学位論文要旨



No 214567
著者(漢字) 酒匂,禎裕
著者(英字)
著者(カナ) サコウ,テイユウ
標題(和) スメクティック液晶における誘電的・電気光学的応答ならびにそのフラットパネルディスプレイへの応用
標題(洋) Dielectric and Electrooptical Responses in Smectic Liquid Crystals and Their Application to Flat Panel Displays
報告番号 214567
報告番号 乙14567
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14567号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 木村,康之
 東京大学 教授 早川,禮之助
 東京大学 教授 西,敏夫
 東京大学 教授 宮野,健次郎
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 助教授 伊藤,耕三
内容要旨

 すでにノート型パソコンをはじめとする携帯型マルチメディア機器に搭載され、さらにはテレビの領域においてもブラウン管を凌駕し始めた液晶ディスプレイは、次世代フラットパネルディスプレイの本命と目されている。現在、液晶ディスプレイの主流はネマティック液晶を用いたものであるが、本論文では、高速応答性や広視野角などの優れた特徴を有し、21世紀の液晶表示素子として大いに期待されている強誘電性液晶や反強誘電性液晶といったスメクティック液晶をその対象として取り上げた。ここでは主に、

 1.スメクティック液晶の誘電的・電気光学的ダイナミックス

 2.ポリマー添加強誘電性液晶を用いたアナログ階調表示

 3.ビデオレート・フルカラー表示強誘電性液晶ディスプレイの材料開発

 という3つのテーマに関して新たな知見を得るとともに、実際、新たに開発した材料を試作パネルへ適用し、優れた動画像表示の実現に成功した。

1.スメクティック液晶の誘電的・電気光学的ダイナミックス

 正弦波電場を印加したときの線形および非線形の電気変位応答と電場誘起傾き角の同時測定が可能なシステムを開発し、これを強誘電性液晶、反強誘電性液晶に適用した。

 一般に強誘電性液晶のSmA(常誘電)-SmC*(強誘電)相転移は転移温度TC近傍においてランダウ展開を用いた現象論でよく説明できることが知られている。今回試料として用いた強誘電性液晶材料764Eの測定においても、図1に示すように非線形誘電応答にいたるまで現象論がよく当てはまることが確認され、上記同時測定によりランダウの自由エネルギー密度における各係数の値を一度に決定することができた。さらに、この転移の際の3次の非線形誘電率3が負であることから、この転移が2次の相転移であることも確認できた。

図1 764Eの5次の非線形誘電率5の温度依存性。臨界指数6.8は現象論から計算される値7にほぼ等しい。

 一方、反強誘電性液晶MHPOBC、MHPOCBCではそのSmA相の低温側に相というゆらぎの大きな相が存在するが、SmA-相転移の場合にも現象論による取り扱いが有効であること、現象論における1の係数Bが明確な温度依存性をもち、SmA-相転移温度でB=0となることなどがわかった。さらに光学純度を若干低下させたMHPOBCの測定からは、現象論における各係数の値と光学純度との関係が明らかになり、特にカップリング係数とよばれている分極Pとの積の係数cは光学純度に依存する係数であることもわかった。

 次に、DCバイアス電場に微小振幅AC電場を重畳した電場を入力信号として用いて誘電率、電傾係数を同時に測定できるシステムを開発し、これを反強誘電性液晶の相といった副次相に適用した。

 これによって、相ではSmC*相のような長いピッチの螺旋構造が存在しないこと、従来SmC*相と考えられていた相はSmC*相と異なるフェリ的な相であることなどがわかった。また、図2に示すように、光学純度を下げることによって従来のSmA--相系列がSmA-SmC*へと変わることが明らかになった。さらには反強誘電性液晶に関する新しいタイプの電場-温度の相図も得られた。

図2(a)MHPOBC、(b)光学純度の低いMHPOBC(R:S=17:3)の電傾係数の電場、温度依存性。
2.ポリマー添加強誘電性液晶を用いたアナログ階調表示

 従来2値表示である強誘電性液晶において、アナログ階調表示を実現するポリマー添加強誘電性液晶を新たに開発した。図3(a)に典型的なポリマー添加強誘電性液晶の電界下における中間調表示時のスイッチングドメインを示す。層法線と垂直方向に規則的な縞状のスイッチングドメインが約10mピッチで現れ、電界強度の変化に伴いそのドメインは緩やかに増減するのでアナログ階調表示が可能となる。このような材料は通常の強誘電性液晶に図3(b)のような構造のポリマーを0.1〜0.2wt.%程度添加することによって得られる。

図3 (a)ポリマー添加強誘電性液晶のスイッチングドメインと(b)添加用ポリマーの一例。

 このポリマー添加強誘電性液晶においては、セルへの注入後の降温過程において液相-ネマティック相転移点近傍で相分離が起こり、ポリマーが液晶から分離、凝集する様子が観察される。その後、さらに冷却すると、凝集したポリマーはスメクティック層に沿って配置され、その結果スイッチングに要するしきい値電圧がミクロな縞状の場所依存性をもつようになると考えられる。さらにここでは、種々のポリマーと液晶の組み合わせを系統的に調べることで添加用ポリマーの最適化を行い、縞状ドメイン生成機構に関してより詳細な知見を得ることができた。

3.ビデオレート・フルカラー表示強誘電性液晶ディスプレイの材料開発

 最初に、基板界面のアンカリングの効果を考慮に入れた一様反転スイッチングモデルを新たに用いて、図4のようなスイッチングパルス幅-印加電場曲線Eが極小値をとることが知られている負の誘電異方性(<0)をもつ強誘電性液晶におけるスイッチング特性の解析を行った。図中の実線は上記モデルより得られた理論式を用いた最適当てはめ曲線であり、実測値との一致はよい。この最適当てはめによって、粘性係数やアンカリングエネルギー定数等の各物性値を求めることができた。

 さらに一般の強誘電性液晶材料ではスイッチングしきい値電圧の温度依存性が大きく、そのことが強誘電性液晶ディスプレイの実用化への障害の1つとなっていたが、得られたスイッチング曲線の理論式から、誘電異方性と自発分極のマッチングによってスイッチングしきい値電圧を図5のように温度に対して一定とすることができることがわかった。一般にこのような特性をもつ材料は、二軸誘電異方性∂が大きなアキラルホストSmC材料に、誘起される自発分極が温度低下にともしない線形に増加する特性のキラルを少量添加することによって得られる。

図表図4 負の誘電異方性をもつ強誘電性液晶材料の-E曲線。 / 図5 スイッチングしきい値電場Ekの温度依存性。

 最後に、上記温度依存性の改善のみならず、高速応答性、高コントラスト比、低消費電力等の優れた特性を合わせもつ強誘電性液晶材料を新たに開発し、実際に17型試作パネルへ適用した。この開発した液晶材料は、空間分割2ビットと時間分割4ビットを組み合わせたディジタル階調方式での駆動が可能であり、これまで困難とされていた256階調フルカラーで、切れのあるシャープな動画像を実現することができた。

図表図6 開発した強誘電性液晶材料を用いた17型ビデオレート・フルカラーディスプレイの表示画像。 / 表1 開発した強誘電性液晶材料の諸特性(25℃、セル厚d=1.4m)。
審査要旨

 液晶ディスプレーは、ノート型パーソナルコンピュータをはじめとする携帯型マルチメディア機器に搭載され、さらにテレビの領域においてもブラウン管を凌駕し始めており、次世代フラットパネルディスプレーの本命と目されている。現在、液晶ディスプレーの主流はネマティック液晶であるが、本論文では、高速応答性や広視野角などの優れた特徴を有し、次世代液晶ディスプレイ用材料としての応用が大いに期待されている強誘電性液晶や反強誘電性液晶に代表されるスメクティック液晶を対象として取り上げ、スメクティック液晶における誘電的・電気光学的応答を用いた物性研究ならび材料開発を行い、強誘電性液晶を用いたフラットパネルディスプレイの試作を行なった。その結果、従来のディスプレーに比べてはるかに優れた動画像表示の実現に成功した。

 論文は、以下の7章から構成されている。

 第1章は序論であり、本研究の背景が述べられている。

 第2章では、強誘電性および反強誘電性液晶における相転移に関する新たな知見が報告されている。非線形誘電応答と電気光学応答の同時測定を行った結果、強誘電性液晶においては、SmA(常誘電)-SmC*(強誘電)相転移が非線形誘電応答にいたるまでランダウ展開を用いた現象論で説明可能であること、ランダウの自由エネルギー密度における各係数の値を一度に決定できたこと、転移の次数を決定できたことが述べられている。反強誘電性液晶においては、SmA相の低温側に出現する相に関して、SmA-相転移の現象論による取り扱いが有効であることが示されている。また、現象論における各係数の値と光学純度との関係を明らかにしている。

 第3章では、反強誘電性液晶の相といった分子配置や層構造が未知の相に関する新たな知見が報告されている。相ではSmC*相のような長いピッチの螺旋構造が存在しないこと、従来SmC*相と考えられていた相はSmC*相と異なるフェリ的な相であること、光学純度を下げることによって従来のSmA--相系列がSmA-SmC*へと変わることを明らかにしている。また、反強誘電性液晶に関する新しいタイプの電場-温度の相図を得ることに成功している。

 第4章では、表面安定化強誘電性液晶のスイッチング機構と実用的な強誘電性液晶材料に関する新たな知見が報告されている。基板界面のアンカリングの効果を考慮に入れた一様反転スイッチングモデルを用いて、負の誘電異方性をもつ強誘電性液晶のスイッチング機構を解明し、同時に粘性係数やアンカリングエネルギー定数を決定できたことが示されている。さらに一般の強誘電性液晶材料ではスイッチングしきい値電圧の温度依存性が大きく、そのことが強誘電性液晶ディスプレイの実用化への障害の1つとなっていたが、得られたスイッチング曲線の理論式から誘電異方性と自発分極のマッチングによってスイッチングしきい値電圧を温度に対して一定にできることが示され、実際にそのような特性をもつ強誘電性液晶材料の開発に成功した。

 第5章では、アナログ階調用ポリマー添加強誘電性液晶デバイスに関する新たな知見が報告されている。従来2値表示しか行えない強誘電性液晶に対し、ある種のポリマーを添加することによって、スメクティック層と平行方向に規則的な縞状のスイッチングドメインを出現させアナログ階調用強誘電性液晶デバイスを開発することに成功した。このような特性は、降温過程において液晶と相分離を起こしたポリマーがスメクティック層に沿って配置し、その結果スイッチングに要するしきい値電圧にミクロな縞状の不均一性が生じた結果得られたものである。

 第6章では、高速応答性、高コントラスト比、広動作温度範囲、低電圧駆動等の優れた特性を合わせもつ強誘電性液晶材料を新たに開発し、実際に17型試作パネルへ適用した結果が報告きれている。開発した液晶材料は、空間分割2ビットと時間分割4ビットを組み合わせたデジタル階調方式での駆動が可能であり、これまで困難とされていた256階調フルカラーで、切れのあるシャープな動画像を実現することに成功している。

 第7章は本論文のまとめである。

 以上、本論文では、スメクティック液晶の電気光学応答を詳細に調べ、その相転移やスイッチング機構に関する新たな知見を得るとともに物理的モデルに基づいた材料設計を行なうことでアナログ階調用ポリマー添加強誘電性液晶デバイスやスイッチングしきい値電圧が温度に依存しない強誘電性液晶材料の開発に成功した。これらの過程で開発された測定法や物理的モデルならびに要素技術は次世代の液晶ディスプレーを実現するために必要不可欠の技術であり、得られた成果は液晶ディスプレイの発展に多大の貢献をすることが予想される。

 よって本論文は工学に対し寄与するところが大きく、博士(工学)の学位論文として合格と認める。

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