学位論文要旨



No 214554
著者(漢字) 平石,和昭
著者(英字)
著者(カナ) ヒライシ,カズアキ
標題(和) 都市鉄道の整備水準及び整備のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 214554
報告番号 乙14554
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14554号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 太田,勝敏
内容要旨

 ドイツ、フランスをはじめとする欧州の地方都市圏では、自動車がもたらす大気汚染や交通事故等の社会的費用の軽減、運輸エネルギー消費の節約、中心市街地の活性化、高齢者・移動制約者のモビリティの確保等を理由として、都市鉄道整備への傾斜が見られる。日本の地方都市圏でも、自動車の社会的費用の軽減や中心市街地の衰退等は深刻であり、こうした課題への対応として、都市交通分野でも都市鉄道等公共交通の再構築をどのように進めていくかを真剣に検討すべき段階にある。しかし、既存研究においては、複数の都市圏間比較による都市鉄道整備水準の客観的な把握・整備目標の設定やその目標実現に向けた都市鉄道整備のあり方を総合的に論じたものは見られなかった。

 そこで本研究では、欧州との国際比較により日本の地方都市圏における都市鉄道整備上の課題を明らかにするとともに、整備水準を計測する指標を新たに提案し、それを用いた整備目標設定の考え方を示した。また、その目標の達成に向けて、インフラストラクチャー、サービスの両面にわたる具体的な都市鉄道整備の方向を示し、その実現に向けた利用促進方策及び整備方策のあり方を明らかにした。本研究で得られた具体的な成果は以下のようにまとめられる。

 「都市鉄道の整備状況及び整備制度の国際比較」では、「なぜ、日本の地方都市圏で都市鉄道整備は遅れているのか」という問題提起を行い、地方中枢都市圏として福岡とドイツのフランクフルト、地方中核都市圏として高知とフランスのストラスブールをとりあげ、これら2都市圏間で都市鉄道の整備状況や整備制度を比較・検討し、日本の地方都市圏の都市鉄道が抱える課題及び都市鉄道改善への示唆を得た。

 欧州では、「公共交通v.s.私的交通」という構図の下に、公共交通体系の中で郊外鉄道、地下鉄、路面電車等が位置づけられ、都市圏全体として良好なネットワークを形成しているのに対して、日本では、「交通事業者v.s.交通事業者」という構図の下に、各交通事業者の自主性を重視した交通政策が行われている結果、都市圏全体としての都市鉄道ネットワークの利便性が相対的に低下している。その要因として、国や地方政府による都市圏交通への関与の程度の違い、都市圏全体としての一貫した交通政策指針の有無、補助・財政制度の違い、都市圏単位での都市交通政策の立案・実施の有無を指摘した。

 「都市鉄道の整備水準評価」では、「日本の地方都市圏の都市鉄道はどの程度の整備水準を目指すべきか」という問題提起を行い、CBDへの一般化費用に着目した都市鉄道整備水準指標を提案した。鉄軌道分担率との相関を分析することにより、この指標の有効性を確認した。同一時点かつ同一方法によって複数都市圏を比較することで、各都市圏における都市鉄道整備水準の客観的な数値による評価及び目標水準の設定が可能になったと考えている。

 さらに指標を用いて、全国29の地方都市圏を対象として都市鉄道整備水準の評価を行い、多くの日本の地方都市圏の都市鉄道において、アクセス利便性とフリークエンシー・乗換え利便性に課題があることを指摘した。また、フランクフルトと札幌、仙台、広島、福岡の各都市に対して指標を適用し、整備水準の格差を定量的に明らかにした。

図1 CBDまでの距離あたり平均一般化費用

 「人口・従業者分布構造からみた都市鉄道指向性の評価」では、都市圏特性を表現する基本的な指標として人口・従業者分布構造に着目し、各特性に応じた都市鉄道への指向性を定量的に評価した。メッシュ統計データを活用することで従来の都市圏レベルのマクロ指標を用いた場合よりも詳細に都市圏構造を表現した上で、「どのような特性を有する都市圏で都市鉄道整備を重視すべきか」という問題提起に対して定量的に分析できる方法を提案した。

 また、都市圏内の人口密度と都市鉄道整備水準をメッシュ単位で分析することにより、「各都市圏では、どの地域に、どのようなシステムを整備することが望ましいか」という問題提起に対する回答を導出する方法を提案した。この方法では、既設都市鉄道への近接性を取り込むことにより、「新線整備を検討すべき地域(新線整備地域)」と「既設鉄道のサービス水準の向上を図るべき地域(既設路線改良地域)」とに区分して表現することが可能である。

 「都市鉄道の利用促進方策への示唆」では、「都市鉄道の利用を促進するために、どのような都市圏でどのようなサービスの改善や関連施策をどの程度行うべきか」という問題提起を行い、複数の都市圏を対象に旅客需要と駅勢圏特性の関係を定量的に分析した上で、都市鉄道の利用促進方策に関する示唆を得た。

 駅勢圏での人口密度向上(駅勢圏での密度政策)については、単純に駅勢圏の人口密度を高めるだけではなく、鉄軌道分担率の向上に結びつくような密度施策をとることの重要性を確認した。また、駅からの距離と鉄軌道分担率との間には密接な関連性があること及びその距離は都市鉄道システムによって異なることを明らかにした。

 都市鉄道サービスの改善によるモーダルシフトの促進については、都市鉄道と自家用車のトレードオフ関係が有意に説明できた複数の都市圏を対象として、アクセス利便性、高速性、フリークエンシー・乗換え利便性、低廉性に関する一般化費用ベースでの具体的な改善目標値を示した。自家用車利用への負荷の増大によるモーダルシフトの促進についても、各都市圏ごとに経済的施策及び制度的施策に関する一般化費用ベースでの具体的な改善目標値を示した。自家用車の利用コストあるいは保有コストにかかる経済的施策に対する鉄軌道分担率の感度は都市圏ごとに有効性が異なり、公共交通への指向性が高い都市圏ほど感度が良好でかつ施策が有効である。また、自家用車への負荷の増大によるモーダルシフト施策としては、燃料税や保有税の増徴といった経済的施策に加えて、都心部への自家用車乗り入れ規制等の制度的施策も併せて行うことが必要であることを示した。

表1 都市鉄道一般化費用の削減目標値試算例

 「都市鉄道の整備方策への示唆」では、「地方都市圏においてどのように都市鉄道整備を行うべきか」という問題提起を行い、都市鉄道整備方策への示唆を明らかにした。まず、社会資本としての都市鉄道に対する政府介入の経済学的な根拠を整理し、特に地方都市圏における都市鉄道を対象として、政府介入の重要な根拠となる都市鉄道の効果を示した。

 次いで、AHP(Analytic Hierarchy Process)を用いて、都市鉄道整備に関する地方公共団体の交通政策担当者の意識構造の変化を定量的に分析した。従来は多くの都市圏で「事業者の視点」が重視されてきたが、今後は「利用者の視点」や「社会の視点」の重要度が高まり、「事業者の視点」を含めてこれら3つの視点間のバランスに配慮すべきだと考えている交通政策担当者が多いことを明らかにした。

 さらに、地方都市圏における都市鉄道整備水準の向上に向けて、公共交通相互の連携、公共交通政策とマイカー政策の連携、都市交通政策と都市計画・土地利用政策の連携、都市圏での市町村・交通事業者の連携という4つの連携が必要であることを提案した。特に、日本において都市鉄道整備の重要性に関する意識改革を進めるためには、全国の地方都市圏の手本となるモデル都市圏を整備することが重要であることを提案した。

図2 評価視点別重要度の変化(対象都市圏平均)

 以上の成果により、本研究は、地方都市圏における都市鉄道の整備水準及び整備のあり方を考察する際に、客観的な評価や計画策定の一助になりうるものと考える。

審査要旨

 本論文は、大都市圏に比較して整備が遅れていると指摘されている地方都市圏の都市鉄道に着目し、整備目標の設定に寄与する整備水準指標を新たに開発・提案するとともに、インフラストラクチャー、サービスの両面にわたる具体的な整備の方向及びその実現に向けた利用促進施策・整備方策のあり方を総合的に論じたちのである。

 本論文の成果として評価し得る点は、以下のようにまとめられる。

 (1)第2章では、従来ほとんど行われてこなかった特定の都市圏間での比較に着目し、福岡とフランクフルト、高知とストラスブールをとりあげて都市鉄道の整備状況や整備制度を具体的に比較・検討することにより、日本の地方都市圏の都市鉄道が抱える課題及び都市鉄道改善への示唆を示している。欧州では、「公共交通対私的交通」という構図の下に、公共交通体系の中で郊外鉄道、地下鉄、路面電車等が位置づけられ、都市圏全体として良好なネットワークを形成しているのに対して、日本では、「交通事業者対交通事業者」という構図の下に、各交通事業者の自主性を重視した交通政策が行われている結果、都市圏全体としての都市鉄道ネットワークの利便性が相対的に低下している。本論文では、その要因として、国や地方政府による都市圏交通への関与の程度の違い、都市圏全体としての一貫した交通政策指針の有無、補助・財政制度の違い、都市圏単位での都市交通政策の立案・実施の有無を指摘している。

 (2)第3章では、地方都市圏における交通政策上の重要課題であるCBDへのアクセスに着目し、一般化費用概念を用いた都市鉄道整備水準指標を開発・提案している。メッシュ統計を用いることで人口分布構造と鉄軌道ネットワークとの近接性を指標に取り込んでおり、従来用いられてきた指標に比較して鉄軌道分担率との相関も良好な結果を得ている。この指標は、同一時点かつ同一方法による複数都市圏間の比較を可能としており、各都市圏における都市鉄道整備水準の定量的な評価及び目標水準の設定に役立つものと考えられる。

 (3)第4章では、メッシュ統計の活用によって詳細に都市圏構造を表現した上で、CBDからの距離と人口集積の関係分析を踏まえて抽出された「都市鉄道適用領域」の面積を用いて、都市鉄道への指向性を定量的に評価している。都市鉄道適用領域は、既設路線への近接性を考慮して「新線整備地域」と「既設路線改良地域」に区分して表現されており、特にその形状を視覚的に捉える手法を開発した点は、都市鉄道にかかる計画策定に役立つものと考えられる。

 (4)第5章では、都市鉄道と自家用車のトレードオフ関係について分析し、両者の関係が有意に説明できた複数の都市圏を対象として、都市鉄道サービスの改善施策及び自家用車利用への負荷増大施策に関する目標を明らかにしている。前者については、都市鉄道にかかるアクセス利便性、高速性、フリークエンシー・乗換え利便性、低廉性について、一般化費用による具体的な数値で改善目標が示されている。後者については、各都市圏ごとに経済的施策(燃料税増徴、保有税増徴)及び制度的施策(自家用車の都心部乗り入れ規制)に関する具体的な目標値が示されている。施策の有効性は都市圏ごとに異たっており、特に経済的施策については、自家用車への指向性が高い都市圏ほど保有税増徴よりも燃料税増徴の方が有効であることが示されている。

 (5)第6章では、AHPを用いて都市鉄道整備に関する地方公共団体の交通政策担当者の意識構造の変化を定量的に分析している。従来は多くの都市圏で「事業者の視点」が重視されてきたが、今後は「利用者の視点」や「社会の視点」の重要度が高まり、「事業者の視点」を含めてこれら3つの視点間のバランスに配慮すべきだと考えている交通政策担当者が多いことを明らかにしている。また、本論文の成果を総括して、地方都市圏における都市鉄道整備への示唆が示されている。整備水準の向上を図るためには、公共交通相互の連携、公共交通政策とマイカー政策の連携、都市交通政策と都市計画・土地利用政策の連携、都市圏での市町村・交通事業者の連携という4つの連携が必要であり、全国の地方都市圏の範となるモデル都市圏を整備することが重要である点を指摘している。

 以上の成果により、本論文は、地方都市圏における都市鉄道の整備水準及び整備のあり方を考察する場合に、定量的な評価や計画策定の一助になり得るものと考えられる。特に、地方都市圏における都市鉄道の計画・整備において、実務者が極めて簡便かつ合理的に活用可能な手法が示された点を考慮すれば、本論文の成果は今後の地方都市圏における都市鉄道整備の推進に少なからぬ貢献をし得るものと評価される。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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