学位論文要旨



No 214546
著者(漢字) 細野,朗
著者(英字)
著者(カナ) ホソノ,アキラ
標題(和) 糖類の腸管におよぼす生理作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 214546
報告番号 乙14546
学位授与日 2000.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14546号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨

 きたるべき21世紀に迎える高齢化社会において,健康体で長生きのできる社会の実現をめざしたQuality of Life(QOL)への意識は,近年その重要性を一層増している.そして予防医学的な見地からも,食生活を基盤としたQOLの充実に果たす役割は大きいと考えられている.現在,「機能性食品」として食品にある特定の生理学的な機能性を付加したものが広く研究・開発されており,食品による生体への生理学的な作用を明らかにするうえで,消化管(腸管)の生理機能を解明することは重要である.本研究では,難消化性糖質であるフラクトオリゴ糖(FOS)の腸管への生理作用に与える影響を,栄養学的なミネラル吸収および腸管免疫の両面から,生物個体または細胞レベルでの解析を行った.また,その糖質の摂取によって腸管内に選択的に増加した菌体成分由来水溶性多糖の腸管免疫系に与える影響を,リンパ球に対するマイトージェン活性をもつ多糖の化学的構造に注目した解析を行った.さらに,腸管免疫系の食餌抗原に対する応答性を大腸と小腸の組織部位による比較をしながら解析を試みた.大腸と小腸は,形態学上の違いだけでなく,存在する腸内フローラの構成にも特徴的な違いが観察され,腸管粘膜における抗原の暴露は組織部位ごとに異なることが予想されるからである.

1.実験動物(ラット)を用いたフラクトオリゴ糖による腸管でのミネラル吸収促進作用の評価

 難消化性のオリゴ糖であるFOSは,その摂取によって腸管内でBifidobacteriumなどのグラム陽性菌を選択的に増殖させるはたらきがあり,ヒトにおける整腸作用や動物モデルでミネラル吸収促進作用などが発現することが知られている.この効果は,健常なラットにおいては特に大腸でCa,Mgなどのミネラル吸収の促進効果,また鉄欠乏性ラットにおいては貧血改善効果として確認されている.そこで本研究では,この効果についての作用機序を明らかにし,さらなる病態モデルにおけるFOSのミネラル吸収促進作用についての有効性を示す目的で胃切除ラットを用いた検討を行い,一般的に胃切除術後患者にみられる胃切除術後骨形成不全および胃切術後貧血に対し,FOSが予防改善できるかどうかを検討した.

 4週齢の雄性SDラットを無作為に2群に分け,それぞれについて外科的処置により胃を切除または,偽手術を施した.胃切除群にはFOSを7.5%含む実験食を,対照群にはFOSを含まないコントロール食をそれぞれ4-6週間与え,試験期間中のCaおよびPのみかけの吸収量を,また,ラット尾採血によりヘマトクリット値およびヘモグロビン濃度,不飽和鉄結合能を測定し,ヘモグロビン再生効率を求めた.また,大腿骨および頚骨のそれぞれの骨密度を測定した.その結果,胃切除によって低下するみかけのCa吸収や,それと相関してみられる骨密度の低下をFOS摂取が有意に抑えることが明らかとなった.さらに胃切除ラットにおいて観察される術後貧血症についても,FOSの摂取によって有意に抑制される結果が得られた.FOSによる術後骨形成不全の予防改善効果は,FOSの摂取によって大腸内での腸内発酵が進み,それにより管腔内pHが低下して不溶性ミネラルが可溶化することが考えられ,これにより,大腸においてCaやMgといったミネラルの吸収が増加する,すなわち胃酸分泌を伴わずに活性化される作用機作が考えられた.Fe吸収促進作用についても胃酸分泌を伴わない効果として観察されたが,詳しいメカニズムの解明にはさらなる研究が必要である.

2.ヒトにおけるフラクトオリゴ糖による腸管でのミネラル吸収促進作用の検証

 FOSのミネラル吸収促進効果がヒトにおいても発現し得るかどうかを検証するために,Ca,Mg摂取後のCa,Mg乳中排泄に及ぼすFOS摂取の影響を観察した.試験は健常男性ボランティア5名に対し,一週間の間隔をあけ対照とFOSについて同一被験者で2回実施した.対照は蒸留水のみを,FOSは蒸留水にフラクトオリゴ糖を10g溶解したものを,いずれもCa 1000 mg(炭酸カルシウム),Mg 500 g(酸化マグネシウム)とともに摂取させ,2時間ごとに採尿した.その結果,Ca,Mgの尿中排泄量はいずれもFOSを摂取した群が摂取2時間後以降に高値を示し,摂取8時間後間での総排泄量において有意に高値であった.また,尿中クレアチニン,ヒドロキシプロリン量とも異常は認められず,FOS摂取によって腎機能や骨吸収の異常はおこっていないことが推察された.したがって,FOS摂取によるCa,Mgの尿中排泄量の増加はこれらCa,Mgの吸収量の増加によるものと考えられ,ヒトにおいてもFOSのミネラル(Ca,Mg)吸収促進作用を発現する可能性の高いことを示唆するものであった.

3.腸管免疫系に作用する糖質の特性とその生理作用の解明免疫賦活効果をもつBifidobacterium属菌由来水溶性多糖の解析

 マウス脾臓細胞の幼若化試験を免疫賦活活性のアッセイ系に用いて,B.adolescentis M101-4,B.pseudocatenulatum MBL8320,B.catenulatum MBL8318の菌体由来画分のマイトージェン活性を検索したところ,いずれの菌株も水溶性画分に高い活性が認められ,それぞれをproteinase K 処理後,各種クロマトグラフィーによる分離を行い,水溶性高分子活性画分(SHF)を精製し,その構成成分を菌体ごとに分析比較した.いずれもグルコースとガラクトースを主成分とする高分子多糖を含んでいることから,その構成糖の結合型を1H-,13C-NMRおよびメチル化分析により解析したところ,構成比が菌株により異なるものの,-4Galp1-(または-5Galf1-),-6Glcp1-が多く,Galf1-,-6Galf1-といったガラクトフラノシドも含んでいる共通性が明らかとなった.さらに,これらは-glucosidasc処理により活性の50%以上が消失がみられたことから,-グルコシド結合を有する糖鎖構造が活性に関与している可能性が示唆された.

FOS摂取によるマウス腸管免疫系への影響の検討

 FOSの摂取によって腸内細菌叢が変化するが,そのことによって腸管免疫系の応答に影響がみられるかどうかを検証するために,マウスにFOSを0,5,10%それぞれ添加した飼料を30日間摂取させ,糞便および腸内容物中の総IgA,血中IgG1およびIgG2a,それぞれのマウスから調製したパイエル板細胞と脾臓細胞のIgA産生能を検討した.その結果,糞便中総IgAは下痢症状がみられなかった5%FOS添加食群において,試験開始4週目にコントロール食群よりも有意な高値が認められ,脾臓およびパイエル板細胞のIgA産生能もFOS食群において高まる傾向が認められた.さらに血中IgG1値はFOS食群で増加傾向がみられ,FOS摂取によってTh2型のT細胞の活性化が誘導されて,その結果IgA産生能が活性化を受けている可能性が推察された.

小腸および大腸における食餌抗原に対する応答

 大腸と小腸ではその形態学的な違いや腸内環境(腸内細菌叢や粘膜層の流動性など)の違いから,免疫応答を誘導する腸内抗原による暴露やその応答性も異なることが予想される.しかし組織部位的な食餌性抗原に対する免疫応答の違いはあまり知られていない.さらに,腸管粘膜免疫系の実効組織である粘膜固有層では,そこに存在するリンパ球(LPL)の食餌抗原に対する応答性は未だ十分に明らかになっていない.そこで,卵白オバルブミン(OVA)に対する特異的T細胞レセプター(TCR)をもつトランスジェニックマウスをモデルに,卵白食またはコントロール食を2週間摂取させ,これらマウスより脾臓細胞(SPL),大腸LPL(L-LPL)および小腸LPL(S-LPL)を調製し,それぞれの細胞表面抗原の発現,またはin vitro培養系でのOVA刺激による各種サイトカインの産生について検討した.卵白食群において,S-LPLではナイーブT細胞マーカーであるCD45RBの発現が増加する傾向がみられ,L-LPLでは活性化T細胞マーカーであるCD44が増加する傾向が認められた.また,大腸LPL(L-LPL)は小腸LPL(S-LPL)に比べ,OVAの刺激によりIL-5およびIL-6の産生が高まる傾向がみられ,大腸と小腸のLPLでは食餌抗原に対する応答性に違いがある可能性があることが推察された.

 以上,本研究をまとめると以下のとおりである.

 (1)難消化性糖類であるFOSの摂取によって,胃切除モデルラットにおいては,術後骨形成不全および術後貧血を完全に予防することができた.

 (2)FOS摂取に伴うCaおよびMgの尿中排泄量が増加がみられたことは,CaおよびMgの吸収量の増加によるものであると推察され,ヒトにおけるミネラル吸収促進作用も発現する可能性の高いことが示唆された.

 (3)Bifidobacterium菌由来水溶性高分子画分には高いマイトージェン活性が認められ,その構成糖には-4Galp1-(または-5Galf1-),-6Glcp1-が多く,Galf1-,-6Galf1-といったガラクトフラノシドも含んでおり,-グルコシド構造の活性への関与が推察された.

 (4)FOSの摂取によって,マウス腸管免疫系においてIgA産生が誘導された.

 (5)大腸と小腸のLPLにおいて,食餌抗原に対する応答はIL-5,IL-6産生において異なっている可能性が考えられた.

審査要旨

 本研究は,腸管に作用する糖類,特にプレバイオティックスとして期待される難消化性糖質のフラクトオリゴ糖(FOS)摂取によるミネラル吸収促進作用の栄養学的な生埋作用を明らかにし,さらにそのFOS摂取によって選択的に腸管内で増加する菌体であるBifidobacterium由来の水溶性高分子多糖について,リンパ球のマイトージェン活性(リンパ球幼若化試験)を指標とした活性画分における構造活性相関を明らかにする目的で,活性画分の精製とその構成糖の構造解析を示し,あわせてFOS摂取によるマウス腸管免疫系へのin vivoでの作用を明らかにしたものであり,全3章から構成されている.

 第1章では,胃切除モデルラットを用い,胃切除術後骨形成不全と術後貧血が見られる病態モデルにおいて,FOS摂取がこれらの症状を予防改善する効果があることを明らかにするとともに,FOS摂取によるCa吸収量の増加と大腿骨および頚骨の骨形成との間に有意な相関関係のあることを示した.さらに,術後貧血の典型的指標である血中ヘモグロビン濃度,ヘマトクリット値,ヘモグロビン再生効率における低下を抑制し,血中生化学データにおける貧血症状を改善する効果を明らかにした.これらの結果と,FOS摂取によるCa結合タンパクの大腸内での発現が誘導されること,Fe結合タンパクやヘムなども大腸内発酵によって産生された短鎖脂肪酸によって影響を受けることなどから,FOSによる効果が胃酸による影響なしに大腸内においてミネラル吸収を促進するものであることを明らかにした.

 第2章では,これまで主にラットにおいてのみFOSのミネラル吸収促進効果が報告されてきたが,ヒトにおいても同様の効果が発現するかどうかを検討する目的で,出納試験に代わる方法としてCaおよびMg負荷による尿中排泄量を観察することによりこの効果を示した。健常人男性ボランティア5人に対し,FOS摂取と非摂取のクロスオーバー方式による試験を行った結果.FOS摂取によって総尿量,尿中クレアチニン量,尿中ヒドロキシプロリン量の変化はみられずに,尿中CaおよびMg排泄量の有意な増加が認められ,腎機能や肯吸収による異常なしにこれらミネラル吸収の促進効果が明らかとなり,ヒトにおけるこの難消化性糖類による効果が発現される可能性が高いことを示した.

 第3章では,FOS摂取によって腸管内で選択的に活性化される菌体であるBifidobacteriumの生理作用のうち免疫系に与える活性について注目し,菌体の水溶性活性成分を精製してその構造活性相関を明らかにする目的で,構成糖の構造的特徴を明らかにした.さらに,FOS摂取によるマウスにおけるin vivoでの免疫系に与える効果を,腸管免疫系の主要な作用因子であるIgAと呼ばれる免疫グロブリン産生に注目した解析によりその効果を示した.Bifidobacterium属菌の3株由来水溶性高分子活性画分には,いずれも分子量48,000以上の多糖が多く含まれており,-4Galp1-,-6Glcp1-の2置換型糖残基の含有率が高い(17.1-40.6%)こと,ガラクトフラノシド(Galf1-.-6Galf1-)を共通して有する特徴を示し,-グルコシド構造が活性に大きく関与していることを明らかにした.また,FOS摂取による腸管免疫系の効果は 腸管内に外分泌されるIgA量を増加させることを示し,プレバイオティックスとしてのFOSが腸管免疫系においても有効な効果をもつ可能性を示した,さらにFOSは主に大腸においてその活性が顕著であることから,これまであまり論じられてこなかった大腸と小腸における免疫系の応答性の違いについても,粘膜固有層リンパ球(LPL)のサイトカイン産生に注目したところ,大腸LPLはインターロイキン(IL)-5およびIL-6産生応答が小腸LPLに比べて顕著に高いことを明らかにし,腸管における組織部位特異性の違いを示した.

 以上,本論文は腸管においてBifidobacteriumとその活性化作用をもつFOSについて.特にその構成成分である糖類に注目し,腸管における栄養学的および免疫学的生埋作用を明らかにすると同時に,免疫学的に活性をもつ水溶性多糖の構造についての新知見を与えたものとして,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって,審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した.

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