学位論文要旨



No 214575
著者(漢字) 亀山,周二
著者(英字)
著者(カナ) カメヤマ,シュウジ
標題(和) ヒト腎盂癌細胞株の樹立と正所性移植モデルでの浸潤能について
標題(洋)
報告番号 214575
報告番号 乙14575
学位授与日 2000.02.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14575号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 吉川,裕之
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 助教授 保坂,義雄
 東京大学 講師 窪田,敬一
内容要旨 I.背景及び目的

 腎盂尿管の内腔は移行上皮で被われており、腎盂尿管腫瘍の殆どは尿路上皮由来の移行上皮癌である。腎盂尿管腫瘍の術後の生存率に影響を与える予後因子としては、腫瘍細胞の異型度と腫瘍の浸達度が重要と報告されている。即ち、Grade 1-2、あるいは筋層浸潤までにとどまるpT2以下の症例で80%以上の5年生存率を得ているのに対し、pT3以上の筋層を越えて浸潤したり、腎実質に浸潤が及ぶ進行例、及びGrade3の症例では0-35%とかなり予後不良となっている。こうした事実は、high grade及び筋層浸潤以上のinvasive tumorがとくに予後不良である、膀胱の移行上皮癌と極めてよく似ている。

 膀胱癌の遺伝子異常としては、H-rasの変異やerbB-2の増幅、p53の変異等の異常が知られている。この他に、染色体におけるヘテロ接合性の消失(Loss of heterozygosity;LOH)では、9番染色体長腕部(9q)が50%以上と高頻度に認められている(Spruckら,1994)。一方、癌浸潤にかかわる機序としては、Liotta(1980)らが、癌細胞が分泌するIV型コラーグン分解酵素の作用が重要な因子であることを示している。IV型コラゲナーゼには72kDのmatrix metalloproteinase(MMP)-2と92kDのMMP-9の2つのタイプがある。また、これらに対する活性因子としては、MMP3,urokinase type plasminogen activator(uPA)などが、また逆に特異的阻害物質としては、tissue inhibitor of MMP(TIMP)-2,TIMP-1が知られている。既存のヒト尿路移行上皮癌株は、その樹立が困難なため少なく、膀胱由来のものに限られている。とくに腎盂癌株は入手不能のため、今回、細胞株の樹立を試みた。新たに、2種の腎盂移行上皮癌株を樹立できたので、その遺伝子・染色体異常及び細胞外基質分解酵素の発現等の特性について解析した。

 腎盂癌のもう一つの大きな特徴として、腫瘍の多発性があげられる。同時に腎盂・尿管内に腫瘍が多発するのみならず、腎尿管全摘術後にも、実に15-50%と高率に膀胱腫瘍の続発がみられる。Habuchiら(1993)は、もとの癌と続発した膀胱癌に同一のp53遺伝子の変異を見つけ、これらの腫瘍は同一のクローンから発生し、それらのimplantationによる可能性が高いことを報告した。しかし、従来から口腔癌や膀胱癌でいわれてきた"field cancerization"、即ち多中心性発生説も否定はされていない。これまで、腎盂に腎盂癌細胞を直接接種する形の腎盂癌正所性移植モデルについては報告がない。そこで、新たに樹立したヒト腎盂癌細胞株2種を用いて、正所性移植モデルを行い、ヒト臨床癌と同じ特徴が再現できるかを検討した。

II.方法

 細胞株は、原発巣の手術標本からの初代培養により樹立した。SK-S株と命名した細胞の原腫瘍は、多発性乳頭状腫瘍で大部分は表在性でごく一部分に筋層浸潤がみられる、low grade tumorであり、手術時に転移は認めなかった。SK-H株と命名した細胞の原腫瘍は、結節状腫瘍で、腎実質は腫瘍に置換され、さらに周囲にも浸潤が及んでいた。また、傍大動脈リンパ節に転移も有していた。樹立した細胞株は、培養細胞の染色体分析にてヒト型と確認された。培養細胞よりDNAを抽出し、H-ras、erbB-2の異常をサザンブロット解析した。P53の異常については、まずPCR-SSCP(single strand conformation polymorphism)法により検索し、direct sequence法を行いDNAの塩基配列を決定した。9qのLOHは、腫瘍のパラフィン包埋標本からmicrodissection法を用いてDNAを抽出し、マイクロサテライトPCR法にて検出した。次に、培養上清中に発現されるマトリックス分解性プロテアーゼの発現強度をザイモグラフィーにより調べた。ヌードマウスを用いたヒト腎盂癌株の正所性移植では、マウスを麻酔後、背部より腎に到達し、直視下に腎盂に30G.針を用いて腫瘍細胞を注入した。腫瘍細胞は単離浮遊液の形で、4xl05個相当を注入した。8-10週後にマウスを屠殺し、病理組織学的及び組織化学的検討を行った。

III.結果

 遺伝子レベルの変化として、SK-S細胞にp53変異が認められた。H-ras,erbB2の異常はSK-S,SK-H細胞ともにみられなかった。染色体9番長腕のLOHはSK-S細胞に認められた。培養上清中に発現されるマトリッタス分解性プロテアーゼの結果では、SK-S細胞がuPAの発現が強く、一方SK-H細胞ではMMP-2の発現が強かった。正所性移植モデルにおいて、SK-S細胞の接種を受けた8匹のマウスすべてに、腫瘍が形成された。腎盂内の腫瘍は連続的に多発性で乳頭状腫瘍の形態をとっていた。腫瘍は腎盂より尿管に移行する部分にまでみられた。組織学的には非浸潤性の、即ち表在性のlow grade tumorであった。一方、SK-H細胞では、接種を受けた5匹すべてに非乳頭状の結節状腫瘍が生じており、腎実質は腫瘍で占拠・置換され、腎周囲にまで浸潤が及んでいた。組織学的には浸潤性のhigh grade tumorであった。このSK-H腫瘍は免疫染色にて、MMP-2及びTIMP-2とも、同一細胞の胞体に染まり、やや細胞膜に強く染まっていた。

IV.考察

 今回、新たに2種類の移行上皮癌株の樹立に成功し、その細胞の特性について検討することができた。SK-S細胞でのp53変異はフレームシフトによる変異であったが、部位はヒト癌でみられるcxon5のhot spot部に一致していた。また、SK-S細胞での9qのLOHは、膀胱癌で比較的初期より高頻度にみられる変化である。SK-S細胞においでは、同じ移行上皮癌である膀胱癌での遺伝子・染色体異常に類似する所見であったが、SK-H細胞については、今回検索以外の因子の変化について検討を要すると考えられた。両細胞株の正所性移植での進展様式は、原腫瘍と類似しており、かつ、ヒト臨床腎盂癌でみられる、2つの病型、即ち、表在癌と浸潤癌を忠実に再現していると考えられた。SK-S腫瘍では、腎盂及び尿管への移行部にかけて、多発性腫瘍を形成したが、これは、細胞接種時あるいは、腫瘍形成後のimplantationに起因するものと推測された。本正所性モデルの特色としては、数10万個の細胞の接種で、8-10週の期間で腫瘍が形成できた点である。腫瘍接種部位の環境が細胞の増殖に有利であれば、少数の細胞接種で十分であることが示された。

 さて、正所性移植モデルで浸潤型を示したSK-H細胞と表在型を示したSK-S細胞のザイモグラフィー上での顕著な相違点は、SK-H細胞での強いMMP-2の発現であった。各種MMPは細胞から不活性な潜在型MMPとして分泌される。そのMMP-2の活性化には、細胞膜表面上で、TIMP-2及び膜結合型MMP(membrane-type MMP,MT-MMPと略)との結合が必要とされている。一方、正所性移植でのSK-H腫瘍で免疫染色をみると、MMP-2及びTIMP-2とも、同一細胞の胞体に染まり、やや細胞膜に強く染まっていた。SK-H細胞の浸潤能には、MMP-2が関与していることが示唆された。これは、同じ移行上皮癌である膀胱癌株で、転移能の獲得にMMP-2の関与が重要であったという、われわれの過去の研究(1995)と一致する。しかし、2つの腎盂癌細胞株のみでの検討なので、広く腎盂癌臨床例での検討が必要と考えられる。

V.まとめ

 本研究では、2症例の腎盂癌患者より新たに2種の腎盂癌細胞株を樹立した。遺伝子及び染色体変化異常を検討したところ、SK-S細胞でp53変異及び9qのLOHが生じており、ヒト膀胱移行上皮癌での変化と類似していた。SK-H細胞及び形成されたSK-H腫瘍ではMMP-2の発現が強く認められ、その浸潤能との関連が示唆された。ヌードマウス腎盂内正所性移植で、SK-S細胞は連続性多発性乳頭様表在癌を形成し、一方、SK-H細胞は結節様浸潤癌を形成した。本正所性移植モデルは、ヒト臨床腎盂癌の病型をよく反映し得るものと考えられた。

審査要旨

 本研究は、ヒト腎盂移行上皮癌の浸潤様式および浸潤能の特徴を明らかにするために、臨床腎孟癌より2種の癌細胞株を樹立し、ヌードマウス正所性移植モデルにおいて、2種の癌細胞の特性および進展様式を解析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.細胞株は、原発巣の手術標本からの初代培養により樹立した。SK-S株と命名した細胞の原腫瘍は、多発性乳頭状腫瘍で大部分は表在性でごく一部分に筋層浸潤がみられる、low grade tumorであり、手術時に転移は認めなかった。SK-H株と命名した細胞の原腫瘍は、結節状腫瘍で、腎実質は腫瘍に置換され、さらに周囲にも浸潤が及んでおり、傍大動脈リンパ節に転移を認めた。

 2.この二つの細胞株を用いた実験の結果、遺伝子レベルの変化としては、SK-S細胞にp53変異が認められた。H-ras,erbB2の異常はSK-S,SK-H細胞ともに認めなかった。また、染色体9番長腕のLOHはSK-S細胞に認められた。これらの異常所見は、同じ移行上皮癌である膀胱癌での遺伝子・染色体異常に類似する所見であった。

 3.培養上清中に発現されるマトリックス分解性プロテアーゼの結果では、SK-S細胞がuPAの発現が強く、一方SK-H細胞ではMMP-2の発現が強かった。正所性移植モデルにおいても、形成された腫瘍の免疫染色で、SK-H細胞由来の腫瘍ではMMP-2およびTIMP-2の濃染が確認された。これは、同じ移行上皮癌である膀胱癌株で、転移能の獲得にMMP-2の関与が重要であったという、亀山らの過去の研究(1995)と類似する結果であった

 4.ヌードマウスを用いたヒト腎盂癌細胞株の正所性移植実験では、背部より腎に到達し、直視下に腎盂に30G.針を用いて単離浮遊液の形で腫瘍細胞を注入した。SK-S細胞では、接種した8匹のマウスすべてに、腫瘍が形成された。腎盂内の腫瘍は連続的に多発性であり、乳頭状腫瘍の形態をとっていた。腫瘍は腎盂より尿管に移行する部分にまで認めた。組織学的には非浸潤性の、即ち表在性のlow grade tumorであった。一方、SK-H細胞では、接種を受けた5匹すべてに非乳頭状の結節状腫瘍が生じており、腎実質は腫瘍で占拠・置換され、腎周囲にまで浸潤が及んでいた。両細胞株の正所性移植での進展様式は、原腫瘍と類似しており、かつ、ヒト臨床腎盂癌でみられる、2つの病型、即ち、表在癌と浸潤癌を忠実に再現していると考えられた。

 以上、本論文はヒト臨床腎盂癌より新たに2種類の移行上皮癌株の樹立に成功し、その細胞の特性について、p53の変異、染色体9番長腕のLOH、MMP-2の過剰発現等が膀胱移行上皮癌でよく見られる変化と類似していることを明らかにした。また、ヌードマウスの腎盂への正所性移植モデルがヒト臨床腎盂癌の進展様式をよく反映し得ることを明らかにした。本研究は、腎盂癌の浸潤転移機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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