本研究は、ヒト腎盂移行上皮癌の浸潤様式および浸潤能の特徴を明らかにするために、臨床腎孟癌より2種の癌細胞株を樹立し、ヌードマウス正所性移植モデルにおいて、2種の癌細胞の特性および進展様式を解析したものであり、下記の結果を得ている。 1.細胞株は、原発巣の手術標本からの初代培養により樹立した。SK-S株と命名した細胞の原腫瘍は、多発性乳頭状腫瘍で大部分は表在性でごく一部分に筋層浸潤がみられる、low grade tumorであり、手術時に転移は認めなかった。SK-H株と命名した細胞の原腫瘍は、結節状腫瘍で、腎実質は腫瘍に置換され、さらに周囲にも浸潤が及んでおり、傍大動脈リンパ節に転移を認めた。 2.この二つの細胞株を用いた実験の結果、遺伝子レベルの変化としては、SK-S細胞にp53変異が認められた。H-ras,erbB2の異常はSK-S,SK-H細胞ともに認めなかった。また、染色体9番長腕のLOHはSK-S細胞に認められた。これらの異常所見は、同じ移行上皮癌である膀胱癌での遺伝子・染色体異常に類似する所見であった。 3.培養上清中に発現されるマトリックス分解性プロテアーゼの結果では、SK-S細胞がuPAの発現が強く、一方SK-H細胞ではMMP-2の発現が強かった。正所性移植モデルにおいても、形成された腫瘍の免疫染色で、SK-H細胞由来の腫瘍ではMMP-2およびTIMP-2の濃染が確認された。これは、同じ移行上皮癌である膀胱癌株で、転移能の獲得にMMP-2の関与が重要であったという、亀山らの過去の研究(1995)と類似する結果であった 4.ヌードマウスを用いたヒト腎盂癌細胞株の正所性移植実験では、背部より腎に到達し、直視下に腎盂に30G.針を用いて単離浮遊液の形で腫瘍細胞を注入した。SK-S細胞では、接種した8匹のマウスすべてに、腫瘍が形成された。腎盂内の腫瘍は連続的に多発性であり、乳頭状腫瘍の形態をとっていた。腫瘍は腎盂より尿管に移行する部分にまで認めた。組織学的には非浸潤性の、即ち表在性のlow grade tumorであった。一方、SK-H細胞では、接種を受けた5匹すべてに非乳頭状の結節状腫瘍が生じており、腎実質は腫瘍で占拠・置換され、腎周囲にまで浸潤が及んでいた。両細胞株の正所性移植での進展様式は、原腫瘍と類似しており、かつ、ヒト臨床腎盂癌でみられる、2つの病型、即ち、表在癌と浸潤癌を忠実に再現していると考えられた。 以上、本論文はヒト臨床腎盂癌より新たに2種類の移行上皮癌株の樹立に成功し、その細胞の特性について、p53の変異、染色体9番長腕のLOH、MMP-2の過剰発現等が膀胱移行上皮癌でよく見られる変化と類似していることを明らかにした。また、ヌードマウスの腎盂への正所性移植モデルがヒト臨床腎盂癌の進展様式をよく反映し得ることを明らかにした。本研究は、腎盂癌の浸潤転移機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |