温帯域の富栄養化した湖沼やダム湖において、"水の華"または"アオコ"と呼ばれる現象の原因となるシアノバクテリアの代表的な仲間には、単細胞で群体を形成するMicrocystis、糸状体で異質細胞を持つAnabaena、糸状体で異質細胞を持たないOscillatoriaがあげられる。これらの仲間の多くが毒性物質を生産することが知られ、全世界規模で問題とされ、我が国においても、霞ヶ浦、琵琶湖等にも有毒シアノバクテリアが発生している。これら水の華を形成するシアノバクテリアのうち、ユレモ目藻類に属するOscillatoriaの仲間に関する分類と系統を明らかにすることが本研究の目的である。 用いたユレモ目藻類は、自然サンブルから独自に分離した株と、CCAP、NIVA、NIESの各保存機関から取り寄せた株をあわせ82株である。これらの形態学、生理学、生化学、遺伝学的形質を調べた。 形態学的観察と考察の結果82株は、ガス胞を持たないCCAP 1459/11B株と明瞭な鞘を持つCN4-3株を除き次に述べる5種に分類できた。即ち、46株がO.agardhii Gomontに、22株がO.rubescens D.C.ex Gomontに、4株がO.mougeotii Kutzing ex Lemmermannに、6株がO.raciborskii Woloszynskaに、2株がO.redekei Van Goorに分類できた。 O.agardhiiは、藻体の色調が淡青緑色か黄緑色、トリコーム(細胞糸)は先細りになる場合とならない場合がある。大型で多数のガス胞を有し、先端の細胞の形は様々で、狭い半円形、鈍円錐形、頭状形をなす。細胞の幅は2.3-9.8m、長さは1.3-5.1mで長さと幅の比率は1/3.1倍である。 O.rubescensは、藻体の色調が赤紫色か赤褐色であることを除くとO.agardhiiに酷似する。細胞の幅は3.9-9.4m、長さは1.1-4.9mである。 O.mougeotiiは、小型で多数のガス胞を有し、藻体の色調は暗青緑色から濃青緑色あるいはオリーブ色、トリコームは先細りにならない。先端の細胞は幅の広い半円形でカリブトラはない。細胞の幅は5.9-7.8m、長さは1.5-3.6mで長さと幅の比率は1/3-2/3倍である。 O.raciborskiiは、小型で比較的潰れやすい多数のガス胞を有し、藻体の色調は淡青緑色から黄緑色で、トリコームは先細りとなる。先端の細胞は鈍円錐形でときに湾曲し、カリプトラはない。細胞の幅は5.4-12.2m、長さは1.7-6.9mで長さと幅の比率は2/7-1倍である。 O.redekeiは、通常細胞の両端に2個、大型のガス胞を有し、藻体の色調は淡青緑色から茶褐色、トリコームは真直で、先細りとならず、先端の細胞は狭い半円形で、カリプトラはない。細胞の幅は1.8-2.7m、長さは5.4-14.3mで長さと幅の比率は3.7倍である。 前述の5種に関して、生理学、生化学的形質を調べた。その結果、化学及び光従属栄養ならびに窒素化合物欠乏条件下で5種全てが増殖せず差異が認められなかった。 生育温度は、O.agardhiiのほとんどの株とO.rubescens、O.redekeiの全ての株が10℃で増殖したのに対し、ほとんどのO.mougeotiiとO.raciborskiiの全ての株は、10℃で増殖しなかった。 塩分耐性は、O.agrdhii、O.rubescens、O.raciborskiiのほとんどの株が、0.78%まで増殖したのに対し、O.redekeiは0.26%までしか増殖せず、逆にO.mougeotiiは、1.28%まで増殖した。 フィコピリン色素組成は、O.redekeiを除き、O.agardhiiとO.raciborskiiではフィコエリスリン(PE)を含まず、O.rubescensでは大量のPEを含み,O.mougeotiiでは少量のPEを含んだ。また、O.redekeiだけが色順応反応を示した。この結果、フィコピリン色素組成と色順応能力の有無は、重要な分類形質となりうることがわかった。 シアノバクテリアの脂肪酸の主要含有パターンは、4タイプに分かれることが知られており、タイプ1は18:0と18:1を、タイプ2は18:0から18:3を、タイプ3は18:0から18:3を、タイプ4は18:0から18:4を持つことで特徴づけられる。さらに、マイナーな違いでサブタイプを区別した。Aは16:0から16:3を、Bは16:0から16:2を、Cは16:0と16:1を持つことで特徴づけ、このほかに14:0が多く16:1*を持つ場合をDとした。O.agardhiiとO.rubescensはタイプ2B、O.mougeotiiはタイプ2C、O.redekeiはタイプ2Dとすべてタイプ2となり脂肪酸組成上近い関係であることが考えられたが、O.raciborskiiはタイプ4となり、離れた関係であることが示唆された。5種のうち4種を脂肪酸組成の違いで識別できたことで、脂肪酸組成は分類形質として有効であることがわかった。 遺伝学的形質として、DNA塩基組成、16S rDNAならびに、DNA gyrase B遺伝子塩基配列に基づく系統解析、DNA-DNA相同性試験を行った。DNA塩基組成の結果、O.raciborskiiは約44%で他の種は約40%と完全に異なることが判明した。 16S rDNA塩基配列による系統解析で、O.agardhiiの大部分の株とO.rubescensの株全てが同じO.agardhii/rubescensクラスターを作り、これとは別にO.agardhiiのタイの株と中国の1株がThai-O.agardhiiクラスターを作った。O.mougeotiiは単独でクラスターを形成した。これらはそれぞれ姉妹群の関係となり、一つの大きな系統群を形成した。これに対してO.raciborskiiは独自のクラスターを形成し、独立した系統群として現われた。また、O.redekeiはさらにかけ離れた位置に現われた。 O.agardhii、O.rubescens、O.mougeotiiについて、DNA gyrase B遺伝子塩記配列に基づく系統解析を行った。O.agardhii/rubescens、Thai-O.agardhii、O.mougeotiiはそれぞれ単一のクラスターを形成した。O.agardhii/rubescensクラスターはO.agardhiiだけを含むサブクラスターとO.agardhiiとO.rubescensを含むサブクラスターに分かれた。この結果、O.mougeotiiとThai-O.agardhiiはそれぞれ良くまとまった分類群を形成していると考えられた。Thai-O.agardhiiは表現形質でO.agardhiiと区別できなかったため分類群の名前を暫定的に"O.pseudagardhii"とした。 O.agardhiiとO.rubescensは16S rDNAおよびDNA gyrase B遺伝子塩基配列による系統解析でも差異が認められなかったので、DNA-DNA相同性試験を行った。O.agardhiiのNIES 204株を基準にし、O.agardhiiの10株との相同性試験の結果、すべて70%を超える同種の関係を示した。O.agardhii NIES 204株とO.rubescens CCAP 1459/22株の両者を基準にし、O.rubescens 5株との相同性試験の結果、NIES 204株とは44.0-53.8%の相同値で70%未満の別種の関係、CCAP 1459/22株とは79.4-98.1%で、70%を超える同種の関係を示した。以上のことから、O.agardhiiとO.rubescensは系統的には極めて近縁だが、別種の関係にあると判断された。 また、水の華を形成するOscillatoriaに関連したLyngbya hieronymusii var.hieronymusii CN 4-3株とO.bornetii f.tenuis CCAP 1459/11B株についても形態、生理、生化学、遺伝学的形質の結果を得た。これら関連する分類群を含め、16S rDNA塩基配列データを用いて系統樹を作成した(図1)。この結果、O.agardhii、O.rubescens、"O.pseudagardhii"、O.mougeotiiは一つの系統群を形成し、同一の属と考えられた。O.raciborskiiは離れて現われ(図1)、表現形質でも他の5種とは異なり別属とすべきと考えられた。O.redekeiは系統樹のなかでは外群に最も近い位置に現われ(図1)、表現形質でも異なることからかなり離れた分類群であると考えられた。さらに、16S rDNA塩基配列データによる系統樹から、Oscillatoria属あるいはユレモ目は単系統ではなく、多系統であることが示された(図1)。このことはシアノバクテリアにおける高次分類基準である目、科、属の概念が形態学的特性にのみ依存していることが、不適切であることを意味している。 図1 16S rDNA塩基配列、1330塩基に基づくシアノバクテリアの最尤系統樹。枝に付けられた数値はローカル・ブートストラップ値を示す。太字で示したのが、本研究で16S rDNA塩基配列が明らかになった分類群である。 本研究を通じて、水の華を形成するシアノバクテリアであるユレモ目藻類の分類と系統がかなり明らかになった。応用面では、今回の研究で明らかになった結果をもとに、水の華を形成するOscillatoriaは、形態学的特性と16S rDNA塩基配列の組み合わせで簡便に識別できることが言えよう。 |