学位論文要旨



No 214570
著者(漢字) 前田,純也
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ジュンヤ
標題(和) YBCO超電導リード体の作製プロセス
標題(洋)
報告番号 214570
報告番号 乙14570
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14570号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 栗林,一彦
 東京大学 教授 西永,頌
 東京大学 教授 北澤,宏一
内容要旨

 超電導マグネットに電流を供給するための高温酸化物超電導体電流リードは、通電によるジュール熱発生及び熱伝導による熱侵入を抑制できることから、システムにおける熱負荷軽減に必要不可欠な部品である。本論文で取りあげる一方向凝固法で作製した高温酸化物超電導Y-Ba-Cu-O(YBCO)リード体は、非常に高い臨界電流密度(Jc)を有することから、大電流通電が要求される超電導電力貯蔵システム(Superconducting Magnetic Energy Storage System : SMES)等への適用が考えられている。ただし実用化に際しては、Jc等の超電導特性のみならず、曲げ強度等の機械的特性の改善や、電流リード母材と金属電極との接触抵抗の低減も非常に重要な開発課題である。

 本報告では、従来のYBCO焼結バルク体においては銀添加が超電導特性を劣化させることなく機械的特性を向上させることが報告されている。このことから一方向凝固においても超電導体への銀添加を採用し、その時の凝固挙動や機械的特性への影響を調査した。また電流リード端部への電極作製法として、銀もしくは銀合金融液にYBCO/Ag超電導電流リードを浸漬する方法を用い、その際の超電導体/金属融液界面の反応挙動やそれらの接触抵抗について調査した。

(1)状態図と凝固機構解明

 本研究では未だ解明されていないY2Ba1Cu1O5(Y211)-Ba3Cu5Ox-Agの擬3元状態図を作製し、その状態図を用いてYBCO/Ag系の凝固機構を検討した。銀添加がない場合のY1Ba2Cu3Ox(Y123)相の成長過程では、包晶温度以下の過冷却状態において、BaO-CuO融液中の高温安定Y211相粒子が分解し、液相内を拡散することによって、Y123相の成長に必要な溶質が供給されると考えられている。このためYBCO系の凝固機構を理解するためにはY211,Y123,Ag(L2)に平衡する液相線を知ることが重要である。YBCO/Ag系では、過冷却の状態において、BaO-CuO融液中に準安定で存在しているY211相粒子と融液銀(L2)から、安定状態のY123相と融液銀(L2)が生成する(下式)。

 

 本報告では950℃から1150℃の範囲内において、平衡状態となっているBaO-CuO融液をサンプリングし、その成分濃度を測定することにより、BaO-CuO融液中におけるY,Ba,Cu,Ag各成分の組成を求め、各成分のBaO-CuO融液中におけるY211、Y123、Ag(L2)に平衡する溶解度曲線を得た。次にこれらの溶解度曲線からY211-Ba3Cu5Ox(L1)-Ag(L2)の擬3元状態図を作製し、この状態図を用いて上式(1)で表される包偏晶凝固を説明した(図1)。またその包偏晶凝固成長が、成長界面前方の融液中における溶質拡散律速であることを仮定し、Y123相中に分散する銀粒子間隔がJackson & Huntの共晶凝固理論を用いて計算できることを示した。

図1 過冷状態における包偏晶凝固の説明模式図準安定状態で平衡している液相濃度CL1211と安定状態でY123相、Ag(L2)相と平衡する濃度CL1123,CL1L2との関係が示されている。この図で銀成分に注目するとY123相とAg(L2)相の平衡液相濃度に違いが生じ、その濃度差CL1123(Ag)-CL1L2(Ag)により成長界面に対して平行に拡散場が形成される。また長軸方向の銀の拡散場は、準安定状態の平衡液相濃度と、Y123相とAg(L2)相に平衡する液相濃度の濃度差CL1123(Ag)-CL1211(Ag)、CL1211(Ag)-CL1L2(Ag)により形成される。銀粒子の分散間隔は、これらの成長界面前方の拡散場を計算することにより、計算することが可能である。
(2)銀添加YBCO超電導体の凝固挙動の解明

 YBCO超電導体の場合、高傾角粒界において超電導電流輸送が著しく阻害されるという「弱結合」の問題がある。このため大電流が通電される超電導電流リードとしては、等軸晶的な多結晶体となることは好ましくない。一方向凝固プロセスにおいて、平滑界面凝固と等軸晶凝固領域の境界値は、成長界面における温度勾配Gと成長速度Rの比(G/R)で表される。銀添加を行わないYBCO試料の場合、このG/Rは約8(Kh/mm2)であるのに対して、10wt%の銀添加を行った場合は約17(Kh/mm2)、20wt%の銀添加を行った場合は約22(Kh/mm2)となり、銀添加量の増加に伴い、そのG/Rクライテリオンは大きくなる。この原因の一つとしては、超電導体に比べて非常に熱伝導率が大きい銀が添加されることにより、実質的な温度勾配が低下したこと等が考えられる。

図2 銀粒子の偏析向って左側の黒い部分が凝固したY123相、Y123相中に捕捉されている白い粒子が銀である、銀粒子はセル底部にのみ偏析して捕捉されているのが観察される。またその捕捉形態は棒状であり、その形状から界面エネルギーバランスを議論した

 またYl23中に捕捉される銀粒子は結晶粒の谷の部分に偏析して存在することが観察された。従来銀粒子の偏析は、融液中に存在する銀粒子がY123相の成長界面では濡れないとの仮定のもと、成長界面における銀粒子径依存型プッシング/トラッピング遷移理論により説明されてきた。しかし本実験では銀粒子はY123相中に棒状となって捕捉されており、その形態から成長界面における銀粒子の濡れ角は180゜以下であり、少なくとも銀粒子が捕捉される領域では界面エネルギーバランスが成長界面における銀粒子を排出する力としては作用しないと考えられる。このことから銀粒子の偏析現象は、セル頂部とセル底部での界面エネルギーバランスが変化したと考えるのが妥当である。

(3)銀添加による機械的特性への影響

 結晶粒間に銀粒子が偏析する焼結バルク体とは異なり、結晶粒内に銀粒子が分散している一方向凝固YBCO/Ag体の場合、銀添加により実際機械的特性が向上するかどうか確認する必要がある。このため一方向凝固YBCO/Ag体における巨視的な機械的特性を調査することを目的として、室温における3点曲げによる破壊応力測定を行った。この結果、銀添加を行った試料は銀添加を行わない試料に比べて強度が2倍程度向上することが確認された。この強度向上の原因としては銀添加無/有による結晶方位の違いが考えられる。つまり銀添加を行わない試料では長軸と壁開面(ab面)とのなす角度は50〜60°であるのに対して、銀添加を施した試料においては30〜40°である。このことから銀添加試料では、印加応力の結晶劈開に対する寄与度が小さくなるために、曲げ強度が向上したものと考えられる。

図3 浸漬法により作製した電極部における超電導母材と付着銀の界面これらの図は成長方向に平行な断面を観察したものである。純銀融液に浸漬した場合には、界面に反応層が生成しているのが確認できる。この反応層は非超電導性であり低接触抵抗を得るためには好ましくない。銀/Y123合金融液に浸漬した場合、このような反応層は生成されず低接触抵抗値(2×10-12m2)を得ることに成功した。
(4)電流リード端部への電極作製法

 YBCO超電導体と金属銀融液の接合は低接触抵抗が得られることが報告されており、このことから一方向凝固材を銀融液に浸漬することにより、電流リード端部に電極を作製することをを試みた。

 しかし従来報告のように、純銀融液を用いて浸漬した場合には、Y1Ba2Cu3Ox相から主に銅成分が銀融液中へ溶出することにより、超電導母体と付着銀との界面に非超電導性を示す反応層が生成されてしまうことがわかった。この反応層を抑制する方法としては、融液銀中の銅の化学ポテンシャルをY123相と平衡する条件にしなければならないことから、単に銀融液中に銅を飽和させるだけでは不十分である。このことから本論文では、融液銀とY123の平衡濃度条件を作り出すのに有効な方法として、Y123粉末を銀融液に添加する方法を開発し、その時の電極における接触抵抗値は、実用上の要求値を十分満足されることを確認した。

審査要旨

 一方向凝固法で作製した高温酸化物超電導Y-Ba-Cu-O(YBC○)リード体は,高い臨界電流密度Jcを有し,ジュール熱発生及び熱伝導による熱侵入を抑制できることから,電流リードへの実用化が期待されている.実用化に際し,Jc等の超電導特性のみならず,曲げ強度等の機械的特性の改善,電流リード母材と金属電極との接触抵抗の低減も重要な開発課題である.本論文は,一方向凝固超電導体に銀添加し,その凝固挙動と機械的特性への影響ならびに,電流リード端部への電極作製法として,銀もしくは銀合金融液にYBCO/Ag超電導電流リードを浸漬し,超電導体/金属融液界面の反応挙動・接触抵抗について検討したもので7章より成る.

 第1章は既往の研究を概観し,本論文の目的ならびに構成について述べた.

 第2章では,銀添加YBCO(YBCO/Ag)の一方向凝固組織・挙動を検討した.銀添加を行わないYBCO試料と比べ,平滑界面の成長に要する温度勾配Gと成長速度Rの比G/Rは,銀添加裏の増加に伴い,大きくなった.この原因は,超電導体に比べて熱伝導率が大きい銀が添加されることにより,実質的な温度勾配が低下したことならびに液相線勾配の急峻化が挙げられた.またG/Rを非常に大きくするとファッセト界面が分岐し,最適なG/R値に制御する必要があった.融液中に存在する銀粒子はY1Ba2Cu3Ox(Y123)相の成長界面では濡れないと仮定し,成長界面における銀粒子径依存型プッシング/トラッピング遷移理論により説明されてきたが,本実験では銀粒子はY123相中に棒状となって捕捉されており,その形態から成長界面における銀粒子は濡れており,少なくとも銀粒子が捕捉される領域では界面エネルギーバランスより考えて,銀粒子は成長界面から排出されないと考えられた.銀粒子の偏析現象は,セル頂部とセル底部での界面エネルギーバランスが変化したと考えるのが妥当であり,これは凝固進行に伴う酸素量の変化に対応したものと考えられた.

 第3章では,融液サンプリング法による溶解度の測定結果からY2Ba1Cu1O5(Y211)-Ba3Cu5Ox-Agの擬3元状態図を作製した.これに基に,YBCO/Agの凝固挙動は,高温安定相Y211とBa3Cu5Ox融液から,Y123とAgが同時に生成する包偏晶凝固であることを確かめた.また,成長界面前方の融液中における溶質拡散律速であることを仮定し,Y123相中に分散する銀粒子間隔がJackson & Huntの共晶凝固理論と同様に計算できることを示した.

 第4章では,電流リード端部への電極作製法として,一方向凝固材を銀融液に浸漬することにより,電流リード端部に電極を作製することを試みた.純銀融液を用いて浸漬した場合には,Y1Ba2Cu3Ox相から主に銅成分が銀融液中へ溶出し,超電導母体と付着銀との界面に非超電導性を示す銅欠乏反応層が生成した.この反応層を抑制する方法としては,単に銀融液中に銅を飽和させるだけでは不十分であり,融液銀とY123の平衡濃度条件を作り出すのに有効な方法として,Yl23粉末を銀融液に添加する方法を開発した.また,電極における接触抵抗値は,実用上の要求値を十分満足することを確認した.

 第5章では,単結晶YBCOファイバーを帯域再溶融・再凝固させ接合させる方法を試みた.GとRを最適化させることで,電流リードの長尺化の一手段として有効であることを示した.

 第6章では,銀添加による機械的特性への影響を検討した.結晶粒内に銀粒子が分散する一方向凝固YBCO/Ag体の室温における3点曲げによる破壊応力測定を行った.銀添加を行った試料は銀添加を行わない試料に比べて強度が2倍程度向上した.銀添加を行わない試料では長軸と壁開面(ab面)とのなす角度は50〜60°であるのに対して,銀添加を施した試料においては30〜40°であり,このことから銀添加試料では,印加応力の結晶劈開に対する寄与度が小さくなるために,曲げ強度が向上すると考えられた.

 第7章は本論文を総括し,今後の技術課題を述べた.

 以上を要するに,本論文はYBCO超電導リード体の作製プロセスの展開を図る上で有効な手法ならびに基礎データを提示した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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