学位論文要旨



No 214571
著者(漢字) 福元,成雄
著者(英字)
著者(カナ) フクモト,シゲオ
標題(和) オーステナイト系ステンレス鋼の相選択とミクロ凝固組織に関する研究
標題(洋)
報告番号 214571
報告番号 乙14571
学位授与日 2000.02.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第14571号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 教授 相澤,龍彦
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 栗林,一彦
内容要旨

 本研究はオーステナイト系ステンレス鋼における凝固組織制御技術に関するものである。オーステナイト系ステンレス鋼の凝固組織は溶接割れや熱間加工時の高温割れに大きな影響を及ぼすため、凝固組織制御は製品の品質を向上させる上で重要な技術課題の一つである。そこで、本研究では凝固組織の予測を可能にするために、実験および理論解析の両面から凝固組織形成を定量化したことを特徴とする。

 第1章「序論」では、本研究の背景および現状の問題点を指摘し、オーステナイト系ステンレス鋼における凝固組織制御の重要性について述べた。特にレーザー処理のような急速凝固プロセスにおいては、平衡論のみによる組織予測では不十分であり、速度論的な要因を考慮した解析が必要であることを示した。

 第2章「凝固理論と組織選択への応用」は本研究において活用した凝固理論に関するものである。まず、Fe-Cr-Ni三元合金を対象に、デンドライト/セル、単相平滑界面および共晶の三つの凝固形態における固液界面応答について、凝固速度の影響に着目しながら述べた。なお、本研究で用いたモデル解析は三元系に拡張されていることを特徴とする。特に従来の三元系共晶成長モデルは、高濃度のCr,Niを含有するFe-Cr-Ni合金に適用できないため、本研究で簡易な三元系共晶成長のモデルを提案した。

 さらに、上記の固液界面応答の解析をもとに、組織および相選択を予測するための基準(競合するすべての相、形態の中で界面温度の最も高いものが成長する)について述べ、その妥当性について言及した。また、凝固組織制御を図るためのプロセスパラメータとして、凝固速度と温度勾配の重要性を示し、合わせて温度勾配の推定方法について言及した。

 第3章「ステンレス鋼凝固における初晶選択」では初晶(フェライト)、(オーステナイト)の相選択について解析を行った。

 まず、ステンレス鋼の主要成分であるFe-Cr-Ni三元合金においてレーザー処理実験を行い、得られた実験結果と理論計算を比較しながら、相選択の支配要因を明らかにした。なお、レーザー実験では成分または凝固速度を変化させる2種類の手法を用いて、相遷移の現象を解析した。

 Cr/Ni比の低減(相の安定化)または凝固速度の増大により、平衡論的に安定な初晶凝固から準安定な初晶凝固への遷移が観察された。-デンドライトから-デンドライトへの遷移はデンドライト/セル成長の理論計算に基づいて予測が可能であることがわかった。これは凝固中に起こる/変態の存在によるものであり、相の安定化により/変態の開始点がデンドライト先端に近づいていくため、核生成の障壁がなく相遷移が起こったと推察した。さらにEBSP(Electron Back Scattering Pattern)による結晶方位の解析において、相遷移部の相が連続的であることを見い出し、この仮説を証明した。

 一方、-デンドライトから-デンドライトへの遷移は、上記の逆方向の遷移に比べてNi濃度の低い側(相の安定側)で起こり、デンドライト/セル成長の理論計算では説明できないことがわかった。初晶から初晶への遷移では相の核生成の駆動力が必要であり、相遷移が界面での相の核生成に律速されることを明らかにした。このことはEBSPによる結晶方位の解析において、相遷移部の相が不連続的であり、さらに相と相の方位関係がKurdjumov-Sachs(K-S)の関係にあることから確認した。また、固液界面での相の核生成に要する過冷度は本解析の範囲(V=1〜20mm/s)では約12〜16Kと推定した。

 次に、上記の結果を受けて、オーステナイト系ステンレス鋼の相選択に関するレーザー処理実験を行い、多元系合金における相選択の予測方法を検討した。

 凝固速度の増大により、準安定な初晶相が生成することを確認した。本実験で得られた初晶から初晶への変化は従来知見およびFe-Cr-Ni合金における理論解析の結果とほぼ対応することがわかった。つまり、成分の表示としてCr/Ni当量比を用い、かつFe-Cr-Ni合金の理論解析より得られた初晶選択の理論値をガイドラインにすることにより、多元系ステンレス鋼の相選択における凝固速度依存性が概ね予測できることを示した。

 また、Fe-Cr-Ni-C四元系においてデンドライト成長の理論解析を行い、相選択に及ぽす[C]濃度の影響を解析した。計算により得られた遷移速度は実験値と傾向的にほぼ一致し、理論解析が相選択に及ぼす合金元素の影響を把握する上で有効な手段であることを示した。

 さらに、鋳造時の初期凝固における相選択について、従来知見をもとに検討を加えた。過冷凝固における準安定相の生成はデンドライト成長理論から概ね説明できることを示した。過冷凝固では過冷溶鋼からの核生成を経由するため、固液の界面エネルギーの差から核生成では相の生成が優位であるが、チルキャストを行った場合には相の核生成後も、大抜熱により過冷が進行して相も核生成し、両相が共存する中でデンドライト成長律速により、晶出相が決定されると推察した。

 第4章「ステンレス鋼の凝固組織形成」では、レーザー処理実験および一方向凝固実験における組織選択に関して、実験および理論の両面から解析した。第3章で述べた初晶選択のほかに共晶組織、バンド組織の形成について解析し、最終的に凝固組織選択マップを作成した。

 レーザー処理実験と同様に、一方向凝固においても凝固速度の増大により、準安定な初晶相の生成が観察された。初晶から初晶への相選択は理論解析から予測できることを確認した。さらに、Cr/Ni当量比を用いて[C],[N]濃度の影響を考慮することにより、-デンドライトから-デンドライトへの遷移は精度よく予測できることを示した。

 また、一方向凝固およびレーザー処理の両者において、共晶組織が観察された。実験で得られた共晶組織のサイズ(2V=5.9×10-15m3/s,:ラメラ-間隔,V:凝固速度)は理論計算による予測値と傾向的にほぼ一致することがわかった。

 さらに、高速のレーザー処理において、-セルと-平滑界面が交互に生成するバンド組織が生成することがわかった。測定したバンド組織の間隔(AV=2.4×10-7m2/s,A:バンド間隔,V:凝固速度)は理論予測とほぼ対応することを示した。

 以上の結果をまとめて、組織形成に及ぼす成分および凝固速度の影響を明確にするためにFe-Cr-Ni三元合金の組織選択マップを作成した。理論解析に基づく計算結果は実験値とほぼ一致することが確認できた。理論計算は相および組織選択、さらに組織サイズの予測が可能であり、凝固組織制御を図る上で極めて有効な手段であることを示した。なお、本研究における組織形成の理論計算はThermo-CalcのSGTEデータベースをもとにして算出した熱力学データ、物性値を採用した。共晶組織の形成において、実験結果と理論解析は若干の差異が認められるが、SGTEデータベースは組織予測において有効な熱力学データを提供するものと考えられる。また、不純物成分の影響を考慮する上ではCr、Ni当量が有効な指標であることがわかった。

 第5章「結論」では、本研究の成果を総括して述べるとともに、今後の研究課題に関して言及した。本研究は現状の問題点すべてに明確な回答を与えるものではないが、オーステナイト系ステンレス鋼の凝固組織制御を進める上で、有益な知見を多く提示することができた。

 附属「Fe-Cr-Ni系の状態図と物性値」は状態図等の熱力学データに関するもので、第2章で述べた理論解析に用いた物性値等について言及した。

審査要旨

 オーステナイト系ステンレス鋼の凝固組織制御は製品の品質を向上させる上で重要な技術課題の一つであり,本論文は凝固組織の予測を可能にするために,実験およびモデル計算の両面から凝固組織形成を定量化することを目的に検討したもので全5章よりなる.

 第1章では,本研究の背景および現状の問題点,構成を述べた.オーステナイト系ステンレス鋼における凝固組織制御の重要性,特にレーザー処理のような急速凝固プロセスでは,平衡論のみによる組織予測では不十分であり,速度論的な要因を考慮した解析が必要であることを示した.

 第2章は,Fe-Cr-Ni三元合金を対象に,デンドライト/セル,単相平滑界面および共晶の三つの凝固形態における固液界面応答について述べた.モデル解析を三元系に拡張し,特に,高濃度のCr,Niを含有するFe-Cr-Ni合金に簡易な三元系共晶成長のモデルを提案した.さらに,上記の固液界面応答の解析をもとに,組織および相選択を予測するための基準(競合するすべての相,形態の中で界面温度の最も高いものが成長する)の妥当性について言及し,凝固組織とプロセスパラメータである凝固速度と温度勾配との関連性を示した.

 第3章では初晶(フェライト),(オーステナイト)の相選択について解析を行った.まず,ステンレス鋼の主要成分であるFe-Cr-Ni三元合金においてレーザー処理実験を行い,得られた実験結果とモデル計算を比較しながら,,相選択の支配要因を明らかにした.Cr/Ni比の低減(相の安定化)または凝固速度の増大により,平衡論的に安定な初晶凝固から準安定な初晶凝固への遷移が観察された.-デンドライトから-デンドライトへの遷移はデンドライト/セル成長のモデル計算とよく一致した.これは凝固中に起こる/変態の存在に基因し,相の安定化により/変態の開始点がデンドライト先端に近づいていくため,核生成の障壁がなく相遷移が起こったと推察した.さらにEBSP(Electron Back Scattering Pattern)による結晶方位の解析において,相遷移部の相が連続的であることから,この仮説を証明した.一方,-デンドライトから-デンドライトへの遷移は,上記の逆方向の遷移に比べてNi濃度の低い側(相の安定側)で起こり,デンドライト/セル成長のモデル計算では説明できないことがわかった.初晶から初晶への遷移では相の核生成の駆動力が必要であり,相遷移が界面での相の核生成に律速されることを明らかにした.このことはEBSPによる結晶方位の解析において,相遷移部の相が不連続的であり,さらに相と相の方位関係がKurdjumov-Sachs(K-S)の関係にあることから確認した.また,固液界面での相の核生成に要する過冷度は本解析の範囲(V=1〜20mm/s)では約12〜16Kと推定した.次に,上記の結果から,オーステナイト系ステンレス鋼の,相選択に関するレーザー処理実験を行い,市販多元系合金における相選択の予測方法を検討した.凝固速度の増大により,準安定な初晶相が生成することを確認した.本実験で得られた初晶から初晶への変化は従来知見およびFe-Cr-Ni合金におけるモデル計算の結果とほぼ対応した.成分の表示としてCr/Ni当量比,特に[C],[N]濃度を考慮し,かつFe-Cr-Ni合金のモデル計算より得られた初晶選択の理論値をガイドラインにすることにより,多元系ステンレス鋼の,相選択における凝固速度依存性が予測できることを示した.

 第4章では,ステンレス鋼のレーザー処理実験およびブリッジマン型一方向凝固実験における組織選択に関して,実験および理論の両面から解析した.第3章で述べた初晶選択のほかに共晶組織,バンド組織の形成について解析し,最終的に凝固組織選択マップを作成した.一方向凝固およびレーザー処理の両者において,共晶組織が観察された.実験で得られた共晶組織のサイズ(2V=5.9×10-15m3/s,:ラメラ-間隔,V:凝固速度)はモデル計算による予測値とほぼ一致することがわかった.さらに,高速のレーザー処理において,-セルと-平滑界面が交互に生成するバンド組織が認められた.バンド組織の間隔(AV=2.4×10-7m2/s,∧:バンド間隔,)は理論予測とほぼ対応することを示した.以上の結果をまとめて,組織形成に及ぼす成分および凝固速度の影響を明確にするためにFe-Cr-Ni三元合金の組織選択マップを作成した.

 第5章では,本研究の成果を総括して述べるとともに,今後の研究課題に関して言及した.

 以上を要するに,本研究はオーステナイト系ステンレス鋼の凝固組織制御を進める上で多くの有益な知見を提示した.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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