学位論文要旨



No 214562
著者(漢字) 大石,秀夫
著者(英字)
著者(カナ) オオイシ,ヒデオ
標題(和) 日本自動車産業の発展の経緯に関する考察 : 自動車技術、企業および産業の在り方と社会との関係
標題(洋)
報告番号 214562
報告番号 乙14562
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14562号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,学
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 畑村,洋太郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 西尾,茂文
内容要旨 1.始めに

 1950年代以降,日本の自動車産業は大幅な発展を遂げたが,その過程で自動車技術や自動車製造企業,産業全体の在り方が,社会の動向とどう関係しているかを探るとともに,それらの数量的評価方法を提案する.社会動向には様々な因子があるが,そのうち,自動車産業に大きく関係する因子について検討し以下のように整理した.

 1)経済レベル,2)インフラの整備,3)人口構成,4)環境問題,5)安全規制,6)消費者動向,7)自産業の経済規模,8)他産業の影響

2.技術,開発組織,技術提携,海外進出と社会動向との関係2.1自動車技術と社会動向との関係

 (1)自動車の技術のうち,基本的な寸法を規定する基本寸度と上述の社会動向因子との関わりの強さについて分析評価し,1)経済レベル(GDP/人),2)消費者動向(保有台数),3)安全規制などの因子が基本寸度に大きい影響を与えることを示した.

 (2)同じく,自動車の形態デザインの変遷と社会動向因子との関係について,検討し以下のように整理分析した.即ち,形態デザインに対しては,

 1)環境問題,2)消費者動向(レジャー指向),3)安全規制,4)消費者動向(保有台数),5)経済レベル などの因子の影響が大きいことが判った.

 (3)次に,エンジン,足回り,車体などの自動車の各構成要素技術の変遷と社会動向との関係を整理し,結び付きの強さを総合的に検討した結果,

 1)インフラ整備(高速道路の延伸)2)電子産業の影響(電子制御の進展),3)自産業の経済規模(生産量),4)消費者動向(保有台数),5)消費者動向(女性免許取得者数)などが大きい関係を有することが判明した.

 (4)さらに,「基本寸度」,「形態デザイン」,「自動車技術」の3つの側面と社会動向因子との総合的な関係を整理した.これら全体では,

 1)経済レベル(GDP/人)2)消費者動向(保有台数),3)インフラ整備(高速道路の延伸),4)消費者動向(レジャー指向)などが大きい影響を有することが判った.

2.2開発組織と社会動向との関係

 自動車製造企業の開発組織の変遷を分析するとともに形態を分類したうえで,開発組織と社会動向との関係を検討した結果,結びつきの強い因子は以下のとおりであることが判明した.

 1)情報化,2)自産業の経済規模(生産量),3)経済レベル,4)環境問題,5)安全規制,6)人口構成(高齢化)

2.3技術提携と社会動向との関係

 世界の主要自動車製造企業間の技術提携を分類したうえで社会動向因子との関係を調べ,関係の深い順に,1)経済レベル,2)自産業の経済規模(生産量),3)情報化,4)環境問題,5)安全規制,6)電子産業の影響であることを検証した.

2.4海外進出と社会動向との関係

 世界主要自動車製造企業の海外進出の事例を整理分析するとともに社会動向因子との関係を分析し,1)経済レベル,2)自産業の経済規模(生産量)が最も関係が深く,次いで 3)消費者動向(レジャー指向),4)消費者動向(保有台数)が関係深いことを検証した.

2.5自動車産業と社会動向との関係のまとめ

 これら自動車技術から自動車産業の海外進出までの6つの側面を総合し,それらの平均値で見ると,

 1位に経済レベル,2位に自産業の経済規模(生産量),同率3位に環境問題,消費者動向(レジャー指向),消費者動向(保有台数),6位に安全規制となっていることを検証した.

3.技術の指向性と社会動向との調和の必要性

 技術の指向性が社会動向に合致している時は,その技術は普及していくが,社会動向に合わない時は普及せず一過性に終わる.技術全体の動きは社会の進む方向に沿う場合と沿わない場合とがあり,戦後の自動車技術の社会に対する指向性を調査分析すると,約10年単位で交互に入れ替わっていることが判明した.このような長期の変動を見越して社会に受け入れられる技術を開発するためには,技術者は10年先の社会の動向を良く研究する必要がある.そのためには,幅広く時代の趨勢を研究し,将来に関する十分な見識を持つことが必要で,今後,技術者への一般教養,倫理規定を含む教育の重要性が増す.

4.総合技術,開発組織,技術提携および海外進出の分析と評価

 技術や企業,産業の在り方の評価方法について以下のように検討した.

4.1総合技術の評価

 (1)自動車の基本寸度については,計画全体の効率を測り得るという観点から,体積効率(外部容積と内部容積との比率)により評価できることを検証した.

 (2)形態デザインの評価については,美学的価値,先進性,消費者の受容性,空気抵抗係数の4つの基準を選択して評価を行い,評価の妥当性を示した.

 (3)自動車技術の評価については,先進性,商品性,コスト,社会との調和の4つの基準による評価を行い,妥当な結果を得た.

4.2開発組織の分析と評価

 自動車製造企業の開発部門の組織は,プロジェクトチーム制,マトリックス組織,プラットフォーム別組織の3種類に分類できることを示した.また,開発部門の規模と開発部門に与えられる開発負荷に応じて最も適切な組織を選択する評価基準を作成し,日本の主要企業の開発組織の適切性について評価を行い,評価方法の妥当性を示した.

4.3技術提携の評価

 自動車製造企業間の技術提携について分析し,その有効性を評価する基準を作成した.これにより,世界主要自動車製造企業間の提携について評価を行い,妥当な結果を得た.特に,日本の企業が欧米の企業と提携するケースが有効であることについて分析し,その主な理由を示した.

4.4海外進出の評価

 自動車製造企業の海外進出の評価基準について,進出国の特性および生産・販売方法に応じて点数を案分する方式を作成し,これにより世界主要自動車製造企業の海外進出規模を数値化し評価した.各企業の海外進出は連結売り上げ高を基準として評価できることの妥当性を検証した.

4.5評価のまとめ

 基本寸度,形態,技術,開発組織,技術提携,海外進出の各側面について,評価方法を提案し,実例による評価を通じて妥当であることを検証した.自動車産業自体が大きな変革期に当たっており,進路を大幅に変更する機会も増えており,上述のような評価の重要性が増している.

5.自動車産業の国際間の関連と方向性

 自動車企業間の技術提携について,1950年代の技術導入の時代から今日に至るまでの過程を整理分析した.1960年代以降,輸出や現地生産を通じて日本自動車産業はどんどん国際化されていった.海外進出により,もっとも影響を受けたのは経営面で,文化の異なる地域での様々な活動は,日本的経営,技術開発の在り方に大きな影響を及ぼした.海外からの合弁も増加する傾向にあり,自動車産業の国際化は今後とも一層進展する.日本の企業が異文化や異なる社会システムを受け入れつつどこまで国際化できるかが,生き残りの重要な鍵となる.世界的な提携が,金融業界,化学業界,航空機業界で行われており,自動車業界でもこの傾向はますます強まる.合弁により企業規模を大きくすることは,開発・生産・投資などの余力を付ける上では役に立つが,収益性には必ずしも役に立つとは限らず,また,組織の重複により効率が下がることも懸念される.技術提携においても本論で述べたようにメリットとデメリットを明確にし,適切な評価を行って選択することが一層必要となる.

6.21世紀の自動車像

 21世紀は,より環境指向が強まり,また,安全性要求も強まる.また,情報化が加速され,ITS関連のシステムが順次導入されていく.社会全体としては,高齢化が進み,ゆったりと暮らす風潮も強まるため,自動車においては安全で環境に配慮し,あるいはレジャーに好適とし,また,高齢者の使い勝手を良く考えた自動車が増加すると考えられる.

7.結言

 自動車の技術,企業,産業の在り方の変化と社会動向の関係について,個々の技術や開発部門の在り方,提携などに論及し,各々の評価の方法を提案し,それぞれ妥当な内容であることを証明した.これらの内容が,今後の技術と社会関係論の研究の一助となれば幸いである.なお,未熟な部分も多く,さらに研鑽を重ね,充実を図ってゆきたい.本研究に際し,懇切丁寧にご指導頂いた東京大学生産技術研究所 木内学教授に深甚な謝意を表します.

審査要旨

 本論文は,戦後の日本自動車産業の発展の経緯の調査と分析を通じて,自動車技術,自動車製造企業および自動車産業の在り方と社会との関係を明かにしようとするものである.

 論文提出者は,先ず,社会の様様な動向を示す因子のうちで自動車産業と関係の深いと考えられる因子を抽出し,過去50年間にわたるそれら因子の推移をまとめるとともに,因子間の独立性を検証した.

 次に,自動車そのものの動向を評価する尺度として,基本寸度,形態デザインおよびエンジン技術を始めとする種々の技術をとりあげ,企業の特質を分析するための尺度として各企業が用いた開発組織,自動車産業の動向を評価するための尺度として技術提携および海外進出を取り上げ,それぞれについて,過去50年間の日本および欧米での動向と前述の社会動向因子との関係を整理し分析した.また,各事項について,数量的な評価基準を設定し,現実の自動車技術や企業の状況を事例として系統的な評価を行った.

 この結果,自動車産業に大きい影響を及ぼす社会動向因子は,1)経済レベル即ちGDP,2)自産業の経済規模(生産量),3)環境問題,4)消費者動向(レジャー指向,保有台数,女性免許取得者数)などであることが判明した.また,逆に,自動車産業が社会に与えた影響については,1)経済レベルの向上,2)環境問題,3)インフラ整備,4)安全問題,5)国民のレジャー指向増加,6)女性の社会進出支援 などが挙げられる.

 また,各項目に関する一連の評価およびその結果の分析を通じて,開発組織については,企業の開発規模および負荷に応じた最適の組織形態を選別する基準を案出した.また,技術提携の評価についても,提携の持つ多くの面に配慮した評価基準を作成し,世界主要自動車企業間の提携を分析・評価し,その優劣について示した.更に,海外進出に関しても,進出国の特性,生産および販売方法に応じた独自の基準を設けて世界の企業の進出状況にあてはめ,その適切さについて評価し,連結売上との比較から評価結果が妥当であることを示した.

 さらに,自動車技術の社会への受容性についても調査し,技術の指向性が戦後,約10年毎に変化し,社会の指向性に沿う時代と沿わない時代とに区別できることを指摘した.

 自動車産業と社会動向との関係の巨視的研究は,あまり例を見ない.藤本氏およびキム・クラーク氏は,自動車企業について多くの論文を発表しているが,主に製品開発の在り方についての研究であり,本論文のように,基本寸度,形態,技術,開発組織,技術提携,海外進出など多くの側面を対象として検討してはいない.

 また,自動車以外の分野でも,技術史や.産業史が発表されているが,この論文のように,社会動向因子を抽出して,それらとの関係を記述したものは見当たらない.

 このように,本論文は,自動車産業と社会との関係を包括的にとりまとめて,分析した点で,また,産業の在り方についての評価基準を作成し,一連の評価を行い.その適否を指摘した点で極めてユニークであり,かつ,今後の技術と社会との関係に関する研究にとって有用であると判定される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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