性42名、女性18名、平均年齢63歳、範囲19歳〜91歳)に対してCT検査を行なった。胃疾患の内訳は、胃癌46病変(進行胃癌23病変・早期胃癌23病変で早期胃癌4病変を持つ症例、早期胃癌2病変を持つ症例、早期胃癌・進行胃癌1病変ずつ持つ症例を含む)、良性潰瘍5病変、良性ポリープ2病変(胃癌症例2例に1病変ずつ)で、他に胃炎2症例、粘膜下腫瘍5病変、胃静脈瘤2症例、悪性リンパ腫2病変、胃外性圧迫3症例であった。胃癌であった症例の35例に手術が行われ、1例に内視鏡的粘膜切除術が行われ、合計41病変で病期診断が確定された。

3c.結果

 CSP法の処理時間は1症例につき平均28分(範囲15分-55分)であった。

 i)胃病変の検出率

 進行胃癌は全例(100%)検出できたが、早期胃癌は14病変(61%)、良性潰瘍は3病変(60%)検出できたのみであった。良性ポリープ、胃炎、粘膜下腫瘍、胃静脈瘤、胃悪性リンパ腫、胃外性圧迫に関しては全例検出が可能であった。

 ii)胃病変の質的診断

 進行胃癌は早期胃癌類似型を含め全例(100%)で進行胃癌と診断できたものの、早期胃癌・良性潰瘍の鑑別診断能はそれぞれ48%(11/23)、40%(2/5)であった。良性ポリープ、胃炎、粘膜下腫瘍、胃静脈瘤,胃悪性リンパ腫、胃外性圧迫に関しては全例その鑑別診断が可能であった。

 iii)胃癌手術症例の肉眼病理学的分類との一致率

 病期診断の確定した41病変においてCSP法による肉眼分類を肉眼病理学的分類と比較すると、一致率は進行胃癌で86%(12/14)、早期胃癌では59%(16/27)であった。

 iv)胃癌手術症例の深達度診断の正診率

 深達度診断が可能であった41病変での正診率は54%(22/41)、検出病変のみでは69%(22/32)、T-stagingでは78%(25/32)であった。T-stagingを誤診した7病変中、6病変がoverstagingで、1病変がUnderStagingであった.

III.考察

 従来、胃癌の診断において、上部消化管透視・内視鏡に引き続きCTが病期診断の補助的役割として漿膜外浸潤・リンパ節転移・遠隔転移の診断目的で用いられてきた。当初、CTは胃癌に対して90%から100%の高い検出能・病期診断能を持つと報告されたが、その後の研究では悲観的な結果が相次ぎ,術前診断としてのCTの意義を疑問視する報告も見られた。

 水により胃を伸展させる、dynamic CTの手法を用いる、腹臥位で撮影する、5ml/secというより急速な静注法を用いる、helical CTを用いて5mmスライス厚で撮影する、MPR画像を併用する、などの工夫を組み合わせ胃癌の診断能を向上させるため多くの研究がなされたが、その結果は胃癌全体の検出率で55%から88%、病期診断の正診率ではT-stagingで65%前後,漿膜浸潤で78%から83%にとどまるのみであった。その原因として、CTの空間分解能の低さ、部分体積効果などに加え、CTでは軸位断層像を基本とするため病変が断層面に対して平行に位置するときには著しく診断能が低下することが考えられた。胃癌のvirtual endoscopyに関する報告もあるが、進行胃癌49例中37病変を描出しているものの、幽門部がうまく空気で膨らまず8病変が隠れて検出できず、type4型の進行胃癌3病変と早期胃癌類似型の1病変も描出できなかったとしている。

 Virtual endoscopyの欠点のいくつかをを克服し診断能を改善するため、CSP法を考案した。この方法では、粘膜面の情報から病変の検出能を上げることができ、本研究でも通常のhelical CTの像では早期胃癌は7病変しか見つけられなかったところ(検出率7/23=30%)、CSP法ではさらに7病変を検出することができた。また、CSP法では視方ベクトルに直交するMPR画像が自動的に得られるため,MPR画像の断層情報から通常のvirtual endoscopyのみでは病変と紛らわしい粘液や食物残渣などの偽病変の除外・病変の質的診断・深達度の診断が可能となった。特にSRIを用いることで病変に正確に直交する二方向のMPR画像から深達度診断ができる点は価値が大きい。肉眼分類に関しても粘膜面の性状と断層像による浸潤形式から判定できるので検出病変での肉眼病理学的所見との一致率は88%(28/32)であった。さらにCSP法ではvirtual endoscopyでは観察出来ない液体貯留内の病変の有無を見ることもできる。また、辺縁動静脈の走行に沿ってリンパ節を観察でき、リンパ節転移の系統的な診断が可能と考えられる。病変に直交した断層像が得られるという点からは病変の体積をより正確に計算できる。

 従って、CSP法は胃癌の診断において従来の内視鏡と超音波内視鏡の中間に位置する情報を提供してくれる検査法たりうると考えられ、その適応は早期胃癌よりもより進行した胃癌の診断、特に深達度を含めた病期診断にあるといえる。また、本法は胃のみならず、virtual endoscopyと同様、大腸・気道・側頭骨・血管・尿路などにも応用可能である.更に、液体貯留などに邪魔されない、壁のさらに深部を探索できる、という点から、液体が貯留して拡張した消化管・胆管・尿路・脳室や、瘻孔の探索にも応用が期待できる。

審査要旨

 本研究は,近年helical CTの普及と共に発展してきたvirtual endoscopyの技術が持つ欠点(周囲の情報がわからない、病変の色調がわからない、液体貯留に隠れた病変が見えない、など)のいくつかを克服し、実際の消化管病変の画像診断にさらに役立てるため、virtual endoscopyの画像とその視方ベクトルに直交するMPR画像をほぼリアルタイムに合成するソフトウェアを新しく開発し、胃疾患の診断における最適撮像条件、臨床上の有用性について検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.通常のvirtual endoscopyの画像において、深さを規定することにより、視点のある位置を起点とする視方ベクトル(navigation方向のベクトル)が定められ、さらに視野径を規定することで、視方ベクトルに対し直交し始点を中心とした円を底面とする円柱が空間を削り込む形で取り除かれる。それにより円柱内のvirtual endoscopyの表面画像が除去され、表面画像が円柱の前方の底面と交わる境界の外側に視方ベクトルに直交したMPR画像を張り付けるという新しいソフトウェアを開発し、Computed Sectional Probe(CSP)法と呼ぶことにした。また、視方ベクトルに直交する形の3方向のMPR画像も得られるように改良しSynchronized Reference Images(SRI)と名づけた。

 2.撮像の最適条件を決定するため、櫛型ファントームとポリープ型ファントームを試作し、5種類のスライス厚・ピッチの組み合わせにより撮像した。その結果、臨床の場における胃疾患の撮像には、3mm厚、1.5ピッチが最適と考えられた。

 3.上記の結果から実際のCT検査では、胃を発泡剤で膨らませた後、経静脈的に造影剤を注射しながら、helical modeを用い、スライス厚3mm、1.5ピッチで、一呼吸停止下にスキャンした。CSP法のためにFOVを縮小し、detail algorithmにて1.5mm間隔で画像再構成を行い、胃病変の有無・その質的診断、胃癌と考えられた場合は肉眼分類・深達度の判定を行い、確定診断と比較した。CSP法の処理時間は1症例につき平均28分であった。

 4.内視鏡または上部消化管透視にて胃疾患の疑われた60症例(胃癌46病変、良性潰瘍5病変、良性ポリープ2病変、胃炎2症例、粘膜下腫瘍5病変、胃静脈瘤2症例、悪性リンパ腫2病変、胃外性圧迫3症例)に対してCT検査を行ないCSP法を用いたところ、胃病変の検出率・質的診断に関し、早期胃癌・良性潰瘍を除いて100%の正診率を得た。また、病期診断の確定した胃癌41病変において肉眼病理学的分類との一致率86%(進行胃癌)及び59%(早期胃癌)、深達度診断の正診率54%、検出できた32病変での深達度診断の正診率69%、T-stagingの正診率78%を得た。

 以上、本論文はvirtual endoscopyとMPR画像を組み合わせたCSP法を開発し、粘膜面の表面画像情報と断層増による深部の情報を同時に表示するという特徴から、CSP法が胃疾患の存在診断・鑑別診断・胃癌の病期診断に有用であることを明らかにした。本研究により開発されたCSP法は、胃癌の診断において従来の内視鏡と超音波内視鏡の中間に位置する情報を提供してくれる検査法たりうると考えられ、胃癌の術前診断のみならず、大腸・気道・側頭骨・血管・尿路など他の部位にも応用可能で3次元画像診断全体に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

UTokyo Repositoryリンク