学位論文要旨



No 214557
著者(漢字) 平野,勝也
著者(英字)
著者(カナ) ヒラノ,カツヤ
標題(和) 街並メッセージ論とその商業地街路への適用
標題(洋)
報告番号 214557
報告番号 乙14557
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14557号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 野城,智也
 東京大学 助教授 阿部,雅人
内容要旨

 如何に都市の複雑性を担保し,人の体験に根ざした都市を構築しうるか.新たな都市設計に向けて,1960年代にモダニズムが思想的に破綻して以降,重要な課題であり続けている.中でも,街路イメージは,都市体験の第一歩が街路体験であることから重要なな研究課題となっている.また,現在,日本の都市は都心再開発の時代を迎えており,「活気」や「風格」といった商業地街路の持つ独特の「性格」を明らかにしていくことが必須であると思われる.

 街路イメージ研究は,地理,建築,都市計画,土木計画と様々な領域で行われてきたが,景観構成要素と心理実験によるイメージとの相関を観ることが主流となっている.つまり,景観構成要素がイメージと複雑に相関している現象を述べるに留まり,現象を統括する理論仮説の提案さえも行われていないため,学究の余地が大きい分野となっている.近年,認知科学の進展により,断片的ではあるが様々な人間の情報処理に関する定性モデルが提案されるに至っており,景観現象を統括する理論仮説を求め得る段階に入ったと考えられる.

 そこで,本論文は,街路イメージ形成メカニズムの理論仮説である「街並メッセージ論」を提唱し,その応用としての街路イメージ分析手法を提案し,さらに,この分析を実際の商業地街路に適用することにより,新たな街路イメージ分析手法の検証と「街並メッセージ論」の有効性の確認を行うものである.

 「街並メッセージ論」は大きく三つの枠組み,仮説から成り立っている.第一は,認知科学の知見から設定したイメージ形成メカニズムである.具体的には,イメージ形成を,「大域優先」の順序で認知が進み,その各段階で,何らかの指標に基づきパタン認識が行われた結果,その記憶の活性化拡散によりイメージが形成されているというメカニズムである.従ってイメージは階層別に捉えられる.

 第二は,そのイメージの各階層の意味である.「街並メッセージ論」ではこの認知の初期において,人間は第一義に「身体的安全性」第二義に「社会的安全性」を動機として,認知を進めるものと考える.「街並メッセージ論」は特にこの中で,「社会的安全性」に起因するイメージを二次イメージと定義し対象とする.

 第三はパタン照合の指標である.沿道建築物は,人間活動を暗示しながらも,その内部活動の情報がない限り,社会的安全性を確認できないという特質を持っている.この内部活動情報の街路への漏洩を「街並メッセージ」と定義する.人間は「解らない」ということを極めて不安に思うことを鑑みれば,「街並メッセージ」は「社会的安全性」確認のため,重要な情報を提供している.情報である以上,記号により伝達が行われる.よって,「街並メッセージ」の大まかな性質は,街路で様々使われている記号を,その記号内容や記号表現といった質の違いを反映した記号分類により,それぞれの記号の量より捉えることができる.

 以上のような議論から,「街並メッセージ論」は,図-1の様に「認知順序,パタン認識性に基づき,二次イメージに相当するパタン照合の指標は質の異なる記号毎の情報量である」という理論仮説である.これは,街路イメージを景観構成要素から見るといった「モノ」の観点からから「情報」の観点へのパラダイムシフトを含んでいる.

図-1 街並メッセージ論の枠組み

 「街並メッセージ論」に従えば,街路のイメージはそのパタン照合の指標である記号の種類毎の量を計測することで,直接分析可能の筈である.そこで,具体的な街路について,この「街並メッセージ論」に基づく街路イメージ分析手法の適用を行う.商業地街路の重要性,及び商業地ではその経営成立のため意図的に「街並メッセージ」を発信している点から,商業地街路を分析の対象とする.まず,商業地の街並の構成基礎単位である店舗を対象に,情報発信過程に基づき,店舗パタン照合の指標としての有効性を検討した上で,記号分類を設定した.具体的には「屋号」,「店外直観記号」,「店内直観記号」,「論理記号」である.ここで,「直観記号」と「論理記号」はそれぞれ順に記号論では「有契記号」,「無契記号」という記号の成立からの分類,神経科学では「右脳」「左脳」と処理領域の違いが指摘されている分類である.設定した記号分類について,実際の店舗写真を60店舗(物販30,飲食30)選出し,記号毎に面積を基にした情報量の代理指標を計測し,さらに,この記号毎に計測された4次元量を「情報特性」と定義し,クラスター分析により「情報特性」に基づく12種の店舗類型を導出した.これらの店舗類型及び情報特性と,48名の被験者に対して行った店舗のイメージ分類試験とを比較考察したところ,分類試験により導出されたイメージ平面上,各店舗は,概ね情報特性による店舗類型で布置され,さらに子細に検討した結果,図-2の様に各記号の量により店舗のイメージが極めて単純に推移することが明らかになった.

図-2 街並メッセージ論による店舗のイメージ分析結果

 次にこの店舗の分析を商業地街路に拡張する.街路は一度に認識できる対象ではなく,一度に認識できる「場」の認識の時間的行動的な重ね合わせの結果認識できるという特徴がある.従って,街路の認識の基礎単位である「場」ののパタン照合の指標について検討する.商業地の「場」の「街並メッセージ」は,その「場」を構成する店舗群によって形成されている.そこで,店舗類型毎に先の店舗イメージ平面上の代表値を算出し,該当する「場」での店舗類型毎の存在数で重み付けした重心及び分散を店舗群情報特性とし,パタン照合の指標とした.これは,店舗のパタン認識というすでに圧縮した情報を利用する方が,人間の情報処理メカニズムの観点から見て合理的であると判断したためである.このような店舗から街路への拡張の枠組みをまとめたものが図-3である.

図-3 街路イメージの形成過程

 これに基づき店舗と同様,様々な特徴のある10街路19区間について,店舗群情報特性を計測し,店舗イメージ平面上に布置した結果と,32名の被験者による分類試験結果と比較したところ,その布置傾向は,ほぼ同一のものであった.即ち,店舗群のイメージは情報特性に基づく店舗類型により簡単に解釈が可能である.これにより,店舗群ひいては街路イメージも情報特性に基づく店舗類型による分析手法の有効性が検証された.

 以上のように,本論文の成果は,第一に,街路イメージ研究の新たな段階として,「街並メッセージ論」という理論仮説を構築した点,第二に,既存の景観構成要素から見たイメージ分析に対し,より単純な指標で,より統一的解釈が可能な分析手法を,「街並メッセージ論」に基づき提案及び検証した点である.なお,この結果は,「街並メッセージ論」の正当性に対する傍証となっていると思われる.

審査要旨

 本論文はその前半で、街路イメージ形成メカニズムの理論仮説「街並メッセージ論」を提示し,この仮説に基づく街路イメージ分析手法を提案している.後半では、この分析手法を実際の商業地街路に適用することにより,新たな街路イメージ分析手法の確立を試み,「街並メッセージ論」の有効性の検証を行っている.本論文の成果として評価し得る点は以下のように纏められる.

 (1)「街並メッセージ論」は,認知科学の知見を基に,イメージの階層構造性,沿道建築物の内部活動情報即ち[街並メッセージ」の重要性を考察した上で,「人間のパタン認識性に基づき,二次イメージに相当するパタン照合指標が質の異なる記号毎の情報量で表わされる」という理論仮説として纏められている.

 この理論仮説は,その全体が検証されている訳ではない点,認知科学の知見の街路認識への適用に厳密性を欠く部分がある点に問題が無いとは言えない.しかし景観構成要素がイメージと複雑に相関している現象を述べるに留まり,現象を統括する理論仮説の提案さえも行われていない従来の景観分野の研究に重要な一石を投じている点,及び街路イメージを景観構成要素から説明するといった従来の「モノ」の観点から「情報」の観点へのパラダイムシフトを含んでおり,新たな街並研究の展開を期待させる成果となっている点で,極めて重要な理論的成果を提出しているといえる.

 (2)次に,「街並メッセージ論」に基づく,具体的な街路についての新たな街路イメージ分析手法の確立を試みている.商業地を構成する各店舗ではその経営のため意図的に街路に向けて商品、サービスに関するメッセージを発信している.まずこれらの個別店舗を対象に,情報発信過程に基づき,店舗パタン照合の指標としての有効性を検討した上で,「屋号」,「店外直観記号」,「店内直観記号」,「論理記号」を着目すべき記号として指摘している.次に設定した記号分類について,実際の店舗写真に対し,記号毎に面積を基にした情報量の代理指標を計測し,その4次元量を「情報特性」と定義した上で、クラスター分析により「情報特性」に基づく12種の店舗類型を導出している.これらの店舗類型及び情報特性と,被験者に対して行った店舗のイメージ分類試験とを比較考察した結果,各店舗は,分類試験により導出されたイメージ平面上に,概ね情報特性による店舗類型で布置されることが示されている.さらにに子細に検討した結果,各記号の量により「論理記号の増加が派手さを演出する」,「直観記号の多さが,親密感を演出する」という様に,店舗のイメージが極めて単純に推移することを明らかにしている.

 (3)第3に,街路は一度に認識できる対象ではなく,一度に認識できる「場」の認識の時間的行動的な重ね合わせの結果認識するという特徴を指摘した上で,街路の認識の基礎単位である「場」のイメージ分析を行っている.商業地の「場」の「街並メッセージ」は,その「場」を構成する店舗群によって形成されている.店舗類型毎に先の店舗イメージ平面上の代表値を算出し,該当する「場」での店舗類型毎の存在数で重み付けした重心及び分散を店舗群情報特性として分析の指標とした.店舗と同様,様々な店舗群について,店舗群情報特性を計測し,店舗イメージ平面上に布置した結果と,被験者による分類試験結果と比較したところ,その布置傾向が,ほぼ同一のものであることを明らかにしている.

 (4)以上の(2)、(3)は理論仮説「街並メッセージ論」の検証としては当然のことながら十分ではない.しかし少なくとも店舗イメージ分析手法及び店舗群イメージ分析手法として,今までにない簡便さと被験者イメージとの明快な整合性を示しており,景観構成要素に着目する従来の研究に対し,より本質的な分析手法の確立への試みとして高く評価できる.また,この結果は「街並メッセージ論」に基づく街路イメージ分析手法の有効性を間接的に検証しているものと考えられる.

 (5)以上の成果は新たな分析手法の提案に留まらず,街並メッセージに着目することにより,ともすれば形態の統一という画一的な整備に陥りがちであった従来の景観整備に対し,個性的な街並及び店舗を創る自由度を担保しつつイメージの統一を図るという、より柔軟な計画手法や設計手法への展開が可能であることを示しており,実務的側面においても重要な成果であると評価できる.

 本論文は,第一に,街路イメージ研究の新たな段階として,「街並メッセージ論」という理論仮説を構築した点,第二に,景観構成要素から説明しようとする既存のイメージ分析に対し,より単純な指標で,より統一的な解釈が可能となり,しかも実務的に極めて有効な展開が可能な分析手法を,「街並メッセージ論」に基づき提案及び検証した点で高く評価できる.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54142