学位論文要旨



No 214555
著者(漢字) 大幢,勝利
著者(英字)
著者(カナ) オオドウ,カツトシ
標題(和) 風が建設工事の施工性に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 214555
報告番号 乙14555
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14555号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨

 建設工事は屋外作業が多いため天候の影響を受けやすく,従来から強風時の足場の安定性が問題となっていた.そのため,約20年前に足場の安定性に関する研究が行われ安全技術指針が作成されたが,近年においても風による飛来・落下や墜落およびクレーンの倒壊などとともに足場の倒壊災害が多発しており,新たな安全対策が求められている.

 このような安全重視の考えから,一歩進んで作業面にも目を向けると,近年はランドマークタワーや明石海峡大橋主塔などの超高層化した塔状構造物が建設されているが,これらの施工時には作業の安全に加え風に対する作業効率や作業環境も問題となっている.

 本研究では,建設工事中の施工性に関し,特に風が施工時の安全や作業効率・作業環境に及ぼす影響について事例調査や現場調査などを通して現況把握を行った.また,その結果浮かび上がった問題点を究明するための研究を行い,施工時の対策について検討した.

 風が建設工事の安全に及ぼす影響を調べるため,1997年以前の近年10年間と1980年以前の過去10年間に建設業において発生した労働災害の中から,風による死亡災害や重大災害の発生状況を調査し,過去から現在までの風による労働災害の発生状況の変化を調べた.このような労働災害中心の分析に加え,統計的には把握しづらい建設工事に起因する風による公衆災害についても事例的に分析した.また,海外にも目を向けてENRに掲載された災害を調査した.その結果,我が国の重大災害の中で墜落災害に次いで大きな問題である倒壊災害の内,過去も近年も約10%は風によるものでありその比率に変化はなかった.ENRに掲載された災害についても調べると,倒壊災害の内,風によるものが同様に約10%を占めており,建設工事に関連した風による倒壊災害は,我が国と海外の共通の問題点であることがわかった.さらに,倒壊災害の内容について調べると風による足場の倒壊が問題となっており,連鎖的な倒壊により多数の死傷者を出す大規模な災害が発生していることがわかった.そこで,このような大規模な倒壊災害を防止するために,足場の連鎖的な倒壊現象を,並・直列システムによりモデル化し信頼性解析を行い,足場の構造システム全体の安全性を確率的に評価した.その結果,風速毎に壁つなぎの配列とシートやネットの充実率を変えてシステム破壊確率を求めた結果,現行の設計方法による部材毎の応力照査で安全性が確認された場合でも,構造システム全体の安全性について検討すると,システム破壊確率が社会的に許容される破壊確率を越えることもあることがわかった.

 以上の調査・解析より,風による足場の倒壊災害防止対策を以下のように提案する.

 (1)労働基準監督署に設置計画の届出が必要な構造物の倒壊はほとんどみられなかった.このため,風による足場の倒壊災害防止対策として,足場が道路上に倒壊する大惨事を防止するためには,計画届の適用範囲を変更し,壁面塗装工事など60日以内に終わるものでも,下部の道路の交通量に応じ足場設置の計画の届出を必要とすべきである.

 (2)足場の施工時に,壁つなぎ材などを安易に取り外したり取り付け忘れたりしないよう,作業主任者だけでなく作業員に対しても,それぞれの部材がどのような役割をしているかについてより高度な教育を行う必要がある.

 (3)作業マニュアル等では,壁つなぎを2層2スパン毎に取り付けることを推奨しているが,足場をメッシュシートや養生シートで覆う場合に,2層2スパン毎の取付でも連鎖的な倒壊に対し社会的な安全水準を満足するためには,壁つなぎの強度が規格品の認定基準の2倍程度のものを使用する必要がある.

 風が建設工事の作業効率・作業環境に及ぼす影響に関しても調査を行い,我が国の代表的な超高層ビル,橋梁主塔の現場を対象に,天候状況が作業効率や作業環境にどのような影響を及ぼしているかについて現況把握を行った.このため,現場調査やアンケート調査などを行い,悪天候による作業中止の割合やその内容の割り出し,および天候が作業員自体に及ぼす影響について調べた.その結果,明石海峡大橋主塔やランドマークタワーなど高さ300m近くにもなる構造物の施工時には風や雨により約15%の作業が中止になっており,他の超高層構造物が10%以下であるのに比べ非常に高くなった.この原因について作業内容ごとに天候に対する影響を調べた結果,明石海峡大橋主塔の場合は,風により足場の解体作業が,ランドマークタワーの場合は,雨により溶接作業が大きな影響を受けていた.作業環境について作業員に対するアンケート調査を行った結果,「風,雨」など作業の「安全」に関するものに比べ,「暑さ,寒さ」など作業に「苦痛」を伴うものについては,現場でほとんどほとんど配慮されていないことがわかった.さらに,超高層化した橋梁主塔の施工時には強風による構造物の揺れという問題が発生しており,現場ではこの問題の解決手段として制振装置を設置しているが,それにも関わらず溶接作業に支障が出た現場もあった.

 この問題を解決するため,風による構造物の揺れに対する作業性について,人間工学的な実験を行うことにより検討した.このため,直線描き作業及び溶接作業と立位姿勢保持の限界の加速度を周波数毎に求めた.その結果より,直線描き作業の限界を建設工事における風による構造物の揺れに対する作業限界,立位姿勢保持の限界を同作業危険限界と考え,周波数0.1〜2.0Hzの範囲で限界曲線として提案した.この限界曲線より,白鳥大橋やレインボーブリッジの架設時には,周波数によって作業限界を越えている場合もあったことがわかった.作業限界の曲線より考えると,工事中に0.3〜1.0Hz程度の揺れが発生すると予想されかつ溶接作業を行う場合には,制振レベルを白鳥大橋やレインボーブリッジで設定された10cm/s2より上げて6cm/s2程度にすることが望ましい.

審査要旨

 建設工事中での災害は労働災害に占める割合が大きく,その低減は重要な社会的課題である.

 建設工事は屋外作業となることが多く,天候の影響,特に風の影響を受けやすい.20年前に足場などに対する安全技術指針が作成されたが,近年においても風による飛来・落下や墜落おまびクレーンの倒壊や足場の倒壊災害などが依然として発生しており,新たな安全対策が求められている.また,近年建設が盛んな搭状高層構造物では,架設時の作業効率や作業環境にも風が大きく影響することも報告されている.

 このような背景のもとに,施工中の構造物における風の影響を低減するための方策をソフト面だけではなく,ハード面からも系統的に検討したのが本論文である.

 一章では,論文の背景や目的を述べている.

 二章では,建設工事中の施工性に関し,特に風が施工時の安全や作業効率・作業環境に及ぼす影響について事例調査や現場調査などを通して現況把握を行っている.まず,風が建設工事の安全に及ぼす影響を調べるため,風による死亡災害や重大災害の発生状況を調査し,過去から現在までの風による労働災害の発生状況の変化を調べている.このような労働災害中心の分析に加え,建設工事に起因する風による公衆災害についても事例的に分析した.またアメリカの技術誌ENRに掲載された,海外での災害を調査した.その結果,1)我が国の倒壊災害の内,約10%は風によるものであり,その比率に変化はないこと,2)ENRに掲載された災害についても倒壊災害の内,風によるものが同様に約10%を占めており,3)建設工事に関連した風による倒壊災害は,我が国と海外の共通の問題点であることを明らかにした.さらに,倒壊災害では風による足場の倒壊例が多く、連鎖的な倒壊により多数の死傷者を出す大規模な災害が発生していることを指摘している.

 そこで,三章では,このような大規模な倒壊災害を防止するために,足場の連鎖的な倒壊現象を,並・直列システムによりモデル化し信頼性解析を行い,足場の構造システム全体の安全性を確率的に評価している.その結果,風速毎に壁つなぎの配列とシートやネットの充実率を変えてシステム破壊確率を求めた結果,現行の設計方法による部材毎の応力照査で安全性が確認された場合でも,構造システム全体の安全性について検討すると,システム破壊確率が高く,社会的に許容される破壊確率を越える場合もあることなどを示している.

 これらの事例調査やシステム信頼性解析より,風による足場の倒壊災害防止対策の改善の方向として,

 1)現状の架設期間による届出制を改め,その事故の影響度に応じた届け制にすべきである.

 2)足場の施工時における,安易な壁つなぎ材の取り外し・取り付け忘れなどに起因する事故も多く、法的規制には隊界がある.実際に作業する作業員に対して入念な教育を行う必要がある.

 3)作業マニュアル等では,壁つなぎを2層2スパン毎に取り付けることを推奨しているが,メッシュシートや養生シートを用いる場合,連鎖的な倒壊を防ぐためには,壁つなぎの強度が規格品の認定基準の2倍程度のものを使用する必要がある.

 を提案している.

 四章では,風が建設工事の作業効率・作業環境に及ぼす影響に関しても調査を行い,我が国の代表的な超高層ビル,橋梁主塔の現場を対象に,天候状況が作業効率や作業環境にどのような影響を及ぼしているかについて現況把握を行っている.現場調査やアンケート調査などにより,天候による作業中止の割合やその内容の割り出し,および天候が作業員自体に及ぼす影響についても調べている.

 明石海峡大橋主塔やランドマークタワーなど高さ300m近くにもなる高層構造物の施工時には,風や雨により約15%の作業が中止になっており,他の超高層構造物が10%以下であるのに比べ非常に高いこと,この原因は,明石海峡大橋主塔の場合は風により足場の解体作業が,ランドマークタワーの場合は雨により溶接作業が大きな影響を受けたことを明らかにした.また,作業環境について作業員に対するアンケート調査を行い,「風,雨」など作業の「安全」に関するものに比べ,「暑さ,寒さ」など作業に「苦痛」を伴うものについては,現場でほとんどほとんど配慮されていないこと,また,超高層化した橋梁主塔の施工時には強風による構造物の揺れという問題が発生しており,現場ではこの問題の解決手段として制振装置を設置しているが,それにも関わらず溶接作業に支障が出た現場もあることを示した.

 これを受け,五章では,風による構造物の揺れに対する作業性について,人間工学的な実験を行うことにより検討している.直線描き作業及び溶接作業と立位姿勢保持の限界の加速度を振動台実験により求め,周波数毎としてまとめている.一連の実験結果より,溶接作業の限界を建設工事における風による構造物の揺れに対する作業限界,立位姿勢保持の限界を同作業危険限界と考え,周波数0.1〜2.0Hzの範囲で限界曲線として提案している.この限界曲線と,白鳥大橋やレインボーブリッジの架設時に用いられた許容作業限界とを比較すると,周波数によっては現場で使われてきた作業限界を越えている場合もあること,工事中に0.25〜2.0Hz程度の揺れが発生すると予想されかつ溶接作業を行う場合には,制振レベルを白鳥大橋やレインボーブリッジで設定された10cm/s2より上げてより厳しい50m/s2程度にすることが望ましいことを示した.

 最終章では,結論を述べている.

 以上,本論文は,架設時の安全性・作業性に風が及ぼす影響に関して,事例的研究と実験・解析に基づく研究の双方から検討を加え,有用な学術的知見をもたらしている.よって,博士(工学)にふさわしいものと判断される.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51138