学位論文要旨



No 214568
著者(漢字) 岡村,義英
著者(英字)
著者(カナ) オカムラ,ヨシヒデ
標題(和) モデルにもとづくアルミニウム熱間加工プロセスの制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 214568
報告番号 乙14568
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14568号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 岡部,靖憲
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 助教授 新,誠一
 東京大学 講師 津村,幸治
内容要旨

 アルミニウム熱間加工工程においては近年多品種少量生産形態がますます強まり,製品寸法や材質,加工条件等の製造条件変化が激しくなってきている.今後より一層の高品質,高生産性,操業安定化をはかるには製造条件変化に合理的に対処した新たな制御技術の開発が不可欠であり,制御対象の特徴や課題に応じた適切な制御系の設計を行うことが重要である.特にアルミニウム加工プロセスにおいては一般に鉄鋼での加工プロセス比べて製造品種が非常に多いことから,品種毎の製造条件変化により柔軟に対処することが必要となる.

 そこで本研究ではアルミニウム熱間加工プロセスを対象として,物理モデルにもとづく制御をベースとした多品種少量生産に適した制御手法の研究を進めた.制御系設計には状態フィードバック,オブザーバ,2自由度制御,H制御理論を用いているが,モデルのパラメータが「解析的」な形で補償器のパラメータに陽に現れるような構造とすることで品種毎に合理的かつ柔軟に対処可能とした点に最大の特徴がある.

 まず急速に進行する不安定現象である「板流れ」の安定化を目的とした板流れ制御について述べた.制御対象には以下のような特徴がある.(1)十分な板流れ抑制効果を得るには応答の早いアクチュエータが必要となり,従来は油圧圧下装置が用いられているが,本研究で対象とする圧延機は電動圧下装置であり応答が油圧圧下の1/5〜1/10程度と遅い.(2)板流れ量は光学的センサを用いて直接検出あるいは板が流れた側の圧延荷重が増加する現象を利用し,モデルを用いて間接的に検出可能であるが,板流れ量を直接検出する場合センサ設置環境が劣悪であることから長期間の安定的検出が困難.(3)本研究で対象とする圧延機では板流れセンサは最終スタンド出側にのみ設置されており,むだ時間が存在する.

 本研究ではこれらの特徴を考慮し以下の方針で制御系を設計した.

(1)2段階の制御系設計

 Step1:比較的安定して検出可能な差荷重信号を利用し,オブザーバを用いて状態量を推定し状態フィードバックにより板流れ現象を安定化する.安定化のためのアクチュエータとしては電動圧下装置に代えてロールのたわみを油圧で調節してロールギャップを調節可能で,油圧圧下装置と同程度の応答特性をもつベンダ制御装置を利用することでアクチュエータの応答性や操作量の飽和の問題に対処した.

 Step2:板流れ現象の安定化の後圧延機出側の板流れセンサ検出値にもとづいて電動圧下装置を用いて積分制御することで定常偏差を除去する.

(2)制御ゲインを制御対象のモデルパラメータから解析的に決定

 状態フィードバックゲインやオブザーバゲインが制御対象のモデルパラメータから解析的に定まり,圧延条件変化に合理的に対処でき調整が容易となるよう考慮した.

 つぎにタンデム圧延機における負荷分散を目的としたスタンド間板厚制御について述べた.制御対象には以下のような特徴がある.(1)従来広く用いられているゲージメータ板厚式を用いる場合,ロール熱膨脹やロール偏心の影響をうけ板厚を誤検出し板厚精度が悪化する.(2)板厚制御系と張力制御系には相互干渉が存在する.たとえば板厚制御のためロールギャップを変化させるとスタンド間のマスフローが変化して張力も変化することとなる.

 本研究ではこれらの特徴を考慮し以下の方針で制御系を設計した.

(1)干渉を考慮した詳細モデルの構築と簡略化

 各スタンド間での板厚と張力の干渉を考慮した詳細モデルをまず構築し,制御系設計用モデルとしては既存のゲージメータ方式板厚制御を含め,張力制御系を外乱として無視した1次遅れ+むだ時間系として簡略化した.これにより補償器の構造がより簡単となり制御モデルの定常ゲインが1となって圧延条件変化に依存しなくなること,また既存の板厚制御をそのまま活用できるという利点が得られ実装や調整が容易となる.

(2)簡略モデルパラメータを用いた2自由度制御系の構成

 目標値応答と外乱応答の両立を目的として2自由度制御系を構成した.その際フィードフォワード補償器の制御ゲインは簡略モデルのパラメータを用いて設定することとし,圧延条件変化に合理的に対処することとした.またフィードバック補償器の設計に際しては実際の圧延プロセスを詳細モデルのパラメータ変化として見積もることとし,簡略モデルとのモデル誤差を評価して混合感度問題として取り扱いH制御理論を用いて設計した.

 最後に押出し生産能率の向上と速度精度の向上を目的とした押出し速度制御について述べた.制御対象には以下のような特徴がある.(1)押出し製品には様々な形状のものがある,いわゆる多品種少量生産となり速度制御特性も品種に応じて大きく変化する.(2)実機では押出し材料の圧縮変形が介在するため製品速度と押出し機(ラム)速度は一致しない.

 本研究ではこれらの特徴を考慮し以下の方針で制御系を設計した.

(1)製品速度を考慮した押出し速度制御モデルの作成と簡略化

 従来の制御ではモデルにもとづかない方法であり押出し条件変化への合理的対処が困難であった.そこでまず実機の特徴をよく表す押出し速度制御のモデルを新たに作成した.補償器設計に際しては調整を容易とするため作成した物理モデルにもとづいて実機の特性を検討しモデルを一次遅れ系に簡略化した.

(2)簡略モデルパラメータを用いた2自由度制御系の構成

 目標速度到達時間の短縮と製品割れの原因となるオーバシュート抑制の両立のため2自由度制御系を構成した.補償器設計に際しては対象とする押出し機の製造条件変化の程度に応じた設計,具体的には条件変化が小さい押出し機ではPI制御,条件変化が比較的大きい押出し機ではH制御とした.補償器の制御ゲインは簡略モデルのパラメータを用いて設定することとし押出し条件変化に合理的に対処可能とした.

 本論文では以上のように,アルミニウム熱間加工プロセスを対象とした多品種少量生産に適した制御系設計のあり方について論じた.そしてそのためにはモデルにもとづいた制御が必要であるとの考えからモデルにもとづく制御の合理性を追求し,補償器のパラメータをモデルの物理パラメータから解析的に決定することで製造条件変化に合理的かつ柔軟に対処する制御手法を提案した.本手法では物理的意味あいが明確な形でモデル構築あるいはモデル簡略化を行うことが重要であり,これによりモデルパラメータが解析的な形で補償器のパラメータ内に陽に表現出来ることとなっている.このことは実装に際して非常に見通しのよい補償器が得られることとなり,多品種少量生産現場での調整が極めて容易となる利点を有している.このような設計手法はアルミニウム熱間加工プロセスのみならず広く実システムでの応用が期待され,本手法の実機適用による有効性を示したことの意義は大きい.

 またこれまでにはなかった押出し速度制御のモデルをはじめとする,アルミニウム熱間加工プロセスにおける種々の物理モデルを構築したことにより,モデルの流通性を高めることが期待されるだけでなく,これらの分野におけるモデルにもとづく制御の今後の発展にも大きく寄与するものである.

審査要旨

 本論文は「モデルにもとづくアルミニウム熱間加工プロセスの制御に関する研究」と題し、6章からなる。アルミニウムの需要は年々増加しつつあり、それにともなって材料が多様化し製品の品質や精度に対する要求は厳しさを増している。特に熱間加工工程は材料に大きな塑性変形を与えることにより製品の機械的性質を調整し必要な寸法精度を確保する重要な工程であり、生産効率や歩留を確保する上で制御系の果たす役割が極めて大きい。これまでアルミニウム熱間加工工程の制御は製鉄における類似工程の制御の知見にもとづいて行われることが多かったが、アルミニウムと鉄では材料の重さや柔らかさ、強度などの違いによる工程の構成面で大きな違いがあり、これらの相違を反映したアルミニウム独自の制御系を構築することが課題であった。

 本論文はアルミニウム熱間圧延と押出しの2つの工程に対してプロセスのモデルを開発し、それにもとづいて合理的な制御系を設計し実プロセスに実装して操業上多大な成果を得た結果を述べる。モデルにもとづいた制御系設計により高度な制御理論を用いることが可能となり、制御系の性能を既存のものに比べて大幅に改善するとともに、アルミニウムに独特の多品種生産に容易かつ柔軟に対応することが可能となった。

 1章は緒論として本研究の背景を述べ、アルミニウム加工現場における制御の問題点を述べている。

 2章は制御系構築の一般的な方針を述べ、設計の理論と手法の特徴をまとめている。またH-無限大制御理論の現場への適用に関連する課題とその解決法を提案している。

 3章以降が実際の制御系開発を述べたものである。まず3章では熱間圧延においてしばしば起こる「板流れ」を防止するための制御系の設計について述べている。板流れの発生メカニズムを原理的に考察し、そのモデルを構築した。信頼性の高い検出信号である差荷重を利用し、オブザーバを用いて板流れ量を推定し、ベンダ制御装置を利用して板の移動方向を修正する信頼性の高い制御装置を構築し、実機に実装してその有効性を確認している。

 4章では熱間圧延機の板厚制御系の構成について述べている。まず公称モデルとして張力系を無視した「無駄時間+一次系」のダイナミックスを用い、無駄時間を始めとする各種パラメータの変動領域を推定し、その範囲で有効に動作するロバストな制御系をH-無限大制御を用いて構成している。特に負荷分散のために変更する目標値応答と外乱応答の両立をはかるために二自由度制御系を用いている。実機適用の結果良好な性能が確認された。

 5章では押出し機の制御系構成について述べている。まず押出し機とアクチュエータの動的なモデルをもとめ、実データを用いてその適合性を検証している。ついで4章と同じ2自由度H-無限大制御にもとづくロバスト制御系を構成し、それを実機に適用した結果を述べている。押出し機は分布定数系であるのでそのモデリングは極めて困難で、これまで制御用のモデルは存在しなかった。この章で述べられたモデルは押出し機の基本モデルとして今後の押出し制御に貢献するところ大と思われる。

 6章は全体の総括にあてられ、本研究の学問的な位置付けと企業としての意義について述べている。

 以上これを要するに、アルミニウム加工の中核工程である熱間加工における制御問題を解決するためにモデルにもとづいて合理的に設計する手法を提案し、それを実際のプロセスに展開してその有効性を確認した。特にモデルを用いることによって多品種生産に柔軟にしかも筋の通った制御への道を開いたという点で本論文の成果は優れた価値をもつと思われる。また理論の展開を実際のプラントに対して行うことを通して制御系設計の理論と実際のギャップを埋めたという点でも本論文の制御工学への貢献は顕著である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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