通常の機械換気(CMV)では、圧-量の大きな変化による肺障害が発生しやすい。これを防ぐため、一回換気量(VT)をある一定の値以内に保つ呼吸管理方法としてHigh frequency ventilation(HFV)が見直されてきた。HFVはVTを大きく減少させることにより吸気終末の肺の過伸展を避けることができるが、どのような肺病態においてどのような管理方法で用いれば最も有益かを明快に示す必要がある。 人工呼吸中の肺内換気(VA)分布は、換気モード、換気数(f)、VTなどの条件によって決定されるが、肺病態が一様でないために生じる換気力学パラメーターの不均等分布がVA分布に大きく影響する。本研究では人工呼吸と肺障害の不均等分布との相互作用を明らかにすることを目的として片側性肺障害のモデルを作成し、一回換気量の左右分布比、CO2呼出量(VCO2)の左右分布比に換気数が及ぼす影響を検討し下記の結果を得た。 1.偏在性の気道抵抗上昇の病態では、HFVはその抵抗強度に関わらず常にVT分布を不均等化するように働くといえる。しかし、VCO2分布は変化しない。 2.偏在性肺コンプライアンス低下の病態では、fが増加するとVTの左右分布比とVCO2分布比はより均一になった。 不均等肺病態における人工呼吸の肺胞換気量分布は、主としてオシレーションメカニクスに支配される局所気流分布と対流・拡散などのガス交換メカニズムが深く関連しあっていることが明らかになった。HFVは気流分布の面からコンプライアンス不均等肺では有利であり、抵抗不均等肺では不利である。しかし、HFVの加増拡散メカニズムは、一回換気量が減少してもガス交換を促進して、肺胞換気量分布を均等化するように作用する。臨床患者における肺病態の多くはコンプライアンスの不均等と抵抗の不均等がいろいろな割合で混在していると考えられるが、コンプライアンスの不均等の影響を受けにくく、抵抗の不均等に対して加増拡散によるガス交換促進効果のあるHFVはCMVより有利な可能性がある。しかし最も重要な臨床のパラメーターは換気ではなく換気と血流との局所におけるマッチングであり、適切な換気分布は換気血流比の評価を考慮しなくてはならない。本研究では、左右別VCO2分布によって左右別VA分布の評価を試みている。低酸素性血管収縮や肺傷害による片側肺血流量の最大減少率を考慮に入れて、Qをコントロールの値から50%減少まで変化させてVAを決定した。またVCO2分布は左右別の肺血流量分布にも当然依存するが、肺ガス交換モデルの数理的解析により、VAの変化の方が、Qの変化よりもVCO2を8.4倍変化させやすいとの結果を得た。 審査委員は本論文の研究方法の中に、以下の研究成功のためのポイントとなる独創的な点を認めた。 1.従来の高頻度振動換気用ベンチレータでは体重3Kg程度の対象にしか十分な換気が行えないため、ロータリーHFOベンチレータを開発した。 2.それぞれのルーメンの換気力学的インピーダンスを可及的最小になるようにデザインした特殊なダブルルーメンチューブを作成し、チューブ自体の換気メカニクスへの影響を最小にした。古賀らの片側気道狭窄犬における左右別有効換気量測定は、通常のダブルルーメンチューブによる分離換気を使用したが、高頻度換気では系のインピーダンスに占める抵抗成分の影響が非常に大きい。病変の偏りよりもダブルルーメンチューブ自体の抵抗がVT分布を支配しないように、この問題点を改善したものである。 3.コンプライアンスなどの他の換気力学的要素に影響を与えずに一定の片側性気道抵抗上昇を作ることを目的とし、ダブルルーメンチューブの左ルーメン内に内径2.5mm、外径6.5mm、長さ7.4cmの管を挿入して、左気管支狭窄状態を作成した。この抵抗管による抵抗増加は0.2l/sの流量で約20cmH2O/l/sであり、Simonらのバルーンによる狭窄が3cmH2O/l/sであったのに比べ、再現性を確保しつつより高い抵抗値を達成した。 4.独特なHFVの回路構成を工夫し、換気モードが速やかに切り替えられるようにした。 5.モデルの単純化(正常肺、高度無気肺、リクルートの不十分な領域)と方法の単純化(CMV、HFV(f=3,9,15Hz)で比較)を行い、機械換気と肺障害の関わり合いを分析した。 6.左右別のVT分布とVCO2分布を測定することにより、VT分布とVA分布の同時評価を可能にした。 審査員は本結果が犬肺において得られたものであり、臨床応用の面から将来研究を進めることの重要性を指摘した。 以上のように本論文は、独創性、方法の完成度、結果の明確さにおいて極めて優れており、統計手法も適切であり、肺ガス運搬のメカニズムを解明する上で呼吸生理学上の意義は深い。したがって、学位論文に値するものと認められる。 |