学位論文要旨



No 214576
著者(漢字) 小松,郷子
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,キョウコ
標題(和) 不均等肺病変における人工呼吸の換気・ガス運搬分布
標題(洋)
報告番号 214576
報告番号 乙14576
学位授与日 2000.02.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14576号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 助教授 田上,恵
 東京大学 講師 中島,淳
内容要旨 序論

 通常の機械換気(CMV)では、圧-量の大きな変化による肺障害が発生しやすい。これを防ぐため、一回換気量(VT)をある一定の値以内に保つ呼吸管理方法としてHigh frequency ventilation(HFV)が見直されてきた。HFVはVTを減少させることにより吸気終末の肺の過伸展を避けることができるが、どのような肺病態においてどのような方法で用いれば最も有益かを明快に示す必要がある。

 人工呼吸中の肺内換気(A)分布は、換気数(f)、VTなどを始めとした換気モードによって決定されるが、肺病態が一様でないために生じる換気力学パラメーターの不均等分布が最終的なA分布に大きく影響する。本研究では人工呼吸と肺障害の不均等分布との相互作用を明らかにするため、雑種成犬を用いて気道抵抗上昇、肺コンプライアンス低下の片側性肺障害の実験モデルを作成し、CMVからHFVの15Hzまでの広い範囲で換気条件を変化させ、VT分布の変化に対する影響を検討した。同時に、そのときのA分布の変化を明らかにするために、左右別CO2呼出量(CO2)、終末呼気CO2分圧(ETCO2)、動脈血ガスを測定し、fとの関係を検討した。

方法1セットアップ1)実験装置の概要

 10Kgを超える成犬を対象としてたロータリーHFOベンチレータを開発し、CMVとHFVを三方弁を介して並列に接続し、換気モードの速やかな切り替えを可能にした。VTの左右別分布は熱線流量計を用い、総一回換気量と左一回換気量を測定した。CMV時の左右の気道内圧とHFV時の平均気道内圧は差圧トランスデューサを用い、左右の気道内圧の振幅は2Frのミラーカテ先圧トランスデューサで測定した。左右別ETCO2は、ダブルルーメン気管内チューブの左右ルーメンの先端部にある小孔からガスをサンプルし、CO2アナライザーにて測定した。HFVにおける左右別CO2は、左右の排気ラインのCO2濃度を質量分析計にて測定し、排気ラインの流量を乗じて算出した。左右別ETCO2は、HFV終了時に直ちに気管内チューブを大気に解放して測定した。

2)左右肺分離用ダブルルーメンチューブ

 それぞれのルーメンの換気力学的インピーダンスを可及的最小になるようにデザインして本実験のために作成した。長さは17cm、先端から2.5cm手前に開口する内径2mmの側管が左右にあり、HFVの定常流の排出ポートとして、またCMV時のETCO2及HFV時の左右別CO2の計測に用いた。

2プロトコール

 8頭の雑種成犬(体重9kgから11.5kg)をペントバルピタールにて麻酔、挿管後、CMVを行った。気管切開孔から自作の左右肺分離用ダブルルーメンチューブを挿入した。犬を仰臥位にし、FIO2を0.3とし、対照群CMV10回・min-1を施行した。VTはPaCO2が35mmHg前後となるように設定し、各々10分間の換気後、総CO2、左右別VT、左右別ETCO2濃度、動脈血ガスを測定した。HFVには3種の換気数(3、9、15Hz)を用い、20cmH2Oのsustained inflationの後、各々10分間の換気をし、同様の計測を行った。

 左気管支狭窄群では、ダブルルーメンチューブの左ルーメン内に抵抗管を挿入し、仰臥位にてCMV、HFV3、9、15Hzを施行して同様の計測を行った。

 左肺肺胞洗浄群は、37度の乳酸リンゲル液250mlを左側臥位でダブルルーメンチューブから流し込み、左肺ラヴァージュを2回行った。気道と循環の状態が安定するまで60分以上CMVにて換気し、再び犬を仰臥位に戻し、同様の計測を行った。統計解析にはBonferroni correctionをほどこしたpaired t testを用い、p<0.05で有意差ありとした。

結果

 図1に対照群、左気管支狭窄群、左肺肺胞洗浄群での各周波数におけるVT左右分布比とCO2左右比を示す。左気管支狭窄群ではfが高くなるほどVT左右分布比は低下し、15Hzでは3Hzと比べて有意に低値となったが、CO2の左右比は周波数による差異はなかった。一方、左肺肺胞洗浄群ではfが高いほどVT分布は均等化し、CO2の左右比の均等化はさらに著しかった。

考察1方法論に関する考察

 本研究では、不均等肺病変のA分布に対する影響をガス交換メカニズムが変化する広い範囲において検討するために、局所VT分布と局所A分布を同時に測定する必要があった。通常のダブルルーメンチューブによる分離換気は高頻度換気では系のインピーダンスに占める抵抗成分の影響が非常に大きく、病変の偏りよりもチューブ自体の抵抗がVT分布を支配し好ましくない。本研究では左右のチューブ抵抗の極力少ないダブルルーメン気管内チューブを独自に創案した。さらにHFVの回路構成を工夫し、左右別のVT分布とCO2分布とを測定することにより、VT分布とA分布を同時に評価することを可能にした。また、病的肺はメカニクスの特徴も空間的分布も一様ではないので、その単純化した要素モデルとして、正常肺、片側性抵抗上昇肺、片側性コンプライアンス低下肺の3種類を設定し、CMV、HFVの3、9、15Hz比で左右別のVT分布とCO2分布を比較した。

2VT分布に関する考察

 気管支狭窄群ではfが増加するにつれVTの左右分布比は低下した。局所インピーダンス(Zr)に対するfの影響のデータと併せて検討すると、fが小さいときには組織の弾性が寄与する比率が大きいので狭窄による影響は小さいが、fが高くなるほどZrに対する抵抗成分の寄与が大きくなり、VT分布の偏りを増強させるためと考えられる。よって、偏在性の気道抵抗上昇の病態では、HFVはその抵抗強度に関わらず常にVT分布を不均等化するように働くといえる。

 肺胞洗浄群では、HFVの維持により左右のVT比が均等化した。これは、ラヴァージュ肺のメカニクスはfが高くなるほど改善するということが示唆される。

3ガス運搬式のCO2に関する考察

 PACO2がETCO2で表わされるとすると、肺胞換気式よりA=CO2・ETCO2-1となる。また、HFV領域でA=k・VD-1・VT2・fが成り立つとすると、k・VD-1CO2・(ETCO2・VT2・f)-1であり、これをとする。図2にCO2・(ETCO2・VT2・f)-1のグラフを示す。

図表図1-a 各周波数におけるVT左右分布比 / 図1-b 各周波数におけるCO2左右比 / 図2-a 左肺CO2f(ETCO2・VT2・f)-1 / 図2-b 右肺CO2・(ETCO2・VT2・f)-1 / 図2-c 両肺CO2・(ETCO2・VT2・f)-1

 対照群の右肺はどの換気数においてもがほぼ一定であるのに対し、左肺はfに対する強い依存性を示す。左肺ではfが増加してVTが低下すると換気効率が悪くなったことから、換気効率に対するVTの指数が2よりさらに大きいことが考えられる。左肺は右肺よりVDが小さいため、右肺よりもは大きいが、fが増加するとVTに対するVDの比率が高くなるため、は低下する。ここから、換気効率はVDが小さいほどVT依存性が高くなることが推測される。

 肺胞洗浄群の右肺は、対照群に比べカーブ特性は同じであるが効率が下がっている。これは、正常な右肺は平均気道内圧を上昇させたことにより肺気量が増大し、VDが増加した結果、効率が対照群より低下したものと考えられる。一方、左肺はラヴァージュにより肺気量が減少しており、平均気道内圧を上昇させたことで逆に肺胞死腔を減少させ肺気量が増加して、結果として対照群と釣り合ったと推測される。

 気管支狭窄群では、fの増加に伴い換気効率が上昇した。これは、気管内チューブの内腔に抵抗管を挿入しているためVDが小さくなり、AのVT依存性が増加してで示される効率が上昇したことと、セットアップの関係上肺気量の不均一が生じ、左肺の換気効率が上昇し、右肺の換気効率は減少するという他の群とは異質な態度を示した。

4A分布の決定方法に関する考察

 本研究では開胸が人工呼吸に対する不均等肺病変の影響を大きく変化させてしまうので、プローブの肺血管装着を必要とする左右別肺血流量の測定は行わなかったが、肺血流量()を広い範囲にふって、その影響によりAがどの範囲にあるのかを埋論的に算出した。まず、対照群の各周波数におけるCO2の平均値を代謝によるCO2と釣り合っていると仮定してFickの式よりを求めた。つぎに、両肺の大きさを考慮しての分布を右:左を1:0.8とし、肺障害による片側肺血流量の最大減少率を考慮に入れて左肺のを50%減少させてAの範囲を決定した。ETCO2をHFV時のPACO2として計算したAの左右比を、肺血流量を変化させたA理論値の左右比と比較すると、対照群および気管支狭窄群では左右肺血流比を0.8:1としたときの理論値に沿った動きを示していた。肺胞洗浄群では高周波数領域で左右肺血流比0.4:1.4に近づいたが、これは肺胞洗浄による左肺の低下および右肺へのシフトが考えられる。これが高周波数領域でのPaO2上昇と合致していることは興味がもたれる。以上のように、本研究では左右別肺血流量を直接測定しなかったが、A分布と理論的解析から、左右肺血流比は肺の正常な対照群、気管支狭窄群では正常な血流分布であり、肺胞洗浄群では病側から健側への血流シフトが起こることが示唆された。

 本研究は、不均等肺病態の性質と人工呼吸の様式の相互作用を局所VT分布とA分布を区別して明確にし、臨床の肺障害において人工呼吸の至適様式や換気条件の合理的な選択を行うために必要な基本的情報を提供する。

審査要旨

 通常の機械換気(CMV)では、圧-量の大きな変化による肺障害が発生しやすい。これを防ぐため、一回換気量(VT)をある一定の値以内に保つ呼吸管理方法としてHigh frequency ventilation(HFV)が見直されてきた。HFVはVTを大きく減少させることにより吸気終末の肺の過伸展を避けることができるが、どのような肺病態においてどのような管理方法で用いれば最も有益かを明快に示す必要がある。

 人工呼吸中の肺内換気(VA)分布は、換気モード、換気数(f)、VTなどの条件によって決定されるが、肺病態が一様でないために生じる換気力学パラメーターの不均等分布がVA分布に大きく影響する。本研究では人工呼吸と肺障害の不均等分布との相互作用を明らかにすることを目的として片側性肺障害のモデルを作成し、一回換気量の左右分布比、CO2呼出量(VCO2)の左右分布比に換気数が及ぼす影響を検討し下記の結果を得た。

 1.偏在性の気道抵抗上昇の病態では、HFVはその抵抗強度に関わらず常にVT分布を不均等化するように働くといえる。しかし、VCO2分布は変化しない。

 2.偏在性肺コンプライアンス低下の病態では、fが増加するとVTの左右分布比とVCO2分布比はより均一になった。

 不均等肺病態における人工呼吸の肺胞換気量分布は、主としてオシレーションメカニクスに支配される局所気流分布と対流・拡散などのガス交換メカニズムが深く関連しあっていることが明らかになった。HFVは気流分布の面からコンプライアンス不均等肺では有利であり、抵抗不均等肺では不利である。しかし、HFVの加増拡散メカニズムは、一回換気量が減少してもガス交換を促進して、肺胞換気量分布を均等化するように作用する。臨床患者における肺病態の多くはコンプライアンスの不均等と抵抗の不均等がいろいろな割合で混在していると考えられるが、コンプライアンスの不均等の影響を受けにくく、抵抗の不均等に対して加増拡散によるガス交換促進効果のあるHFVはCMVより有利な可能性がある。しかし最も重要な臨床のパラメーターは換気ではなく換気と血流との局所におけるマッチングであり、適切な換気分布は換気血流比の評価を考慮しなくてはならない。本研究では、左右別VCO2分布によって左右別VA分布の評価を試みている。低酸素性血管収縮や肺傷害による片側肺血流量の最大減少率を考慮に入れて、Qをコントロールの値から50%減少まで変化させてVAを決定した。またVCO2分布は左右別の肺血流量分布にも当然依存するが、肺ガス交換モデルの数理的解析により、VAの変化の方が、Qの変化よりもVCO2を8.4倍変化させやすいとの結果を得た。

 審査委員は本論文の研究方法の中に、以下の研究成功のためのポイントとなる独創的な点を認めた。

 1.従来の高頻度振動換気用ベンチレータでは体重3Kg程度の対象にしか十分な換気が行えないため、ロータリーHFOベンチレータを開発した。

 2.それぞれのルーメンの換気力学的インピーダンスを可及的最小になるようにデザインした特殊なダブルルーメンチューブを作成し、チューブ自体の換気メカニクスへの影響を最小にした。古賀らの片側気道狭窄犬における左右別有効換気量測定は、通常のダブルルーメンチューブによる分離換気を使用したが、高頻度換気では系のインピーダンスに占める抵抗成分の影響が非常に大きい。病変の偏りよりもダブルルーメンチューブ自体の抵抗がVT分布を支配しないように、この問題点を改善したものである。

 3.コンプライアンスなどの他の換気力学的要素に影響を与えずに一定の片側性気道抵抗上昇を作ることを目的とし、ダブルルーメンチューブの左ルーメン内に内径2.5mm、外径6.5mm、長さ7.4cmの管を挿入して、左気管支狭窄状態を作成した。この抵抗管による抵抗増加は0.2l/sの流量で約20cmH2O/l/sであり、Simonらのバルーンによる狭窄が3cmH2O/l/sであったのに比べ、再現性を確保しつつより高い抵抗値を達成した。

 4.独特なHFVの回路構成を工夫し、換気モードが速やかに切り替えられるようにした。

 5.モデルの単純化(正常肺、高度無気肺、リクルートの不十分な領域)と方法の単純化(CMV、HFV(f=3,9,15Hz)で比較)を行い、機械換気と肺障害の関わり合いを分析した。

 6.左右別のVT分布とVCO2分布を測定することにより、VT分布とVA分布の同時評価を可能にした。

 審査員は本結果が犬肺において得られたものであり、臨床応用の面から将来研究を進めることの重要性を指摘した。

 以上のように本論文は、独創性、方法の完成度、結果の明確さにおいて極めて優れており、統計手法も適切であり、肺ガス運搬のメカニズムを解明する上で呼吸生理学上の意義は深い。したがって、学位論文に値するものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク