学位論文要旨



No 214569
著者(漢字) 武,宏強
著者(英字)
著者(カナ) ウー,ホンチャン
標題(和) 多成分系白鋳鉄の凝固組織に関する研究
標題(洋) STUDIES ON SOLIDIFICATION STRUCTURE OF MULTICOMPONENT WHITE CAST IRON
報告番号 214569
報告番号 乙14569
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14569号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 林,宏爾
内容要旨

 耐アブレージョン摩耗材料として、高クロム白鋳鉄が広く使われてきたが、近年、生産性向上、コスト低減、省資源・省エネルギーなどを目的として、装置の大型化・高速化が進み、苛酷な環境下での摩耗に追従できる高性能部材が要求されるようになり、このような背景のもとに新しい耐摩耗材料として多成分系白鋳鉄の凝固に関する研究を行った。本研究は、多種類の強い炭化物形成元素の添加により、高Cr鋳鉄で晶出するM7C3炭化物と比較して著しく高硬度の炭化物を複数凝固組織中に晶出させ、耐アブレージョン摩耗性を向上させる目的で始められた。多成分系白鋳鉄の合金設計は炭素バランス(Cbal=鋳鉄の%C-合金と化学量論的結合するC量)のパラメーターを基準として行い、Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-5%V-5%Co(%はmass%)を基本合金組成とした。C量を1.70〜2.89%の範囲に変化させた一方向凝固試料を用いて凝固組織を調査した。晶出炭化物はVを主体とするMC炭化物及びMo、Wを主体とするM2C炭化物がすべての鋳鉄に晶出し、C量の増加とともに、炭化物量は増大し、高C鋳鉄になるとCr、Feを主体とするM7C3炭化物も晶出する。また、共晶成長速度(RE)は炭化物の形態にほとんど影響を及ぼさないが、MC、M2C炭化物及びオーステナイトデンドライトの大きさはREの増加と共に小さくなる。

 鋳鉄中Cr量を5%一定とし、Mo、W、V、Co及びC含有量を広範囲に変化させた自由凝固試料を用い、晶出炭化物の種類と形態(立体構造)をX線回折及びSEM観察により調査した。図1(a)及び(b)の組織図から明らかなように、凝固組織中にはMC、M7C3及びM2Cの炭化物が晶出し、CとV量あるいはC量とW当量(Weq=%W+2%Mo)の組合せによってMC単独の場合、(MC+M2C)、(MC+M7C3)及び(MC+M7C3+M2C)のように複数の炭化物の共存が可能であることが明らかである。さらに、同種の炭化物でも、合金元素の組合せにより炭化物の形態を制御することも可能である。MC炭化物の形態は花弁状、球状あるいはさんご状の3種類に、M2C炭化物はラメラー状及び板状に分類できる。また、M7C3炭化物は高Cr鋳鉄と同様に棒状あるいはレデブライト状である。鋳鉄中V、C量及びWeqの変化による各炭化物の晶出領域はVとC、あるいはWeqとCとの関係式によって区分され、Coは炭化物の種類及び形態にほとんど影響を及ぼさない。

図1 多成分系白鋳鉄における晶出炭化物の種類及び形態に及ぼす合金元素の影響(a)V及びC量との関係(b)Weq及びC量との関係

 MC、M2C及びM7C3炭化物を考慮して合金設計した5種類の鋳鉄を用い、熱分析及び熱分析途中の急冷実験を行って凝固過程を調査した。いずれの鋳鉄においてもMC炭化物が最も高い温度で、初晶あるいは共晶として晶出するが、共晶MC炭化物がM7C3あるいはM2C共晶炭化物と共存する場合は、(+MC)共晶に続いて、(+M7C3)あるいは(+M2C)共晶がそれぞれ晶出する。また、MC、M2C及びM7C3炭化物が共存する場合の共晶晶出順序は、高温から順に(+MC)→(+M7C3)→(+M2C)である。上述した凝固過程の正当性は凝固進行に伴う融液中の合金濃度の測定結果により説明できる。

 炭化物の組合せが異なる4種類の鋳鉄を選び広範囲の冷却速度(0.14〜3.83K/s)が得られる自由凝固試料を用いて、凝固組織に及ぼす冷却速度の影響を調査した。冷却速度が増加するとともに、オーステナイトデンドライトの二次アームスペーシング(DSII)は初晶晶出時の冷却速度(VP)の-0.36乗に比例して小さくなる。MC炭化物の晶出量(SMC)は4〜10%の範囲にあり、冷却速度の影響は小さいが、MC炭化物の粒径(DMC)は(+MC)共晶反応時の冷却速度(VE-MC)の-0.18乗に、M2C炭化物の層間隔(M2C)は(+M2C)共晶反応時の冷却速度(VE-M2C)の-0.25乗にそれぞれ比例して減少する。また、(+M7C3)単独あるいは(+M2C)と(+M7C3)の共晶組織の総体積(Seut)は平均冷却速度(VA)の-0.16〜-0.23乗に比例して減少する。

 多成分系白鋳鉄において、W及びMo系炭化物がM2CかあるいはM6Cとして晶出する条件について調査した。Weq及びC量が一定のもとでは、W/Mo値がある程度変化しても、M2C炭化物の形態及び晶出量はほとんど変化しないが、W/Moの値が極めて高い、すなわち高W、低Moの場合には魚骨状のM6C炭化物が晶出する。また、鋳鉄中のSi量の増加はM6C炭化物の晶出を著しく促進する。共晶として、M6C炭化物がM2Cに比べて多量に晶出する場合、C量が低くてもM7C3炭化物が晶出しやすくなり、MC、M6C、M7C3の共晶炭化物が共存するようになる。その場合の共晶は、高温から(+MC)→(+M6C)→(+M7C3)の順序に凝固し、M2C炭化物が主体となる場合と異なる。

 合金元素の組合せを広げた試料を作製し、熱分析法及び凝固途中からの急冷実験により、Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-0〜8%V-5%Co-C及びFe-5%Cr-2%Mo-2%W-0〜8%V-5%Co-C系合金の擬二元状態図、ならびに擬三元液相面状態図を作成した。図3(a)からC量の増加とともに、晶出炭化物の種類がMC、M2C、M7C3の順に増すことが明らかである。また、各炭化物の晶出に必要な鋳鉄中の臨界C量(CCRT)はV量と密接な関係があり、V量が増加すると、M2C、M7C3及びM3C炭化物のCCRTは増大し、同時に((あるいは)+MC)共晶点のC量は減少する。一方、Weqの高い方がMC及びM2C炭化物のCCRTは低いが、M7C3及びM3C炭化物のCCRTが逆に高くなる。図2(b)はWeq=15%の擬三元液相面状態図であり、Weqが低くなると液相面の温度は本状態図よりも全体的に高くなる。本研究で作成した各状態図は多成分系白鋳鉄の凝固組織とくに炭化物組織を制御するための合金設計に実用的で有益な指針を与える。

図2(a):Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-5%V-5%Co-C擬二元状態図、(b):Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-5%Co-V-C擬三元液相面状態図
審査要旨

 苛酷な摩耗環境下で稼動できる耐アブレージョン摩耗材料の開発のために,本研究は,多種類の炭化物形成元素の添加により,高硬度のMC炭化物を始めとした複数の炭化物を晶出させる多成分系白鋳鉄の凝固組織制御に関する研究を行ったもので8章より成る.

 第1章は序論であり,これまでの研究を述べ,本研究の背景・目的,本論文の構成について述べた.

 第2章は,一方向凝固法によって凝固組織に与えるC量・冷却速度の影響を調べた.炭素バランス(Cbal=鋳鉄のC量-合金と化学量論的結合するC量)を基準として合金設計を行い,Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-5%V-5%Co(%はmass%)を基本合金組成とし,C量を1.70〜2.89%の範囲に変化させた.Vを主体とするMC炭化物及びMo,Wを主体とするM2C炭化物がすべての鋳鉄に晶出した.C量の増加とともに炭化物量は増大し,高C鋳鉄になるとCr,Feを主体とするM7C3炭化物も晶出した.また,共晶成長速度(RE)は炭化物の形態にほとんど影響を及ぼさないが,MC,M2C炭化物及びオーステナイトデンドライトの大きさはREの増加と共に小さくなった.

 第3章では,Cr量を5%一定とし,Mo,W,V,Co及びC含有量を広範囲に変化させ,晶出炭化物の種類と形態(立体構造)をX線回折及びSEM観察により調査した.凝固組織中にはMC,M7C3及びM2Cの炭化物が晶出し,CとV量あるいはC量とW当量(Weq=%W+2%Mo)の組合せによってMC単独,(MC+M2C),(MC+M7C3)及び(MC+M7C3+M2C)の複数の炭化物が共存することを示した.さらに,同種の炭化物でも,合金元素の組合せにより炭化物の形態は制御された.MC炭化物の形態は花弁状,球状あるいはさんご状の3種類,M2C炭化物はラメラー状及び板状に分類された.M7C3炭化物は棒状あるいはレデブライト状である.V,C量及びWeqの変化による各炭化物の晶出領域はVとC,あるいはWeqとCとの関係式によって区分され,Coは晶出炭化物の種類及び形態にほとんど影響を及ぼさない.

 第4章では,MC,M2C及びM7C3炭化物を考慮して合金設計した5種類の鋳鉄を用い,熱分析及び熱分析途中の急冷実験を行って凝固過程を調査した.共晶炭化物に関し,(+MC)共晶が晶出し,続いて,組成に応じて(+M7C3)あるいは(+M2C)共晶がそれぞれ晶出した.また,MC,M2C及びM7C3の3炭化物が共存する場合の共晶晶出順序は,(+MC)→(+M7C3)→(+M2C)であった.

 第5章では,炭化物の組合せが異なる4種類の鋳鉄を選び広範囲に冷却速度(0.14〜3.83K/s)を変化させ,凝固組織に及ぼす冷却速度の影響を調査した.オーステナイトデンドライトの二次アームスペーシング(DSII)と初晶晶出時の冷却速度(VP),MC炭化物の粒径(DMC)と(+MC)共晶反応時の冷却速度(VE-MC),M2C炭化物の層間隔(M2C)と(+M2C)共晶反応時の冷却速度(VE-M2C),(+M7C3)単独あるいは(+M2C)と(+M7C3)の共晶組織の総体積(Seut)と平均冷却速度(VA)のそれぞれの関係式を実験的に求めた.

 第6章では,多成分系白鋳鉄において,W及びMo系炭化物がM2CかあるいはM6Cとして晶出する条件について検討した.Weq及びC量一定下では,W/Mo値がある程度変化しても,M2C炭化物の形態及び晶出量はほとんど変化しないが,W/Moの値が極めて高い,すなわち高W,低Moの場合には魚骨状のM6C炭化物が晶出した.また,鋳鉄中のSi量の増加はM6C炭化物の晶出を著しく促進した.共晶として,M6C炭化物がM2Cに比べて多量に晶出する場合,C量が低くてもM7C3炭化物が晶出しやすくなり,MC,M6C,M7C3の共晶炭化物が共存するようになる.その場合の共晶は,(+MC)→(+M6C)→(+M7C3)の順序に凝固した.

 第7章では,合金元素を広範に組合せ,熱分析法及び凝固途中からの急冷実験により,Fe-5%Cr-5%Mo-5%W-0〜8%V-5%Co-C及びFe-5%Cr-2%Mo-2%W-0〜8%V-5%Co-C系合金の擬二元状態図,ならびに擬三元液相面状態図を作成した.これらの状態図より,炭化物の晶出に必要な鋳鉄中の臨界C量(CCRT)とV量の関係及びWeqとCCRTの関係が明確となった.

 第8章は総括である.本研究は多成分系白鋳鉄の凝固組織とくに炭化物組織を制御するための合金設計,凝固条件の設定に有益な指針を与えた.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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