学位論文要旨



No 214561
著者(漢字) 中村,栄一
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,エイイチ
標題(和) 都市雨水による汚濁負荷の流出特性と水質汚濁対策に関する研究 : 分流式下水道における雨水排除システムの改善についての考察
標題(洋)
報告番号 214561
報告番号 乙14561
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14561号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松尾,友矩
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 古米,弘明
内容要旨

 近年、人々が社会資本整備に求めるものとして、潤いのある生活環境の整備があり、その一つに都市水域の水質保全がある。都市水域の水質保全のために実施している現在の下水道整備は、分流式下水道が中心である。分流式下水道においては、都市域から流出する雨水、すなわち都市雨水は、未処理のまま放流されている。近年、都市雨水が清澄な水ではなく、とくに降雨の初期には著しく汚濁していることが指摘されている。

 本論文は、分流式下水道で整備された都市域を対象に、都市雨水による汚濁負荷の流出特性を定量的に明らかにし、さらに都市雨水による汚濁負荷が原因となる水質汚濁の対策についての研究をとりまとめたものである。対象とした汚濁負荷は主としてBODとCODであるが、汚濁負荷流出の特性に関してはさらにSSも対象とした。

 都市雨水による汚濁負荷流出特性に関しては、実験斜面を対象にした人工降雨による塩化ナトリウムの流出実験、および屋根、道路を対象とした人工降雨によるBOD、COD、SS負荷の流出実験の結果から次のことが明らかとなった。

 汚濁負荷が比較的一様な流送特性を持つ物質から構成される場合には、「汚濁負荷の流出量は堆積負荷量に比例する」というSartor & Boyd仮定が適用できる。しかしながら、屋根および道路のように、汚濁負荷が多様な流送特性を持つ物質から構成される場合には、汚濁負荷の流出量は堆積負荷量に比例せず、堆積負荷量の累乗に比例する特性がある。すなわち、屋根および道路からのBOD、COD、SS負荷の流出量は、次式で予測することができる。

 

 ここに、PT:異なる流送特性を持つ物質から構成される汚濁負荷の総堆積量[g]、kT:異なる流送特性を持つ物質から構成される汚濁負荷の負荷流出係数、m:定数(m>1、)

 都市雨水による汚濁負荷流出特性に関する研究として、さらに、分流式下水道区域からの雨水量および汚濁負荷流出量の観測、観測結果の解析を行い、都市雨水による汚濁負荷の流出量予測式として次式を提案し、検証した。

 

 ここに、KT:負荷流出係数、PT:流域堆積負荷量[g]、Q:雨水量[m3/s]、m:定数(BOD,CODではm=2、SSではm=1)、n:定数(BOD,CODではn=1、SSではn=1.3)

 ただし、(2)式は経験式であり、流域堆積負荷量の次元は[g]、雨水量の次元は[m3/s]である。また、負荷流出係数及び定数m、nは無次元である。

 都市雨水による汚濁負荷が原因となる水質汚濁の対策についれは、先ず、降雨データから雨水量を予測し、雨水量から汚濁負荷流出量を予測するモデルを開発した。すなわち、降雨データから雨水量を予測する方法としては修正RRL法を用い、雨水量から汚濁負荷流出量を予測する方法としては(2)式を用い、それらを組み合わせて用いることにより、分流式下水道区域からの都市雨水による年間汚濁負荷流出量を予測する方法を提案した。

 さらに、都市雨水による汚濁負荷の流出量を削減する対策案の効果予測を行うため、修正RRL法の有効降雨モデルを改良し、また、一定の条件を満たす雨水量と汚濁負荷流出量の累積値を計算することにより、雨水浸透、雨水の現地貯留、雨水の一時貯留・処理の各汚濁対策案の汚濁負荷流出量削減効果を予測するモデルを提案し、検証した。

 分流式下水道区域からの都市雨水による汚濁負荷の流出に対して、本研究で得られた知見からの提言をまとめると次のようになる。

 現時点で、都市雨水による水質汚濁の対策として最も効果的な方法は、降雨初期に流出する初期雨水を一時的に貯留し、貯留した雨水を降雨後に処理施設に送水し、処理する方法である。さらに、屋根排水等の浸透や現地貯留も同時に行えば、初期雨水を貯留する施設容量や処理する施設容量は小さくて済み、対策の効果・経済性が向上する。現在、わが国には分流式下水道の雨水による汚濁を防止する目的で作られた施設はないが、本研究で開発した、都市雨水による汚濁負荷流出の対策効果予測モデルを適用すれば、個々の対策の効果を事前に予測することが可能となり、分流式下水道区域からの都市雨水による汚濁に対して、最も効果的な水質汚濁防止計画を策定することが可能となる。

審査要旨

 本論文は河川等の環境水系における水質汚濁の問題で、現在改めて大きな関心を集めている広域的な都市域から排出される、雨水による汚濁負荷をテーマとする論文である。大都市などの都市域においては、合流式の下水道における雨水の問題が関心を持たれているが、分流式の下水道の雨水管からの汚濁負荷の問題も今後の環境水域での総括的な汚濁問題を考える際には重要な問題となることが指摘されている。本論文は、重要さが指摘される割には、後回しにされてきた分流式の下水道敷設地域における、降雨時の汚濁負荷につき、その発生量の推定式を提示するとともに、併せて雨水貯留、処理等の汚濁負荷削減策の提案と効果の予測モデルの提示を行ったものである。

 本論文は「都市雨水による汚濁負荷の流出特性と水質汚濁対策に関する研究-分流式下水道における雨水排除システムの改善についての考察」と題し、7章より成っている。

 第1章は「序編」である。かつての工場排水や都市汚水の直接的な影響による水質汚濁の問題については、一定程度の改善が見られているが、ノンポイントソースによる汚濁の問題が解決すべき課題となっていることを明らかにしている。その中で特に都市域からの雨水、とりわけ分流式の下水道が排除する雨水の水質汚濁負荷量についての研究は非常に遅れていることを述べ、研究の目的、意義について明らかにしている。併せて既応の研究成果を整理し課題を明らかにしている。

 第2章は「不浸透面における溶解性物質の流出特性」である。雨水による汚濁負荷流出過程の中で一様な輸送特性の下に流出してくる成分について分析的に解析するために、溶解性塩類の流出特性を実験的に調べている。結果としては、汚濁負荷の流出量は堆積量に比例するとしたSartor & Boydの関係式が適用可能であることを明らかにしている。

 第3章は「道路、屋根における汚濁負荷の流出特性」である。不浸透面の代表例として実際の舗装道路と屋根面を選び人工降雨に相当する散水を行い汚濁負荷の流出特性を調べている。実際の不浸透面からの流出特性は溶解性の塩類の場合とは異なることを示し、新しい流出負荷推定式の提示に成功している。

 第4章は「実排水区における雨水による汚濁負荷の流出特性」である。2カ所の分流式下水道区域を対象として、都市雨水によるBOD、COD、SSの汚濁負荷の流出量データと雨水量データの観測を実施した結果の解析を行っている。その結果として、汚濁負荷の流出量は第3章で求めた関係式の拡張として実際の都市雨水に適用可能な関係式を求めている。その関係式においては、流域堆積負荷量の推定が残された課題ではあるが、通常の土地利用である、住居地域、商業地域の路面堆積量は、降雨後2-3日で上限値の90%以上の量に回復することも併せて示している。このような関係を考えれば、本論文で提示した汚濁負荷流出量の推定式は実排水区の推定式として十分有効であることが示されたといえる。

 第5章は「都市雨水による汚濁負荷流出の対策効果予測モデル」である。分流式下水道区域を対象とした汚濁負荷流出の削減対策の効果を予測モデルを開発し、提案している。降雨からの流出雨水量の予測には修正RRL法を用い、雨水浸透や雨水の現地貯留の効果を評価できるモデルとなっている点は幅広い対策を考える上でより有効であるといえる。具体的な負荷量削減対策としては、初期雨水流出水の貯留、処理、さらには路面清掃の効果を対象としている。

 第6章は「雨水による水質汚濁の対策の効果分析」である。第5章で提案した対策効果予測モデルを実際の分流式下水道排水区に適用し、1年間の降雨データから雨水による汚濁負荷の年間流出量の予測を行っている。いくつかの対策の中では、路面排水も対象とした初期雨水の貯留と処理の組み合わせが、最も効果的な対策となるが、路面排水を除いて、屋根排水だけを対象とした対策ではあまり効果がないことが示されている。具体的な対策の効果を評価する上で有効であることがわかる。

 第7章は「結論」である。分流式下水道の雨水の持つ水質汚濁源としての評価に関する研究成果を総括している。

 以上のように本論文は、いまだ実態調査を含めて、実情が解らないままになっていた分流式下水道設置地域からの雨水流出汚濁負荷量について、実態調査を含む実験的解析を行い、流出汚濁負荷量の推定式を求めることに成功し、かつ対策効果予測モデルの提案を行い、各種対策の効果の定量的評価を可能とする成果を挙げたものである。このことは分流式下水道が主力となる中小都市周辺部における水質汚濁問題への対応を考える上で長期的雨水汚濁の対策を実用的なレベルで策定していく上で有効な手段を提供するものである。以上のことより、本論文は都市環境工学、特に下水道技術の進歩にとって大きな貢献をなすものと認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の博士論文として合格と認められる。

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