神経細胞は、高度に特殊化した細胞であり、何らかの要因で死滅しても自己増殖によって補うことができない。この神経細胞の特殊化や生存を支えるのに働くのが、NGFをはじめとする神経栄養因子(neurotrophic factor)である。したがって神経細胞死を伴う各種神経疾患に対して、神経栄養因子は治療薬となり得る可能性を有している。しかし、神経栄養因子はポリペプチド性化合物であり、血液脳関門を通過できないことや、大量の試料の調製が困難ということが大きな障害となっている。また一方で、神経栄養因子のシグナル伝達経路は複雑で全貌解明には至っておらず、神経細胞に対して特異的に働く低分子プローブの開発が望まれている。 そこで著者は神経栄養因子のシグナル伝達機構の解明に役立つプローブや、各種神経疾患治療薬へ繋がる可能性のある神経栄養因子様活性を持つ低分子化合物の探索を実施した。 スクリーニングでは、ラット副腎髄質褐色細胞腫より株化され、NGFに対して神経突起を伸展する能力を持つPC 12細胞を選定した。PC 12細胞は、細胞が脆弱であるために低濃度のサンプルしか試験できない欠点を有するが、この欠点に関してはスクリーニング時に低濃度の血清を加えることや、細胞をあらかじめNGFで処理すること、ならびにアポトーシス抑制機能を持つBcl-xL遺伝子を導入したPC 12細胞を用いるなどして克服した。このようにして構築したスクリーニング法に従い、神経突起伸展を指標にして微生物代謝産物を主とする天然物から広くスクリーニングを行った。その結果、nerfilin、pyrisulfoxin、neuchromeninおよびBY化合物の4化合物を活性成分として見い出した。 nerfilinは、あらかじめNGFでプライミング処理したPC12細胞に対して、神経突起の伸展を誘導する物質の探索において、土壌分離菌DQ-90株の培養液から見い出された。DQ-90株は、その微生物学的性状によりStreptomyces halstediiと同定した。nerfilinを培養液から精製し、その構造はNMRを中心とする各種スペクトルデータによる解析から決定した。本化合物はペプチド性の新規化合物であり、nerfilinと命名した。 図表nerfilin I / nerfilin II nerfilin Iは、プライミング処理を施したPC 12細胞に対して0.05〜0.5g/mlの濃度範囲で神経突起を誘導した。一方、nerfilin Iの末端ホルミル基がヒドロキシメチル基に置換したnerfilin IIには同活性が認められず、nerfilin Iの活性発現に末端のホルミル基が必要であることが明らかとなった。nerfilin Iは、プライミングしたPC 12細胞にしか作用しないことや、48時間前後で突起進展が停止することから、内在性NGFの作用を維持するように働いているものと思われる。神経突起伸展にある種のプロテアーゼが関与している可能性が報告されており、nerfilinはプロテアーゼ阻害活性を有していることから、nerfilin神経突起伸展に関する作用点はある種のプロテアーゼである可能性が考えられる。nerfilinの作用点を解明することで、NGFのシグナル伝達に関与するプロテアーゼの解明に繋がることが期待される。 pyrisulfoxinは、nerfilinと同じくあらかじめNGFでプライミング処理したPC 12細胞の神経突起を伸展する物質の探索において、土壌分離菌BS-75株の培養液から見い出された。生産菌であるBS-75株はその微生物学的性状よりStreptomyces californicusと同定した。pyrisulfoxinを培養液から精製し、NMRを中心とする各種スペクトルデータによる構造解析の結果、本化合物は2,2’-dipyridyl骨格にオキシムまたはニトリル、メチルスルフォキシド、メトキシを置換基に持つ新規化合物であり、pyrisulfoxinと命名した。 図表pyrisulfoxin A / pyrisulfoxin B pyrisulfoxin Aは、0.5〜1.0g/mlの狭い濃度範囲において、試料添加後24時間で、細胞体の両極から直線状に神経突起を伸展する活性が認められたが、細胞毒性も強く、24時間以降は徐々に細胞が死滅した。一方、pyrisulfox Aのオキシムがニトリルに置換したpyrisulfoxin Bには同活性および毒性のどちらも観察されなかったことより、活性および細胞毒性の発現にはオキシム部分の構造が必要であることが明らかとなった。 Pyrisulfoxinの示す活性は、staurosporineの示す活性と類似しており、同様の作用点を有する可能性がある。pyrisulfoxinの構造を変換し、細胞毒性と神経突起伸展活性を切り離すことができれば、神経突起伸展のメカニズム解明に役立つ低分子プローブとしての利用が期待できる。 neuchromeninは、細胞のアポトーシスを抑制する機能を持っBcl-xL遺伝子をトランスフェクトしたPC 12CBX-1細胞に対して、神経突起伸展を誘導する物質の探索において、土壌分離菌PF 1181株の培養液から見い出された。生産菌であるPF 1181株はその微生物学的性状よりEupenicillium javanicumと同定した。neuchromeninを培養液から精製し、NMRを中心とする各種スペクトルデータによる構造解析の結果、本化合物はピラノベンゾピラン骨格を持つ新規化合物であることが判明し、neuchromeninと命名した。 neuchromenin neuchromeninは、2.5〜10g/mlの濃度範囲でPC 12CBX-1細胞の神経突起伸展を誘導した。neuchromeninの活性は、48時間以降の継続した突起伸展が観察されないことから弱い活性であるが、これまで報告された神経突起伸展活性物質と構造上の類似点が少なく、これまでの化合物と違った作用点を有する可能性が考えられる。neuchromeninの作用点を解明することで、神経突起伸展メカニズムの解明に利用できる新しい低分子プローブとなりうる可能性がある。 BY化合物は、neuchromeninと同じくPC 12CBX-1細胞に対して、神経突起伸展を誘導する物質の探索において、タイ産の生姜科植物Amomum kravanhの果実(ビャクズク)から見い出された。BY化合物をビャクズクのメタノール抽出物から精製し、NMRを中心とする各種スペクトルデータによる構造解析の結果、活性物質は4-ene-3,6-dione構造を持つ3種の既知のステロイド化合物であることが判明した。 BY化合物は2.5〜20g/ml程度の濃度範囲でPC 12CBX-1細胞の神経突起を誘導した。この神経突起伸展は、nerfilin、pyrisulfoxin、neuchromeninと比較して最も顕著であり、BY化合物添加後120時間まで継続した突起伸展が見られるなど、作用の点でもNGFの活性に近いものであった。さらに、NGFとBY化合物を共に添加すると、相乗的な突起伸展効果が見られ、優れた活性を示した。 BY化合物の活性発現は、今回同時に単離されたステロイド母核の4位の2重結合が還元された化合物には活性が認められなかったことから、この部分の共役ジケトンが重要であることが判明した。また、BY化合物は、NGFと共に添加することによって相乗的な効果が得られ、NGFのシグナルを増幅する効果を有すると考えられる。 BY化合物以外にも酸化型ステロイド化合物が、神経細胞に対して様々な作用を示すことが報告されている。BY化合物を含めた酸化型ステロイド化合物の構造と活性の関係を詳細に調べることは、より強い神経栄養因子用活性を持つ、低毒性の低分子化合物の開発に繋がるものと期待される。 図表BY1-1 (ergost-4-ene-3,6-dione) / BY1-2 (stigmasta-4,22-diene-3,6-dione) / BY2 (stigmast-4-ene-3,6-dione) 本スクリーニングは、PC 12細胞の脆弱性を克服した系を用いたところに特徴があり、nerfilin、pyrisulfoxin、neuchromeninおよびBY化合物の4つの活性成分を発見した。いずれの活性成分も活性に強弱はあるものの、神経突起伸展活性を示し、これら活性成分の作用点を明らかにしていくことで、神経突起伸展のメカニズム解明や各種神経疾患の治療薬としての利用に繋がることが期待される。さらに、これら4化合物は、構造的に異なった化合物であり、今後も探索を継続することによって、新規骨格を有する物質が見出されることも期待される。 |