近年、モバイルコンピューティングの普及に伴い、映像や高速データを中心とするワイヤレスマルチメディア通信への要求が高まりつつある。ワイヤレスマルチメディア通信の特質である携帯性・移動性を高めるためには、無線通信装置の小型化・高性能化が不可欠であり、これを実現する有効な手段として、再現性・量産性に優れたMMIC技術のマイクロ波送受信回路への導入が必須である。 本研究では、電力増幅器やミキサ、可変利得増幅器などのマイクロ波送受信回路の小型化・高性能化を左右するキーデバイスを実現する上で従来問題となっていた課題を抽出し、これを克服するためにモノリシック集積化に適したカスコード接続FETおよび任意の位相差を実現できる簡易な分配合成回路を用いた機能回路の構成法を提案する。さらに、小型で設計精度の高い線路を実現できるユニプレーナ型MMIC技術を用いて試作し、その有効性を実証する。これにより、マイクロ波送受信回路の小型化・高性能化がさらに進められ、適応波形等化や誤り訂正、マルチキャリア伝送、アンテナ制御などの種々の技術との相乗効果により無線通信装置の小型化・高性能化に大きく寄与すると考えられる。 以下では各章の概要を述べ、主要回路の技術ポイントを概説する。 第1章は緒論であり、ユニプレーナ型MMIC技術およびカスコード接続FETを用いたMMIC機能回路の特徴と本研究の目的について述べる。 ユニプレーナ型MMICは、マイクロ波回路素子を形成する半導体表面に接地導体が形成される構成であり、コプレーナ線路やスロット線路などの共平面型線路の基本構成と一致している。そのため、基板の厚さによらず狭い信号線路幅、狭い線路・素子間隔の設計が容易となり、幅の広いマイクロストリップ線路を使用するマイクロストリップ型MMICと比較して回路の小型化が可能である。また、カスコード接続FETはソース接地FETとゲート接地FETとを縦続接続した構成であり、バイアス回路をソース接地FETとゲート接地FETとで共用でき段間の整合回路も簡略化できることから小型化に適した構成である。さらに、周波数の高い領域ではソース接地FETを用いた2段回路に相当する電力利得を得られる可能性があり、各種MMIC機能回路に適用されている。 第2章では、電力増幅器の低位相歪化・高効率動作化、およびログ/リミッタ増幅器の低位相歪化を目的として、大信号動作領域付近におけるカスコード接続FETの入力電力-出力位相特性に着目し、カスコード接続FETを用いた低位相歪電力増幅器およびログ/リミッタ増幅器の回路構成法および試作結果について述べる。 2.1節では、カスコード接続FETを用いた低位相歪電力増幅器の回路構成法および試作結果について述べる。はじめに、FETの電力付加効率が大きくなる大信号動作領域付近ではソース接地FETとゲート接地FETとで位相変化が逆特性となることを示す。次に、カスコード接続FETにおいて、ドレインバイアス電圧配分を最適化することで、自己位相歪補償作用による低位相歪化を図れることを示す。最後に、カスコード接続FET電力増幅器において位相変化が小さく電力付加効率が最大となるバイアス点に設定することで、電力付加効率:50%の1.9GHz帯高効率電力増幅器を実現した。 2.2節では、カスコード接続FETを用いた低位相歪ログ/リミッタ増幅器の回路構成法および試作結果について述べる。試作した240MHz帯MMICログ/リミッタ増幅器は、入力範囲:35dBでの位相変化:3°以内(要求性能:5°以内)という良好な位相歪特性が得られた。 第3章では、可変利得増幅器の小信号動作領域における利得制御時の通過位相の変動の低減を目的として、カスコード接続FETを用いた定位相・可変利得増幅器の回路構成法および試作結果について述べる。 はじめに、カスコード接続FETを用いた可変利得増幅器において、ゲート接地FETとソース接地FETの両方のゲートバイアス電圧を制御することで、小信号動作領域における利得制御時に生じる高周波信号の通過位相の変動を低減できることを示す。次に、一方のゲートバイアス電圧のみを制御し他方のゲートバイアス電圧を従属制御する抵抗分圧回路を利用した簡易なバイアス電圧制御回路を考案し、カスコード接続FETを用いた1.9GHz帯可変利得増幅器に適用した。その結果、20dBの利得制御時に生じる20°以上の通過位相変動を+3°〜-1°以内に低減できた。 第4章では、マイクロ波回路構成素子の中でも特に大型なインダクタの小型化を目的として、低損失・広帯域アクティブインダクタの回路構成法および試作結果、さらに、移相器、発振器および歪補償回路への回路応用について述べる。 4.1節では、周波数に対してほぼ一定の負性抵抗をインダクタンスに直列に発生させて低損失化・広帯域化を図るアクティブインダクタの回路構成法について述べる。GaAs MESFETを用いて試作したアクティブインダクタのQ値が80以上となる周波数範囲は1.6GHzから3.6GHz以上であり、従来のアクティブインダクタの報告例よりも広帯域化(4倍以上)を図れ、スパイラルインダクタと比較して損失を低減(1/10以下)できた。 4.2節では、アクティブインダクタを用いた反射型アナログ移相器の回路構成法および試作結果について述べる。試作した移相器のリアクタンス回路に用いたバラクタダイオードとアクティブインダクタの両方のバイアス条件を変化させることにより、2.1GHzから2.4GHzの周波数範囲において挿入損失:2dB以内、270°以上の位相変化が得られ、従来構成と比較して可変位相量を50°以上増大できた。 4.3節では、アクティブインダクタを用いた小型・広帯域発振器の回路構成法および試作結果について述べる。GaAs MESFETを用いて試作した発振器では、1.56GHzがら2.85GHzという比帯域:50%以上の周波数可変範囲において(4.4±1.0)dBmの出力が得られ、従来構成のアクティブインダクタを用いた発振器の報告例と比較して広帯域化(2倍程度)・小型化(70〜85%程度に削減)を図れた。 4.4節では、アクティブインダクタを用いた電力増幅器の歪補償回路の回路構成法および試作結果について述べる。はじめに、GaAs MESFETを用いて試作したアクティブインダクタへの入力電力が増加した場合の入力反射係数特性の変化について述べ、FETのバイアス電圧を適切に設定することで入力電力の増加により振幅の増加と位相の遅れ/進みが得られることを示す。次に、アクティブインダクタをプリディストーションリニアライザとして使用した線形電力増幅器の実験系を構築し、周波数:1.9GHzでの3次相互変調歪特性の測定を行ったところ、14dBmから25dBmの出力電力範囲において改善されており、最大で約9dBの歪補償効果を確認した。 第5章では、モノリシック集積化が困難で大型なアイソレータなどの回路構成素子が不要となる小型で簡易な回路構成法の提案を目的として、任意の位相差を実現できる簡易な分配合成回路の構成を適用した広帯域45°分配合成回路を用いた並列型増幅器およびSSB偶高調波ミキサの回路構成法および試作結果について述べる。 5.1節では、ウィルキンソン型0°分配合成回路と45°遅延線路と90°ショートスタブとを用いた広帯域45°分配合成回路を提案する。17GHzから22GHzの周波数範囲における試作回路の分配損失:(4.0±0.2)dB、反射損失およびアイソレーション:19dB以上、位相差:(45±1)°であり、従来構成の45°分配合成回路と比較して位相誤差を7°以内から1°以内に改善できた。 5.2節では、広帯域45°分配合成回路を用いた並列型増幅器の回路構成法および試作結果について述べる。はじめに、90°分配合成回路を用いた並列型増幅器の構成と45°分配合成回路を用いた並列型増幅器の構成とを組み合わせることで、送信機相互変調歪を全て抑圧できることを理論的に示す。次に、広帯域45°分配合成回路を用いた並列型増幅器を試作し、送信機相互変調歪の抑圧効果(18.6GHzから22.2GHzの周波数範囲における3次相互変調歪の抑圧比:18dB以上)を確認した。 5.3節では、広帯域45°分配合成回路を用いたSSB偶高調波ミキサの回路構成法および試作結果について述べる。試作回路では、RF周波数:22.89GHzから26.39GHzにおける送信時の変換利得:-13dB以上、イメージ抑圧比:24dB以上という特性が得られ、IFスイッチを使用せずに送信と受信の両方で共用できるミキサとして良好に動作することを明らかにした。 最後に第6章では、本論文全体を総括する。 |