液晶ディスプレーは、ノート型パーソナルコンピュータをはじめとする携帯型マルチメディア機器に搭載され、さらにテレビの領域においてもブラウン管を凌駕し始めており、次世代フラットパネルディスプレーの本命と目されている。現在、液晶ディスプレーの主流はネマティック液晶であるが、本論文では、高速応答性や広視野角などの優れた特徴を有し、次世代液晶ディスプレイ用材料としての応用が大いに期待されている強誘電性液晶や反強誘電性液晶に代表されるスメクティック液晶を対象として取り上げ、スメクティック液晶における誘電的・電気光学的応答を用いた物性研究ならび材料開発を行い、強誘電性液晶を用いたフラットパネルディスプレイの試作を行なった。その結果、従来のディスプレーに比べてはるかに優れた動画像表示の実現に成功した。 論文は、以下の7章から構成されている。 第1章は序論であり、本研究の背景が述べられている。 第2章では、強誘電性および反強誘電性液晶における相転移に関する新たな知見が報告されている。非線形誘電応答と電気光学応答の同時測定を行った結果、強誘電性液晶においては、SmA(常誘電)-SmC*(強誘電)相転移が非線形誘電応答にいたるまでランダウ展開を用いた現象論で説明可能であること、ランダウの自由エネルギー密度における各係数の値を一度に決定できたこと、転移の次数を決定できたことが述べられている。反強誘電性液晶においては、SmA相の低温側に出現する相に関して、SmA-相転移の現象論による取り扱いが有効であることが示されている。また、現象論における各係数の値と光学純度との関係を明らかにしている。 第3章では、反強誘電性液晶の、、相といった分子配置や層構造が未知の相に関する新たな知見が報告されている。相ではSmC*相のような長いピッチの螺旋構造が存在しないこと、従来SmC*相と考えられていた相はSmC*相と異なるフェリ的な相であること、光学純度を下げることによって従来のSmA--相系列がSmA-SmC*へと変わることを明らかにしている。また、反強誘電性液晶に関する新しいタイプの電場-温度の相図を得ることに成功している。 第4章では、表面安定化強誘電性液晶のスイッチング機構と実用的な強誘電性液晶材料に関する新たな知見が報告されている。基板界面のアンカリングの効果を考慮に入れた一様反転スイッチングモデルを用いて、負の誘電異方性をもつ強誘電性液晶のスイッチング機構を解明し、同時に粘性係数やアンカリングエネルギー定数を決定できたことが示されている。さらに一般の強誘電性液晶材料ではスイッチングしきい値電圧の温度依存性が大きく、そのことが強誘電性液晶ディスプレイの実用化への障害の1つとなっていたが、得られたスイッチング曲線の理論式から誘電異方性と自発分極のマッチングによってスイッチングしきい値電圧を温度に対して一定にできることが示され、実際にそのような特性をもつ強誘電性液晶材料の開発に成功した。 第5章では、アナログ階調用ポリマー添加強誘電性液晶デバイスに関する新たな知見が報告されている。従来2値表示しか行えない強誘電性液晶に対し、ある種のポリマーを添加することによって、スメクティック層と平行方向に規則的な縞状のスイッチングドメインを出現させアナログ階調用強誘電性液晶デバイスを開発することに成功した。このような特性は、降温過程において液晶と相分離を起こしたポリマーがスメクティック層に沿って配置し、その結果スイッチングに要するしきい値電圧にミクロな縞状の不均一性が生じた結果得られたものである。 第6章では、高速応答性、高コントラスト比、広動作温度範囲、低電圧駆動等の優れた特性を合わせもつ強誘電性液晶材料を新たに開発し、実際に17型試作パネルへ適用した結果が報告きれている。開発した液晶材料は、空間分割2ビットと時間分割4ビットを組み合わせたデジタル階調方式での駆動が可能であり、これまで困難とされていた256階調フルカラーで、切れのあるシャープな動画像を実現することに成功している。 第7章は本論文のまとめである。 以上、本論文では、スメクティック液晶の電気光学応答を詳細に調べ、その相転移やスイッチング機構に関する新たな知見を得るとともに物理的モデルに基づいた材料設計を行なうことでアナログ階調用ポリマー添加強誘電性液晶デバイスやスイッチングしきい値電圧が温度に依存しない強誘電性液晶材料の開発に成功した。これらの過程で開発された測定法や物理的モデルならびに要素技術は次世代の液晶ディスプレーを実現するために必要不可欠の技術であり、得られた成果は液晶ディスプレイの発展に多大の貢献をすることが予想される。 よって本論文は工学に対し寄与するところが大きく、博士(工学)の学位論文として合格と認める。 |