フレッシュコンクリート中の水は、その硬化や流動性に影響するばかりでなく、硬化後のコンクリート構造物全体の品質に大きく影響する重要な要因である。しかし、一般的にはもっぱら流動性を確保する手段として利用されることが多く、施工上の要求条件によって、できる限りやわらかいコンクリートを低価格で製造・納入するために、強度上の水セメント比は確保されるものの、単位水量の多いコンクリートが製造され使用される場合が多々生じているのが現状である。このため、構造物にひび割れが発生し易くなり、内部鉄筋の発錆時期が早まるなど耐久性上好ましくない現象が多発している。 特に、近年の良質骨材の不足は、吸水率が大きく密度の小さい低品質の骨材や、形状の悪い粉体を多く含んだ砕石・砕砂の使用を余儀なくされるため、施工上要求される流動性を確保するために益々単位水量を多くする傾向が見られるようになった。 このようなコンクリート構造物の品質を大きく左右する単位水量に対して、使用量の上限規制が一層厳しくなされるようになると、フレッシュコンクリートの受入時の単位水量検査のみならず、流動化剤や高性能AE減水剤を使用していかに流動性を確保するかといった、単位水量の微妙なコントロールを必要とするコンクリートの製造技術の検討も必要となり、従来から行われてきた配合報告書やコンクリート製造時の印字記録など書類上の管理に換わって、フレッシュコンクリート中の水量の実測管理を行うことがきわめて重要な事項となった。 このように、フレッシュコンクリートの単位水量を直接測ることの重要性が認識され、各所で研究開発が進められるようになったが、既往の研究の調査から、開発された方法にはそれぞれに実用化するにあたってさらに解決しなければならない点があることがわかった。 本研究は、このフレッシュコンクリート中の水量増大の実情と水量のコンクリート性能に対する重要性を認識し、実用可能な試験方法を実験および解析によって検討し、簡易で現場管理および製造管理に適したフレッシュコンクリートの単位水量の測定方法の開発と単位水量推定の標準的な試験方法を提案したものである。 フレッシュコンクリート中の水量を推定する方法は、直接水量を測定する直接的方法と水量以外のコンクリート構成材料の量と構成比から間接的に求める間接的方法の2つに大別でき、さらにそれぞれの方法に対して、採用する試料の状態によりコンクリートそのものを試料とする方法とコンクリートを「ふるい」にかけ(ウエットスクリーニング)でモルタルを取り出し、これを試料とする方法に区分することができる。 本研究において検討した単位水量測定方法は、簡易性と精度および安定性を考慮し、試料にコンクリートそのものを用い、また試料中の水量は塩分の濃度差を塩分濃度屈折計を用いて測定することによって得るものであり、さらに濃度測定した同一試料について比重計法によって粉体量を、水中重量法によって粗骨材量をそれぞれ測定し、試料中の構成材料比を得て試料採取時の偏りを補正し、水量推定精度を向上させたものである。 本研究は、このフレッシュコンクリート中の水量測定のための簡易な方法を策定し、その標準的な試験方法を提案することを最終目標として以下の技術の実用化を図るべく、実験および解析によって検討したものである。 1)光学的方法によるフレッシュコンクリート試料中の水量測定の実用化技術 2)比重計浮標による粉体量および粉体への吸着水量の推定方法の実用化技術 3)フレッシュコンクリート試料中の水量推定に影響する骨材中の水量の推定のための実用化技術 4)フレッシュコンクリート中の単位水量推定のための簡易方法の提案 光学的方法によるフレッシュコンクリート試料中の水量測定の実用化に関しては、測定原理が極めて単純な方法として試薬の濃度差からフレッシュコンクリート試料中の水量を推定する方法を採り上げ、その実用化技術の検討を行なった。その結果、2lのコンクリート試料を用い、これに一定濃度(25%質量濃度のNaCl水溶液)の塩水を試薬として一定量(300g)添加し、試料中の水量による濃度変化を、光学的方法(簡易型塩分測定用屈折計)によって測定し、その濃度変化からフレッシュコンクリート中のコンクリートの品質に影響する水量を推定する方法を提案し、この方法の実用の可能性のあることを実験を通して示した。また、推定式の検討においては、試料中のペースト部分に存在する全水量(自由水)が試薬食塩水の濃度変化に影響するのではなく、コンクリート試料中の粉体(セメントなどの結合材と骨材微粉分)に吸着し、試薬食塩水の稀釈に寄与しない水があること、および骨材に吸収されている水の一部が稀釈に寄与することを明らかにし、これらの影響を考慮した基本的な推定式を提案した。 さらに、推定精度を向上させるために、セメントなどの粉体から溶出し、屈折計によって測定する塩分濃度に影響する可溶成分に関し、普通ポルトランドセメント、およびこれに高炉スラグ、フライアッシュ、シリカフュームをそれぞれ混合した結合材および低熱ポルトランドセメントのそれぞれの水溶液中に溶出する成分の化学分析を実施し、主要な溶出成分である塩化物イオン、酸化カルシウム、酸化ナトリウム、酸化カリウム、三酸化硫黄の溶出量とセメント結合材の種類・水和を開始してからの溶出時間との関係、および試薬食塩水の影響について詳細に検討し、その結果、セメント結合材からの溶出成分の影響は、普通ポルトランドセメントを基材とする一般的な結合材(高炉スラグやフライアッシュを混合したもの)を使用したコンクリートでは極めて小さく、試薬食塩水の添加前の初期値によりその影響を除くことができることを示した。しかし、低熱ポルトランドセメントやシリカフュームを添加したセメントなど、普通ポルトランドセメントとは水和反応の傾向が異なる結合材を用いたコンクリートでは、溶出量が若干多くなる傾向があることを明らかにし、高い精度で単位水量を求める場合に適用する可溶成分量が変化する場合の推定式も示した。また、現在の殆どのコンクリートに使用されている化学混和剤(AE減水剤および高性能AE減水剤)の影響およびペーストのpH濃度の屈折計値への影響についても検討し、本試験方法に対して影響を及ぼさないことを確認した。 比重計浮標による粉体量および粉体への吸着水量の推定方法の実用化に関しては、粉体量および懸濁液中の平均比表面積を、ガラス比重計浮標による60秒後の値および攪拌60秒から300秒までの比重計の平均沈降速度から得る方法を採り上げ、その実用性を検討し、以下の2点を明らかにした。(1)試料中の吸着水量に影響する粉体量の推定技術の検討では、試料コンクリートを多量の水で希釈してできる懸濁液の密度と懸濁液に含まれる粉体量との関係に着目し、懸濁液の密度()とその粉体水比(Xp)との関係式を示すとともに、この関係式によって得られたXpと、計画調合から得られる水量または塩分濃度差法によって得られる試料中の水量(1次測定値)から粉体量を求める実用的な方法を提案した。(2)また、粉体への水の吸着率(=吸着水量/粉体量)の実用的な算定方法の検討においては、粉体の種類や比表面積が異なると、粉体量が同一であっても、吸着水の量が異なる場合があることを実験によって示し、精度よく吸着水量を推定するために、試料中の粉体の比表面積を、静止流体中を沈降する粒子の力学的法則を応用し、懸濁液中の比重計浮標の沈降速度から推定し、粉体の吸着率()を求める実用的な方法を提案した。なお、吸着水量(粉体表面に付着して塩分濃度変化に寄与しない水量)Wpは、Wp=・P=J・√(t/H)で算出できることを示した。(P:懸濁液中の粉体量 J:実験定数 H:比重計浮標の時間tの間の沈降量) フレッシュコンクリート試料中の水量推定に影響する骨材中の水量推定のための実用化に関しては、骨材に吸収されている水の一部が塩水濃度の稀釈に寄与することを実験により示し、その塩分濃度に影響する水量(影響水量)は、粗骨材、細骨材それぞれに、骨材種によらず、吸水率から計算される吸水量に対して、ほぼ一定の割合となることを明らかにし、通常の骨材(普通・軽量)に対する影響水率を示した。さらに、粗骨材量は、コンクリートの洗い分析試験方法を応用し、試料中の5mmふるいに残留する骨材の水中重量から求める簡易な方法を提案し、一般的な調合のコンクリートの場合の簡易式を示した。また、骨材の影響水量については、1次の結果として得られた水量、結合材量、粗骨材量および空気量から細骨材量Sを求め、これらの値を用いて算出できる実用的な式を提案した。 フレッシュコンクリート中の単位水量推定のための簡易方法に関しては、上記3つの実用化技術を統合したシステムとして、塩分濃度差・比重計法を提案し、フレッシュコンクリートの単位水量を求めるための実用的な算定式を示した。さらに、提案したフレッシュコンクリート中の水量推定方法を実際のレディーミクストコンクリートに対して適用し、その適応性を検討すると共に、実現場におけるコンクリートの受け入れ検査として試行し、その実用性を確認した。また、試験方法の適用にあたり、実際に使用する試験装置(試料採取容器および付属器具)のモデルを作成し、レディーミクストコンクリートを使用した繰り返し実験によって、現場において最も単純かつ使い易い装置の仕様と、試験の手順を定めた。 以上の検討結果を踏まえ、上記システムを「フレッシュコンクリートの単位水量推定のための簡易試験方法(案)」として提案した。(なお、本方法の簡略化したものは、実用的な方法として日本建築学会 高性能AE減水剤コンクリートの材料・調合および施工指針・同解説の付録に採用された。) |